【完結】私は最後にあなたの幸せを願う

今川みらい

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【序章】ベルレアン王国編

領地へ(カリーナ視点)

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「カリーナ様。これから、領地を案内してもらえませんか?」

 しばらくすると唐突にレアン殿下は言った。

「エアリスも一緒にですか?」
「いいえ。カリーナ様と2人でです」
「はあ…」

 私は戸惑った。
 レアン殿下は、エアリスを迎えに来たと言っていたのに、なぜ私などと領地に行きたいのだろう。
 かと言って、隣国の王太子殿下の頼みを、断る訳にもいかなかった。

「分かりました。私で宜しければ、ご案内いたします」
「ありがとうございます。では、早速行きましょう」

 レアン殿下は軽快に立ち上がると、私に手を差し伸べた。
 私はためらいつつも、彼の手を取って立ち上がった。

「行ってらっしゃい」

 エアリスは驚いた表情を浮かべながらそう言った。

 屋敷から出ると、昼下がりの日差しが眩しく照りつけていた。

「領地へは、馬で行きますか?」

 私は隣を歩くレアン殿下にたずねた。

「ゆっくり見て周りたいので、歩いて行きませんか?」
「分かりました。では、侯爵家周辺の領地をご案内致します」
「それでお願いします。その前に、待たせている部下に声をかけて来ますね」

 レアン殿下がそう言って視線を送った先には、美しい栗色の毛並みの馬が2頭繋がれており、そばには金髪碧眼のレアン殿下と同じ年頃の男性が立っていた。

「彼は私の補佐官を努めるユーリ・オルドランです」

 レアン殿下はその男性を紹介してくれた。
  
「はじめまして、カリーナ様。どうぞよろしくお願い致します」

 補佐官であるその人は、いかにも有能そうな、温厚な笑みを浮かべると、私に深く一礼した。
 レアン殿下はこの人と2人で侯爵家まで来たのだろうか。
 大国の王太子殿下なのに、他に護衛騎士などは連れていないようだった。

「これからカリーナ様に領地を案内してもらうから、もう少し待っててくれる?」
「分かりました」

 補佐官の男性は頷いた。

「宜しければ、屋敷の中でお待ちになりますか?」

 外で待たせるのも忍びないので、私は屋敷に入らないか聞いてみた。

「ありがとうございます。慣れておりますので、外で大丈夫です。」

 補佐官の男性は穏やかにほほ笑んでそう言うと「お気をつけて」と言って、私たちを見送った。

「ローレル侯爵家の領地は盆地のため、果樹栽培が盛んで、様々な果物を栽培しています」

 私は領地の説明をしながら、ゆっくりと歩いた。
 すぐ横手には、赤く色づいたプラムが、たわわに実った果樹園が続いている。
 レアン殿下は私の隣を歩きながら、穏やかな表情で周囲の風景を眺めていた。

「こんにちは。カリーナ様」

 そんな時、私は領民から声をかけられた。
 ここの果樹農家のセシリオが、瑞々しいプラムをかごにいっぱいに詰めて抱えていた。

「こんにちは。セシリオ。今年はプラムが豊作ね」
「ありがとうございます。今年は味もとても良いのです。カリーナ様から頂いた肥料のおかげです」
「力になれたのなら嬉しいわ」
「あの、カリーナ様。そちらの方は…」

 セシリオはそう言うと、私の隣に立っていたレアン殿下に視線を送った。

「えっと…」
「初めまして。私はレアン・フォルヤードと申します。隣国のアングラーズ王国から参りました」

 私がどう紹介すれば良いか思案していると、レアン殿下は自らそう名乗った。

「アングラーズ王国ですか。大国で、とても栄えていると聞いております。なぜこんな田舎の領地にいらしたのですか?」
「カリーナ様にお会いするためです」

 なぜかそう答えたレアン殿下は、私の方を見て微笑んだ。

「そうですか!カリーナ様はとてもお優しくて、いつも私たちを助けてくれるのです。ところで、レアン様はご結婚は?」
「恥ずかしながら、未だに独身なのです」
「そうですか!そうですか!カリーナ様も独身で…」
「セシリオ。もう大丈夫だから」

 セシリオが何を言いたいか、段々と分かってきた私は、彼を止めた。
 彼は残念そうな顔で私を見つめてくる。

「カリーナさま!」

 明るい声が響き、セシリオの娘のミーナが、母親を連れて走って来た。

「この前、カリーナさまがくれた絵本、おもしろかったです!」

 私に抱きつくと、ミーナは目をキラキラさせてそう言った。
 私は彼女の5歳の誕生日に絵本を送ったのだった。

「そうでしょ!私も子どもの頃好きで、良く読んでいた絵本なのよ」

 私も嬉しくなり満面の笑みで言った。
 その時、ミーナは私の隣のレアン殿下に気がついたようで、驚いたように目を真ん丸に見開いた。

「すごーい!本物の王子さまみたーい!」

 ミーナはレアン殿下を見ながらそう叫んだ。
 確かに、レアン殿下は貴族とも明らかに異なる、圧倒的なオーラを身に纏っていた。

「その通りね、ミーナ。ここら辺の男は、みんな無骨な人ばかりだから、こんな洗練された方は初めて見ました」

 母親のアンナも、ミーナに大きく頷いて同意した。
 セシリオが「無骨な男で、悪かったな」と不機嫌そうに返しても、全く気にしていない。

「さすがカリーナ様のお相手の方ですわ。こんな素敵な方なら、カリーナ様を安心してお任せ出来ます」
「勘違いしているわ。アンナ。私はレアン様に領地をご案内しているだけで──」
「私はカリーナ様との結婚を、真剣に考えておりますよ」

