巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

文字の大きさ
7 / 47

7

しおりを挟む
 ルイが猫を被ることをやめてから一ヶ月がたった。相変わらずルイはクラスの生徒からは遠巻きにされ、アーノルドとたまたますれ違おうものなら舌打ちとともに睨まれ、ミカエルを遠目に見た瞬間に反射的に物陰に隠れてしまっていた。
 弁明するならば、クラスの雰囲気のことは確かにルイに一理あるが、アーノルドとは本当にばったり、偶然曲がり角で会ってしまっただけである。あっと思った時には目の前にアーノルドがいて、ルイは先日の経験から恐怖で冷や汗がダラダラと流れた。幸い何か言われることはなく視線で殺せるなら100回は殺されたであろう特大の殺気がこもった視線とチッッ!と空耳とは間違っても言えないほどの苛立たしさを込めた舌打ちのみですれ違った。これなら何か言われた方がマシだったかも知れないとルイは思ったが、和解を試みようと思った当初の会話を思い出して考えを改めた。すっかりあの時の会話がトラウマになっている。
 ……殿下は歴代の王族の中でも物腰が柔らかで優しいと評判のはずだったんだけどなあ……。
 もはやルイには魔王にしか見えないアーノルドの姿を思い出して思わず遠い目をしてしまった。
 ミカエルについてはこちらも一度たまたま偶然彼と彼の取り巻きの視界に入ってしまったことがある。この時もミカエルはそれまで周りの男たちと楽しそうに笑い合っていたのにさっと怯えた表情になったかと思うと、そそくさと取り巻きの背中に隠れ、その様子に気づいた取り巻きたちがルイを激しく警戒して睨みつけるということがあった。
 急に殺気混じりに睨みつけられ、驚きで何も言えなくなってしまったルイはただ呆然としているしかなかったが。
 その場はなんとかルイが逃げおおせたが、それからルイはミカエル一向が視界の端にでも映ると咄嗟に隠れてしまうようになった。アーノルドにしても同様である。
 そうして無駄に学園内でかくれんぼの腕を磨きながらルイはコソコソと生活をしていた。

