断罪

宮下里緒

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六十七話 別れ

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この世に悪とされるものは数あれど絶対悪なるものは存在しない。

そんな話を以前聞いたことがあった。

理由としては、絶対悪なるものはその存在がすべての者にとっての害悪となる共通の敵であること。

だけど、百人いれば百人の考え方があるそれが人間ってもんだ、だからすべてのものに共通する敵なんて要るわけがない。

これが、絶対悪なんてものがこの世には存在しえない理由。

それでも、あえて絶対悪を作り出すとすればそれは己が最も許せない存在だと俺は思う。

それが、たとえすべてにとっての害悪ではなくとも自分にとって許せない存在ならそれは俺だけの絶対悪だ。

そして、その絶対悪は今やっと俺の前に姿を現した。



「つまり、これまでの町で起きた事件は道長と金城の仕業だったってことか」

心の中の激情、増悪に近いその感情に比べ出てきた声は思いのほか理性的なものだった。

だがあの二人に対する怒りは司の時の比ではない。

そもそも司の行動は理解できる部分もあった分、間違っているとは思いつつも悲しみはあれど憎しみはなかった。

けれどこの二人は違う。

こんな、仲間まで陥れるやり方は理解できない。

だからあるのは不快感と強い怒りだけだ。

「こいつの証言通りならな。・・・それで、二人は道長慶介と金城百合で間違いないんだな」

「こんな、きれいな顔の奴ほかにいるかよ。間違いはないさ」

「そうか、その割にはこの二人顔がよく似通っていると思ったんだが」

「はぁ?そんなわけないだろ。性別すら違う二人が似てるわけないだろ」

そう言いながら写真の二人を見比べる。

並びあうように映る二人の人物はどちらも人形のように愛くるしい容姿をしている。

まさかこのうちの一人が男だとはだれも思わないだろう。

けれど確かに見比べると双子とは言わないが、慶介と百合の顔立ちは似通っている?

似てる岸野が言うように間違いなくこの二人は似ている。

なのに何で俺はそんなことを今まで思いもしなかった?



「どうした。ボーっとして」

黙り込んでいる俺を不審に思ったのか岸野が声をかける。

「いや、なんでもねぇ。・・・それより二人はどうなるんだ?捕まえるのか?」

「まぁ、このビデオの件もあるしな。話を聞かんとならん。断罪事件が大詰めだという話も気になるしな。こいつらが何か行動を起こす前に何としても捕縛しなきゃな」

その言葉には嘘などない真剣な誠意が見えた。

が、俺にはどうしてもこのビデオの言うように誰かがこの慶介を止まることができるとはあまり思えなかった。

あいつは、普段こそのほほんとしているがやるといったことは必ずやり遂げる奴だ。

アイツにはそれができるだけの行動力がある。

「岸野刑事。こいつらを探すの手伝うか?」

俺のその言葉に岸野は冷ややかな視線を送る。

「君はまた誰かを巻き込む気かい?君のどうにかしたいという思いはわかる。けれど、それがいい方向に行くとは限らない今回のような最悪な結末もある。君が望まなくとも。もう、大人しくしとけ。ああ、帰るなよお前らは取り調べがあるから」

それだけ言うとあとはもう用がないと岸野は俺の前から去った。

そして、それから約10時間後のことだったあの事件が俺の耳に届いたのは。





私たちの事情聴取が終わったのは夜中の三時を過ぎた後だった。

すべてのことをありのままには話したが、それで警察の人たちが納得してくれたかはよくわからない。

ただ、パトカーで家に送られた私を最初に包んだのは解放されたことへの安心感だった。

家に入った瞬間、せき止められていた感情があふれ出し夜中だというのに大声で再び泣き出してしまった。

そんな私を千晃はまた黙って抱きしめてくれた。

そしてそのまま眠ってしまったのだろう、目が覚めれば私は変わらず千晃に抱きしめられる形でベッドに横になっていた。



(千晃、ずっとこうしてくれてたんだ)

恋人の愛しいぬくもりに感謝を込め口づけを交わす。

物語ではこれで眠り姫は目覚めるはずだが、男女が逆転しているためか千晃は一向に目覚める気配はない。

(疲れてるんだよね)

そう疲れてるんだいろいろなことがいっぺんにありすぎて私ももうくたくただ。

寝たはずなのに一向に疲れも取れていない。

(そういえば今、何時だろう?)

