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六十六話 前夜
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今日一日でいったいどれだけのことが起きただろうか?
あまりの情報量の多さと現実味のなさに、ここにいる誰もが疲れを隠しきれていなかった。
あれからすぐ駆けつけてきた岸野刑事達はこの場の惨状に驚きながらも、冷静に対応してくれた。
やはりというべきだが銃で撃たれた法事、奈佐、青渕の三人はすでに息はなく手の施しようがない状態だった。
そして三人を撃ったのが司に間違いないということも本人の証言とのちの調査から確定した。
断罪事件についてはまだ調査中だがこの三人の殺害については立件されるだろうとのことだった。
恵子は憔悴しており同じく現場に駆け付けた秋瀬の奴に抱きかかえられていた。
数人の警察に連れられて行く司、あの監視下なら自殺もできないだろう。
そこはひとまず安心だ。
だがまだ、聞きそびれていることがある。
俺はもう一度だけ司のもとへと歩み寄る。
途中ほかの警察に止められそうになったけど岸野刑事が気を利かせたのか口添えをし通してくれた。
後で、礼を言っとかないとな。
司は特に手錠をされているわけでもなかったが大人しいもので、俺に気づくととすぐに足を止めてくれた。
「司、お前の言っていたヒルって」
「ああ、ヒルのことか。あれのことを考えるなんて無駄だと思うけど、どうせ止めれないし。まぁ、それでも知りたいっていうならそこの刑事さんに聞くんだね。少しくらい情報持ってるんじゃない?」
指さす方向には岸野刑事。
「アイツが?」
「聞いてみるといい。どっちにしろ僕から話すことはない。あとは君の好きなようにしろよ。まぁ、せいぜい殺されないように」
それは俺のことを心配しての言葉だったのか?
そのままパトカーへ乗り込む司の表情を俺はうかがうことができなかった。
「正直な話。お前は響司を殺すと思っていたぞ」
のんきにタバコをふかしながらとんでもないことを言う岸野刑事。
この刑事、思考がかなり危ないな。
こんなのに本当に市民が守れるのか?
そんな疑問をつい抱いてしまう。
そんな俺の疑念など知ってか知らずか、岸野刑事はなれなれしく俺の横へと並び立った。
「仲間や旧友が殺されたというのに案外冷静だな。お前」
「冷静なんかじゃない。もっと冷静に動くべきだった。そうすればあいつ等は死なずに済んだんだ」
「そうだな」
別に否定してほしかったわけじゃないけどこうも簡単に肯定されると心に刺さるものがある。
「まったく自分で行っといてなんて顔してんだ。そんなにつらいなら素直に涙でも流せばいいのに」
「それはできない。ここで泣いたら多分もう立ち直れないから。・・・司は多くの人を不幸にした。それはわかってる。だけど、俺はなんでかな。アイツに怒りらしい感情は何も浮かばないんだただ悲しいだけで。もし、俺が怒りを向ける相手がいるとすればアイツを止められなかった俺自身、もしくはアイツの裏にいた存在だ」
そこで岸野刑事の体がピクリと震えた。
この反応、司の言っていることは本当なのだろうか?
「岸野刑事、アンタは知ってるんじゃないのか?ヒルと呼ばれる奴のことを」
俺がその名を口にするとともに岸野刑事は『はぁー』と大きくため息をついた。
「もうその名を聞いてるとはな。響司あたりが話したか、ということは事実か」
何か一人で納得し始める岸野、その顔は今までにないほど険しいものとなっていた。
「岸野刑事一人で納得されても困る、俺の質問に答えてくれないか?それとも捜査機密とかで話せないか?」
だとしたらまた手を考えるまでだ。
こいつをさらってでも情報はすべてはかせる。
もう俺も後には引けない。
「いや、どちらにせよお前には話すつもりでいたからな好都合だ」
そんな俺の覚悟とはよそに岸野はあっさりと情報を出すと言った。
「やけにあさっりとしてるな」
「確認してほしんだよ。ヒルの顔を。お前のよく知る人物かどうか」
ゾクリとした。
「オイ、そりゃ一体何の冗談だよ?ヒルってのは俺の知っている奴ってことか?」
しかも今な口ぶりだとそれはごく身近な人物だろ思われる。
「それを確認してほしんだ」
頭をかかけたくなる、どうして一体なんで俺たちの周りはこんなことばかり起こるんだ?
