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19. それはわたしであって、わたしでないのです
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頭の中がぐしゃぐしゃのまま、クロエは夕食を取り、風呂に入り、髪を乾かしてもらって布団に入った。
何かが引っ掛かったまま出てこない。
熱い瞳でこちらを見つめるラインハートの顔が、閉じた瞼の裏によみがえる。
……はっとして飛び起きた。
「――やっぱり騙されてるんじゃないの!?」
気付いてしまった、彼が知らずに自分だけが知っている事実に。
ブス令嬢に求婚しているラインハートは、曲がり角でぶつかったクロエにも熱い視線を向けてくる。
つまり、考えられることは2つ。
「どうかした?」
「ひぇっ! 何で黙って入ってくるの、フィン!」
「ねえさまがいきなり不穏なことを叫ぶから何事かと思ったんじゃないか。ただでさえ、様子がおかしいのに」
いちいち酷い言われようだけど、今はそこを詰めている場合じゃない。ノックもせずに足音も立てずに入ってきたフィンをたしなめている余裕すらない。
クロエはフィンに向き直ると、ゆっくり口を開いた。
「フィン、変なことを聞くけど」
「なあに?」
「……やっぱり駄目だわ、フィンみたいな子供に聞かせる話ではないわ」
「2歳しか違いませんけど!?」
頬を膨らませるフィンは、14歳とは思えないほど幼い。
サイドテーブルに置いてあった手鏡を覗き込み、じっと自分の顔を見つめる。
「ねぇ」
「ん、なあに?」
「わたし、綺麗?」
「何その自尊心高め妖怪みたいな言葉……ねえさまは綺麗だよ、お化粧していなければだけど」
ちゅ、と姉の頬にキスをして、フィンはにっこり笑った。家族中から可愛がられすぎて育ったフィンは、あざとさも持ち合わせている。
「わたしが綺麗だっていうのが事実なら、ラインハート様はドブスがお好きな変態ではなかった、ということ……?」
「初恋の相手に対する評価とは思えない言い様だよね」
「綺麗な女性を熱く見つめるなんて、つまりまっとうな審美眼をお持ち……」
「そして意外でもないけど、割と自分の素顔に自信があるよね」
「ということは、」
チャチャを入れてくるフィンの言葉を丸ごと無視して考える。
と、いうことは、だ。
「ラインハート様がドブスに一目惚れなんて、ありえない話だったってことじゃない!?」
ふかふかの枕に突っ伏して、クロエは足をばたつかせた。悔しい。すごく悔しい。
「ねえさま、あの、」
「騙された! わたし、騙されたのね!」
「お、おちついて、」
「ほんとに本気で一目惚れだなんて思ってなかったけど! ほんとその場で結婚受け入れますとか即答しなくてよかったわ!! 悔しいわ!!!」
普通に綺麗な女性が好きな男でも、ドブスに求婚はあり得る。それは、何らかの目当て……うちの場合であれば、お金。があってのこと。
(それなら、お金が欲しいからブスでもいいです、結婚しますって言えばいいのよ)
(言いにくいなら、そこはやんわり伏せて結婚の申し込みをしてくればいいのよ!)
