メシアの原罪

宮下里緒

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4話 かつての神話

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目覚めはとてもけだるいものだった。
瞼はなかなか開かず、体は妙に重い。
頭も痛い。
その風邪のような症状に顔をしかめながら目を覚ますと、こちらをのぞき込む明理の顔が目に入った。
「透。大丈夫?今の状況わかる?」
「眠ってたみたいだ」
そう言いながら透は体を起こす。
水浸しの地面に転がっていたため、体中はびしょぬれになっており服が張り付き、気持ち悪さを覚えた。
見ると、横にいる明理も服が濡れていてる
それは、倒れた透が水でおぼれないよう彼女が膝枕をしていたためだったのだが、まだ頭がぼんやりとしている透はそんな考えが及ばないでいた。
「頭が痛い。アンタ、なにした?」
額を抑えながら白い女をにらみつけると女はめんどうくさそうに視線をこちらに向けた。
『お前の頭の中を見せてもらった。お前は私の外見で白蛇をイメージしたな?あんなものと一緒にされるとは侮辱ではあるが、子供の戯言。今回は許そう。私は寛大だからな』
許す、女はそう言ったが言葉の節々にはやけに棘があり、機嫌は明らかに悪くなっているようだった。
『その頭痛は、私がお前の脳内に干渉した影響だろう。同種同士ならなんともないのだがお前たちの脳はもろいな』
曰く、この女の種族、つまり明理のいう神の一族は人間のように言葉によるコミュニケーションはとらず、電気信号を電波として相手の脳内にぶつけることで会話を成立させているらしい。
要は脳内で行うメールのようなものだ。
この女はそれを使い明理や透、言葉の通じない二人とも会話を成立させた。
なんだかイルカみたいだなっと透は思う。
あれは、超音波らしいが。
「じゃあこの頭痛は?さっきまでお前と話しても何ともなかったけど?」
『それは、私がお前の頭に触れ脳内情報を読み取ったせいだろう。私も初めての経験だったからな加減が分からなかった』
「さっきまではそんな事しなくても、普通に話してただろ?」
透は疑問点を口にした。
『伝えようとしていないことはこちらから干渉しない限り読み取れない』
それがどうゆう意味なのか分からず困惑していると、明理がこっそりと補足を入れてくれた。
「透、人間の体も電気信号で動いてるんだって。たぶん神様はその信号を読み取って私たちの考えを呼んでるんだよ。けど、伝える意思がないとその信号は発せられない、だからさっきは透君の頭に干渉してきたんだと思う」
あくまで憶測だけどねと最後に明理は付け加えた。
透は理解はできないままそうかとうなずいた。
なんだか頭痛が先ほどよりひどくなった気がし、話を聞くのもしんどくなったからだ。
「ごめん今日は帰る。なんだか体調良くない。また来るからいいだろ?」
立ち上がりながら断りを入れると、明理は心配そうにこちらを見つめる。
「送るよ!」
その申し出を透は断る。
「いいよ、それより明理にはこの女を見ててほしんだ。この女が神様なのかは俺にはわからないけど島の人たちは明理と同じ反応をとると思う。そうなると、たぶん大変なことになる。だから」
「私たちで神様をお守りするんだよね」
どうやら彼女も考えは同じだったらしくすぐに同意を示してくれた。
ただ、二人の思いは守ると監視過程は一緒でも目的はまるで違うものだが。
「アンタもそれでいいかい?俺達だけを呼びつけたってことはアンタも人手が必要だったんだろう?できるだけの手は貸す、だから勝手な行動はするな」
先ほどからの命令口調が気と次第に強くなる頭痛へのいら立ちで乱暴な言い方になってしまうのを自覚しながら透は聞く。
そんな透に女はやはり不快気に眉をひそめながらも『ああ』と了承してくれた。
『子供の分際で私によくそんな口を利く。まぁ、いいだろう私も今はここから出る気はない。どっちにしろその条件を突き付けるつもりだったからな。駒もお前たちでまぁ良しとしよう』
許しが出たことに一番胸をなでおろしたのは明理だろう。
感謝の表れか、彼女は深々と女に礼をした。
そんなかしこまった親友の姿を見るのが嫌で透はそれ以上は何も言わずその場を離れた。

