巻き戻った悪役令息のかぶってた猫

いいはな

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 あの後、ひとしきり笑い合った二人は、もうすぐ次の授業が始まることに気づいて、そろそろその場を後にしようとしていた。しかし、別れてしまう前に少しだけ欲が出てしまったルイはもごもごと口を動かす。
「……エミリー、あの、えっと、ね。その、僕のこと……。」
「はい?はっきりおっしゃったらいかが?」
「ぼ、僕のこと、ルイって呼んでくれない!?」
 い、言った!言ってしまった!
「あ、もちろん、他の人がいる前ではこれまで通りでいいんだけど、二人しかいない時とか……。その、時々でいいから、ここでまた僕とお話ししてくれない……?と、友達とかじゃなくて、ちょっとした話し相手みたいな!本当に時々……気が向いた時でいいから!ここならあんまり人も来ないから噂にもなりにくいだろうし……。」
 そう言って恐る恐るエミリーを見つめるルイ。彼女はそんなルイの問いかけに少し難しい顔をする。
「……わたくし、商人上がりの男爵家ですので、婚約者がいませんの。擦り寄ってくる男は全員わたくしの家のお金が目的でしたので、蹴り飛ばしてきた結果ですわ。……貴方、この意味がお分かりで?」
 そう言ってこてんと首を傾げたエミリーにサーっと血の気が引いていくルイ。
 エミリーには婚約者がいない。つまり、万が一にでもルイとエミリーがコソコソと人気のないところで会い、親しげに話していることがバレた場合、彼らは仲であることが疑われてしまう。最悪、今カミルとルイが噂されているように、アーノルドの怒りを誘発するような噂が出てこないとも限らない。公爵家であるルイは余程のことがなければお咎めなしだが、男爵家であるエミリーはそうはいかない。身分の差とは時に残酷なほどの隔たりとなることがある。
「……ご、めんな、さい……。僕が、考えなしだった。」
 じわりと滲む涙を頭を振って散らしたルイはへらりと笑って見せた。そんな作ったことが丸わかりの下手くそな笑みを浮かべたルイにエミリーはふっと安心させるように笑いかける。
「だから、コソコソとしなければいいのよ。」
「……へ?」
 間抜けな声を上げたルイに構わずエミリーは朗々と話し出す。
「人気のないところでコソコソと会話をしていればそれは怪しいでしょうけど、人目のあるところで堂々と話していれば、それは友人同士の何気ない会話よ。わざわざ聞こえる場所で内緒話をするバカはいないでしょう?」
「そ、れはそうだけど……。でも僕と仲良くしてたら、遅かれ早かれ何か企んでるって噂が流れるんじゃ……。現に僕とカミルは別にコソコソと会話はしてないわけだし……。」
「ええ、そうね。でも、それは貴方とカミル様だからよ。言ったでしょう?私も学園の中では貴方の次くらいには嫌われている方なの。嫌われ者が学園の人気者を取り込もうとしているならともかく、嫌われ者同士の馴れ合いをいちいち噂するほど貴族は暇じゃないでしょう?」
 そう言い切ったエミリーは堂々としており、自信に満ち溢れていた。そんな姿に一瞬、それはそうかもと思ってしまいそうになるが、ルイは自分の行動がかなり貴族たちに注目されていることを思い出す。確かにルイとカミルがミカエルを害そうとしているというゴシップよりはインパクトに欠けるが、学園の嫌われ者同士が仲良くし始めたというのも十分に生徒たちの興味を引く内容のように思えた。
「そ、それでも、噂される可能性はゼロじゃな――」
「ああ、もう、しつこいわね!わたくしは貴方と友人になりたいと言っているの!貴方はわたくしに下るかもしれない罰を恐れているのかもしれないけれど、わたくしはそもそも、今日貴方からどんな罰でも受けることを覚悟してきたのよ!それが遅いか早いかの違いだわ!そもそも、しがない男爵令嬢であるわたくしと結託して行うことができる企みなど、たかが知れてるわ。わたくしの手など借りずとも公爵家の貴方一人で十分のはずよ。つまり!わたくしと貴方が人目のあるところで話していても、問題はありませんわ!」
「そんなめちゃくちゃな……!」
「あら?好きなことを好きなように話して、何が悪いのかしら?ルイ。」
 そう言ってニコリとわざとらしく笑みを貼り付けた彼女の方がルイより一枚上手であった。
「ほ、本当に?本当に僕の友達になってくれるの……?」
「ええ、本当ですわ。むしろ貴方こそ、わたくしでよろしいの?わたくし、ついさっきまで地の果てまで追いかけてでも貴方とカミル様をどうにか引き離そうとしていたのよ。貴方から嫌われることはあれど、友人になって欲しいと言われるほど好かれるようなことをした覚えはないのですけれど。」
