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9. すっぴんで失礼します。

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 来客のない日は、素顔で生活。身体がとても軽く感じて、皮膚呼吸って大事だなぁと思う。
 ユーゴは祖父の手伝いに行き、両親は今日も仕事。フィンは学校に行ってしまって、クロエは今家に一人、侍女たちを除けば。
 アナスタシア先生の新刊を抱えて、中庭に出た。晴れた日にここで読書をするのは気持ちがいい。静かだし、木陰が濃くて紙面がちらつかない。外で本を読むと目が悪くなると言われたけれど、家の中で読むのとさほど変わらない。
 
 アナスタシア先生の紡ぐ言葉は心地よく、起きているのに夢の中にいるような錯覚を覚える。暖かい陽気と穏やかな空気に包まれて、クロエの瞼はだんだんと重くなっていく。
 長椅子に横たわり、指をしおり代わりに本へ挟み、ふ、と息をついて目を閉じた。
 さらさらと木の葉の擦れる音がする。瞼の裏には光と影がちらちらと踊り、眠気を誘われる。
 
 うとうとし始めたとき、ふと誰かに見られているような気がして薄く目を開けた。
 植込みの向こうに、二つの人影がぼんやりと見える。
 
「あれ、女の子?」
 つい最近聞いた声。イーサンだ。ということは、もうひとりはラインハートか。
 今日は来る予定ではなかったはず。というか、昨日来たばかりなのに、どうしたのかな。
 忘れ物でもしたのかしら、ととろとろと沈みそうになる意識で考えた。どちらにしても、クロエに声をかけているわけでもなく、こちらに来る様子もない。
 気持ちよく眠りに落ちてしまっても問題ないかな、と瞼を閉じた。
 
「綺麗な子だなー、どこの子かな」
「イーサン、静かに。起こしたら可哀想だよ」
「だな。——」
 
 ふたりの気配が遠のいていくのを感じた。
 そしてそのまま、意識を手放した。
 
 
 
 くしゅん、とくしゃみと同時にはね起きた。
 どのくらい寝てしまっていたのだろう。日は傾きかけていて、風がひんやりとしている。
 身体を起こすと、ぱさりと何か布のようなものが滑り落ちた。
 本に挟んだままでしびれた指を撫でながら見下ろすと、見慣れないモスグリーンの上着が落ちていた。
 誰かがかけてくれたらしい。拾い上げてあたりを見回したけれど、誰もいない。
 
 広げてみる。襟元に、紋章が刺繍されている。ということは、貴族? ラインハートの?
(さっき見たような気がするけど、服の色まで覚えてない……)
 とりあえず持っておけば取りに来るかしら、と服を抱え直すと、指先にメモ用紙が触った。
 
【風邪をひかないで】
 
 それだけ、綺麗な字で綴られている。二回読んで裏返したけれど、名前は書いていなかった。
「……ありがと」
 メモにお礼を呟いて、二つに畳んで本に挟んだ。しばらくはこれをしおり代わりに。
 
 今日は化粧はしていない。だから、ラインハートにもイーサンにも、ここで寝ていたのがクロエだということは分からなかったはず。上着はメイド長にでも預けておこう、誰かが取りに来たら返してくれるように伝えて。
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