薄暗い部屋の感じから考えると夜明け前なのだろうけど、この暗がりで時計は確認できない。

「そっだスマホ」

昨日から充電してなかったから電源が切れていないか心配だったけどどうにかギリギリ生きていた。

「五時か」

ということは眠りについてから約二時間、そりゃ疲れも取れないよね。

もうひと眠りしようとしたところでメッセージが一件来てることに気づいた。

無視してもよかったんだけど無意識のうちに開いてしまった。



‐外で待ってる‐



そんな馬鹿な、いるはずがない。

そんな考えよりも先に体は外に飛び出していた。

外は日がまだ上っておらず視界も悪い、けれど彼女がそこにいることはすぐにわかった。

「百合!」

階段を駆け下りその名を呼ぶ、早朝だとかそんなことは頭になかった、ただ必死にその名を叫んだ。

そんな私に百合はいつものように、

「おはよう恵子ちゃん。朝早いんだね」

そう、軽く微笑んで見せた。



「百合。なんで、ここに?」

「恵子ちゃんに会いに来た」

そう答える百合の表情はとても朗らかで、あの時のぼろぼろの姿はどこにもなくいつも通りの百合がいた。

「会いに来たって。アンタ体は大丈夫なの。安静にしとかなきゃ」

そう慌てる私に百合は少しだけ目を丸くするとまたふっと笑う。

「そっか、恵子ちゃんは知らないんだ。そっか。・・・恵子ちゃん今日はねお別れを言いに来たんだ」

「えっ?はっ?」

「本当は何も言わないつもりだったけど、ヒルに言われてね。少し無理してきた」

「百合・・・」

「色々あったけど恵子ちゃんには本当に感謝してるんだよ。私がこんな風に思えるようになったのは恵子ちゃんたちのおかげだから。人形だった私をまた人間に戻してくれた」

「ねぇ百合一体何の話?」

問いかける私を無視して百合はなおも話し続ける。

「ごめんね。今まで何も言わなくて。そしてこの後の事もごめん。私、恵子ちゃん悲しませてばかりだったけど。本当にあなた達に会えてよかった、ありがとう」

「百合、あのとりあえず家の中に」

そうアパートに向き直ると体を何かがピリッと走るのが感じられた。





ふらりと足がなくなったように倒れる恵子を地面に倒れる前に急いで僕は抱きかかえる。

恵子は意識こそ失ってはいたが呼吸も安定していて危険な状態では内容だった。

その様子に心底ほっと息を漏らす。

とは言っても彼女をこんな目に合わせた相手に怒りがないわけではない。

「随分ひどいことをするな君は!」

少し強めの口調でそういう僕に金城百合は、

「私がひどいなんて事、知ってるでしょ?初めましてかな?秋瀬千晃さん」

と、スタンガンを片手に笑って見せた。

「大丈夫意識を奪っただけ命に別状はないし後遺症も残らない。それより、あなた何でいまままで黙って見てたの?最初っから様子うかがっていたでしょ?」

そう、彼女が言うように恵子が起き上がった直後から僕は様子をうかがっていた。

流石にあんなに激しく起きられたらどんなに疲れていても目が覚める。

最初は錯乱して飛び出したのかと思ったけど、恵子の向かう先にいた金城百合を見つけて様子を見ることにした。

「ああそうだよ。君が一体恵子に何の用があるのか気になってね」

「その口ぶりだとあなた私たちのこともう知ってるんじゃない?私が恵子ちゃんに危害を加えるとか思わなかったの?彼氏のくせに」

そこには明らかな非難の感情が込められていた。

「だから、様子を見てたんだ」

「そう。・・・恵子ちゃんの事今度はちゃんと見ててよ」

「君はどうするんだ?」

「わかってるでしょ。最後の仕事があるの。死にたくないなら家の中に引きこもってなさい、警察に知らせたいならどうぞ勝手に。じゃあね」

アンタには用も興味もない、恵子の前では優しい瞳を常に絶やさなかった金城百合だが、僕に対してはそれとは正反対、憎んでいるといってもいいような視線をぶつけてくる。

「君が何をするかは知らないけど、それはたぶん恵子が悲しむことだ。できればやめてほしい」

去りゆく背中にそう叫ぶ。

「無理。できないよ、ヒルが決めたことは絶対だから。だから、後の事はよろしくお願い」

 あとはもう話したくない、そういうかのように彼女はそのまま走り去ってしまった。

その姿を目に焼き付けておく。

なぜかはわからないが彼女とはもう会えないという確信がそこにはあったから。

「とりあえず、岸野さんに連絡か」





正直うらやましかったんだと思う。

これからも恵子ちゃんと一緒にいられるあの彼氏さんが。

そんな嫉妬の思いから逃げるように恵子ちゃんのもとから走り去った私にヒルから連絡がきたのはすぐの事だった。

用が済んだんなら午前十時指定する場所に来てくれとの内容だったが、

「なんでバス停?」

そう指定された場所はバス停だった。

時間の指定はまぁわかる。

バスの到着時刻に合わせての指定だろう。

だけどなぜバスのか?



