巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

文字の大きさ
6 / 47

6

しおりを挟む
 「おはよう!」
 友好の第一歩は挨拶であるとルイは信じている。だって昔読んだ本にそう書いてあったから。だからルイはまず隣に座っている男子生徒へと挨拶をしたのだ。
「……え?」
 案の定声をかけられた男子生徒はポカーンとしている。口はぱかりと開けられ、目なんか落ちてしまうのではないかと思うほど見開かれており、10人に聞いたら10人が驚いた顔だと答えるほど驚いた顔をしている。
 それはそうだろう。あの悪い意味で話題に上がることの多いコレット公爵家のルイが挨拶をしてきたのだ。それも普段のようにまるで誰にも興味がありませんとばかりに澄ました氷のような雰囲気を纏った彼ではなく、にこー!と効果音がつきそうなほど朗らかな笑みを浮かべ、好奇心を浮かべた人懐っこそうな青い瞳を柔らかく細めて。
 ガチ、と音がしたような錯覚に陥るほど綺麗に男子生徒は固まった。ついでにヒュッと音もしたのでおそらく呼吸まで止まっている。そんな彼の様子にルイはわたわたと慌て始める。
「あれ!?大丈夫?あっ、もしかしてごきげんようの方が良かった!?」
 見当違いなことを話すルイに男子生徒だけでなく、ルイのいるクラスもざわざわと騒ぎ始める。
 あの……あの鋼の貴公子が見たことない顔で笑ってる!?
 クライスメイトの気持ちが完全に一致した瞬間であった。
 公爵令息にしてはいささか厳つい呼び名は、実は学園内で密やかに広まっている。
 見たものの体感温度を2℃は下げるような鋼のように動かぬ冷たい美貌から誰かが勝手に名付けたのである。それに加えてここ一年程見たことないほど怖い顔をしているアーノルドのことなどお構いなしに付きまとうルイの姿に鋼メンタル……と呟いた生徒の発言が重なり、なんとも言い難いダブルミーニングを持っている呼び名にもなっている。因みにルイはこの呼び名のことを少しも知らない。知らぬは本人ばかりである。
 さて、そんな呼び名がつくほど自分が学園で有名なことなど露ほども知らないルイは、挨拶をしただけで呼吸さえ止めてしまったことに動揺する。何せ声をかけただけで相手を殺しかけている。かつて殺人未遂で処刑された身としては動揺しないわけにはいかない。どうしようどうしようと1人で静かにパニックに陥りかけたが、教室に教師が入ってきて授業が始まったことで、一旦の騒動が終わった。
 隣の席の生徒が無事に呼吸を始めたことで一安心したルイはようやく前へと向き直り、聞き覚えのある授業をぼうっと聞き始める。
 おかしい……。昔読んだ本ではこうやって挨拶すると主人公はすぐにみんなと仲良くなっていたんだけどな……?
 軽く首を傾げ悶々と考えるルイは一度放っておいて、そもそも何故ルイが今まで被っていたコレット公爵家のルイ・コレットの仮面を脱ぎ捨てたかを説明すると時は少し前に遡る。
 

 アーノルドに絶対零度の態度で対応され、ミカエルとも和解の可能性が望み薄になってしまったルイはもう処刑が目の前に来ていることを理解した。
 そして同時にある一つのことを決めた。
 ――――そうだ、猫、被るのやめよう。
 どうせ一年後には死ぬのだ。これまで10年以上誇りある公爵家の息子として、いついかなる場面でも感情を見せず常に腹に一物抱えているような薄笑いで生きてきたが、それも無意味になる。だってあと一年後にはルイは公爵令息どころか頭を切り飛ばされてただの物言わぬ肉の塊になる。ルイは知ってしまった。人間は死んだら権力も名誉も何もかもが無くなることを。
 だったら、もういいかなと思った。コレット公爵家のルイ・コレットとしてではなく、ただのルイとして生きても良いかなと思ってしまった。
 そうして猫を脱ぎ捨てることにしたルイにはたくさんのやりたいことがあった。
「何からしようかなあ。……あ、そうだ!友達をつくってみたいな。それで、友達と町に行って食べ歩きってやつをしてみたい!それから……」
 それから、僕が死んだ時にルイのことを覚えていてほしい!
 やりたいことがとめどなく溢れてくるルイの気持ちはどんどんと前向きに明るくなっていく。暗闇の中に一筋の光を見たように希望が湧いてくる。たとえ、一筋の光程度では暗闇に打ち勝つことなどできないことを知っていても。
 そうだ、どうせ死んでしまうんだ。だったら、最後くらいありのままの自分ってやつで生きてみたい。ただのルイとして友達を1人や2人、作ってみたい!
 今までルイには友達と呼べるような親しい人間はいなかった。素を見せられる唯一の人間であるベスはルイの味方だけど、あくまで彼は使用人である。ルイにとってベスは使用人以上にはなれないし、ベスにとってもルイは使える主人以上にはなれない。
 アーノルドも素は見せられなかったがルイと親しくはあった。だが、それも婚約者という打算や攻略によるものであったし、何より今は親しいとは対極の存在である。
 そんなこんなでルイは打算なしで付き合える気軽な友人という存在に憧れを持っていた。
「よし!そうと決まれば早速だれかに声をかけて……。確か、挨拶はコミュニケーションの始まりだったっけ?」
 そうと決まればいつも僕の隣に座っている男子生徒へと挨拶をしよう!
 以上のような経緯がルイのクラスメイトを呼吸困難に陥らせた出来事の発端である。
 ルイの敗因としては2点。
 ルイが思う以上にコレット公爵家の権力が絶大であったことと、ルイが自覚している以上にルイの悪名が学園内で広がっていたことである。



