メシアの原罪

宮下里緒

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5話 黒絵那岐

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屋敷を出てみると時刻はすでに夕刻に差し掛かっていた。
当主不在のせいもあるのだろう、昼間お悔やみに足を運んでいた人々の姿はすでになく、お手伝いである佐織が後片付けをしている姿が遠目で確認できるだけだった。
だからこそ、さほど気を張ることもなくすんなりと屋敷を出ることができた。
本来このような場に当主が不在なのは問題なのだろうが島民でそれを責めるものはいないだろう。
それほどまでに彼らにとって星蔵と黒絵は絶対的な地位あるのだ。
しかし、星蔵の家で神とされる女が目覚めた。
その影響はこの力関係のみならずより多くを巻き込む混乱となるだろう。
そこまでの考えは思いついたがだからどうすればいいのかという解決策は透には思いつかない。
だから現状維持のためにも女をあの場所に籠らせることにしたが・・・おいてきた親友の身が今になり心配になってくる。
帰路より振り返り見る屋敷は夕日に照らされ影は不気味に屋敷を飲み込むように覆いかぶさっていた。
戻ろうか?
そんな思いもよぎるが即座に否定した。
今戻っても何もできることはない、このまま家に戻らず行方不明となるほうがさらに問題だ。
仮に捜索隊など出されれば何かの拍子にあの女、神のことがばれるかもしれない。
これが今の最善策、そう言い聞かせ思いを断ち切るように再び歩き出す。
まず家に帰ったらヒル関係の伝書をもう一度見てみよう新たな発見があるかも。
そう今できることを考えている透に再び鈍い頭痛が襲う。
あの地下でずぶぬれになったせいか、先ほどよりも痛みが増したかのように感じられた。
しまった、明理に服でも借りるんだった。
そう後悔する透の目にある意味今一番合いたくない人物の姿が映った。
「那岐」
「おや、透。こんなところでどうしたんだい?」
呆けたようにつぶやく透に黒絵家当主、黒絵那岐は心配そうに話しかけてきた。


黒絵家。
この天鳴島で星蔵と同じく島民に崇拝される家。
島をヒルの支配から解放するために神殺しを行った家系。
自らが崇拝する神を殺したこの一族を島民は大いに恐れた。
神への反逆者、摂理に大きく歯向かうもの。
そう忌み嫌った。
しかし、一部の者の中には彼らの行いをたたえる人たちがいた。
彼らは神を殺す偉業を達成した英雄だと。
そうして彼らは皆の恐怖を信仰へとすり替え自身等を神話へ組み込むことで己の地位を盤石のものへしたという。
その現当主が黒絵那岐。
その男の外見を一言で表すなら、まさに熊のような大男という表現が一番しっくりくる。
刈り込まれた短髪に狼のような鋭い瞳は常に周囲の人間に畏怖を与える。
また、丸太を思わせるその太い腕をはじめとする鍛え上げられた肉体もより彼の威圧感を強めていた。
この外見ではたとえその特殊な家柄がなくとも彼の言葉に異を唱えられる人間は少ないだろう。
とてもじゃないが今年で二十五を迎える青年が出す雰囲気ではなかった。
だからこそなのだろう、まだ彼の父、すなわち黒絵家前当主の黒絵大空がまだ六十も満たない若さで家督を譲ったのは。
己以外すべてを押し付けるかのような彼だがむろん友人はいる。
その一人が年の離れた友、飯屋透だった。
地位や、姿に臆することなく自身の持てる知識を持って己と対等に話そうとするあの少年の気質を那岐は好ましく思っていた。
そんな友人である飯屋透の姿を星蔵家の前と思いもよらぬところで見つけ、声をかけたのだが、その全身びしょ濡れでふらつく彼の姿に那岐は眉をひそめた。

