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邪の森をかけること十数分。
後ろからレイオストルンの遠吠えが聞こえつつも、目に見えて姿が現われることはなく、一行はなんとか仮設テントまで辿り着くことに成功。そこで待っていた待機組の十六名は様々な面持ちをしていた。
火熊のヒヅメは、命を落としたメンバー、マンハット=プリンシパの報告を受け、膝から崩れ落ち、涙を浮かべる。それは他の者たちも同様に、連れを失った者。同期を、息子を、失った者たちがいた。
《白騎士・マントライキ》および《W種のレイオストルン》のW種二頭との交戦で、六名の死者を出してしまった先遣隊。素材の一つも回収できずに、獲れたのは一頭の討伐のみだった。
「マントライキはやれたんだろ?」
「あぁ…ただ本命が」
「本命?なんだそりゃ!俺たちはそんなこと聞いてないぞ!」
待機組を指揮していたバルダンディーと先遣隊のミカエルの話を聞いていた狩猟家たちが、次々に抗議し始める。
「俺たちはマントライキの討伐に来たんだ!」
「そうだぞ!さっきのバケモンは一体なんなんだ!」
「話とちげーぞ!!」
ごもっともだ。
これはユリアスが秘密裡に進めていたW種のレイオストルンを討伐するための前哨戦に過ぎない。それを説明されずに招集された面々は、文句が出てもおかしくない。
しかし、ここで指揮系統が崩れ、各自がバラバラの感情を抱えたままルカナ湿原を移動するのは危険だ。もうすぐ日が落ち、獰猛な生物が姿を現し始める。装甲車があるとはいえ、安全とは言い難い状況だった。
「よいしょっと」
ユリアスは背負い直した荷物を軽く叩き、邪の森から飛び出してくるであろうレイオストルンを迎え撃つ準備を整え始める。
「……ん?何してる、ユリアス」
ミカエルが怪訝そうにユリアスを見つめた。
「決まってるでしょう。迎え撃つ準備です」
淡々と言い放つユリアスに、ミカエルは目を見開く。
「バカか!ユリアス、一度撤退して体勢を立て直すべきだ!」
苛立ち混じりに言うミカエル。しかし、ユリアスは肩をすくめ、荷物の紐をもう一度締め直した。
「あいつは野放しにしておけない。それに、マントライキがいなければ、もともと一人で討伐するつもりだったんです。状況は初めと変わらない」
ユリアスは淡々とした口調で言いながら、腰の双剣を確かめるように握る。
「ユリアス!」
ミカエルは堪えきれずに声を荒げた。その無謀な考えに、拳を握りしめる。
「ユリアスさん……」
リリゼは不安げな表情で彼を見つめる。まるで今にも引き止めたいと言わんばかりの顔だった。しかし、ユリアスの瞳は揺るがない。
「馬鹿馬鹿しい! こんな茶番に付き合ってられるか!」
狩猟家たちは装甲車へと足早に向かい、帰還の準備を始める。その顔には苛立ちと疲労の色が濃く浮かんでいた。
「時間と労力の無駄だったな」
「分け前はきっちりもらうぞ!」
誰かが吐き捨てるように言い、他の者たちもそれに続くように頷く。彼らにとっては、ここで無駄に命を張る理由などなかった。
未探家たちを置き去りにする形で、装甲車は次々とエンジンをかけ始める。
「確かに、あいつらの言うことも一理あるな」
バルダンディーは腕を組み、訝しげに目を細める。しかし次の瞬間、狩猟家たちを裏切るように、ニヤリと口元を歪めた。
「だがな、単身で森に突っ込むのは無謀だ。ここには大量の砲弾とバリスタ、トラップ、薬がある! 何のために持ってきたと思ってるんだ、ユリアス=ラプラス! 一人で大砲とバリスタを同時に扱えるのか? へへっ!」
そう言いながら、人差し指で鼻をこすり、白い歯を見せて豪快に笑う。
「バルダンディーさん…」
「俺は残る! 《銀嶺弓》もな」
「勝手に決めるな、脳筋バカ」
「えぇ?! 残ってくださるんですか?!」
リリゼの輝く桃色の瞳が、ルカナを希望に満ちた表情で覗き込む。