「それは、バスが必要だったからです」

予定の時刻予定の場所でヒルは私の疑問にそう答えた。

あまりにも当たり前の答えだけど私が知りたいのはそういったことではない。

「なんで、バスを選んだの?」

「そのほうが、派手だからです」

たぶんそれがすべてでそれ以外は何もないのだろう。

そう私は納得する。

大きめのバッグを両肩にかけバスを待つその姿ははた目には旅行者にも見えるが、その中に入っているのは旅行道具なんて楽しげなものでないことを私は知っている。

私の後ろに並ぶ浄化の会のみんなは黙ったまま付き従っている。

もうここにいる彼らには個人の意思など露ほどにしかないのだろう。

人類浄化の会の皆はかつての私のようにヒルによって脳に何らかの干渉を受けもはや目的遂行のためには全く躊躇のない機会となってしまっている。

私は、ヒルの気まぐれでその干渉を外されたけど、今さら日常に戻れるはずもないし、何より今の私があるのはヒルのおかげ、離れることなんてできない。

だけど彼はそうじゃないだろう。

目を向ける先にいるのは住瀬章夫。

彼も私と同じようにヒルの呪縛から解放された人物。

メンバーの中でなんで私たちだけとヒルに聞いたが答えは単にほかの操られている人たちとの差を見たいからというものだった。

そんなもの、ヒルならやらなくてもどうなるかわかるだろうに。

そして多分、私と住瀬さん呪縛を解くのを二人にしたのもたぶん私たちの差を見るためだろう。

私は何があっても最後までヒルに従うつもりでいる。だけど彼はたぶん。

「住瀬章夫。気分が悪いようですね」

気分が悪そうに見えたから向かったんじゃない、たぶん始めっから目をつけてたんだろうヒルはまっすぐに住瀬さんのもとへと向かった。

「いや、その、緊張で」

青ざめた顔の住瀬さんが答える。

私の視界の端ではこちらへと向かってくるバスが見えた。

「そうですか。ですがその調子だとこの後が心配ですね。練習をしましょう」

「へ?」

ヒルはバッグからトカレフを一丁取り出すとそれを住瀬さんに握らせる。

そしてそれと同時にバスが到着した。

「住瀬章夫。このバスの乗組員を射殺してください」

やってきたバスのドアが開き切ると同時パンっという発砲音が周囲に響き運転手さんが額から血を流し崩れ落ちた。

私は目を見張り、住瀬さんは固まってしまっている。

けれどほかの皆は何事もなかったかのようにしている。

完全な一般人である乗客たちでさえ。

たぶんヒルが何かしたのだろう。

それが一体何なのかは私にもわからないけど。

「お客さんは何をしてもその場から動かないんで簡単に殺せます。さぁ、殺しなさい」

ずいっとヒルは住瀬さんをバスのほうへと引っ張るが彼はそこで地面に座り込んでしまった。

「無理だ、できない。こんなだって彼らは無関係な人間、悪人でもない」

「悪の価値観は人それぞれ。自分にしてみればこの世界に悪になりえない存在など一つとして存在しません。なので、アレらも悪です」

断じるヒルだがそんなことで納得するのは無理だろう。

「そんな、無理だ」

「そうですか、ではさようなら」

再び響くパンっという発砲音。

そしてそれっきり住瀬さんは動かなくなった。

「ひ、ヒルなんで?なんで殺したの?」

非難したかったわけじゃない、ただあまりに急のことでとっさに聞いてしまっていた。

「言ったはずですよ。貴方たちの物語は今日で終わりだと。ここで作戦に参加しない以上コレにはここで死んでもらいます。それより、金城百合皆に武器を配りなさい」

投げるように渡されたバックは想像以上に重く受け取った衝撃で倒れそうになった。

「うん、わかった」

言われたとおりに銃をみんなに配る。

皆は当たり前のようにそれを受け取る。

「みんな受け取りましたね。では、車内いる乗客は一人残らず殺してください」

ヒルの命令と共にみんなはバスへと乗り込み、銃を撃つ。

たぶんそれでお客さんたちはそれで死んだんだろう、いくつかの窓に血が飛び散りガラス越しのお客さんたちはぐったりと倒れこんでいた。

「自分たちも行きましょう人が集まってきました」

これだけ銃を撃ったんだ、人目に付くのは当然。

誰も、怖くて近づきはしないけれど視線だけはこちらに向いているのが分かった。

逃げないのはまだ現実としてうまく受け止められていないんだろう。

「そうだね、運転はどうするの?」

ここに残ればヒルは目撃者たちも殺そうと言い出すかもしれない、私は素直に同意する。

ここでわざわざ騒ぎを起こす必要はない。

「自分が運転をしますよ」

「えっ、できるの?」

「出来ますよ。許可はないですが」

「許可?」

「免許証持っていません」

一瞬反応できなかったまさかそんなこと言うなんて思わなかったから。

もしかしてヒルなりのギャグ?

ヒルのこういった唐突な行動にはいまだなれない。

「行こうっか」

気を引き締め私はバスへと乗車する。

元々乗っていた乗客たちはみんな通路に捨てられ、空いた席にみんなが静かに座っていた。

「では、みなさんシートベルトはきちんとしてください。危ないですから」

ヒルは本当のバスの運転手みたいに皆にそう注意をすると、車を発進させた。
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