《完結済》獣人王国の四男に生まれましたが、何故か人間でめちゃくちゃ愛されてます!?

MITARASI_

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第三章

第23話 記憶の痛み

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 シリウスが怪我をしてから数日。
 学院の空気はいつも通りに戻っていた。
 彼はすでに訓練の補佐任務に復帰し、
 傷もほとんど癒えていると報告を受けた、さすが獣人だ、治癒力が桁違いだなと思うのと同時に

 ――僕の胸のざわつきは消えなかった。

 授業の合間も、ノートを取る手がふと止まる。
 剣を振っても、打ち合いの音の裏で
 あの日の血の匂いが離れない。

「……リク? どうしたの?」
 ルーアの声で我に返る。
 「……ううん、なんでもない」
 笑って答えたつもりだったけど、
 喉の奥が乾いて、うまく声が出なかった。

 放課後、夕方の光の中で一人中庭を歩く。
 空は少し霞んでいて、春の風が肌に冷たかった。
 ――どうして、あんなに怖かったんだろう。
 シリウスの血を見たとき、
 頭の奥が真っ白になった。

 まるで、あの瞬間を
 “もう一度見た”ような感覚だった。

 石畳の上で足が止まる。
 胸の奥が締めつけられる。
 呼吸が浅くなる。

「……っ、痛……」

 頭の中で何かが弾けた。
 視界が歪み、世界が音を失う。

 ――眩しい光。
 雨の音。
 クラクションの響き。
 誰かが泣いている。

 (……だれ……?)

 車のライトが迫る。
 伸ばした手の先に、
 まだ温もりのある手が触れた。

 「……しあわせに、なりたいな」

 誰かの声。いや――僕の声だった。
 記憶が一気に押し寄せる。

 名前を呼ばれた気がした。
 でももう、聞こえなかった。

 ――そこで、僕は死んだ。

 ガン、と鈍い音が頭に響く。
 視界が暗転し、体が崩れ落ちる。

「リク!?」
 誰かの叫び声が遠くで聞こえる。
 手が伸びる。
 その手の先に、また“あの”銀色が見えた。

まぶしい光のあと、静けさが戻ってきた。
 薄く目を開けると、見慣れた天井が見える。
 白く塗られた医務室の天井。
 だけど、目を覚ますまでのあいだに見た光景が、
 まだ頭の奥でかすかに瞬いていた。

 ――雨。
 冷たい光。
 伸ばした手。
 「幸せになりたい」
 そんな声が、自分の中から響いていた。

 胸の奥が痛い。
 懐かしくて、苦しくて、息が詰まるような感覚だった。

「……王子」

 聞き慣れた声がして、リクは視線を動かす。
 カーテンの向こうで、シリウスが立っていた。
 包帯を巻いた腕をそっと下ろし、安堵の笑みを浮かべる。

「気がつかれましたか」
「……うん。ここ、医務室?」
「はい。倒れられたと連絡を受けて、駆けつけました。
 お身体の具合は」
「大丈夫。少し頭が重いだけ」

 口ではそう言いながら、
 胸の奥ではまだ、あの光景が揺れていた。

 “前の世界”なんて言葉を出してしまえば、
 この穏やかな時間が壊れそうで。
 リクはそれを呑み込んだ。

「……変な夢を見てた気がする」
「夢、ですか」
「うん。懐かしいような、怖いような……」
「疲れが溜まっていたのでしょう。
 少しの間、ゆっくりお休みください」

 優しい声。
 それだけで、また涙が出そうになる。

 ――この人がいなくなるのが、怖い。
 その想いだけが、心の中心に残っていた。

「……シリウス」
「はい」
「怪我、もう平気?」
「はい。ほとんど癒えました。
 王子のおかげで」
「僕、何もしてないよ」
「そんなことはありません。
 王子が生きておられることが、
 私にとっての一番の支えです」

 その言葉に、心が少し痛んだ。
 “護衛として”の言葉だとわかっている。
 でも、嬉しかった。
 涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えた。

「……ありがと」
 それだけ言って、リクは微笑んだ。

 シリウスは少しだけ表情を緩め、
 「どうか安静に」と言って静かに部屋を出ていった。

 扉が閉まる音がしたあと、
 リクは胸に手を当てた。

 心臓の鼓動が早い。
 熱いのに、寒いような不思議な感覚。

 ――今の僕は、“リク”なんだ。
 あの世界で終わったはずの僕じゃない。
 それでも、あの記憶は消えない。

 だからこそ、今度こそ。
 この世界で、誰かを失わないように生きたい。
 この手で、守りたいと思った人を――

「……シリウス」

 小さく名前を呼んだ。
 誰にも聞こえない声で。
 その音が、かすかに夜の空気に溶けていった。

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