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第六話 裏切りは、正義の顔をして現れる
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夜明け前の静けさほど、不安を煽るものはありません。
ミドリアイランドの朝は、いつもなら家畜の声と共に始まります。
しかしその日、音はありませんでした。
——静かすぎる。
私は、嫌な予感を覚えながら窓辺に立っておりました。
「……来ました」
背後で、ヨハンが低く告げます。
「南部水路。完全に、破壊されています」
一瞬、世界が止まったように感じられました。
「被害は」
「人的被害は……今のところ確認されておりません。
ですが、復旧には時間がかかります」
「狙いは、象徴ですね」
私は、ゆっくりと椅子に腰を下ろしました。
水路は、単なるインフラではありません。
ミドリアイランドが「変わった」ことを、誰の目にも分かる形で示す象徴でした。
それを壊した。
——これは警告です。
昼前、緊急招集をかけました。
しかし、集まった人数は——想定より、明らかに少ない。
「……反対派の代表が、来ていません」
「ええ」
私は、冷静を装って頷きました。
「“別の集会”を開いているのでしょう」
カイルが、拳を握りしめました。
「分断が、表に出たな」
「はい」
私は、机の上に置かれた地図を見つめました。
「そして、最悪のタイミングで」
その「別の集会」が、どこで開かれているのか。
情報は、すぐに入りました。
「北の旧砦です」
報告に来た青年の声は、震えていました。
「“ミドリアイランド解放同盟”を名乗っています」
私は、目を閉じました。
——解放。
実に、使い古された言葉です。
「主張は?」
「“外部資本による支配からの脱却”。
……要するに、お嬢様を追い出せ、と」
室内が、凍りつきました。
「……誰が、中心だ」
カイルが、低く問います。
「エルダ」
その名が出た瞬間、空気が変わりました。
エルダ。
かつて代表会議に参加していた、穀物商の女。
慎重で、理性的で、誰よりも「中立」に見えた人物。
「彼女が?」
「はい。
“自分たちは金で買われた”と、演説しているそうです」
私は、深く息を吸いました。
「最も厄介な人が、動きましたね」
「知ってたのか」
「可能性としては」
私は、淡々と答えました。
「人は、自分が“正義だ”と信じられる瞬間に、
一番残酷になれますから」
午後、さらに悪い知らせが重なります。
「王都からの密使が、エルダと接触しています」
「条件は?」
「……自治の保証と、旧来の交易権の復活」
私は、ゆっくりと目を開きました。
「なるほど」
すべて、繋がりました。
王国は、私を直接排除しません。
代わりに、「民意」を使う。
「自分たちで追い出した」と言わせるために。
「カイル」
私は、彼を見ました。
「これは、武力衝突に発展する可能性があります」
「分かってる」
彼は、即答しました。
「……止めるか?」
その問いは、重かった。
止める方法はあります。
警備を固め、集会を解散させ、首謀者を拘束する。
——それは、可能です。
ですが。
「それをすれば」
私は、静かに言いました。
「私は、彼らの言う“支配者”になります」
沈黙。
「だが、放っておけば、死人が出る」
「ええ」
私は、指を組みました。
「だから、第三の選択肢を取ります」
夕刻、私は単身で旧砦へ向かいました。
護衛は、最小限。
カイルは、最後まで反対しました。
「罠かもしれない」
「ええ」
私は、微笑みました。
「ですが、これは“私の責任”です」
旧砦には、人が集まっていました。
怒り、不安、恐怖。
それらが混ざり合い、熱を持っています。
壇上に立つエルダと、目が合いました。
彼女は、一瞬だけ驚いた顔をしましたが、すぐに冷静を取り戻しました。
「来ると思っていました、リリアーナ様」
「ええ。話し合いの場ですから」
私は、武器も持たず、一歩前に出ました。
「あなたは、この土地を買った」
エルダの声が、響きます。
「金で、人の未来を決めた」
私は、否定しませんでした。
「はい」
その答えに、どよめきが走ります。
「私は、金を使いました。
それは事実です」
私は、続けました。
「ですが——」
「聞き飽きた!」
怒号。
私は、声を張り上げませんでした。
「では、質問します」
静かに、しかし確実に。
「王国に戻れば、本当に“解放”されますか?」
沈黙が、落ちます。
「税は減りますか。
決定権は戻りますか。
それとも、また“見捨てられる”だけですか?」
エルダの表情が、揺れました。
「……それでも」
彼女は、言葉を絞り出しました。
「あなたに決められるよりは、ましだ」
その言葉に、私は理解しました。
——これは、説得の場ではない。
「……分かりました」
私は、深く頷きました。
「では、こうしましょう」
私は、はっきりと言いました。
「今夜、私が退きます。
契約権限も、交易組合も、凍結します」
どよめき。
カイルが、後方で息を呑むのが分かりました。
「ただし」
私は、続けます。
「その代わり、王国と交わした条件を、ここで全文公開してください」
空気が、凍りつきました。
エルダは、答えません。
——答えられない。
その瞬間、民衆は理解しました。
誰が、何を隠しているのかを。
その夜、衝突は起きませんでした。
しかし、代償は大きい。
私は、自ら築いた権力を、一時的に手放しました。
理性としては、最善。
感情としては——最悪。
屋敷に戻った私は、深く椅子に沈みました。
「……これで良かったのでしょうか」
誰にともなく、呟きます。
カイルは、静かに答えました。