「那岐こそこんなところでどうしたんだ?ここは星蔵だよ」
よほど体がきついのか、珍しく弱弱しい彼の声色の透に那岐の心配はより加速する。
「ああ、星蔵明理のところに一つ挨拶をな。黒絵と星蔵長きにわたりいがみ合ってきたが当主が亡くなったのだ、いくら何でも知らない顔はできないさ」
「なるほどね。ああでもばれちゃったな。俺が明理と友達だってこと。那岐からすれば嬉しい事じゃないんじゃないかな」
そう那岐の心情を気にする透だったがそんなことは正直那岐本人からすればどうでもよい事だった。
人付き合いなど人それぞれだしそんなことを他人がとやかくゆうことではない。
ましてや大の大人である自分が子供同士の交友に嫉妬など笑い話にもならないと思う。
「いや、それは別にいい。そんなことより」
那岐は透へと歩み寄るとその小さな体を有無言わさず抱きかかえた。
その行動の結果双方に驚きが生じる。
透は那岐の突然の行動に、那岐は透の体のあまりの軽さと冷たさに。
「アレ?どうしたの急に?」
困惑する透を那岐は背負い歩き出す。
「そんなふらついた体で無理をするな。家まで送ってやる。近くに車を止めてある、乗せていくから安静にしていろ」
確かに先ほどから頭が揺れて立っているのもしんどくなってきたところ、那岐の申し出は透からすればとても助かるものだった。
「けど、いいの?明理に挨拶するんじゃないの?」
その問いに那岐はいいさ、そうきっぱりと答えた。
「そんなことよりもお前の方が大事だ」
照れるそぶりすらなくそう言ってくれた那岐。
透は明理に悪いと思いつつも素直にうれしかった。
笑みがこぼれそうになるのが恥ずかしくなり顔を那岐の背に埋める透。
その姿は第三者から見れば年の離れた兄弟に見えるほど仲睦まじいものだった。

那岐が用意していた車は、漆を塗ったかのようなつややかな黒色をした外車だった。
この車が本土でもめったにお目にかかれないほど高級車だということは無論透が知る由もないことだが、それでもなんとなく豪華な車だということくらいは感じることができた。

「ああ、中に1人俺の友人がいるが気にしないでくれ。奴が何を聞いてきても無視してかまわないから」
その言葉にしゃべるのもだるくなってきた透は小さく顔を動かすことで意志を伝えた。
「時見、悪いが一人乗せる」
助手席を倒し透を横にさせる那岐、その時透は那岐のいう友人と目が合った。
それは、枯れ木を思わせるせるほど細く覇気のない男だった。
洗っていないのか?
風呂に入っていないのか、やけにべたついて見える少し長めの髪の毛はオールバックのようにまとめられ広い額があらわになっていた。
目は裂いたかのように細く眠っているのかとも思われるが、ぎょろりと動いた黒目は確かに透の方へとむけられていた。
その髪にしわだらけのシャツからするとおしゃれとは程遠い人物なのだろう。
はっきり言って那岐とは明らかに違う人種だと透は思った。
故に驚いたのだ、那岐が彼のことを友人だといったことに。
「ん、誰?この子供?」
聞こえてきた声は明らかに不満そうで透の事をうっとおしく思っていることが感じられた。
「島の子供さ。体調悪そうにしてたから家まで送り届ける」
そう言いながら那岐がキーを回すと車のエンジンがかかった。
その物静かなエンジン音に透は自身の家にある軽トラの音を思い出し、車でもモノが違えばこうも差が出るのか。
なんてことを考えた。
「君が人の心配をするなんて珍しいなぁ。何か特別なのかい?この子供」
「友達」
那岐のその言葉に枯れ木のような男がふっと息を漏らした。
「友達?これがねぇ」
ずいっと後部座席から身を乗り出してくる男と目が合うのが嫌で透は少し体を傾け目を閉じた。
本当は挨拶位はしようと思っていたがこの男の観察するような視線が不快でその気は失せた。
「どうも、黒絵と同じ学校に通ってた時見正だ。あり、寝てるのか?」
確認しよとしてるのか、透へと手を伸ばしてくる正を那岐が止める。
「やめろ。体調が悪いって言っただろ」
那岐がそうにらみを利かせると正はすごすごと腕をひっこめた。
「怖い顔だな。そんなにこのガキが心配か。まぁいいさ、珍しいお前も見れた、俺は別にこのガキに興味はない。それでいいだろ?」
「ああ」
そう答えた那岐は一体どんな顔をしていたのだろうか?
ほっとしたのだろうか?
それとも、いつものようなすまし顔か?
気にはなったが、迫りくる睡魔には耐えきれず透は意識を落とした。

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