【完結】夜に駆けた一夏/春巡る縁

夢見 鯛

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第2話 『猛暑日』act.1

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 蒼真は、古本屋に何度も足を運ぶようになった。最初はただの偶然だったが、次第にその店に惹かれるようになった。毎回訪れるたびに、何か新しい発見があったからだ。

 店主の爺さんは、日中にレジを担当しているが、蒼真が来る時間帯にはいつもエリカがいる。エリカは夜勤の時間帯、午後10時から午前3時までレジに立ち、店を静かに回している。その後、日の出前にはお店を閉めてしまう。蒼真はその運営のスタイルを知り、意識的に夜の時間帯に訪れるようになった。

「今日も静かな夜だね。」

 蒼真が入店すると、エリカはいつものように微笑みながら迎えてくれる。二人の会話は、次第に日常的なものへと変わり、最初はぎこちなかった会話も、今ではお互いにとって自然なものになっていた。

「ねえ、この前読んだ本、どうだった?」エリカが本棚を見上げながら言った。

 蒼真は本棚の前で立ち止まり、彼女の問いかけに答える。
 
「ああ、『古の迷宮』?あれは面白かったよ。特に、主人公が地下迷宮で出会う幻覚のような存在が不気味で。」

 エリカは少し首をかしげた。

「ああ、あの部分ね。私はあの場面がちょっと怖すぎて…。でも、あの迷宮の設定は面白かった。実際にあんな場所があったら、絶対に足を踏み入れたくないけど。」

蒼真は笑った。「まあ、俺もだけど。けど、なんだろう。ああいう場所を探してみたい気もするんだよな。どうしても引き込まれちゃうんだ。」

「それ、蒼真さんだけじゃないと思うよ。」
 
 エリカは少し照れたように微笑みながら、棚の中から一冊の本を取り出す。

「これなんてどう?『闇の探索者たち』って本。主人公たちは、迷宮探検に出るんじゃなくて、迷宮に『住む』人たちの話なんだけど。ちょっと変わってるよ。」

「『住む』?それは面白そうだな。」
 
 蒼真はエリカが差し出した本を受け取ると、カバーを見つめながら言った。

「うん、ちょっと不気味だけど。暗い夜の街に住んでいる不思議な人々の生活を描いているんだけど、読んでいると自分もその街の一部になったような気分になるんだ。」

 蒼真は本の内容に興味を引かれながらも、エリカの話し方がとても落ち着いていて、彼女が話していると心が安らぐことに気づいていた。

「不思議だな…。君が本を勧めてくれるたびに、何だか新しい世界を見つけた気がする。」

 エリカは静かに微笑んだ。

「そんな風に言ってくれるの、嬉しいな。」

 その後、蒼真とエリカはしばらく本の話をしていた。時折笑い合いながら、他にも気になる本をいくつか見つけては、それについて語り合う。

「これも面白そうだよね。」蒼真が一冊の薄い本を手に取ると、エリカが覗き込む。

「それは…ちょっと古すぎるけど、内容は結構奥が深いよ。読み進めるうちに、最初は全然関係ないように見えた話が、実はすべて繋がっていくところがすごいんだ。」

 蒼真はその本の表紙を見つめながら、言った。「確かに、こういう本って一度読み始めると止まらなくなるよな。」

「そうそう。だからこそ、読むのにはちょっと覚悟がいるかもね。」エリカはそう言って笑った。その笑顔が、蒼真の心に温かさをもたらした。

 蒼真がふと時計を見ると、すでに深夜が近づいていた。
「あ、そろそろ帰らなきゃ。」

「うん、今日は遅くまでありがとうね。」
 
 エリカが少し寂しそうに言う。

「また来るよ。」
 
 蒼真は微笑んで答え、エリカに手を振りながら店を後にした。

 その夜も、蒼真にとって古本屋の時間は特別で、心が落ち着く瞬間だった。エリカとの会話を楽しみながら、彼は昼夜逆転の生活の中で、静かな夜の世界にどんどん引き込まれていった。