偶然の訳ないよなここまでくると、そのヒルってやつのせい?
でもそいつも俺の知り合いって、意味が分からない。
「近衛、つらいだろうが確認してほしい。それとも林田恵子に確認させるか?」
俺はその瞬間ほとんど無意識に岸野の胸ぐらをつかみ上げた。
「恵子には言うな。今日だけであいつがどれだけ参ってると思ってるんだ。頼むから、もうアイツを苦しめないでくれ」
「苦しめたくはないさ、だがこれが俺の仕事だ。どうする?お前が確認するか?それとも林田に見せるか?」
それはほとんど脅迫のように俺には感じられた。
だけどそれは岸野自身の余裕のなさの表れのようでもあった。
「俺が見る。恵子には確認した後話すよ」
「わかった。ここは人が多い場所変えるか」
そうして連れてこられたのは公園外れの公衆トイレ。
あまり清掃が行き届いていないのか中に入らずとも入口に立っただけでアンモニア臭が漂い顔をしかめたくなった。
「内容まではいちいち見なくてもいい。ただこいつら二人の顔をよく見てくれ」
岸野が取り出したのは数時間前、慶介が持ち帰ったはずのビデオカメラだった。
「まて、なんでそれがここにある?」
「そうか、お前はもうこの事件については知ってたんだな。なら話は簡単だこのビデオにヒルと名乗る人物が映っている。それは道長慶介で間違いないか?」
そうして見せられた映像には俺の知らない慶介と百合の真実が映し出されていた。
朝、布団の暖かなぬくもりに包まれた中で穏やかに目を覚ますと最初に目に入るのはよく見知った弟の顔。
名前は思い出せない。
それから名残惜しい布団を抜け出し(もちろん弟に残りの布団はかぶせてあげる)居間へと向かうとお父さんがTVを見ていた。
名前は思い出せない。
見ている番組は朝のワイドショー大御所のお笑い芸人が司会をやっている。
なんでニュース番組なのにお笑いの人が司会をしているのだろう?
『おっ今日は朝早いな』
優しく私に話しかけてくれるお父さん。
その声を思い出せない。
『お父さんこそ、お休みなのに早いね』
『アンタが遅いのよ。もう十時よ』
お母さんがそういった。
名前は思い出せない。
『えーでも・・・はまだ寝ているよ』
弟の名前を呼んだ、けれどそれは言葉として表れない。
まるでその部分だけノイズが走ったように記憶が焼き切れている。
『あの子はまだ幼稚園生でしょ。小学生ならもう少しちゃんとしなさい』
ああ、そうだお母さんは結構小うるさい人だったけ?
そんな注意に私はよく反論してたっけ?