一目惚れなんて、口にしてほしくなかった。
金でも容姿でもなく、クロエを見てくれるんじゃないかなんて勘違いするところだった。
「ほら、やっぱり、わたしの変装には意味があったわ」
「ねえさま、泣かないで」
「泣いてなんかいないわ」
悔しい。悔しい悔しい。
こうなったら、何があってもラインハートに認めさせなければ気が済まない。
お金が欲しいです、と。
ブスは嫌いです、と。
「許さないわ、ラインハート」
「ねえさま……」
「フィンも覚えておきなさい、悪い人間は悪い考えを持つときに顔色一つ変えることはないのよ」
「ねえさま、お顔が怖い」
次にラインハートがやってくるのはいつだろう。どんな顔をしてやってくるのか。
素敵な……本当に素敵なプレゼントをいただいたけれど、それとこれとは話が別。クロエの趣味を理解してくれたと喜んでしまったけれど、それもすべて作戦かもしれない。
何を信じたらいいのかわからないときは、まず自分を信じる。これも、アナスタシア先生が著作の中で教えてくれたこと。
自分をしっかり持った素敵な女性になりたいのだ、そうしないとロマンスなんてやってこない。
何かが引っ掛かったまま出てこない。
熱い瞳でこちらを見つめるラインハートの顔が、閉じた瞼の裏によみがえる。
……はっとして飛び起きた。
「――やっぱり騙されてるんじゃないの!?」
気付いてしまった、彼が知らずに自分だけが知っている事実に。
ブス令嬢に求婚しているラインハートは、曲がり角でぶつかったクロエにも熱い視線を向けてくる。
つまり、考えられることは2つ。
「どうかした?」
「ひぇっ! 何で黙って入ってくるの、フィン!」
「ねえさまがいきなり不穏なことを叫ぶから何事かと思ったんじゃないか。ただでさえ、様子がおかしいのに」
いちいち酷い言われようだけど、今はそこを詰めている場合じゃない。ノックもせずに足音も立てずに入ってきたフィンをたしなめている余裕すらない。
クロエはフィンに向き直ると、ゆっくり口を開いた。
「フィン、変なことを聞くけど」
「なあに?」
「……やっぱり駄目だわ、フィンみたいな子供に聞かせる話ではないわ」
「2歳しか違いませんけど!?」
頬を膨らませるフィンは、14歳とは思えないほど幼い。
サイドテーブルに置いてあった手鏡を覗き込み、じっと自分の顔を見つめる。
「ねぇ」
「ん、なあに?」
「わたし、綺麗?」
「何その自尊心高め妖怪みたいな言葉……ねえさまは綺麗だよ、お化粧していなければだけど」
ちゅ、と姉の頬にキスをして、フィンはにっこり笑った。家族中から可愛がられすぎて育ったフィンは、あざとさも持ち合わせている。
「わたしが綺麗だっていうのが事実なら、ラインハート様はドブスがお好きな変態ではなかった、ということ……?」
「初恋の相手に対する評価とは思えない言い様だよね」
「綺麗な女性を熱く見つめるなんて、つまりまっとうな審美眼をお持ち……」
「そして意外でもないけど、割と自分の素顔に自信があるよね」
「ということは、」
チャチャを入れてくるフィンの言葉を丸ごと無視して考える。
と、いうことは、だ。
「ラインハート様がドブスに一目惚れなんて、ありえない話だったってことじゃない!?」
ふかふかの枕に突っ伏して、クロエは足をばたつかせた。悔しい。すごく悔しい。
「ねえさま、あの、」
「騙された! わたし、騙されたのね!」
「お、おちついて、」
「ほんとに本気で一目惚れだなんて思ってなかったけど! ほんとその場で結婚受け入れますとか即答しなくてよかったわ!! 悔しいわ!!!」
普通に綺麗な女性が好きな男でも、ドブスに求婚はあり得る。それは、何らかの目当て……うちの場合であれば、お金。があってのこと。
(それなら、お金が欲しいからブスでもいいです、結婚しますって言えばいいのよ)
(言いにくいなら、そこはやんわり伏せて結婚の申し込みをしてくればいいのよ!)
一目惚れなんて、口にしてほしくなかった。
金でも容姿でもなく、クロエを見てくれるんじゃないかなんて勘違いするところだった。
「ほら、やっぱり、わたしの変装には意味があったわ」
「ねえさま、泣かないで」
「泣いてなんかいないわ」
悔しい。悔しい悔しい。
こうなったら、何があってもラインハートに認めさせなければ気が済まない。
お金が欲しいです、と。
ブスは嫌いです、と。
「許さないわ、ラインハート」
「ねえさま……」
「フィンも覚えておきなさい、悪い人間は悪い考えを持つときに顔色一つ変えることはないのよ」
「ねえさま、お顔が怖い」
次にラインハートがやってくるのはいつだろう。どんな顔をしてやってくるのか。
素敵な……本当に素敵なプレゼントをいただいたけれど、それとこれとは話が別。クロエの趣味を理解してくれたと喜んでしまったけれど、それもすべて作戦かもしれない。
何を信じたらいいのかわからないときは、まず自分を信じる。これも、アナスタシア先生が著作の中で教えてくれたこと。
自分をしっかり持った素敵な女性になりたいのだ、そうしないとロマンスなんてやってこない。
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