 そんなある日、もはや公爵邸の自室の次に落ち着く場所となった校舎裏で1人寂しくランチを食べていた時。
「おい、あんた!」
「っ!?」
 誰も来ないと油断していたところにそこそこデカめの声で呼ばれたルイは驚きすぎて座っていたところからちょっと浮いた。ついでに昼食にとベスが作ってくれたサンドイッチも一緒に落としてしまい、ああっ!と思わず悲鳴を上げてしまう。
「ぼ、僕の、僕のお昼ご飯が……」
「あっ、と……悪い。そこまで驚くとは……」
「ベスのサンドイッチが……」
 余談ではあるがベスのサンドイッチはルイの好みドンピシャなのである。ふわふわのパンに新鮮なレタスとみずみずしいトマト、カリカリになるまで焼いたベーコンが挟んであり、仕上げに少しだけ溶かしたチーズがかかっている。具材自体はシンプルなのに、一口食べた瞬間口の中でじゅわっと食感のハーモニーが奏でられる。そこにアクセントのように差し込まれるとろけたチーズがまた最高なのである。最近なんだか元気がないルイを気遣ってくれたベスが久しぶりに作ってくれたサンドイッチが無惨な姿になって、無性に悲しくなってしまう。
 声をかけられたことに驚いてしっかりとサンドイッチを握りしめていなかった自分が悪いことも理解しているが、急に大きな声を出した相手も少しは悪い。そう結論づけたルイは恨めしげに声をかけて来た相手を見つめる。
 初めて真正面から見た男はやけに眼光が鋭く目つきが鋭かった。少し目を細めて眉を上げたその表情はとてつもなく迫力のあるものに見え、どこぞの取り立て屋にも負けぬほどの凶悪な顔つきである。この顔と迫力で怒鳴られようものならたいての人は全てをゲロってしまう。
 ルイは真に怖いものは暴力よりも振り翳される権力であることを知っているため、赤髪の男の睨むような視線は正直言って全く怖くない。が、痛いものは普通に痛いので、逆上して殴りかかってきたら逃げようと油断せずに相手の一挙一動を眺める。普段のルイなら決してこんなことをする勇気などなかったが、何せルイの大好物が犠牲なったのである。これくらいは許してほしい。
「わ、悪かったから、そんな顔すんなって……。」
 しかし、予想に反し、相手の男はルイのじとーっとした視線を受け、素直に謝った。相変わらず目つきは凶悪だったが、謝ってもらったことで少しだけ溜飲が下がり、余裕ができたルイはそこでまじまじと上から下まで男を観察し始めた。
 かなり鍛えている男のようで、着ている服の胸元がパツパツでボタンが可哀想なほど左右に引っ張られている。アーノルドもそれなりに身長が高い方であったと思うが、目の前の男はアーノルドよりも背が高く見えた。
 そんな恵まれた体格に目が行きがちだが、よくよく見るとすっと通った鼻筋にシャープな輪郭、彫りの深い整った顔立ちをしており、凶悪な顔つきさえ改善すればご令嬢が放っておかないほどの色男になるだろうなとぼんやりとルイは考える。短く刈り込まれた炎のような赤髪と褐色の肌はこの国では見慣れないものだが、その色合いがひどくしっくりくるほどにこの男が持っている色気すら感じる魅力を引き立てている。そして、何より目を引くのがその瞳である。形のいいアーモンド型の瞳は太陽のように輝き、まるでトパーズそのもののが嵌め込まれているような宝石の輝きを持っている。
 思わずルイが見入っていると、その視線をまだ怒っていると勘違いしたのか、男はガシガシと乱雑に頭をかいて眉を顰める。もともと悪かった目つきがさらに凶悪なものになり、人の1人や2人は殺していそうな雰囲気すら漂って来た。もしや道に迷ったというのは嘘で、人気のないこの場所で自分を殺そうとしているのか……?とルイがサンドイッチの怒りも忘れ、戦々恐々としていると。
「だーっ!悪かったって言ってんだろ!?あとで詫びでもなんでもするから、とりあえずちょっと助けてくれ!」
「……なんでも?」
 聞き捨てならないセリフが聞こえて来て、思わず恐怖を忘れて反応してしまう。
 どうやら目の前にいる男は何かしらに困っていて、そのためにルイに声をかけたようだ。しかも焦っている様子から何かしら時間に追われている用事のようだ。それに加え、どうやらこの男はルイのことを知らないらしい。ここ最近でどんなに自分の名前が悪い意味で広まっていたかを痛感していたルイは、こんな生徒がまだいたことに居もしない神に感謝を捧げたくなった。
「へえ?なんでも……なんでも、ね。よし!わかりました!僕がお役に立つなら喜んで力を貸しますよ!」
 天啓のように舞い降りて来たある一つの考えに、ルイは猫をかぶっていた時以来の悪い笑みを浮かべて、次の瞬間人が良さそうににこにこと微笑んで見せる。もともと薄かった目の前の男への恐怖などとっくに地の果てへと飛んでいっている。
「本当か!?早速なんだが、道を教えてくれ!一体ここはどこなんだ?」
 どんな無理難題でも引き受けるつもりだったが、案外簡単そうなお願いに肩透かしをくらうルイ。
 道……?何かの暗喩とか?……道を教えてくれ!もちろん、お前の地獄への道をなあ!とかいう?
 などなどさまざまな可能性を考えるが、目の前の男は不穏な気配を纏っているわけでもなくただただ真っ直ぐにルイを見ている。
「道を……ですか?」
「ああ。学園長室ってとこに行きたいんだが、かれこれ数時間は彷徨ってる。気づいたらこんな人気のないとこまで迷い込んじまって、オレはこのまま一生ここで暮らすのかと覚悟を決めかけてた時にお前を見つけてな。思わず大声出しちまった。」
 どうやらこの無駄に顔面の整った強面は本当にただ道を教えてほしいらしい。
 ルイの企んだ笑顔に気づくことなく、赤髪の男は困ったように話し始める。その巨大な図体に似合わぬしゅんとした面持ちにどこか捨てられた子犬を見つけた時のような気持ちを抱く。どこか罪悪感にチクチクと刺されているような気がしながらも、長年の猫被りで鍛えた表情筋は少しも微笑みを崩さなかった。
「確かにここら辺は滅多に学園の生徒は通りませんね。なるほど。そういうことでしたらお安いご用です!ちょうどお昼ご飯も無くなったことですし、学園長室までご案内しますよ!ご飯も無くなったのでね!」
「だから、悪かったって言ってるだろ……。お前、意外としつこいな。……まあ、助かる。」
 けっ!道案内なんて、そんなん当たり前だろ!とでも言いそうな見た目に反して案外あっさり感謝を述べたことにルイは驚く。そういえば先ほどもルイなんて片手で張り飛ばせそうな図体のくせに、ちょっと睨んだだけで素直に謝って来たことといい、おそらく元々大きい声をルイに気を遣ってボリュームを落としていることといい、この男は見た目に反して気遣いのできる真っ直ぐな性格をしているように感じられた。
 まあ、ルイにとってはどうでもいいことだが。
「さあ、それではご案内しますね!ところで貴方、お名前は?あまり見かけない顔ですが……。」
「ん?ああ、オレは、アル…………じゃなくて、カミル!カミル・バドゥール。留学生で、今日がこの学園での初日だ。だから、あんたが見たことねぇのも当たり前だな。」
 カミルとの出会いがルイの運命を少しづつ変えていくことは、今はまだ誰も知らない。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