こう見ると特別恵まれているってわけではなかったけど十分幸せに分類される家庭だったのだろう。
だけど、この幸せは決して続かないことを今の私は知っている。
だから、きっと私の物語はそう悲劇なのだろう。
目が覚めると同時に感じる目元の違和感を手で拭い去るとそこにはわずかな水滴、どうやら私は泣いていたようだ。
「目が覚めましたか。泣いていますね。家族の夢を見ましたね」
本を読みながらヒルがそう話しかけてきた。
「うん、最近よく見るんだ。前はこんなことなかったのにね」
「薬を減らした影響ですね。元の金城百合の人格に戻りかけている事による障壁でしょう」
なんとなく予想していた答えに私はさほど驚きはしなかった。
「そっか、じゃあ私は昔の私に戻るの?」
「完璧には無理ですね。今の貴方の人格がそれを邪魔しますから。それにもうそんな時間はありません。先ほど響司が警察に捕まりました。こちらも最後の仕事をしなければなりません」
やっぱり今日、響君を捕まえさせる予定だったのか。
ほんとにすべてがヒルの思い通りに進んでいく。
そんなヒルはやっぱりすごいなと素直に思い、やっぱりどれだけ自分が努力しようと決して届かない存在なのだと思い知らされた。
「じゃあもう終わりだね、決行はいつなの?」
「十二月三十一日、つまり明日です。ほかの皆さんには先ほど伝えました。貴方も最期に挨拶位してきなさい。貴方の最後の友人である林田恵子に」
「それは、ヒルが望むことなの?」
「いえ、ただ貴方はそうします必ず。では、最後の夜思い残しの無いようにしてください」
私のそう告げヒルは部屋を出て行った。
ヒルがああいった以上私が恵子ちゃんとこれから会うのはもう避けられない運命なんだろう。
正直会うのはしんどい。
だって、どんな顔をすればいいのかわからないから。
これが最後だと思うと余計に・・・。
うん、だけどここで会わなければそれはそれで後悔するのは間違いないだろう。
会えば、きっと彼女を傷つけることになる、だけど何も言わなくてもいずれ彼女を傷付けることになるだろう。
なら、せめて私の口でお別れを告げよう。
私はそう決心し、以前修にプレゼントされたマフラーを巻き恵子のもとへと向かった。
『話があるので、みんな大広間に集まってください』
ヒルに突然そう呼び出されたのはつい先ほどのことだった。
こんな時間に突然の呼び出し、しかも人類浄化の会全員の招集それはただ事ではないことを予期していた。
正直嫌な予感しかしない。
最近はここにいることが苦痛に感じることがたびたびある。
以前はこの場所だけが私の唯一の救いであり安らぎだと信じていたのにまるで夢が覚めたかのようにみんなの価値観に全くついていけない自分がいる。
自分たちが起こしているこしている事件が恐ろしくてたまらない。
そんな恐怖をごまかすために私は今日もビデオ日記をつける。
「十二月三十一日を迎えた。今日でまた一年が終わる。この日記も後どれだけ続けられるだろうか?最近みんながやけに殺気立っている。たぶんあの時のアクセルの演説が聞いているのだろう。現に私もこれから自分たちが偉大なことをする世界に名を刻む偉人英雄になるのだと浮かれていた。なんて、馬鹿なことだろうか?そんなことあるわけないのに世間から見れば私たちは狂人たちの集団だ。その思想なんて受け入れられるわけがない。今なら私もそう思う。だがここの連中はいまだにその狂気にとらわれている。世界が異常なのだと思っていたあんな悲しくひどい世界が正しいわけがないと。だけど、ここはどうだ。犯罪者といっても私たちの事件とはまるで無関係の人々を殺して、多くの仲間も消えて。全国で暴動も起こしている。この場所こそ異常だ。私は・・・ここから抜け出したい」
逃げたい、ここにいたくはないと口にしたのはこれが初めてのことだった。
そんなことを言うのはいまさら言うのはとても罪深いことだと思っていたから。
だけどもう限界だ、こうでもしないと罪悪感に人殺されそうになる。
ドン!ドンドン!
殴りつけたかのように激しいノック音が響き、私は驚きカメラをその手からこぼれ落とし
た。
「誰ですか?」
ドン!ドンドン!
私の問いに返答はなく早く開けろ開けないとこのドアを壊すぞ!
