エクスハンター 〜天と地の王〜

夢見 鯛

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            act.2

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 邪の森へと足を踏み入れた先遣隊は、濃い霧のような湿気の中を慎重に進んでいた。足元の泥が靴を重くし、木々から滴る水が衣服を濡らす。昼間だというのに、太陽の光は分厚い葉の天蓋に阻まれ、辺りは常に薄暗い。

「気をつけろよ。こういう場所では、どこから襲われるか分からない」
「わかってる。むやみに音を立てるな」

 狩猟家たちは神経を研ぎ澄ませながら進んでいたが、ほどなくして異変が起こった。

 ドボン…

 静寂を破る水音が響く。

「今の…なんだ?」
「何かが潜ってる…!」

 ルカナ湿原の奥地に生息するモンスターは、獲物を見つけるとじっと身を潜め、油断したところを仕留める狩人だ。

 バシャァンッ!

 突如として、水面が激しく弾けた。

「ぐっ…!」

 隊列の後方にいた狩猟家の一人が、何かに足を引っ張られ、沼地の中へと引きずり込まれそうになった。

「引き上げろ!」
「待ってろ、すぐに!」

 すかさず、仲間がロープを投げて引き上げようとするが、その瞬間、水面から長い胴体を持つ巨大な蛇が姿を現した。

「ヘビか!?」
「アイツは《スワンプサーペント》!沼地に適応した大型蛇だ!」

 《スワンプサーペント》は、その長い体を水面から躍り上がらせると、獲物に巻きつこうとした。だが、すかさず狩猟家の一人が反応する。

「甘いな!」

 ザシュッ!

 鋭い刃がウミヘビのウロコを裂いた。素早く動いたのは、狩猟家の一人、ギルバート。彼は双剣の使い手で、素早い斬撃でウミヘビの動きを封じた。

「今だ!撃て!」

 待機していた弓兵が一斉に矢を放ち、ウミヘビの頭部に命中。ウミヘビは悲鳴を上げると、水面に沈んでいった。

「ふぅ…助かった」
「油断するな。まだ終わっちゃいねぇぞ」

 狩猟家たちが息を整える間もなく、今度はぬるりとした巨大な影が木の上から降りてきた。

「今度は…カエルか!?」
「ありゃ《ジャンピングトード》だ!デカい上に、毒を持ってるぞ!」

 森の湿気に紛れるようにして現れたのは、体長2メートルを超える巨大なカエルのモンスター。鋭い爪を持ち、高い跳躍力で獲物に襲いかかる。

「くそっ、こいつら…!」

 バチィン!

 雷鳴が轟いたかのような閃光と共に、ミカエルの長剣が瞬時に抜き放たれた。

 「遅い」

 低く呟いた次の瞬間、彼の剣が雷のような速度で振り抜かれた。

 ズバッ!

 斬撃が空間を裂き、巨大な《ジャンピングトード》の体を一刀のもとに切り裂く。カエル型モンスターは悲鳴を上げる間もなく、そのまま無惨に地面へと崩れ落ちた。

 狩猟家たちが驚愕に目を見張る中、ミカエルは剣を払って血を落とし、静かに納刀する。

「こ、こんな短時間で…?」
「まるで雷光だ…!」
「さすがは未探家エクスハンターだ…」

 しかし、狩猟家たちが驚く間もなく、新たな脅威が忍び寄っていた。

 ザバァンッ!!

 泥水を跳ね上げ、ワニのような体躯を持つ《スワンプクローラー》が水中から躍り出る。その目は、まさに漁夫の利を狙う捕食者の目だった。ミカエルが《ジャンピングトード》を斬った直後、わずかに生じた隙を突くかのように、その鋭い顎が彼を喰らおうと迫る。

 だが――

 ヒュンッ!

 空を裂く銀光が、狙い違わず《スワンプクローラー》の額へと突き刺さった。

 ズドン!!

 矢の衝撃で脳を貫かれたモンスターは、そのまま動きを止め、巨大な体を沼へと落としていく。

 ドシャンッ!!

