断罪

宮下里緒

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五十話 事件考察 図書館にて

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この三丸図書館は古くからこの町を見守ってきた記念図書館だがその古い歴史とは裏腹にここを活用する市民は少ない。

元々、こんな小さな町にある小さな図書館、蔵書そのものも少ないし古いだけで何の真新しさもないこの図書館は今やただただ誰にも観覧されることのない記録や書物のパンドラの箱と成り果てていた。

だからここでの司書の仕事などほとんどお飾りみたいなものでもっぱら在庫整理、記録保存などが大半の仕事と化してしまっている。

もちろん、それだけで一日の仕事時間が終わるわけじゃないので草むしりなどの雑務もやるはめになるわけである。

「いいんですか、司書がこんなとこに居て?これじゃ本の返却もできやしません」

ぎくりと身を硬くしつつ抜きおわったばかりの雑草を手にしつつ振り返ると、そこには見知った顔の美しい少年が私を見下ろしていた。

「慶介君。ごめんなさい来てたのね」

「ええ、以前借りていた本を返しに」

差し出された本はつい二日前に彼が借りていった小説だった。

厚さから見ても千ページ近くはありそうだけどもう読んだのかと内心彼の読む速さに毎度のことながら驚かされる。

「あと、また新しく借りたい本があるんですが」

「そう。それじゃあ、中に行こうか」

二人で並ぶようにして館内へと入っていく、こうして横に並ぶと本当に彼らの成長が身に染みてくるようだ。

男の子としては身長が低い方の慶介君も気持ち私の方が高い程度で身長差はほとんどなくなってしまっている。

前は、まだ私が見下ろす形だったのに、いつの間にか同じ目線にまで成長した子供たちを見るのは喜ばしくもさみしさを覚える。

あの施設の事件から九年、大人の私からすればさほど変化のなかったこの歳月も彼らからすればたぶん人生で一番長く感じる日々だっただろう。

彼らが中学時代に体験した同級生の殺人事件、それにここ最近変わってきた世界の情勢、多感な彼らの前にこんな災厄ばかりなぜ起きるのだろう?

今、私と同じ目線に立つ彼らは一体どこを見ているのだろう?

そんな不安が胸に宿る。

現にあの正義感に溢れていた大志君は今やあの不良グループ『アルマゲドン』のリーダーだという。

彼のその道が間違っているかはわからないけどただ純粋にもうあの頃のあの子はここにはいないと告げるようなその現実に悲しみが溢れてくる。



「それは余計な干渉ですよ」

「えっ?」

まるでこちらの考えを読んだかのようなタイミングで語りかけてきた慶介君に肝を冷やす。

「余計な干渉、悲しむ必要はないといったんです。成長するにしたがい性格が変わるなんて大なり小なりあることです。人格が確立した大人だって、日々の経験によりその人格に変動を生むもの。そんな当たり前のこといちいち気にしてたらきりがありません。むしろここはその変化に喜びを抱きましょう。不変なものほど面白くないものはありませんよ。時とともに変わるそれが世界なんですから」

それはまるでこの世界はそうであるべきなんだとそうでなくてはならないと語っているようでもあった。

「慶介君?」

「だから、大志のこともそこまで気に掛けることは無いですよ。アレが自分で選んだ道なんですから。何か考えがあるんでしょう」

「それはそうかもだけど。って、私そんなに考えること言ってた?」

そう、驚く私に慶介君は少しだけ笑みをこぼす。

「さぁ?ただ貴方は結構顔に出やすいですからね、考えが読まれやすいのかも知れません。それより早く返却の方お願いします」

差し出されるのはこの前、彼が借りていった断罪への道という小説。

なんだかタイトル的に暗そうな話っぽい。

「どう、面白かった?」

私のその質問に慶介君は首をかしげる。

「どうでしょう?人によってはそう感じるかもしれませんね。特に今の世の中では」

「どうゆう意味かな?」

そう聞くと慶介君は本をめくりながら語りだした。

とある復讐の物語を。



「悪は裁かれるもの。そんな当たり前のことが世の中成立しない。この物語の主人公は家族を殺された不幸な少年で、しかもその犯人が自身の父親というやるせない現実に絶望していました。そうこの事件は無理心中だったんです。動機はまぁどうでもいいので今回は省略します。とにかく家族が家族を殺すというどうしようもない現実と犯人である父がもうこの世に居ず、その怒りと絶望をどこへ向けたらいいのかがわからなくて途方に暮れていたんです」

