エクスハンター 〜天と地の王〜

夢見 鯛

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第8話 『W種の脅威』 act.1

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 ミカエルとルカナの猛攻を受けながらも、マントライキの赤い瞳は冷静だった。まるで狩りの主導権を握っているのは自分だと言わんばかりに。

 ミカエルの電光石火の踏み込み。ルカナの銀光の矢。猛虎のような巨体が翻り、白い毛並みが木々の間を疾る。しかし、獣の気まぐれは唐突に訪れた。

 ゴォッ!!

 突如、マントライキが戦場から跳び退る。二人を前にして戦い続けると思われていた矢先、その巨躯は一気に向きを変えた。

 「……ッ!?」

 瞬間、狩猟家たちの中から悲鳴が上がる。

 猛虎の本能が別の獲物へと向いたのだ。まるで腹を空かせ、容易く捕食できる相手を探すかのように。

「くそっ、こっちに来るぞ!!」

「散れ、散れぇッ!」

 沼地のぬかるみが飛び散る。狩猟家たちは慌てて退避するが、マントライキの動きは鋭く、まるで迷いがなかった。そのまま群れの中へ突っ込むつもりか――。

「させるかよ!!」

 ミカエルが電光の如き速さで木々を蹴り、一気に獣の進路を塞いだ。同時にルカナが鋭く矢を放つ。

「全員、散開しろ!! まとまるな!」

 ユリアスの指示が飛ぶ。狩猟家たちはすぐに動き、バラけることで獣の標的を絞らせないようにした。

 だが、それでも。

 マントライキの瞳には、獲物を見定める確かな飢えが宿っていた。

『苦しい……喰らえ! 喉が……喰らえ! 身体中が……喰らえ! 喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ、喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ!!!!!!! 豊潤なメス肉を!!!』

――?!

 ユリアスの脳裏に流れ込む獣の狂乱。それは目の前で暴れ回るマントライキの思考そのものだった。

 ただの咆哮ではない。ただの飢えではない。そこにあるのは、理性すら欠けた獣の本能の叫び。

 瞬間、マントライキの赤い瞳が狩猟家たちの群れを鋭く見据えた。標的が決まった。

 ズドォン!!!

 爆発的な踏み込み。次の瞬間、火熊のヒヅメの一人――マンハットに向け、巨体が弾丸のように疾駆する。

「フィリップさん!! マンハットさんが狙われています!!」

 ユリアスは即座に警告を発した。

「わ、私ですか?! ひいいいッ!!」

 マンハットの顔が青ざめる。逃げなければ。だが、動けない。極限の恐怖が、脚を地面に縫い付けた。

 マントライキが突進する。血走った瞳が、己の喉笛を求めている。

 木々を薙ぎ倒し、泥を跳ね飛ばし、遮るもの全てを吹き飛ばし――狩猟家の肉へ、真っ直ぐに。

 体が動かない。

 恐怖が脊髄を凍りつかせ、思考がまともに回らない。

 それでも――マンハットは、反射的にトリガーを引いた。

 ドドドドドドドドドドドドドッ!!!!

 ミニガンの銃身が猛回転し、怒涛の弾丸がマントライキへと襲いかかる。

 無数の鉛弾が白銀の表皮を削り、肉を抉り、血飛沫が舞った。

 だが――

 それでも、獣は止まらない。

「ッ……!? なんで……ッ!!」

 マンハットの顔が青ざめる。

 マントライキの足は鈍るどころか、さらに加速していた。その巨躯が泥を蹴立て、一直線に突進してくる。

 どちらが先か――

 マントライキの牙がマンハットに届くのが早いか。それとも、彼女がミニガンでその生命力を削り切るのが早いか。

 その答えは、あまりに明白だった。

「バカ!! マンハット、逃げろ!!!」

 リーダーであるフィリップの怒声が森に響く。

 しかし、その声が彼女の耳に届くよりも早く――

 ズドォォォンッ!!!!