そう言いたげに音は一段と大きくなる。
開けるのは恐ろしいがこれを無視するのはさらに恐ろしい。
だから言って自分で開ける気にもなれない私はこう言うのであった。
「鍵なら開いてる。勝手に入ればいいさ」
それを聞く同時に扉の向こうの人物は躊躇なく扉を開けた。
「招集、来てないのはお前だけだ」
扉の前に立つ天咲鈴鹿はどこか遠い目でそう告げてきた。
「ああ、すみません。今行きます」
私はできるだけ彼女を刺激しないよう立ち上がる。
私が立ち上がると彼女もそれで納得したのかふらふらと大広間のほうへと向かいだした。
正直彼女について行きたくはなかったが、これ以上ここに籠っていると命にかかわるような気がして私も彼女について行くように大広間へと向かう。
ズルズル。
廊下には彼女の這うような足音が響き嫌に耳に残る。
ゆっくりふらふらと進む彼女はどこか夢遊病者のようで危なげだ。
いや、この状態なのは彼女だけではない。
この場に暮らす皆、私、ヒルを除く者たちが大なり小なりこのような状態だ。
どこか心あらずといった感じで、みんなをまとめていたリーダーはアクセルのはずだったのにいつの頃かそれがヒルにすり替わっていた。
そのころからだったと思う、私の心がこの組織から離れていったのは・・・。
大広間前のドアまでたどり着く。
室内からは一切の物音すらせず、本当にみんなが集まっているのかと、つい疑ってしまう。
「早く中に入りなさい」
いつの間にか私の後ろに回った天咲さんにせかされ扉を開くとそこにはまるで柱のように微動だにせず左右に陳列する人類浄化の会の仲間たち。
そして、その先の壇上には・・・
「連絡ご苦労様です、天咲鈴鹿。ようこそ、住瀬章夫。二人とも中へ入りなさい」
こちらを静かに見下すヒルがいた。
ヒルに促されるまま彼らの後ろに並ぶ私を確認すると満足そうにうなずいた。
「さて、これで集まるべき人はみな集まりました」
そうは言うがあたりを見渡してもリリィとアクセル二人の姿が見えない。
特にリリィはいつもヒルといるイメージがあるのでより違和感が大きい。
「住瀬章夫。そう動揺しないでください。リリィなら私用で出かけています、数時間で帰宅するでしょう。アクセルについては今から説明します」
自分の名前を呼ばれたことにギョッとし考えていることを読まれたことに戦慄する。
なぜこの人はいつもいつも人の心の内を見据えることができるのだろう?
私の不安も恐怖もヒルにはすでに見えているのだろうか?
「実は先ほど人類浄化の会、リーダであったアクセルこと響司が警察に捕まりました」
「なっ!」
静寂の空間にヒル以外の声が響いた。
それは私だ。
私だけがその事実に驚きつい声を出していた。
ほかの皆はそんなそぶりは見せない。
変わらず瞬き一つせずただまっすぐに壇上のヒルを見つめている。
私はそんな皆に動揺を隠せない。
どうして?なぜ?平然としていられる?
まるで当然だと言わんばかりに聞き流せる?
「彼は、最後まで計画のために助力し悪を倒し捕まりました。我々はそんな彼の意思を無駄にはしません。こうなってしまった以上我々で彼の計画を遂行することこそが今まで我らを導いてきた彼への感謝だと知りなさい。あなた方ならできますなぜなら彼と同じ強い意志があるのですから。意志の力はどんな困難をも乗り越えるエネルギーがあります。貴方たちの思いがすべてを変えるのです」
アクセル、響司のように感情的ではなく語り聞かせるような落ち着いたヒルの演説は何か魔性の魅力でもあるのだろうか?