それはやはり思った通りの暗い話だった。

そして一人だけ生きのこった少年というのが彼ら自身の悲劇と酷似することに気付き、胸に淀みのような息苦しさを感じた。

もちろん表面上はそんな不快感は出さないように努めている。

だって、その悲劇を体験した慶介君がこの話をしているんだ、それに対して私が変に気遣うのはお門違いだろ。

そう言い聞かせ再び話に耳を向ける。

「彼に転機が起きたのは事件から五年後、彼が平凡な生活の中で堕落していた時一人の少年と知り合いました。それが始まりだったんです。少年は彼と似た内向的な性質で二人はすぐに友人となりました。しかし残念なことに少年が彼と似ていたのはその内面だけではなくその家族間も彼と非常に似通っていて、そして悲劇は再び起きました。一家心中、再び起きたその事件、けれど彼の経験したそれとは違い息子である少年は死に犯人である父親は生きていました。彼は少年の父親を殺しました。とても無慈悲に。では、なぜ彼は殺人を犯したのでしょう。分かりますか?」

「それはやっぱり、過去の自分と重なったからじゃない?彼と同じような目にあって殺された友達の敵討ちとか」

私の答えに慶介君は満足そうに『そうですね』とほほ笑む。

その表情があまりにもやわらかくて年甲斐もなくどきりとしてしまった。

「納得のできる答えです。だけど自分が思うに彼が本当に殺したかったものは少年の父でありそうでないものだと思うのです。彼が本当に殺したかったものそれはたぶんこの不条理そのものだったんじゃないでしょうか」

「不条理?」

「はい。思うに彼は自身のその不幸から不条理そのものを憎むようになってしまったんです。特に殺人は彼にとって最も忌み嫌うもの、だから彼はそれを犯した少年の父を消したんです」

「でも、それじゃ矛盾してない?だって自分自身も殺人っていう不条理を犯してる」

「ですね。だから彼はそこから目を背けるために罪を犯し続けるんです。罪を犯した他者を消し続けることで、これが自分の定められた道だと思い込み、進み、自身の罪を置き去りにしました」

「ああ、だからタイトルが断罪への道なんだ」

今見ればタイトルを描く深い青色はまるで彼の絶望した心情を現しているようで痛々しく思える。

「皮肉ですね。断罪への道というタイトルとは裏腹に、主人公である彼が真に断っていたのは自身の罪悪感。彼の選んだ道は断罪ではなく逃避だったというわけです。そういえば現実の方の断罪、アレの真意はなんなんでしょうね」

「それって断罪事件のことかな?」

そう聞くと慶介君はコクリと頷いた。



断罪事件、罪人を正義のもと裁くという名目のもと発生したこの連続殺人事件は、始まりこそこの小さな田舎町からだったがいつの間にか徐々に人々を浸食していき一部の過激派を巻き込み今では全国規模の暴動まがいの事件にまで発展してしまっている。

正直な話、悪人を排除しようとするその思想は警察どころか政治の場にまで行き届いているというのだから笑える話ではない。

もはや事件というより人々の心に巣食う病魔のようだ。



「断罪事件は今でこそ形を変えながら全国にまで広がっていきましたが始まりはこの町の殺人事件からです。いま、各地で起きてるのは全てその模倣、現に断罪と言いながら犯人をを捕まえてみるとその動機は実に個人的なものばかりのただの犯罪ですしね。なら、最初にこの事件を起こしたオリジナルの犯人の動機は一体何なんでしょうか?」

「わからないかな」

本心でそう答えた、わからないし興味もない。

慶介君の話は何か私を誘導しているようであまりいい気持がしない。

「自分は模倣犯たちと同じなんだと思いますよ。とても個人的で身勝手な思想からの犯罪。正義を称してるのはやはり自分の罪から目をそらすためでしょう。人は弱いですからね。心も体も。そう考えればまるでこの断罪事件、この本の内容と少し似ているとは思いませんか?」

そこが面白い、口にこそしないが慶介君はそう言いたげだ。

「それはただのこじつけでしょ。そもそもフィクションと現実を一緒にするのは良くないことよ」

「ですね。ですが、この断罪事件がおきた町に小説の主人公である彼と同じ境遇の人間がいるのはやっぱり出来過ぎじゃないかとも思うんです」

小説の彼、家族を失い唯一生き残った彼はその不合理に怒り憎しみを他者へと向けた。

生き残り。

理不尽な現実の中で生き残った子供たち。

つまり慶介君が言いたいのは。

「時実養護施設、その関係者に犯人がいる。そう言いたい?」

「あくまで可能性、それも貴方が言うようにほとんどこじつけ妄想と言ってもいいレベルの話ですがね。ですがありえない話でもありません」

「憶測でするような話じゃないわね。仲間を疑うなんて感心しないよ」

少し感情的になりそう反発するも慶介君は臆する様子は見せない。

「そう、怒らないでください。けれどそういった可能性もあるそれだけは頭に入れていてください」

「なんでそんなことを?」

「もしもの時、そういった心構えが出来ていた方がいいでしょ。もちろん俺もみんながそんなことするわけないと思っていますよ」

最後にまるでとってつけたように慶介君は弁解するのだった。



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