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 早朝…

 妙な蒸し暑さのせいで、朝早くから目が覚めてしまった蒼真。夏の朝の空気は湿気を含んでいて、寝汗がじわじわと背中を伝ってくる。ベッドでしばらく目を閉じていると、すでに部屋の中が暑くなってきていることに気づき、仕方なく起き上がった。

「こんな時間から暑いとかありえない…」

 蒼真はうめきながら、自分の部屋の窓を開けて少しでも涼しい風を取り込もうと試みたが、外はすでに息苦しいような熱気で満ちていた。結局、諦めてリビングに向かうと、そこには朝ごはんを食べる母親がいた。

「おはよう、遅いじゃない、何してたの?」
「お、おはよう…。寝坊じゃないけど、なんか暑くて目が覚めた。」

 蒼真は寝ぼけ眼をこすりながら、ソファに腰を下ろす。

「夏休みだからって、ぐうたらしてないでちゃんと起きて、家の手伝いでもしなさいよ。」母親の声が少し厳しい。

「わかってるって。」

 蒼真は口ごもりながら、冷蔵庫からパンを取り出し、手に取った。それをガツガツと食べながら、リモコンでテレビをつける。

 ニュース番組の天気コーナーでは、キャスターが何やら真剣な顔で話していた。

「今日の最高気温は37度、記録的な猛暑日が予想されています。」

 そう言いながら、画面に映し出された気温予報を見て、蒼真は思わずテレビを見つめた。

「37度…ありえないだろ。」
「まったく、こんな暑さじゃ外にも出たくないわね。」

 母親もテレビを見ながら肩をすくめる。

 蒼真は無言でリビングのエアコンのリモコンを手に取り、スイッチを入れる。冷たい風が吹き出すと、ようやく少しだけ涼しくなった気がした。それでも、外の熱気を考えると、家の中もどこか不安定な温度になっている。

「今日は外に出たくないな…」
 
 蒼真はそんなことを思いながら、パンをほおばりつつ、心の中で「今日はどうしようかな」と考え始めた。

 蒼真は家を出て、すぐに日の光に照らされた街並みを歩きながら、やはり古本屋に足を向けることにした。しかし、朝の早い時間、まだ店が開いているわけではない。エリカも当然、夜勤の時間帯にしか出勤していないので、今はその姿を見ることはできない。
 それでも、蒼真は古本屋へ向かう足を止めることなく、街の喧騒から少し外れた場所へ歩を進める。エリカと過ごした夜のひとときが、どこか懐かしく、彼にとってはそれがどんな日常よりも心地よく感じる瞬間だった。

「また夜になったら…会えるかな。」蒼真は呟きながら、途中のカフェでアイスコーヒーを買って、少しの間外のベンチに腰を下ろす。

 街はすでに暑さを感じさせ、早朝の空気が一気に昼間のように感じられる。街行く人々は忙しそうに足早に歩いている中、蒼真は少しだけ時間を忘れて、ゆったりとした空気に包まれた。

 ふと、手に持っているコーヒーカップから溶け出す氷を見つめながら、彼は思った。

「エリカ…なんであんなにあんなに引き込まれるんだろう。」

 蒼真は少し考えてから、もう一口コーヒーを飲み、静かな時間を楽しむ。

 そのとき、携帯電話の画面にメッセージ通知が表示される。彼がそれを確認すると、大学の友人からだった。

「今日は何してるの?」

 蒼真は少しだけ悩んだが、結局そのまま返事を打つ。

「ちょっと外歩いてるだけ。今はカフェにいる。」

 送信ボタンを押し終えると、しばらくはメッセージの返事を待つことになった。古本屋のことは、今日はまだ気にせずに、彼は日常を少しだけ楽しんでいた。

「最近付き合い悪いぞ。」という友人からのメッセージが画面に表示される。蒼真は一瞬、それを見てから思わずため息をついた。確かに最近、古本屋で過ごす時間が多くなり、友達との約束を後回しにしていたことを実感していた。

「まあ、しょうがないか。」蒼真は心の中で呟き、すぐに返信を打つ。

「ごめん、最近ちょっと忙しくて。でも、今日は行くよ。」

すぐに返事が来る。

「よし!待ってるからな。」

――数時間後、蒼真はボーリング場に向かって歩いていた。そこは学生街の一角にある、賑やかなスポーツ施設で、若者たちが集まる場所だ。入ると、店内の賑やかな音や、ボールがピンに当たる音が響いている。

