断罪

宮下里緒

文字の大きさ
2 / 70

二話 疫病神、其れは小さなストレス。

しおりを挟む
子供たちが授業を終え、時実養護施設へと帰ってくる午後四時。

職員たちは一斉に自分の仕事へと取り掛かる。

これからの時間帯はまさに戦争だ。

職員の一人、神山京香もその一人であった。

「神山さん、今日も学校までお迎え?」

「ええ、この前うちに入ってきた、近衛くんに響くん学校が終わっても道草ばかりくってまだ小学四年生なのにほっといてたら夜まで帰ってこないんですよ!」

京香はそう急ぎ足で玄関に向かいながら同僚の鳩山静稀にこたえる。

「そう、なら急がないと」

「言われなくとも」

そう受け答えしながら京香は軽やかに院を後にした。



京香の目的地である三丸小学校は徒歩約五分という近場にある。

今時珍しい木造建設の昭和の遺産でもあった。

そんな少々古ぼけた校門から学業を終えた子供たちが次々と姿を現す中、京香の待ち人たる二人は一向に姿を現さない。

かれこれもう三十分は経過したというのに。

とうとう業を煮やした彼女は近くにいた女生徒に二人の居場所を聞くことにしたのだった。

「ねえ、少しお話いいかな?」

「何おばちゃん?」

あどけないかわいらしい顔をこちらに向けてくる少女、実に素直そうな子だ。

(しかしそんな子におばさん呼ばわりされる私って・・・これでもまだ二十六なんだけどな。)

そう軽くショックを受けてみる。



「うん、あのねこの学校に近衛大志くんと響司くんっていう子がいると思うんだけど知ってるかな?」

「うん知ってるよ同じクラスだもん」

「じゃあ、二人はまだ教室にいるの?」

私のその問いに少女は小さく首を横に振った。

「うんうん。二人とももう帰ったよ。本当は放課後みんなで掃除して帰るんだけどね、二人ともサボって勝手に帰っちゃった」

あ、あのガキども~!!

「おばちゃん顔怖いよ」

「ああ、ごめんごめん。ありがと助かったわ。じゃあ、あなたも遅くならないうちに帰りなさいな」

「うん、バイバイ」

「バイバイ」

少女に笑顔で手を振る私、しかし内心は穏やかではない。

「もー、あの子たち校門前で待つように言ってたのに、何で約束守れないかな!」

ずんずんと大通りを歩く京香。

あの二人は学校帰りにはよくこの大通りあたりで道草をくう。

ここには、ゲームセンターをはじめ様々な遊び場があるからだ。

今日もそれを見越しての行動だった。

思惑通り数分で二人は見つかった。

ただし無事ではなかった。

「あいつは」

二人を威圧するように前に立ち、何やら怒鳴っている男には見覚えがあった。

時実泰三。

このあたりをいつもふらついているガラの悪い男だ。

そんな男がなぜ?

「ちょっと何やってるんですか!」

「あん?」

こちらに向けられる人を射殺すかのような目。

怖い、瞬時にそう思ってしまった。

「あんた誰?」

「「せんせー」」

近衛君と響君は今にも泣きそうな顔でこちらを見上げた。

「私、この二人が暮らしています、児童施設の神山と申します。あの、この子たちが何か?」

「この餓鬼どもいきなりワシに喧嘩吹っかけおったんじゃ。院長先生をいじめるななんとかってな!たく、どんな指導しとるんや」

「どうゆうこと?」

「だってこの人いつも院長先生をいじめてて」

「ああ」

子供たちのその言葉で京香は大体の事情を把握できた。

つまりこの子たちは毎日のように院長のところにやってきて怒鳴り散らすこの男を先生をいじめる悪者だと認識したのだろう。

この子たちからすれば母親、いや祖母をいじめられているようにみえ、いてもたってもいられなかったのだろう。

事実その認識はほとんど間違ってない、ただ一点を除いて。



「えっとね、近衛君・響君この方はね院長先生の息子さんなの。だからね虐めているわけじゃないのよ」

そうさとす京香に対して近衛と響は半信半疑な顔をする。

「だったら何でこの人院長先生にあんなに怒鳴ってるんだよ!俺見たぞ!院長先生が泣いてるの、院長先生の子供なら何で優しくしてやらないんだ」

「こら!」

正義感が強く怖いもの知らずの近衛君がしきりに叫び何とかかばおうと背中に隠す。

「餓鬼が人んちの家庭の事情にかまうな!あんたも、このガキども管理してるなら年上への口の利き方くらい教えとけや!!」

最後に一発怒鳴ると泰三はそのまま去っていった。

そして彼が完全に立ち去ったのを見送ると京香は近衛たちへと向き直る。

「あなたたち駄目じゃない!何してるの!!先生が来たからよかったけどもし私が来なかったら・・・わかってるの!!」

そう、もし京香が来なかったらあの男は子供であろうと平然と暴力をふるっただろう、もしかしたらそれ以上のことも、そんなことを平気でできる男であることを京香は知っているだからこそ怒っているのだ、軽率な行動をした彼らのことを。

そして彼らは驚いている、自分たちが京香に怒られるのはこれが初めてではなかったがここまでの涙をためてまでのお叱りは初めてでありここにきてようやく自分たちが悪いことをしたと知ったのだった。

「ご、ごめんなさい先生」

「ごめん・・・なさい」

驚きながらも謝る近衛につられる形で響も涙ながらに謝る。

この響司は近衛とは仲がいいが彼とは違い非常に臆病な子であった。

怖がらせるつもりはなかった京香としてはこれはよそうがいであった。

「わかればいいの。でももうあんなことしちゃだめよ」

最後に笑った京香につられたのか二人も笑顔を見せる。

その無邪気な笑顔に京香の心は休まる。

そうだこの子たちがあんな男にかかわる必要はない。

時実泰三、時実養護施設院長時実早子の一人息子。

三十を迎えても定職にはつかず、月に二回ほど施設にきては怒鳴り金を奪っていく。

しかも金をとる理由が自分は息子なんだから親に養ってもらって何が悪いという、なんとも救いがないものであった。

そんな彼は自分以外に自らの母が可愛がっている施設の子を疎ましく思っているようであの怒鳴り声もわざとであろう。

そんなことは子供たち以外つまり職員はみんな知っていることだった、だからみんなで話し合いあの男には決して近づけさせないように決まったのだった。

京香も大いに賛成だった、だからこそ安心したこの子たちが反省したのならもうあの男と関わることはないだろうと。

それが彼女の若さゆえの未熟さだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...