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8. 胡散臭いにもほどがあります。

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 化粧を完全に落とした顔を、鏡でのぞき込む。
 当たり前だけれど、母にも父にも似ていない。ユーゴにもフィンにも似ていない。誰とも血が繋がっていないんだから当たり前だ。
(それを大っぴらに大公開したら、誰も結婚の申込みになんか来ないんじゃないかしら)
 
 だって、大富豪の孫だから寄ってくるんでしょう? 母、ポーリーンに拾われずにそのまま孤児になっていたら? 結婚を申し込むための列なんてできたかしら?
 答えは否でしょう。そんなの、分かり切っている。
 
 ラインハート=ノヴァック。クロエが孤児だと知ったら、何事もなかったように連絡してこなくなるんだろう。資産があてに出来ないとなったら、手のひらを返すに違いない。一目惚れだのなんだのと、見え透いた嘘をしれっと言ってのけるその根性が気に入らない。あっけらかんとした態度で面と向かって断ってきたイーサンの方がずっと好感が持てる。
 
「クロエ」
心配そうな顔で声をかけてきたフィンを抱き寄せると、ふわっと石鹸のにおいがした。
「クロエ、怒ってる?」
「ん? どうして? 怒ってなんかいないけれど」
 ふわふわした髪に鼻を埋めて、血の繋がらない弟の柔らかさに目を細めた。
「珍しいね」
 フィンはくすくす笑いながらそう言って、クロエの顔を見上げる。長い睫毛が頬に影を落としている。
「珍しい? 何が?」
「いつも、お見合いの後って楽しそうなのに。今回は違うから」
「う、んー……そうね……」
 
 そうかもしれない。
 断られるためのお見合いをして、まんまとお断りをいただいた後は、いつだって達成感があった。けれど、今回は違う。
 断ってもらえなかったから? 初めて目的が達成できなかったから?
 
「クロエ、今日の人と結婚するの?」
「まさか!」
 まさか、と思ったけれど、そもそもこういうのってこちらからお断りする権利はあるのかしら。こちらはただの一般人、あちらは辺境とはいえ領地を持つ貴族。
 考えてみてくれませんか、と言われた。考えた結果、お断りですということも可能かしら。
 
 とりあえず、すぐに返答をするのは難しいだろう。なぜかラインハートは頑張ると言っているから、頑張りがどんなものかを確認して、それから、……。
「まだ、すぐには結婚はしないと思うわ」
「そう? よかった! クロエがいないと寂しいよ」
 柔らかい指先でクロエの頬をなぞり、フィンはにっこり微笑んだ。
「お化粧もしない方が綺麗だ」
「フィン……どこでそういうのを覚えてくるの……まさか、兄さん……?」
「?」
 
 ユーゴはすでに成人しているのだし、そういう相手がいてもおかしくは無いけれど。
 自分のことばかりにかまけて、兄の縁談にまったく気が行っていなかった。
 いつか、落ち着いたら聞いてみようと思いながら、クロエはあくびを噛み殺した。


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