「なっ…いや、私は…それより、お前も残るつもりなのか!」
「当たり前じゃないですか。私はユリアスさんの助手ですので! 当然です」
今この場にいる誰よりも非力で、経験も浅いはずの少女が、誰よりも肝が据わっていた。
「あぁーーーもう! 僕だって武器がないんだ。バリスタくらいしか扱えないぞ!」
先ほどまで反対していたミカエルが、不承不承ながらも自分の役目を受け入れた。設置されたバリスタに肘をつき、ツンとした表情で上の空を見つめる。
「みんな…」
この場に残るのは、ミカエル、ルカナ、バルダンディー、リリゼ――そして。
「ユリアスさん…俺にも、何かできないですか?」
そう声をかけたのは、火熊のヒヅメのリーダー、フィリップだった。
彼は邪の森で仲間を失い、悲しみに打ちひしがれていたはずの男。それでもなお、狩猟家としての責務を全うしようとしていた。
「俺は…無力かもしれない。でも、皆さんに迷惑をかけたままじゃ終われない。貴方にも……ミカエルさんにも……命を救われた身として、恩を仇で返したくはありません。俺にできることがあれば、何でも言ってください」
フィリップの力強い言葉に、その場の空気が変わる。
「フィリップ…」
「リーダー…」
マンハットを失ったばかりの火熊のヒヅメたちも、涙を拭い、前を向いた。仲間の死を悼みながらも、それでも狩猟家としての誇りを捨てない。彼らもまた、この危険な討伐任務に加わる決意を固めた。
こうして、バリスタ、大砲、トラップの設営を進めながら、比較的安全な地点からの支援を担当することになった。
総勢八名。
彼らは決して万全な戦力とは言えない。それでも――W種のレイオストルンを迎え撃つ覚悟は、すでに固まっていた。
「それじゃあ皆さん…あと少しだけ、力を貸して下さい!」
ユリアスは隊の先頭に立ち、レイオストルンの声に耳を傾ける。
人間に対する怒り、反撃されたことへの苦しみ、そして全てを喰らい尽くすほどの暴食欲。それらは邪の森全体から満ち満ちていた。
後ろからレイオストルンの遠吠えが聞こえつつも、目に見えて姿が現われることはなく、一行はなんとか仮設テントまで辿り着くことに成功。そこで待っていた待機組の十六名は様々な面持ちをしていた。
火熊のヒヅメは、命を落としたメンバー、マンハット=プリンシパの報告を受け、膝から崩れ落ち、涙を浮かべる。それは他の者たちも同様に、連れを失った者。同期を、息子を、失った者たちがいた。
《白騎士・マントライキ》および《W種のレイオストルン》のW種二頭との交戦で、六名の死者を出してしまった先遣隊。素材の一つも回収できずに、獲れたのは一頭の討伐のみだった。
「マントライキはやれたんだろ?」
「あぁ…ただ本命が」
「本命?なんだそりゃ!俺たちはそんなこと聞いてないぞ!」
待機組を指揮していたバルダンディーと先遣隊のミカエルの話を聞いていた狩猟家たちが、次々に抗議し始める。
「俺たちはマントライキの討伐に来たんだ!」
「そうだぞ!さっきのバケモンは一体なんなんだ!」
「話とちげーぞ!!」
ごもっともだ。
これはユリアスが秘密裡に進めていたW種のレイオストルンを討伐するための前哨戦に過ぎない。それを説明されずに招集された面々は、文句が出てもおかしくない。
しかし、ここで指揮系統が崩れ、各自がバラバラの感情を抱えたままルカナ湿原を移動するのは危険だ。もうすぐ日が落ち、獰猛な生物が姿を現し始める。装甲車があるとはいえ、安全とは言い難い状況だった。
「よいしょっと」
ユリアスは背負い直した荷物を軽く叩き、邪の森から飛び出してくるであろうレイオストルンを迎え撃つ準備を整え始める。
「……ん?何してる、ユリアス」
ミカエルが怪訝そうにユリアスを見つめた。
「決まってるでしょう。迎え撃つ準備です」
淡々と言い放つユリアスに、ミカエルは目を見開く。
「バカか!ユリアス、一度撤退して体勢を立て直すべきだ!」