なぜ処刑予定の悪役子息の俺が溺愛されている?

詩河とんぼ
BL
 前世では過労死し、バース性があるBLゲームに転生した俺は、なる方が珍しいバットエンド以外は全て処刑されるというの世界の悪役子息・カイラントになっていた。処刑されるのはもちろん嫌だし、知識を付けてそれなりのところで働くか婿入りできたらいいな……と思っていたのだが、攻略対象者で王太子のアルスタから猛アプローチを受ける。……どうしてこうなった?

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

【本編完結】死に戻りに疲れた美貌の傾国王子、生存ルートを模索する

とうこ
BL
その美しさで知られた母に似て美貌の第三王子ツェーレンは、王弟に嫁いだ隣国で不貞を疑われ哀れ極刑に……と思ったら逆行!? しかもまだ夫選びの前。訳が分からないが、同じ道は絶対に御免だ。 「隣国以外でお願いします!」 死を回避する為に選んだ先々でもバラエティ豊かにkillされ続け、巻き戻り続けるツェーレン。これが最後と十二回目の夫となったのは、有名特殊な一族の三男、天才魔術師アレスター。 彼は婚姻を拒絶するが、ツェーレンが呪いを受けていると言い解呪を約束する。 いじられ体質の情けない末っ子天才魔術師×素直前向きな呪われ美形王子。 転移日本人を祖に持つグレイシア三兄弟、三男アレスターの物語。 小説家になろう様にも掲載しております。  ※本編完結。ぼちぼち番外編を投稿していきます。

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

ぼくの婚約者を『運命の番』だと言うひとが現れたのですが、婚約者は変わらずぼくを溺愛しています。

夏笆(なつは)
BL
 公爵令息のウォルターは、第一王子アリスターの婚約者。  ふたりの婚約は、ウォルターが生まれた際、3歳だったアリスターが『うぉるがぼくのはんりょだ』と望んだことに起因している。  そうして生まれてすぐアリスターの婚約者となったウォルターも、やがて18歳。  初めての発情期を迎えようかという年齢になった。  これまで、大切にウォルターを慈しみ、その身体を拓いて来たアリスターは、やがて来るその日を心待ちにしている。  しかし、そんな幸せな日々に一石を投じるかのように、アリスターの運命の番を名乗る男爵令息が現れる。  男性しか存在しない、オメガバースの世界です。     改定前のものが、小説家になろうに掲載してあります。 ※蔑視する内容を含みます。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

処理中です...