特別なことは特に何も言っていないのに先ほどまで棒立ちだった皆があふれ出す感情を抑えきれずフルフルと震えだしていた。
かくゆう私もなぜか胸がざわめく。
こんな場所は嫌だ、やっていることがおかしいそう思っているのに、ヒルについいていきたいという感情が湧き水のように溢れてくる。
魔性。
あれは人を破滅へと導く悪魔、強く思うことで私は溢れる思いに必死でふたをする。
「さて、響司のそして貴方たちの念願がかなう時です。この町の悪が集う場所、三丸刑務所。そこにいるすべての者たちを殺しなさい。貴方の手で」
瞬間、歓声が響き渡った。
建物すら震わせるほどの大きな声、なのに叫ぶみんなはあいも変わらず虚ろな瞳のままただただ口を大きく開き声を上げるだけ。
それはさながら無機質なサイレンのようでもある。
そんな叫びもヒルがヒルが手を翻すとピタリと止まる。
まるで軍隊だ。
そんなことを思わずには入れれない。
「皆さんの決意はその叫びと比例するものだと受け取ります。では、始めましょう。貴方たちの最後の物語を」
あまりの情報量の多さと現実味のなさに、ここにいる誰もが疲れを隠しきれていなかった。
あれからすぐ駆けつけてきた岸野刑事達はこの場の惨状に驚きながらも、冷静に対応してくれた。
やはりというべきだが銃で撃たれた法事、奈佐、青渕の三人はすでに息はなく手の施しようがない状態だった。
そして三人を撃ったのが司に間違いないということも本人の証言とのちの調査から確定した。
断罪事件についてはまだ調査中だがこの三人の殺害については立件されるだろうとのことだった。
恵子は憔悴しており同じく現場に駆け付けた秋瀬の奴に抱きかかえられていた。
数人の警察に連れられて行く司、あの監視下なら自殺もできないだろう。
そこはひとまず安心だ。
だがまだ、聞きそびれていることがある。
俺はもう一度だけ司のもとへと歩み寄る。
途中ほかの警察に止められそうになったけど岸野刑事が気を利かせたのか口添えをし通してくれた。
後で、礼を言っとかないとな。
司は特に手錠をされているわけでもなかったが大人しいもので、俺に気づくととすぐに足を止めてくれた。
「司、お前の言っていたヒルって」
「ああ、ヒルのことか。あれのことを考えるなんて無駄だと思うけど、どうせ止めれないし。まぁ、それでも知りたいっていうならそこの刑事さんに聞くんだね。少しくらい情報持ってるんじゃない?」
指さす方向には岸野刑事。
「アイツが?」
「聞いてみるといい。どっちにしろ僕から話すことはない。あとは君の好きなようにしろよ。まぁ、せいぜい殺されないように」
それは俺のことを心配しての言葉だったのか?
そのままパトカーへ乗り込む司の表情を俺はうかがうことができなかった。
「正直な話。お前は響司を殺すと思っていたぞ」
のんきにタバコをふかしながらとんでもないことを言う岸野刑事。
この刑事、思考がかなり危ないな。
こんなのに本当に市民が守れるのか?
そんな疑問をつい抱いてしまう。
そんな俺の疑念など知ってか知らずか、岸野刑事はなれなれしく俺の横へと並び立った。
「仲間や旧友が殺されたというのに案外冷静だな。お前」
「冷静なんかじゃない。もっと冷静に動くべきだった。そうすればあいつ等は死なずに済んだんだ」
「そうだな」
別に否定してほしかったわけじゃないけどこうも簡単に肯定されると心に刺さるものがある。
「まったく自分で行っといてなんて顔してんだ。そんなにつらいなら素直に涙でも流せばいいのに」
「それはできない。ここで泣いたら多分もう立ち直れないから。・・・司は多くの人を不幸にした。それはわかってる。だけど、俺はなんでかな。アイツに怒りらしい感情は何も浮かばないんだただ悲しいだけで。もし、俺が怒りを向ける相手がいるとすればアイツを止められなかった俺自身、もしくはアイツの裏にいた存在だ」
そこで岸野刑事の体がピクリと震えた。
この反応、司の言っていることは本当なのだろうか?
「岸野刑事、アンタは知ってるんじゃないのか?ヒルと呼ばれる奴のことを」
俺がその名を口にするとともに岸野刑事は『はぁー』と大きくため息をついた。
「もうその名を聞いてるとはな。響司あたりが話したか、ということは事実か」
何か一人で納得し始める岸野、その顔は今までにないほど険しいものとなっていた。
「岸野刑事一人で納得されても困る、俺の質問に答えてくれないか?それとも捜査機密とかで話せないか?」
だとしたらまた手を考えるまでだ。
こいつをさらってでも情報はすべてはかせる。
もう俺も後には引けない。
「いや、どちらにせよお前には話すつもりでいたからな好都合だ」
そんな俺の覚悟とはよそに岸野はあっさりと情報を出すと言った。
「やけにあさっりとしてるな」
「確認してほしんだよ。ヒルの顔を。お前のよく知る人物かどうか」
ゾクリとした。
「オイ、そりゃ一体何の冗談だよ?ヒルってのは俺の知っている奴ってことか?」
しかも今な口ぶりだとそれはごく身近な人物だろ思われる。
「それを確認してほしんだ」
頭をかかけたくなる、どうして一体なんで俺たちの周りはこんなことばかり起こるんだ?
