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第三章
第24話 帰路の嵐
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春の風が学院の中庭を吹き抜けていった。
白い花びらが空を舞い、石畳に敷きつめられた。
卒業式の音楽が止み、祝辞を終えた教師たちが壇上を降りる。
リクは胸の前で証書を握りしめた。
――これで学院生活が終わる。
長いようで、あっという間だった。
講堂の外に出ると、仲間たちが笑いながら記念の写真を撮っていた。
ルーアが駆け寄ってくる。
「リク、終わったね!」
「うん。……なんか、まだ実感が湧かないけど」
「王子がいなくなると寂しくなるなあ」
リクは笑って首を振る。
「また会えるよ。ありがとう、ルーア」
「絶対だよ!」
その声にリクは少しだけ目を細めた。
学院に来た頃の自分を思い出す。
不安と期待の入り混じった日々。
人間として生まれた自分をどう見られるのか怖かった。
でも今は、もう怖くない。
ここで出会った人たちが、彼を“仲間”と呼んでくれるから。
視線の先で、銀の髪が風に揺れた。
シリウスが門の前で待っていた。
相変わらず整った姿勢で、まっすぐにこちらを見ている。
リクは歩み寄り、静かに微笑んだ。
「迎えに来てくれたんだね」
「はい。陛下からの指示で、王都までご同行いたします」
「……卒業、見てた?」
「拝見しました。立派な式でした」
「ありがとう」
それだけで、胸の奥が温かくなった。
彼の存在が、ずっと支えだった。
――学院を離れるのが少しだけ寂しい。
でも、シリウスと一緒なら大丈夫。
その想いを胸に、リクは馬車に乗り込んだ。
途中までは穏やかだった。
春の雨がやがて強くなり、山道に入るころには雷鳴が響き始めていた。
御者が手綱を引く。
「道が滑ります、少し止まりましょう!」
その瞬間だった。
轟音とともに、森の奥から黒い影が飛び出した。
獣人の盗賊――いや、飢えた魔物だ。
馬が悲鳴を上げ、馬車が大きく傾く。
リクはとっさに扉を開けたが、
次の瞬間、視界がぐるりと回転した。
「リク!」
シリウスの声が響く。
衝撃とともに地面に投げ出され、
気づいた時には雨の森の中だった。
「シリウス!」
「こちらです!」
すぐ近くに銀の髪が見えた。
雨に濡れながら剣を構えたシリウスが、
残った敵を一閃で斬り伏せる。
「もう動けません、王子。ここは危険です」
「でも――」
「急ぎましょう。山の奥に古い避難小屋がある」
二人は濡れた森を駆け抜けた。
雷の光が木々の間を裂き、風が枝を折る。
どうにか小屋へ辿り着くと、
中は冷たく、古い木の匂いがした。
シリウスは剣を壁に立てかけ、扉を塞ぐように背を預ける。
「……ここなら一晩は耐えられます」
リクは頷き、薪を探して焚き火を点けた。
湿った火花がぱちぱちと弾け、薄暗い空間に光が生まれる。
「シリウス、肩、血が出てる……」
「かすり傷です。お気になさらず」
「気にするよ。僕のせいで……」
言いかけた声を、シリウスが遮った。
「王子のせいではありません。
それに……あなたを守ることは、私の――」
言葉が途切れた。
シリウスは視線を落とし、濡れた髪を指でかき上げた。
焚き火の音だけが響いていた。
風が山を叩き、古い小屋が軋んでいる。
焚き火だけが頼りの明かりだった。
外は雨で煙が流れ込み、木の壁を濡らしている。
シリウスの肩口から滲む血を見て、リクは包帯を探した。
「動かないで」
「ですが、王子――」
「いいから」
濡れた上着を脱がせると、温もりが近くなった。
薄暗い炎の揺れで、筋肉の陰影が浮かび上がる。
布を巻く指先が、少し震えた。
「……冷たい手ですね」
シリウスが小さく笑う。
「僕の方が緊張してるんだよ」
「緊張、ですか」
「君の怪我を見るたびに、怖くなる」
言ってから、胸が苦しくなった。
シリウスは目を伏せ、焚き火を見つめる。
炎の色が瞳に映っていた。
「王子。私は、あなたの護衛です。
守るために生き、命を懸けると誓いました」
「知ってる。でも、それが……痛い」
リクの声が掠れた。
シリウスが顔を上げる。
「痛い?」
「君がそうやって笑うと、苦しくなるんだ」
しばらく、雨の音だけが続いた。
やがてシリウスがそっと立ち上がり、リクの前に膝をつく。
「……お情けでも構いません。
あなたを想ってはいけないと分かっていても、
抑えられないのです」
彼の声は震えていた。
忠誠の言葉しか知らない人が、初めて本音を吐き出した声。
リクは息を呑み、彼の頬に触れた。
「お情けなんかじゃない。
僕だって、君のことを……」
言葉が終わる前に、唇が触れた。
焚き火の炎がぱちりと音を立てた。
雨の音が世界を包み込む。
熱と冷たさの境界で、ふたりの呼吸が絡まる。
長い間、シリウスは動かなかった。
ただ、抱きしめる腕の力だけが強くなる。
「……離れたくない」
耳元で囁く声が震える。
リクはその胸に顔を埋めた。
「大丈夫。僕はここにいる」
焚き火が小さくなり、