学が去った後の洞穴、そこを仮に始まりの場所と呼ぼう。
その、始まりの場所ではいまだ二人の女性が話し込んでいた。
『あの子供、透と言ったか。まさかあのような幼子をつれてくとは思わなかったぞ。私の手足たる者たちがこうも子供ばかりになるとはな』
明理の選んだ人選に不満があるらしく女は明理は軽くにらむ。
そんな女に明理は失礼がないよう軽く目を伏せ、申し開きをする。
「あくまで、信用できる者を優先し選んだことですので申し訳ありません。ですが彼はまだ子供といえどこの島への知識は深く御身への理解も他者よりあるものだと思われます。また、あの年齢に似つかわしくはない冷静さも兼ね備えています。決して期待を裏切るようなことはありません」
その力強い言葉からは確かに透への深い信頼が感じ取れた。
それに、無礼ではあったにしろ、この未知な状況にうろたえることのない度胸と把握能力は評価できるものだ。
それに、欲の少ない子供というのも好都合かもしれない。
女はひとまずそう自分を納得させた。
『お前には目覚めさせてもらった借りもある。そこまで言うのであればひとまずは信じよう。しかし、星蔵の人間が今やお前のみだとはな。それだけでいくつものと気が過ぎ去ったものだと実感できるな』
その言葉が気になり明理は質問をする。
「神様は一体どれほどの時間、眠りについていたのですか?」
少し踏み込んだ質問ではあったが、崇拝していた神への興味、好奇心にはかなわず心弾ませる。
『さて、眠りについていた私には正確なことはわからない。逆に聞こう。お前たちのいうヒル。ヒルが神としてこの島に奉られたのは一体いつの事だ?』
その答えは一つの書物にあった。
ヒル伝説が記された書物、それはかつてヒルを神として奉った星蔵家の当代、当主の手で書き記されたという。
その後、その書物はいくつかの写本が作られ島の有力者たちの手により保管された。
ヒルの降臨は今より二百三十五年前とされている。
空から降ってきた謎の巨石、それは墜落と共に大きく大地をえぐり地下に大穴を気づいたという。
恐らくそこがこの始まりの間なんだと明理は考える。
そしてその巨石から現れた男女の神、男神こそがヒルであったと伝えられている。
最初に彼らと出会ったのは当時の星蔵の当主であった。
当時、この島では白兎を神として信仰する風習があったという。
それは、島民にすら忘れ去られた信仰の薄いものであったが、ヒルの存在と結合させることでヒルを神とした新たな信仰が成り立った。
それを成したものが星蔵の当主だった。
彼は以前より自身たちの信仰の薄さに憂いがあったらしい。
そこでこの突如現れたヒルを神として奉りもてなすことで信仰を復活させ廃れていた星蔵の家を再興させたと聞く。
身もふたもなく言えばヒルを神とすることで自身の地位を強くしたのだ。
結果その思惑は彼の予想以上にうまくいったといえよう。
白い肌に白い髪、赤い瞳を持つヒルは伝説の白兎の化身として島民にすぐに認知された。
しかし、もちろん怪しむ輩がいなかったわけではない。
中には鬼が現れたという話も持ち上がるほどに、ヒルの存在は彼らの心を乱したそうだ。
しかし、そんな彼らにヒルは自らの奇跡を見せ神だと勝目して見せたという。
曰く、ヒルは願うだけであらゆることを実現させたのだという。
荒れ地に見事な作物を実らせ、干からびた川に潤いを与えた。
その恩恵により島は豊かに成長したという。
見返りは島民たちを己の配下にすること。
日の光を嫌う彼らは自身の手足となる人間を欲した。
願いをかなえるたびに彼らの傘下は増えていった。
そうしてこの島は神に保護された島となった。
しかし、そんな神の時世が続いたのはたった三年ほどの事。
三年後その神ヒルは人間の手によってうち滅ぼされた。
神殺しを行ったのは、島の頂点に君臨する家、黒絵家のものだった。
彼らは、人々の意思を曲げる神の支配に異議を唱え、対立し多くの犠牲を伴いながら神ヒルをうち滅ぼし女神ナキを封印したという。