偶然の訳ないよなここまでくると、そのヒルってやつのせい?
でもそいつも俺の知り合いって、意味が分からない。
「近衛、つらいだろうが確認してほしい。それとも林田恵子に確認させるか?」
俺はその瞬間ほとんど無意識に岸野の胸ぐらをつかみ上げた。
「恵子には言うな。今日だけであいつがどれだけ参ってると思ってるんだ。頼むから、もうアイツを苦しめないでくれ」
「苦しめたくはないさ、だがこれが俺の仕事だ。どうする?お前が確認するか?それとも林田に見せるか?」
それはほとんど脅迫のように俺には感じられた。
だけどそれは岸野自身の余裕のなさの表れのようでもあった。
「俺が見る。恵子には確認した後話すよ」
「わかった。ここは人が多い場所変えるか」
そうして連れてこられたのは公園外れの公衆トイレ。
あまり清掃が行き届いていないのか中に入らずとも入口に立っただけでアンモニア臭が漂い顔をしかめたくなった。
「内容まではいちいち見なくてもいい。ただこいつら二人の顔をよく見てくれ」
岸野が取り出したのは数時間前、慶介が持ち帰ったはずのビデオカメラだった。
「まて、なんでそれがここにある?」
「そうか、お前はもうこの事件については知ってたんだな。なら話は簡単だこのビデオにヒルと名乗る人物が映っている。それは道長慶介で間違いないか?」
そうして見せられた映像には俺の知らない慶介と百合の真実が映し出されていた。
朝、布団の暖かなぬくもりに包まれた中で穏やかに目を覚ますと最初に目に入るのはよく見知った弟の顔。
名前は思い出せない。
それから名残惜しい布団を抜け出し(もちろん弟に残りの布団はかぶせてあげる)居間へと向かうとお父さんがTVを見ていた。
名前は思い出せない。
見ている番組は朝のワイドショー大御所のお笑い芸人が司会をやっている。
なんでニュース番組なのにお笑いの人が司会をしているのだろう?
『おっ今日は朝早いな』
優しく私に話しかけてくれるお父さん。
その声を思い出せない。
『お父さんこそ、お休みなのに早いね』
『アンタが遅いのよ。もう十時よ』
お母さんがそういった。
名前は思い出せない。
『えーでも・・・はまだ寝ているよ』
弟の名前を呼んだ、けれどそれは言葉として表れない。
まるでその部分だけノイズが走ったように記憶が焼き切れている。
『あの子はまだ幼稚園生でしょ。小学生ならもう少しちゃんとしなさい』
ああ、そうだお母さんは結構小うるさい人だったけ?
そんな注意に私はよく反論してたっけ?