「おお、久しぶりだな、蒼真!」友人の一人が声をかけてきた。彼は、大学のサークルの仲間で、蒼真とは普段からよく遊んでいる。

「すまん、ちょっと遅れた。」

 蒼真はにっこりと笑って返した。

「気にすんな、ちょうどいいとこだよ。さあ、ボーリングやろうぜ!」

 別の友人がボールを手にして、楽しそうに誘ってきた。

 蒼真は少し照れくさそうに笑いながら、ボーリングのレーンに向かって歩いた。友人たちが賑やかに盛り上がりながらボールを転がす音が響き、蒼真も少しずつその雰囲気に溶け込んでいった。

「今日は勝つぞ!」

 蒼真の友人の一人が元気よく宣言すると、周囲から笑い声が漏れた。ゲームが始まると、友人たちはそれぞれにボールを投げ、レーンに向かって真剣な表情を見せたり、ボールがピンを倒すたびに歓声を上げたりしていた。

 蒼真もボールを手に取り、軽く振りかぶって投げた。ボールが転がる音と共に、ピンが倒れる。

「よし、ストライク!」

 蒼真は嬉しそうに言って、周りの友人たちに笑顔でグータッチを求めた。

「さすがだな、蒼真!」

 友人の一人が声を上げ、他の友人たちも拍手をして盛り上がった。

 その後、何回か投げた後、友人たちと一緒にワイワイと過ごしながら、競い合って楽しんだ。点数はどうでもよく、結局、みんなで笑いながらゲームを楽しんでいた。

「お前、やっぱ上手いな。」と友人が言うと、蒼真は照れくさく笑った。

「そんなことないよ。」と返しつつ、次の投球に集中した。

 一緒に笑い、競い合い、ボーリングの合間にカフェでドリンクを飲みながら、蒼真はこの時間を心から楽しんでいた。普段の生活の中で、エリカとの時間も大切だけれど、こうして友人たちと過ごす時間もまた格別だと感じてい

 ボーリングのゲームが終わり、みんなで賑やかに飲み物を手にして座り込んだ。友人たちはそれぞれに笑いながら、今日のゲームの内容を振り返り、次の遊びの計画を立てていた。

 蒼真はふと、周りの友人たちや女性たちの笑顔を眺めながら、心の中で思った。楽しげな会話、何気ないやり取り、そして共に過ごす時間。そのすべてが、まるで当たり前のように流れていく。でも、少し離れたところで見つめていると、なんだか少し寂しさも感じていた。

(もし、エリカもここにいたらどうだったんだろう。)

 ふとその考えが浮かんだ。エリカは、いつも静かで控えめだけど、どこか魅力的な存在だ。もし彼女がここにいて、みんなと一緒に遊んでいたら、どうだっただろう。エリカの優しい微笑みが、この騒がしい場所に溶け込むのだろうか。それとも、少し戸惑ってしまうのだろうか。

 その時、蒼真は少し顔をしかめた。エリカは、友人たちとこうして遊ぶのは、少し違和感を感じるだろう。彼女の性格を知っているからこそ、そのギャップに思いを馳せてしまった。でも、逆に言えば、もしエリカが大学生だったら、こんなふうに気軽に誘って、みんなと楽しく過ごすこともできるのだろうか。そう思うと、なんだか胸が少し痛んだ。

「でも、今日の夜、デートにでも誘ってみようかな。」

 蒼真は心の中で決意を固めた。あまり重くない、軽めの遊びでも、エリカと一緒に過ごす時間が増えたら嬉しい。それに、少しずつ彼女のことを知っていけるチャンスになるかもしれない。

「じゃあ、次はどこに行く?」と友人が声をかけてきた。

 蒼真は少し考えた後、にっこりと笑って言った。「まだ決めてないけど、今日はもう少し遊んでから帰ろうか。」

 その後、友人たちとの軽い会話が続く中で、蒼真は心の中でエリカに思いを馳せつつ、今日の夜に向けて少しずつ計画を立て始めていく。

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