「まあ、確かに突かれたくないところを的確に指摘されて泣きそうにはなったけれど……。でも、エミリーが初めてだったんだ。僕に真正面から意見を言ってくれた人。それに――」
 ルイは今までどんな失態を犯しても、咎められることも許されないこともなかった。アーノルドとの婚約破棄から評判はガタ落ちしたが、腐っても建国から存在する公爵家の息子。影でコソコソと言われたことはあれど、依然として権力の頂点近くにいるルイに真正面から物申すものはおらず、初めて許されなかった首を切られるほどの罪を犯してもなお、ルイを咎めてくれるものは現れなかった。
 今回だってルイはエミリーに言われなければ、全てを有耶無耶にして、何も気づかなかったふりをしてカミルとまた今までのように過ごしていたかも知れない。
 ごめんね、カミル。僕ってば友達が初めてできたからちょっと距離感がうまく掴めなかったんだ。避けちゃってごめんね。これからまたよろしく。
 そう言えばきっとカミルは納得しない顔をしながらもルイを許してくれる。そんな甘い考えがあった。だって今までルイを許さなかった人も咎める人もいなかった。それがルイにとって当たり前だった。全てをルイは自分でも無意識のうちに公爵家の権力に甘えていたのだ。
 でも、エミリーに身の程を弁えろと言われた時に、ルイは自分がどんなに独りよがりな考えをしてしまっていたかを気づくことができた。カミルは物でも、自分の考えを持たない人形でもない。意思を持ち感情を持つ1人の人間なのだ。同じ人間であるルイが彼を好き勝手に弄んでいいはずがない。あんなに疎ましく思っていた公爵家の権力に自分が1番甘えていたことに気づき、思いっきり殴られたような衝撃を受けた。しかし、同時に、酷くエミリーに感謝をしたのだ。このままだったらルイはカミルを巻き込んで前回よりも重い罪を抱えて首を切られていただろう。
 無意識のうちに誰にも見えない傷のある首元を撫でながら、ルイはエミリーへと笑いかけた。
「エミリーは僕からカミルを守ってくれたでしょう?」
 僕の友達を守ってくれた人を嫌いになる理由がある?とケラケラと笑うルイを信じられないものを見る目で見つめるエミリー。
「わたくしは、そんな……守るなんて大それたことは……。」
「うーん、それでも、公爵家に逆らってでもカミルのためを思って行動することができる貴方が僕にはとっても素敵に見えた。改めてお礼を言わせて。僕を咎めてくれてありがとう。貴方が来てくれたことで、僕は友達を傷つけずに済んだ。」
 エミリーのおかげで覚悟は決まった。カミルに全てを話す覚悟が。その結果カミルが僕から離れたいと言ったら、それを受け入れる覚悟も。
 なんだかえらく視界がぼやけるなと思っているとエミリーがそっと頬にハンカチを当ててくれた。そこでようやくルイは自分がまた泣いていることに気づく。ああ、このままではまた授業に遅れてしまうと思いながらもポロポロと涙は止まらない。
 理性では分かっていて覚悟ができたつもりでも、感情が追いつかない。始まりこそ強引だったが、ルイにとっては初めてできた友達だ。
 初めてお昼ご飯を誰かと話しながら食べた。初めて素を見せて話せた。そんなルイを受け入れてくれて何も知らないルイに時々呆れながらも笑ってくれた。初めて、ルイを見てくれた、僕の友達。
 それだけでルイにとってカミルは特別な存在になってしまった。彼がルイを否定したらみっともなく縋り付いてしまいそうで、自分が自分じゃ無くなってしまうようで恐ろしい。
「え、エミリー、ぼく、頑張るけどっ……。もし、また、間違えてたら、そのときは、ちゃんと、言ってくれる?」
「……ええ、必ず。」
 えぐえぐとつっかえながらもなんとか伝えられた言葉。あいにく涙で滲んだ視界では彼女がどんな顔をしているかは分からなかったが、確かに頷いてくれたことに安心したことで、一際大きい雫がサファイの瞳から転がり落ちた。
 次の瞬間。
「ルイ!!」
 ぐっと体ごと後ろに引かれ、バランスを崩したルイは思わず目を瞑るが、ポスンと軽い音を立てて誰かに受け止められる。すっぽりとルイが収まるほど大きな体に、目の前にあるのはこの国では珍しい褐色の肌。咄嗟に上を見ると、もともと鋭い目つきをさらに鋭くしてエミリーを睨みつける友達の姿が目に映った。
「……カミル?」
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