こう見ると特別恵まれているってわけではなかったけど十分幸せに分類される家庭だったのだろう。
だけど、この幸せは決して続かないことを今の私は知っている。
だから、きっと私の物語はそう悲劇なのだろう。
目が覚めると同時に感じる目元の違和感を手で拭い去るとそこにはわずかな水滴、どうやら私は泣いていたようだ。
「目が覚めましたか。泣いていますね。家族の夢を見ましたね」
本を読みながらヒルがそう話しかけてきた。
「うん、最近よく見るんだ。前はこんなことなかったのにね」
「薬を減らした影響ですね。元の金城百合の人格に戻りかけている事による障壁でしょう」
なんとなく予想していた答えに私はさほど驚きはしなかった。
「そっか、じゃあ私は昔の私に戻るの?」
「完璧には無理ですね。今の貴方の人格がそれを邪魔しますから。それにもうそんな時間はありません。先ほど響司が警察に捕まりました。こちらも最後の仕事をしなければなりません」
やっぱり今日、響君を捕まえさせる予定だったのか。
ほんとにすべてがヒルの思い通りに進んでいく。
そんなヒルはやっぱりすごいなと素直に思い、やっぱりどれだけ自分が努力しようと決して届かない存在なのだと思い知らされた。
「じゃあもう終わりだね、決行はいつなの?」
「十二月三十一日、つまり明日です。ほかの皆さんには先ほど伝えました。貴方も最期に挨拶位してきなさい。貴方の最後の友人である林田恵子に」
「それは、ヒルが望むことなの?」
「いえ、ただ貴方はそうします必ず。では、最後の夜思い残しの無いようにしてください」
私のそう告げヒルは部屋を出て行った。
ヒルがああいった以上私が恵子ちゃんとこれから会うのはもう避けられない運命なんだろう。
正直会うのはしんどい。
だって、どんな顔をすればいいのかわからないから。
これが最後だと思うと余計に・・・。
うん、だけどここで会わなければそれはそれで後悔するのは間違いないだろう。
会えば、きっと彼女を傷つけることになる、だけど何も言わなくてもいずれ彼女を傷付けることになるだろう。
なら、せめて私の口でお別れを告げよう。
私はそう決心し、以前修にプレゼントされたマフラーを巻き恵子のもとへと向かった。
『話があるので、みんな大広間に集まってください』
ヒルに突然そう呼び出されたのはつい先ほどのことだった。
こんな時間に突然の呼び出し、しかも人類浄化の会全員の招集それはただ事ではないことを予期していた。
正直嫌な予感しかしない。
最近はここにいることが苦痛に感じることがたびたびある。
以前はこの場所だけが私の唯一の救いであり安らぎだと信じていたのにまるで夢が覚めたかのようにみんなの価値観に全くついていけない自分がいる。
自分たちが起こしているこしている事件が恐ろしくてたまらない。
そんな恐怖をごまかすために私は今日もビデオ日記をつける。
「十二月三十一日を迎えた。今日でまた一年が終わる。この日記も後どれだけ続けられるだろうか?最近みんながやけに殺気立っている。たぶんあの時のアクセルの演説が聞いているのだろう。現に私もこれから自分たちが偉大なことをする世界に名を刻む偉人英雄になるのだと浮かれていた。なんて、馬鹿なことだろうか?そんなことあるわけないのに世間から見れば私たちは狂人たちの集団だ。その思想なんて受け入れられるわけがない。今なら私もそう思う。だがここの連中はいまだにその狂気にとらわれている。世界が異常なのだと思っていたあんな悲しくひどい世界が正しいわけがないと。だけど、ここはどうだ。犯罪者といっても私たちの事件とはまるで無関係の人々を殺して、多くの仲間も消えて。全国で暴動も起こしている。この場所こそ異常だ。私は・・・ここから抜け出したい」
逃げたい、ここにいたくはないと口にしたのはこれが初めてのことだった。
そんなことを言うのはいまさら言うのはとても罪深いことだと思っていたから。
だけどもう限界だ、こうでもしないと罪悪感に人殺されそうになる。
ドン!ドンドン!
殴りつけたかのように激しいノック音が響き、私は驚きカメラをその手からこぼれ落とし
た。
「誰ですか?」
ドン!ドンドン!
私の問いに返答はなく早く開けろ開けないとこのドアを壊すぞ!