「分からない」
そして、続けました。
「だが、あんたは逃げなかった」
その言葉だけが、救いでした。
ミドリアイランドの朝は、いつもなら家畜の声と共に始まります。
しかしその日、音はありませんでした。
——静かすぎる。
私は、嫌な予感を覚えながら窓辺に立っておりました。
「……来ました」
背後で、ヨハンが低く告げます。
「南部水路。完全に、破壊されています」
一瞬、世界が止まったように感じられました。
「被害は」
「人的被害は……今のところ確認されておりません。
ですが、復旧には時間がかかります」
「狙いは、象徴ですね」
私は、ゆっくりと椅子に腰を下ろしました。
水路は、単なるインフラではありません。
ミドリアイランドが「変わった」ことを、誰の目にも分かる形で示す象徴でした。
それを壊した。
——これは警告です。
昼前、緊急招集をかけました。
しかし、集まった人数は——想定より、明らかに少ない。
「……反対派の代表が、来ていません」
「ええ」
私は、冷静を装って頷きました。
「“別の集会”を開いているのでしょう」
カイルが、拳を握りしめました。
「分断が、表に出たな」
「はい」
私は、机の上に置かれた地図を見つめました。
「そして、最悪のタイミングで」
その「別の集会」が、どこで開かれているのか。
情報は、すぐに入りました。
「北の旧砦です」
報告に来た青年の声は、震えていました。
「“ミドリアイランド解放同盟”を名乗っています」
私は、目を閉じました。
——解放。
実に、使い古された言葉です。
「主張は?」
「“外部資本による支配からの脱却”。
……要するに、お嬢様を追い出せ、と」
室内が、凍りつきました。
「……誰が、中心だ」
カイルが、低く問います。
「エルダ」
その名が出た瞬間、空気が変わりました。
エルダ。
かつて代表会議に参加していた、穀物商の女。
慎重で、理性的で、誰よりも「中立」に見えた人物。
「彼女が?」
「はい。
“自分たちは金で買われた”と、演説しているそうです」
私は、深く息を吸いました。
「最も厄介な人が、動きましたね」
「知ってたのか」
「可能性としては」
私は、淡々と答えました。
「人は、自分が“正義だ”と信じられる瞬間に、
一番残酷になれますから」
午後、さらに悪い知らせが重なります。
「王都からの密使が、エルダと接触しています」
「条件は?」
「……自治の保証と、旧来の交易権の復活」
私は、ゆっくりと目を開きました。
「なるほど」
すべて、繋がりました。
王国は、私を直接排除しません。
代わりに、「民意」を使う。
「自分たちで追い出した」と言わせるために。
「カイル」
私は、彼を見ました。
「これは、武力衝突に発展する可能性があります」
「分かってる」
彼は、即答しました。
「……止めるか?」
その問いは、重かった。
止める方法はあります。
警備を固め、集会を解散させ、首謀者を拘束する。
——それは、可能です。
ですが。
「それをすれば」
私は、静かに言いました。
「私は、彼らの言う“支配者”になります」
沈黙。
「だが、放っておけば、死人が出る」
「ええ」
私は、指を組みました。
「だから、第三の選択肢を取ります」
夕刻、私は単身で旧砦へ向かいました。
護衛は、最小限。
カイルは、最後まで反対しました。
「罠かもしれない」
「ええ」
私は、微笑みました。
「ですが、これは“私の責任”です」
旧砦には、人が集まっていました。
怒り、不安、恐怖。
それらが混ざり合い、熱を持っています。
壇上に立つエルダと、目が合いました。
彼女は、一瞬だけ驚いた顔をしましたが、すぐに冷静を取り戻しました。
「来ると思っていました、リリアーナ様」
「ええ。話し合いの場ですから」
私は、武器も持たず、一歩前に出ました。
「あなたは、この土地を買った」
エルダの声が、響きます。
「金で、人の未来を決めた」
私は、否定しませんでした。
「はい」
その答えに、どよめきが走ります。
「私は、金を使いました。
それは事実です」
私は、続けました。
「ですが——」
「聞き飽きた!」
怒号。
私は、声を張り上げませんでした。
「では、質問します」
静かに、しかし確実に。
「王国に戻れば、本当に“解放”されますか?」
沈黙が、落ちます。
「税は減りますか。
決定権は戻りますか。
それとも、また“見捨てられる”だけですか?」
エルダの表情が、揺れました。
「……それでも」
彼女は、言葉を絞り出しました。
「あなたに決められるよりは、ましだ」
その言葉に、私は理解しました。
——これは、説得の場ではない。
「……分かりました」
私は、深く頷きました。
「では、こうしましょう」
私は、はっきりと言いました。
「今夜、私が退きます。
契約権限も、交易組合も、凍結します」
どよめき。
カイルが、後方で息を呑むのが分かりました。
「ただし」
私は、続けます。
「その代わり、王国と交わした条件を、ここで全文公開してください」
空気が、凍りつきました。
エルダは、答えません。
——答えられない。
その瞬間、民衆は理解しました。
誰が、何を隠しているのかを。
その夜、衝突は起きませんでした。
しかし、代償は大きい。
私は、自ら築いた権力を、一時的に手放しました。
理性としては、最善。
感情としては——最悪。
屋敷に戻った私は、深く椅子に沈みました。
「……これで良かったのでしょうか」
誰にともなく、呟きます。
カイルは、静かに答えました。
「分からない」
そして、続けました。
「だが、あんたは逃げなかった」
その言葉だけが、救いでした。
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