『そうか、あの日よりそれだけの時が流れたか』
話を聞き終わった女はそうつぶやくと黙とうするかのように静かに目を閉じた。
その瞼の奥でいったい何を思っているのだろうか?
その彫刻のような美しき面持ちに見ほれつつ、明理は沈黙の中の重い空気に居心地の悪さを感じていた。
何せ恐らく彼女はこの伝説の当事者なのだから。
神をあの場所で見つけた時からあった考えを明理は口にする。
「神様は、伝承でうたわれるナキ様なのですか?」
ナキ、それはヒルと共にこの地へ降臨されたという女神。
伝承では多くは記されてはいなかったが最後は封印され降臨の地奥深くで眠りについたという。
言い伝えではナキ封印の地を星蔵家が管理し、ヒルの眠る地を黒絵家が管理することで島は北区と南区で別れるようになったという。
そして、島の中央にある日ノ丘。
ここで供養される島民たちは二神に見守られながら天へと召されるという。

この場所を降臨の地と考えればこの神の正体も見えてくる。
いや、それ以外考えられない。
何よりその神々しい姿が御身が何者なのかを物語っている。
確信のある問いに神は静かに頷いた。
『そうだ、私の名はナキ。貴様らが奉るヒルの血族。ヒルは私の兄にあたる存在だ』
「!!」
関係はあるとは考えていたが、そこまで近しい間柄だったとは。
その事実に、明理は一つの考えが思い浮かぶ。
それはナキによる復讐だ。
ナキにとってこの島の者たちは自分を封印し兄を殺した人間たちの末裔。
いくらその当事者たちではないとはいえ怒りを覚えてもおかしくはない存在達だ。
神の怒りそれは恐らく計り知れないものとなるだろう。
人間としてそれに恐怖を覚える心は明理にもある。
しかし、神ナキがそれを望むというのならば明理に止めるすべはない。
いや、神の決断に異議を唱えるなどそもそも選択肢としてない。
できることといえば島の代表者、そして先祖たちの罪を償うという意味でこの首を差し出すこと。
その覚悟はある。
死は怖いが崇拝する神の手となればそれはどんな最後よりも幸せなものであると彼女は信じているからだ。
それだけの信仰心が彼女にはあった。
だが同時に、この考えは正しいのかと疑問にも思う。
なぜならナキは手足として明理と透を自身の配下に加えたからだ。
もし真に人間への裁きが望みだというのならばこのような手段をとるだろうか?
明理にはその御心が見えない。
故に、せめてこちらの心の内を明かすことでかつての大罪の謝罪する。
「ナキ様。御身の復活心よりうれしく思います。これより貴方様の言葉どのようなことであれ従うつもりです。かの大罪、ヒル様への無礼私の命で償えというのならばこの首を差し出します。どうかご命令を」
膝をつき頭を垂れる明理。
水を吸いもう使えなくなったであろう着物姿の女をナキはつまらなそうに眺める。
『見返りを求めず私の命に従うとは、変わったやつだなお前は。面白い。命を差し出すことはない、せっかくの私の手足、切り落とすのはもったいない。話が聞きたい、ここではない外の話を私が眠っている間にこの世界がどのように変わったか話せ』
そう命ずるナキはここで初めて小さな笑みをこぼした。
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