 レアン殿下がにこやかにそう言うと、アンナとミーナは親子揃って、興奮したように小さく悲鳴をあげた。

 レアン殿下は、どうしてこんな所で冗談を言うのだろう。噂話のネタにされるのは、目に見えているのに。
 私は頭を抱えたくなった。

「あの…レアン様。そろそろ次へ行きましょうか」

 私が言うと、レアン殿下は「そうですね」と同意した。

「レアン様。カリーナ様をよろしくお願いいたします」
「はい。お任せください」

 セシリオたちに頭を下げられると、レアン殿下はにっこりと頷いた。
 私は否定しても無駄だと思い、何も言わなかった。
 私とレアン殿下はセシリオたちと別れ、果樹園に囲まれた道を再び歩き出した。

 私は隣を歩くレアン殿下の顔を見上げた。
 どうしてあんな事を言ったのだろう。
 彼が何を考えているのが、全く分からなかった。

「どうかしましたか?」

 私の視線に気づいたレアン殿下が、こちらを振り向いた。

「い、いいえ…」

 私は慌ててレアン殿下から視線を外すと、うつむいた。

「カリーナ様は領民から慕われてるのですね」
「私は子どもの頃から父と一緒に領地を周っていたので、みんな私を娘か孫のように思っているのです」

 私は笑いながらそう答えた。
 領民たちはみんな優しく、親切で、そして一様にお節介だった。

「そうですか…」

 レアン殿下は眩しいものでも見るように、私を見つめた。




「カリーナ様。先ほどから何者かに尾行されている様です」

 領地を案内してしばらく経った頃、レアン殿下は声を潜めてそう言った。
 私は驚きのあまり、声を出しそうになり、慌てて手で口を覆った。

「驚かせてしまい申し訳ありません。私の立場ですとよくある事なのです」

 レアン殿下は歩きながら平然とそう言った。
 近くには小川が流れ、その反対側には木立が鬱蒼として、人の気配は感じられなかったが、尾行された経験などない私は、急激に不安になった。
 私たちの他に護衛騎士はおろか、近くに人が見あたらない。

「大丈夫ですよ。私もそれなりに剣技を身につけておりますから。このままずっと後をつけられても鬱陶しいので、話をつけてきます」

 レアン殿下は、私にここで待つように言うと、木立が密集している方向へ歩いて行き、姿が見えなくなってしまった。
 レアン殿下に1人で行かせて、何かあったらどうしよう。
 かと言って、私では足手まといになるだけだし、近くに民家もなかった。

 どうしよう。どうしよう。
 私は動揺のあまり、辺りをうろうろ彷徨っていた。

「カリーナ様」

 名前を呼ばれ、レアン殿下が戻って来るのが見えた時、私は一気に力が抜けてその場にへたり込んだ。

「大丈夫ですか?!」

 レアン殿下は驚いて私の方へ走って来ると、そばにひざまづいた。

「申し訳ありません…安心したら、力が抜けてしまって…」
「心配かけてすみませんでした。尾行していたのは、フェアクール帝国の者でした」
「フェアクール帝国…」

 フェアクール帝国はベルレアン王国と、アングラーズ王国の北に位置する軍事大国だ。

「私はフェアクール帝国のとある方に目をつけられておりまして、付きまとわれているのです」
「そんな──取りあえず、侯爵家に戻りましょう」
「大丈夫ですよ。後をつけていた者は国へ帰ってもらいましたし。少し、休憩しましょう」

 尾行されていても意に介さず、レアン殿下は非常に落ち着いていた。

 私たちは小川のほとりまで移動すると腰を下ろした。
 穏やかに水が流れ、そのほとりには小さくて可憐な花々が咲いていた。周囲の木立からは鳥たちのさえずりが聞こえてくる。

「果樹栽培が盛んで、豊かな土地ですね。領民の方は皆さん親切で温かいですし」

 隣に座ったレアン殿下が、小川を眺めながら言った。

「そうなんです。私も生まれ育った、ここの領地が大好きです」

 私がまだ小さかった頃、母が病気で突然亡くなった。
 そんな時、酷く落ち込んだ私を励まし、支えてくれたのも領民たちだった。
 あの時の恩は一生忘れない。
 だからこそ、領地経営を頑張って少しでも恩返しをしたかった。

 ふと視線を感じ、レアン殿下を見ると、優しげな表情でこちらを見ていた。

「一度、その眼鏡を取ってくれませんか?」

 レアン殿下の美しい瑠璃色の瞳が間近に迫り、私はひどく狼狽えた。

「い、いえ…見せるほどのものは、何もないので…」

 私がそう言って、眼鏡を押さえて後ずさると、レアン殿下がさらに顔を近づけて来た。

「何をしているんですか?」

 そんな時、突然後ろから怒ったように声をかけられた。

 私はびっくりして振り替えると、護衛騎士のアルフレートが後ろに立っていた。
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