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16.街角にて。
しおりを挟む前に来たのはいつだっけ。
最近はお見合いだ何だと予定が入ることが多くて、なかなか本屋に足を運べる日が少ない。それでも週に一度は通っているけれど。
人通りの多い、通い慣れた道を早足で歩く。うきうきした気持ちで角を曲がった瞬間、
「ぷっ!」
どん、と誰かにぶつかった。顔から突っ込んでよろけたクロエの身体は、力強い腕にふわりと支えられた。
「失礼しました……怪我は?」
柔らかい声が、心配そうに降ってくる。
慌てて体勢を整え、頭を下げた。
「大丈夫です! ごめんなさい、前をよく見ていなくて、」
「いえ、こちらこそ」
どことなく聞いたことがあるような声。
顔を上げると、そこにはラインハートが立っていた。
気遣わし気にクロエを見つめるその視線にどきりと胸が鳴る。まさか、ここで彼に会うとは思ってもみなかった。一瞬でいろいろな考えが脳内を駆け回って混乱しかけたが、ふと我に返った。
今日はお見合いメイクではないんだった。だから、クロエであることには気付いていないはず。
動揺を態度に表さないように気を付けながら、クロエは取り繕うように微笑んだ。
「支えてくださって、ありがとうございます。それでは」
「あ、あの!」
そそくさとその場を立ち去ろうとしたクロエに、ラインハートの声がかかる。
まさか何か、と振り返ると彼は眩しそうにクロエの瞳を見つめて、甘く目を細めて微笑んだ。
「――いえ、何でもないです。気を付けてね」
何か言いたそうに口を開いた彼は、それだけ言って軽く会釈した。
クロエはラインハートのその表情に何とも言えない気持ちがこみあげてきて、「はい」と囁くような声を絞り出し、頭を下げて逃げるようにその場から去った。
何だったんだろう、今の顔。
早足で大通りを歩くけれど、ラインハートの最後に見せた表情が脳内から離れてくれない。
顔に熱が集まっていく。
あの目。クロエは、あの目をよく知っている。
「あんな、お父様がお母様を見つめるときみたいな」
兄とも違う、フィンとも違う、父や母がクロエを見るときとも違う。
熱いような甘いような優しいような。
自分の頬を手のひらで包む。そのまま、店の壁に寄りかかって顔を手で覆った。
「あんな、あんな、……なんでよぅ……」
心臓が痛いくらいにどくどくいっている。
ずるずると壁にもたれたまま、クロエはその場に崩れるように座り込んだ。
膝を抱えて小さくなった。何だか、このまま消えてしまいたいような、立ち上がったらそのままふわふわと浮かんでしまいそうな、今までに感じたことのない感情に呑まれていく。
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