外の嵐が少しずつ遠ざかっていく。
炎が消える直前、
ふたりの影がひとつになった。
白い花びらが空を舞い、石畳に敷きつめられた。
卒業式の音楽が止み、祝辞を終えた教師たちが壇上を降りる。
リクは胸の前で証書を握りしめた。
――これで学院生活が終わる。
長いようで、あっという間だった。
講堂の外に出ると、仲間たちが笑いながら記念の写真を撮っていた。
ルーアが駆け寄ってくる。
「リク、終わったね!」
「うん。……なんか、まだ実感が湧かないけど」
「王子がいなくなると寂しくなるなあ」
リクは笑って首を振る。
「また会えるよ。ありがとう、ルーア」
「絶対だよ!」
その声にリクは少しだけ目を細めた。
学院に来た頃の自分を思い出す。
不安と期待の入り混じった日々。
人間として生まれた自分をどう見られるのか怖かった。
でも今は、もう怖くない。
ここで出会った人たちが、彼を“仲間”と呼んでくれるから。
視線の先で、銀の髪が風に揺れた。
シリウスが門の前で待っていた。
相変わらず整った姿勢で、まっすぐにこちらを見ている。
リクは歩み寄り、静かに微笑んだ。
「迎えに来てくれたんだね」
「はい。陛下からの指示で、王都までご同行いたします」
「……卒業、見てた?」
「拝見しました。立派な式でした」
「ありがとう」
それだけで、胸の奥が温かくなった。
彼の存在が、ずっと支えだった。
――学院を離れるのが少しだけ寂しい。
でも、シリウスと一緒なら大丈夫。
その想いを胸に、リクは馬車に乗り込んだ。
途中までは穏やかだった。
春の雨がやがて強くなり、山道に入るころには雷鳴が響き始めていた。
御者が手綱を引く。
「道が滑ります、少し止まりましょう!」
その瞬間だった。
轟音とともに、森の奥から黒い影が飛び出した。
獣人の盗賊――いや、飢えた魔物だ。
馬が悲鳴を上げ、馬車が大きく傾く。
リクはとっさに扉を開けたが、
次の瞬間、視界がぐるりと回転した。
「リク!」
シリウスの声が響く。
衝撃とともに地面に投げ出され、
気づいた時には雨の森の中だった。
「シリウス!」
「こちらです!」
すぐ近くに銀の髪が見えた。
雨に濡れながら剣を構えたシリウスが、
残った敵を一閃で斬り伏せる。
「もう動けません、王子。ここは危険です」
「でも――」
「急ぎましょう。山の奥に古い避難小屋がある」
二人は濡れた森を駆け抜けた。
雷の光が木々の間を裂き、風が枝を折る。
どうにか小屋へ辿り着くと、
中は冷たく、古い木の匂いがした。
シリウスは剣を壁に立てかけ、扉を塞ぐように背を預ける。
「……ここなら一晩は耐えられます」
リクは頷き、薪を探して焚き火を点けた。
湿った火花がぱちぱちと弾け、薄暗い空間に光が生まれる。
「シリウス、肩、血が出てる……」
「かすり傷です。お気になさらず」
「気にするよ。僕のせいで……」
言いかけた声を、シリウスが遮った。
「王子のせいではありません。
それに……あなたを守ることは、私の――」
言葉が途切れた。
シリウスは視線を落とし、濡れた髪を指でかき上げた。
焚き火の音だけが響いていた。
風が山を叩き、古い小屋が軋んでいる。
焚き火だけが頼りの明かりだった。
外は雨で煙が流れ込み、木の壁を濡らしている。
シリウスの肩口から滲む血を見て、リクは包帯を探した。
「動かないで」
「ですが、王子――」
「いいから」
濡れた上着を脱がせると、温もりが近くなった。
薄暗い炎の揺れで、筋肉の陰影が浮かび上がる。
布を巻く指先が、少し震えた。
「……冷たい手ですね」
シリウスが小さく笑う。
「僕の方が緊張してるんだよ」
「緊張、ですか」
「君の怪我を見るたびに、怖くなる」
言ってから、胸が苦しくなった。
シリウスは目を伏せ、焚き火を見つめる。
炎の色が瞳に映っていた。
「王子。私は、あなたの護衛です。
守るために生き、命を懸けると誓いました」
「知ってる。でも、それが……痛い」
リクの声が掠れた。
シリウスが顔を上げる。
「痛い?」
「君がそうやって笑うと、苦しくなるんだ」
しばらく、雨の音だけが続いた。
やがてシリウスがそっと立ち上がり、リクの前に膝をつく。
「……お情けでも構いません。
あなたを想ってはいけないと分かっていても、
抑えられないのです」
彼の声は震えていた。
忠誠の言葉しか知らない人が、初めて本音を吐き出した声。
リクは息を呑み、彼の頬に触れた。
「お情けなんかじゃない。
僕だって、君のことを……」
言葉が終わる前に、唇が触れた。
焚き火の炎がぱちりと音を立てた。
雨の音が世界を包み込む。
熱と冷たさの境界で、ふたりの呼吸が絡まる。
長い間、シリウスは動かなかった。
ただ、抱きしめる腕の力だけが強くなる。
「……離れたくない」
耳元で囁く声が震える。
リクはその胸に顔を埋めた。
「大丈夫。僕はここにいる」
焚き火が小さくなり、
外の嵐が少しずつ遠ざかっていく。
炎が消える直前、
ふたりの影がひとつになった。
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