 マントライキの顎が大きく開き、マンハットに突進していく。

「――ッッ!!!」

 絶叫は、一瞬で掻き消えた。

 咀嚼するように首を振るマントライキ。

 骨の砕ける音が、森に響く。

 血と肉の飛沫が周囲に撒き散らされる。

 数秒後―獣は喉を鳴らし、ゴクリと飲み込んだ。そして、表皮から立ち上る煙と共に、マントライキの皮膚の傷は、みるみるうちに塞がっていく。

 そして交戦の跡地には、真っ黒に染まるマンハット=プリンシパの下半身のみが沼地に浸かっていた。

その跡地には、真っ黒に染まるマンハット=プリンシパの下半身のみが、沼地に浸かっていた。

 「マンハット!返事をしてくれ!!」

 フィリップの絶叫が森に響く。

 彼の目には、砂埃と血飛沫が舞うばかりで、状況はまだ把握できていなかった。

 だが、焦燥と恐怖に駆られながら、泥に沈む仲間の名を呼び続ける。

「マンハッ……ト……?」

 次の瞬間、目に飛び込んできたのは、あまりに惨すぎる現実だった。
 
 泥の中に沈む、彼女の下半身だけが残された光景。――上半身が、ない。
 どこを探しても、ない。

 マントライキが咀嚼し、飲み込んだ。その事実を、脳が理解するのを拒んでいた。

「………あ………」

 乾いた声が漏れる。

「ああ………あああ………ああああああ!!!!!」

 フィリップは仲間の死を前に狂乱し、我を見失う。そして、長剣を抜き、目の前の害獣に裁きの一撃を振りかざす。

 瞬間、均衡が崩れる。

「?!……よせっ!君!」

 ミカエルだけではない。そこにいた誰もが、今のフィリップではマントライキに抗えないことを察していた。怒りに身を任せ振るうその剣には、勝機のカケラも見出せない。

 自分に襲いかかってこようとする生物に気づくマントライキ。強靭な牙を唸らせ、フィリップに狙いを定める。

「よせって指示が出てるだろ!」

 ユリアスは左腕につけたグラップルアンカーを射出。

 シュルルルルッ!!

 熱り立つマントライキと、血迷ったフィリップの間を抜け、その奥の大樹に突き刺し、固定されたところで、マントライキの首元を締めるように駆け出し、背後へ回り込む。

 マントライキの膂力と、ユリアスの引く力がせめぎ合い、ワイヤーは軋みながらも張り詰めたまま維持されていた。

 ユリアスの足が湿地に沈み込み、獣の巨体が前進しようとする圧がじわじわと迫る。しかし、そのわずかな足止めの間に、雷光の如き速さでミカエルが駆けた。

 バチッ――!!

 彼の身体が雷を纏い、稲妻の閃光と共にフィリップの元へと飛ぶ。その瞬間、マントライキの牙がフィリップに届かんとする刹那――

「っらぁ!!」

 ミカエルの手がフィリップの襟を掴み、ほぼ同時に背後へ跳躍。マントライキの猛威から、フィリップを強引に引き離す。

 二人の影が湿地を滑るように後退し、マントライキの鋭い爪が空を切った。

「間一髪……」

 フィリップを抱え込む形で着地したミカエルは、安堵の息をつきながら呟いた。

 だが――

「離せッ!!!」

 フィリップが暴れ、ミカエルの腕から抜け出そうとする。

「あいつは……あの化け物は……俺の仲間を……!!」

 憎悪に満ちた目でマントライキを睨みつけ、歯を食いしばるフィリップ。彼の眼前には、今も泥に沈むマンハットの下半身だけが残されている。

 その光景が焼き付いて離れない。怒りが、理性を掻き消そうとする。

「……あの子の犠牲を無駄にするんじゃない。それでも一端の狩猟家か!」

 彼の声音には、苛立ちと共に、叱責の意が込められていた。

 フィリップの肩を掴んだまま、ミカエルは静かに言葉を紡いだ。

「冷静になれ…なんて血も涙もないことを言う気はない」

 その声には、フィリップの悲痛な心情を理解しているがゆえの、確かな温度があった。

「ただし、無駄死になんかしてやるな」

 ミカエルの金色の瞳が、フィリップの涙に濡れた目を真っ直ぐに見据える。

「まだ残ってるもんのために戦え」
「……残ってる、もん……?」

 フィリップの喉が詰まり、搾り出すように問い返す。

「お前、待機組に仲間を置いてきたのだろ? 彼らを導くのは、さらに強くなった君にしかできないだろ?」

「俺に……?」

 ミカエルは、フィリップの襟をぐっと引き寄せ、真剣な眼差しで言い聞かせる。

「今すぐじゃなくとも、この屍を超えて、強くなれ。リノハンター」

 ミカエルの言葉が、フィリップの胸に深く突き刺さる。絶望に呑まれそうだった思考の奥に、仲間たちの顔が浮かんだ。待機組として後方に残った戦友たち――彼らはまだ、彼の帰還を信じて待っている。

 マンハットの犠牲を、ここで無駄にするわけにはいかない。

 フィリップは震える拳を握り締め、唇を噛んだ。そして、今にも崩れそうな顔で、しかし確かに、ゆっくりと頷いた。

均衡が崩れたかに思えた。

 ここにきて初めての犠牲者が出てしまった。マンハットの命は、無情にもマントライキの牙によって絶たれた。そして、それを追うようにフィリップまでもが絶望と怒りに飲み込まれ、無謀な突撃を仕掛ける。

 まるで、戦場の流れが“次の死”を求めるかのように、すべてが最悪の方向へ傾いていく。

 しかし――

 二人の青年が、それを許さなかった。

 ユリアスはグラップルアンカーを用い、マントライキの動きを寸断。そして、そのわずかな隙を突き、ミカエルが雷の如き速度でフィリップを救出した。

 間一髪のところで、さらなる犠牲を防いでみせたのだ。
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