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第三章
第26話 遠ざかる影
しおりを挟む王城に戻ってから、季節がひとつ過ぎた。
春の花が散り、代わりに新しい若葉が風に揺れている。
リクは窓から中庭を見下ろしていた。
どこを見ても懐かしい景色――けれど、何かが違って見えた。
心のどこかに、まだあの夜の雨音が残っている。
シリウスはその日を境に、王城の警備任務へ戻った。
以前のように笑い合う時間も、軽い冗談を交わす余裕もない。
朝に顔を合わせても、礼儀正しい言葉だけが交わされる。
「おはようございます、王子」
「おはよう、シリウス」
「本日の予定は?」
「書類の整理と、父上への報告」
「承知しました」
それだけで会話が終わる。
まるであの夜などなかったかのように。
――でも、目が合うたびに息が詰まる。
その視線の奥に、同じ痛みが見える気がする。
ある日、昼食を終えたころ、
兄のレオナードが笑いながら声をかけてきた。
「最近、シリウスのやつ見ないな。訓練場でも顔を出さない」
「……忙しいみたいだよ」
「まじめだな。お前の護衛はあいつが一番似合うと思うがな」
リクは曖昧に笑って答えた。
(似合う、なんて言葉、今は聞きたくない)
夜。
書類整理を終えて自室に戻ると、
机の上に小さな包みが置かれていた。
中には、見覚えのある古い短剣。
刃は少し欠けているが、鞘の金具が修理されていた。
――あの山小屋で、彼が落とした剣だ。
添えられた短い紙に、整った筆跡が並んでいる。
王子の手を煩わせたくなく、修繕に出しておりました。
これまでのご恩に深く感謝申し上げます。
――シリウス・ヴァルター
手が震えた。
感謝、という言葉があまりにも遠い。
まるで、これで終わりだと言われたみたいに。
「……そんなの、やだよ」
リクは紙を握りしめた。
胸の奥が痛くて、涙がこぼれそうになる。
――あの日の夜、君は確かに僕を抱きしめたのに。
どうして今、こんなにも遠いの。
外では風が吹き抜けていた。
窓を叩く音が、まるで答えのように冷たかった。
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