 水しぶきと泥が激しく弾け、周囲に降り注ぐ。

「ちっ、鬱陶しいやつめ」

 弓を引いたままのルカナが、忌々しげに呟く。彼女の愛弓《銀嶺ペガシス》が、今なお淡く輝いていた。

――そのとき、ユリアスはわずかに身を動かした。

 バッ

 彼は横にいたリリゼを庇うように腕を伸ばし、泥が跳ねないように守る。その袖口には泥がかかったが、リリゼの服は一点の汚れもない。

「……え?」

 リリゼが驚いて彼を見上げると、ユリアスは何でもないように手を引き、「泥が跳ねると重いだろ」と淡々と呟いた。

 リリゼは一瞬だけ唇を開いたが、何も言わず、ただ静かにユリアスを見つめた。

――こうして、先遣隊は邪の森の湿地帯を突破し、さらに奥へと進む。

 ザワ……ザワ……

 湿地帯を抜けた一行は、より鬱蒼とした森へと足を踏み入れた。湿った空気が肌にまとわりつく中、ユリアスは足を止め、静かに耳を澄ませた。

――何かがおかしい。

 周囲に響く生き物の気配が、妙に乱れている。いつもなら聞こえてくるはずの虫の羽音、カエルの鳴き声、木の上で騒ぐ鳥の声が、どこか不自然に途切れ途切れになっている。

「……」

 ユリアスはじっと森の奥を見つめた。

 ふと、何かがかすかに聞こえた。

 悲鳴――いや、断末魔か?

 遠く、獣の苦しげな鳴き声が微かに耳をかすめたような気がした。

「ユリアスさん?」

 リリゼが彼の様子を気にして声をかける。だが、ユリアスは答えず、ゆっくりと周囲を見渡した。

 そして――見つけた。

 ガリッ……ガリガリ……!

 木々の幹に、何者かがつけた無数の引っ掻き傷が刻まれていた。

 それも、単なる爪の跡ではない。深々と抉られた傷口からは、まだ新しい木の香りが漂っている。

「これは……」

 ユリアスが近づいて指でなぞると、その傷の深さがただ事ではないことがわかる。普通の獣の爪では、ここまで深く刻めない。

 「おい、こっちにもあるぞ!」

 少し離れたところで、フィリップの声が響いた。

 火熊のヒヅメの精鋭狩猟家である彼は、鋭い観察眼で森の異変をいち早く察知していた。

 フィリップは膝をつき、地面に転がる何かを指さす。

 モンスターの死骸。

 それも、普通の死に方ではない。皮が裂かれ、骨まで見えるほどの深手を負っている。まるで巨大な刃で両断されたかのような――いや、それ以上の殺傷力を持つ爪によるものだ。

「……これはマズいな」

 フィリップの表情が険しくなる。

「間違いない……これは《マントライキ》の仕業だ」

 彼の言葉に、周囲の狩猟家たちがざわめいた。

「マントライキだと……!? 本当に?」
「確かに、この傷は普通のモンスターのものじゃない……」
「おい、こっちにも死骸があるぞ!」

 次々と新たな痕跡が見つかり、狩猟家たちは緊張した空気に包まれる。

「リリゼさん…こっちの木はどうですか」

 ユリアスが指さしたのは、先ほどとは別の木。そこには、より大きく深い爪痕が刻まれていた。

 リリゼが指でなぞり、その形をじっと観察する。

「……この傷、まだ乾いていない。つけられたのは、おそらく数時間以内だと思います!」

 彼女の分析に、フィリップが頷いた。

「ってことは……マントライキは、この近くにいるってことか」

 狩猟家たちが息を呑む。

 ユリアスは目を細め、再び耳を澄ませた。

――遠く、森の奥から微かな気配を感じる。

 血の匂い、獣の吐息、そして――殺意。

「……間違いない。マントライキは、このすぐ近くにいる」

 ユリアスの言葉に、先遣隊の空気が一気に張り詰めた。

「全員下がって――」

 ミカエルの静かな声が、張り詰めた空気の中に響いた。

 狩猟家たちは一瞬動揺するが、その声には逆らいがたい威圧感があった。

 「おい、どういう――」

 誰かが言いかけた瞬間、ミカエルが静かに片手を上げる。

 ピクリ

 まるで周囲の気配を全て感知しているかのような、精密な動作。

 彼はゆっくりと森の奥へ進み、一人、木立の間に立った。

 スゥ……

 目を瞑る。

 森の風が、彼の水色の髪を揺らした。

 シン……

 まるで時間が止まったかのような沈黙が訪れる。

 狩猟家たちは息を呑み、ただ彼の動きを見守った。

 ザワ……ザワ……

 森の奥で何かが動く気配がある。

 それは確実に近づいてきている。

 ミカエルは静かに、長剣の柄に手を添えた。

「ミカエル!!」

 誰よりもその場の状況を把握していたユリアスが大声で、魔物の接近を伝える。

「……来い」

 その瞬間――

 バキィィン!!

 森の奥で何かが弾けるような轟音が鳴り響いた!

 マントライキが動き出したのだ。

 漆黒の影が、木々の間をかすめる。

 それは一瞬で間合いを詰め、まるで疾風のごとくミカエルに襲いかかる!

 だが――

「遅い」

 ミカエルの瞼が開かれた。

 次の瞬間――

 ズバァァン!!

 雷鳴のごとき剣閃が、一閃。

 目にも留まらぬ速さで、マントライキの前脚が弾き飛ばされた。

 挨拶がてらの初撃は、ミカエルに軍配が上がる。
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