 渾身の挨拶が空振りに終わり少し落ち込んでいたルイだが、授業が終わればもう一度声をかけるチャンスがあるはずだと自分を励ます。
 やっぱり貴族の令息令嬢が通うんだから挨拶はごきげんよう、だよね。よし!気を取り直して次はお昼ご飯にでも誘ってみようかな!フレンドリーな感じで、無害そうな感じで……!
 そして授業の終了を告げるチャイムが鳴り、いざ再挑戦……!と意気込むのと同時にガタンっ!とけたたましい音を立てて隣の席の椅子が引かれ、瞬きの間に先ほど挨拶をした男子生徒が教室から出ていった。
 あまりの早技にポカンと口を開けるしかできないルイ。
 ……お、お腹が、痛かった……のかな?……いや、まさかとは思うけど……。
 無理やり理由を探そうとするが、それにしては切羽詰まっていた様子の生徒の姿に嫌な予感が止まらない。しばらく隣の席を凝視していたが、覚悟を決めて恐る恐る周りへと視線を巡らせる。
 ルイと視線が合いそうになった生徒はさっと顔を背ける。
「あ、あの……」
「…………」
 耳が痛いほどの沈黙。静かすぎてルイが思わず飲み込んだ唾液の音すら響いているような、緊張して張り詰めた空気。誰も彼もがルイとは視線を合わせず、しかし公爵家のルイを無視するという選択をしてしまったことに顔を青ざめさせて震えている。
 あまりの地獄の空気に耐えられずルイは校舎裏へと舞い戻った。戦略的撤退である。無念の敗走ともいうが。


「うっ、ううっ、まさかこんなに嫌われてたなんて……」
 そしてまたウジウジとのの字を書くだけになったルイはめそめそとしながら、先ほどのクラスでの出来事を思い出す。
 避けられている。あまりにも明確に。
 しかし考えてみれば当然である。カルタナ王国の王家と婚約をしていたのに、突然の婚約破棄、そしてストーカーへと昇格したルイが好意的に受け止められるわけがない。十中八九、婚約破棄の原因はルイにあると考える方が正当だろう。
 まさか友達も作れないなんて……。
 その後、結局ルイは次の授業をサボってしまい、誰かを誘ってみようとしていたランチも1人でもそもそと食べ終えた。
 その後もなけなしの勇気を振り絞って教室に戻り、その日はなんとか授業を受けたが、ふとした瞬間に疑うような警戒するような視線を向けられていることに気づいてからはろくに勉学に集中できるはずもなく。
 そうして散々な1日を終えたルイはめそめそと半べそをかきながら公爵家の馬車へと乗り込んで家へと帰った。
 今まで生きてきた年数より今日1日で泣いた回数の方が多いと思えるほどに泣き疲れ、落ち込んでしまっていたルイは気づけなかった。
 そんなルイの背中を物陰からじっと見つめる人間が1人いたことに。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ユィリと皆の動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新! Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新! プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー! ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

【第一章完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

【完結】双子の兄が主人公で、困る

  *  ゆるゆ
BL
『きらきら男は僕のモノ』公言する、ぴんくの髪の主人公な兄のせいで、見た目はそっくりだが質実剛健、ちいさなことからコツコツとな双子の弟が、兄のとばっちりで断罪されかけたり、 悪役令息からいじわるされたり 、逆ハーレムになりかけたりとか、ほんとに困る──! 伴侶(予定)いるので。……って思ってたのに……! 本編、両親にごあいさつ編、完結しました! おまけのお話を、時々更新しています。 本編以外はぜんぶ、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

いらない子の悪役令息はラスボスになる前に消えます

日色
BL
「ぼく、あくやくれいそくだ」弟の誕生と同時に前世を思い出した七海は、悪役令息キルナ=フェルライトに転生していた。闇と水という典型的な悪役属性な上、肝心の魔力はほぼゼロに近い。雑魚キャラで死亡フラグ立ちまくりの中、なぜか第一王子に溺愛され!?

第2王子は断罪役を放棄します!

木月月
BL
ある日前世の記憶が蘇った主人公。 前世で読んだ、悪役令嬢が主人公の、冤罪断罪からの巻き返し痛快ライフ漫画(アニメ化もされた)。 それの冒頭で主人公の悪役令嬢を断罪する第2王子、それが俺。内容はよくある設定で貴族の子供が通う学園の卒業式後のパーティーにて悪役令嬢を断罪して追放した第2王子と男爵令嬢は身勝手な行いで身分剥奪ののち追放、そのあとは物語に一切現れない、と言うキャラ。 記憶が蘇った今は、物語の主人公の令嬢をはじめ、自分の臣下や婚約者を選定するためのお茶会が始まる前日!5歳児万歳!まだ何も起こらない!フラグはバキバキに折りまくって折りまくって!なんなら5つ上の兄王子の臣下とかも!面倒いから!王弟として大公になるのはいい!だがしかし自由になる! ここは剣と魔法となんならダンジョンもあって冒険者にもなれる! スローライフもいい!なんでも選べる!だから俺は!物語の第2王子の役割を放棄します! この話は小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...