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第三章
第25話 夜明けの沈黙(後編)
しおりを挟む山を下りるころには、すっかり陽が昇っていた。
木々の間からこぼれる光が、昨日とは別の世界みたいに眩しい。
森の奥にまだ霧が残り、足元の草は濡れていた。
リクは歩きながら、昨夜のことを思い出していた。
胸の奥が、何度もざわめく。
風の音ひとつで、その記憶が呼び覚まされる。
――唇に残る熱、腕の強さ、震える声。
隣を歩くシリウスは、いつも通り冷静な表情だった。
けれど、時おりふとリクを見る視線に、
言葉にならない何かが滲んでいる気がした。
「足元にお気をつけください」
「うん」
短い返事のたび、沈黙が落ちる。
話したいのに、話せない。
“あの夜”のことを口にしたら、何かが崩れてしまいそうで。
やがて麓の道に出たころ、王城からの救援隊と合流した。
仲間の兵士たちが駆け寄ってくる。
「王子、ご無事で何よりです!」
「怪我は?」
「僕は平気。……護衛の者も無事だよ」
リクが答えると、シリウスは黙って一歩下がった。
忠実な騎士としての顔に戻っていた。
それが少しだけ、寂しかった。
数日後、王城に帰還した。
久々の石の匂いと、広い廊下の冷たい空気。
家族の声が響き、
母后がリクを抱きしめた。
「本当に無事でよかったのね……!」
「心配かけてごめん」
「あなたが帰ってきてくれて、それだけで充分です」
その言葉に、胸が少し痛んだ。
――僕は、守られてばかりだ。
父王ライネルが深い声で言う。
「シリウス、よくぞ守った。
怪我の手当てを受けたら、しばらく休め」
「はっ」
「リク、お前も少しゆっくりしなさい」
「うん」
会話はそれだけで終わった。
けれど、去り際にふと視線が交わった。
シリウスの灰の瞳。
何も言わないのに、
“あの夜”が全部そこにあった。
夜。
リクは自室の窓辺に立っていた。
遠くの山に、まだ薄く霧がかかっている。
月の光が静かに差し込んでいた。
胸の奥が、まだざわざわする。
罪悪感でも後悔でもない。
ただ、強く誰かを想う気持ち。
――それが恋なんだと、ようやく気づいた。
「……シリウス」
名を呼ぶ声が、夜風に溶けた。
彼のことを想うたび、心が痛いほど温かい。
それが怖くて、愛しい。
窓の外で風が揺れた。
リクは目を閉じ、静かに息を吐いた。
――いつかまた、笑い合える日が来るといい。
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