苛立ち混じりに言うミカエル。しかし、ユリアスは肩をすくめ、荷物の紐をもう一度締め直した。
「あいつは野放しにしておけない。それに、マントライキがいなければ、もともと一人で討伐するつもりだったんです。状況は初めと変わらない」
ユリアスは淡々とした口調で言いながら、腰の双剣を確かめるように握る。
「ユリアス!」
ミカエルは堪えきれずに声を荒げた。その無謀な考えに、拳を握りしめる。
「ユリアスさん……」
リリゼは不安げな表情で彼を見つめる。まるで今にも引き止めたいと言わんばかりの顔だった。しかし、ユリアスの瞳は揺るがない。
「馬鹿馬鹿しい! こんな茶番に付き合ってられるか!」
狩猟家たちは装甲車へと足早に向かい、帰還の準備を始める。その顔には苛立ちと疲労の色が濃く浮かんでいた。
「時間と労力の無駄だったな」
「分け前はきっちりもらうぞ!」
誰かが吐き捨てるように言い、他の者たちもそれに続くように頷く。彼らにとっては、ここで無駄に命を張る理由などなかった。
未探家たちを置き去りにする形で、装甲車は次々とエンジンをかけ始める。
「確かに、あいつらの言うことも一理あるな」
バルダンディーは腕を組み、訝しげに目を細める。しかし次の瞬間、狩猟家たちを裏切るように、ニヤリと口元を歪めた。
「だがな、単身で森に突っ込むのは無謀だ。ここには大量の砲弾とバリスタ、トラップ、薬がある! 何のために持ってきたと思ってるんだ、ユリアス=ラプラス! 一人で大砲とバリスタを同時に扱えるのか? へへっ!」
そう言いながら、人差し指で鼻をこすり、白い歯を見せて豪快に笑う。
「バルダンディーさん…」
「俺は残る! 《銀嶺弓》もな」
「勝手に決めるな、脳筋バカ」
「えぇ?! 残ってくださるんですか?!」
リリゼの輝く桃色の瞳が、ルカナを希望に満ちた表情で覗き込む。
「なっ…いや、私は…それより、お前も残るつもりなのか!」
「当たり前じゃないですか。私はユリアスさんの助手ですので! 当然です」
今この場にいる誰よりも非力で、経験も浅いはずの少女が、誰よりも肝が据わっていた。
「あぁーーーもう! 僕だって武器がないんだ。バリスタくらいしか扱えないぞ!」
先ほどまで反対していたミカエルが、不承不承ながらも自分の役目を受け入れた。設置されたバリスタに肘をつき、ツンとした表情で上の空を見つめる。
「みんな…」
この場に残るのは、ミカエル、ルカナ、バルダンディー、リリゼ――そして。
「ユリアスさん…俺にも、何かできないですか?」
そう声をかけたのは、火熊のヒヅメのリーダー、フィリップだった。
彼は邪の森で仲間を失い、悲しみに打ちひしがれていたはずの男。それでもなお、狩猟家としての責務を全うしようとしていた。
「俺は…無力かもしれない。でも、皆さんに迷惑をかけたままじゃ終われない。貴方にも……ミカエルさんにも……命を救われた身として、恩を仇で返したくはありません。俺にできることがあれば、何でも言ってください」
フィリップの力強い言葉に、その場の空気が変わる。
「フィリップ…」
「リーダー…」
マンハットを失ったばかりの火熊のヒヅメたちも、涙を拭い、前を向いた。仲間の死を悼みながらも、それでも狩猟家としての誇りを捨てない。彼らもまた、この危険な討伐任務に加わる決意を固めた。
こうして、バリスタ、大砲、トラップの設営を進めながら、比較的安全な地点からの支援を担当することになった。
総勢八名。
彼らは決して万全な戦力とは言えない。それでも――W種のレイオストルンを迎え撃つ覚悟は、すでに固まっていた。
「それじゃあ皆さん…あと少しだけ、力を貸して下さい!」
ユリアスは隊の先頭に立ち、レイオストルンの声に耳を傾ける。
人間に対する怒り、反撃されたことへの苦しみ、そして全てを喰らい尽くすほどの暴食欲。それらは邪の森全体から満ち満ちていた。
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