そう言いたげに音は一段と大きくなる。
開けるのは恐ろしいがこれを無視するのはさらに恐ろしい。
だから言って自分で開ける気にもなれない私はこう言うのであった。
「鍵なら開いてる。勝手に入ればいいさ」
それを聞く同時に扉の向こうの人物は躊躇なく扉を開けた。
「招集、来てないのはお前だけだ」
扉の前に立つ天咲鈴鹿はどこか遠い目でそう告げてきた。
「ああ、すみません。今行きます」
私はできるだけ彼女を刺激しないよう立ち上がる。
私が立ち上がると彼女もそれで納得したのかふらふらと大広間のほうへと向かいだした。
正直彼女について行きたくはなかったが、これ以上ここに籠っていると命にかかわるような気がして私も彼女について行くように大広間へと向かう。
ズルズル。
廊下には彼女の這うような足音が響き嫌に耳に残る。
ゆっくりふらふらと進む彼女はどこか夢遊病者のようで危なげだ。
いや、この状態なのは彼女だけではない。
この場に暮らす皆、私、ヒルを除く者たちが大なり小なりこのような状態だ。
どこか心あらずといった感じで、みんなをまとめていたリーダーはアクセルのはずだったのにいつの頃かそれがヒルにすり替わっていた。
そのころからだったと思う、私の心がこの組織から離れていったのは・・・。
大広間前のドアまでたどり着く。
室内からは一切の物音すらせず、本当にみんなが集まっているのかと、つい疑ってしまう。
「早く中に入りなさい」
いつの間にか私の後ろに回った天咲さんにせかされ扉を開くとそこにはまるで柱のように微動だにせず左右に陳列する人類浄化の会の仲間たち。
そして、その先の壇上には・・・
「連絡ご苦労様です、天咲鈴鹿。ようこそ、住瀬章夫。二人とも中へ入りなさい」
こちらを静かに見下すヒルがいた。
ヒルに促されるまま彼らの後ろに並ぶ私を確認すると満足そうにうなずいた。
「さて、これで集まるべき人はみな集まりました」
そうは言うがあたりを見渡してもリリィとアクセル二人の姿が見えない。
特にリリィはいつもヒルといるイメージがあるのでより違和感が大きい。
「住瀬章夫。そう動揺しないでください。リリィなら私用で出かけています、数時間で帰宅するでしょう。アクセルについては今から説明します」
自分の名前を呼ばれたことにギョッとし考えていることを読まれたことに戦慄する。
なぜこの人はいつもいつも人の心の内を見据えることができるのだろう?
私の不安も恐怖もヒルにはすでに見えているのだろうか?
「実は先ほど人類浄化の会、リーダであったアクセルこと響司が警察に捕まりました」
「なっ!」
静寂の空間にヒル以外の声が響いた。
それは私だ。
私だけがその事実に驚きつい声を出していた。
ほかの皆はそんなそぶりは見せない。
変わらず瞬き一つせずただまっすぐに壇上のヒルを見つめている。
私はそんな皆に動揺を隠せない。
どうして?なぜ?平然としていられる?
まるで当然だと言わんばかりに聞き流せる?
「彼は、最後まで計画のために助力し悪を倒し捕まりました。我々はそんな彼の意思を無駄にはしません。こうなってしまった以上我々で彼の計画を遂行することこそが今まで我らを導いてきた彼への感謝だと知りなさい。あなた方ならできますなぜなら彼と同じ強い意志があるのですから。意志の力はどんな困難をも乗り越えるエネルギーがあります。貴方たちの思いがすべてを変えるのです」
アクセル、響司のように感情的ではなく語り聞かせるような落ち着いたヒルの演説は何か魔性の魅力でもあるのだろうか?
特別なことは特に何も言っていないのに先ほどまで棒立ちだった皆があふれ出す感情を抑えきれずフルフルと震えだしていた。
かくゆう私もなぜか胸がざわめく。
こんな場所は嫌だ、やっていることがおかしいそう思っているのに、ヒルについいていきたいという感情が湧き水のように溢れてくる。
魔性。
あれは人を破滅へと導く悪魔、強く思うことで私は溢れる思いに必死でふたをする。
「さて、響司のそして貴方たちの念願がかなう時です。この町の悪が集う場所、三丸刑務所。そこにいるすべての者たちを殺しなさい。貴方の手で」
瞬間、歓声が響き渡った。
建物すら震わせるほどの大きな声、なのに叫ぶみんなはあいも変わらず虚ろな瞳のままただただ口を大きく開き声を上げるだけ。
それはさながら無機質なサイレンのようでもある。
そんな叫びもヒルがヒルが手を翻すとピタリと止まる。
まるで軍隊だ。
そんなことを思わずには入れれない。
「皆さんの決意はその叫びと比例するものだと受け取ります。では、始めましょう。貴方たちの最後の物語を」
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