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第五話 金は流れ、噂は腐る
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噂は、風よりも早く広がります。
そして一度腐った噂は、金では洗えません。
最初に異変として現れたのは、数字ではありませんでした。
——人の視線です。
「最近、やけに静かだな」
集会所の前で、カイルが低く言いました。
広場には人がいる。
仕事も回っている。
市場も動いている。
それでも——どこか、よそよそしい。
「目を合わせない」
彼は続けました。
「前は、不満でも期待でも、何かしらぶつけてきた。
今は……避けられてる」
私は、答えませんでした。
否定できなかったからです。
その日の午後、最初の報告が届きました。
「南部で、契約更新を拒否する農家が出ています」
「理由は?」
「……“貴族に土地を売った覚えはない”と」
私は、ゆっくりと息を吐きました。
「言い回しが、揃いすぎていますね」
「誰かが、吹き込んでいる」
ヨハンが静かに言いました。
「ええ。しかも、かなり意図的に」
私は机の上の資料を見つめました。
そこには、これまでの契約内容、署名、条件がすべて残っています。
——法的には、完璧。
だからこそ、狙われるのは“法”ではありません。
「感情、ですね」
「はい」
私は頷きました。
「人は、理解できないものよりも、
“理解したつもりになれる悪意”を信じます」
数日後、さらに悪い報告が重なりました。
・交易組合の倉庫で、在庫数が合わない
・夜間の水路で、小規模な破壊行為
・酒場で囁かれる言葉
——「ミドリアイランドは、もう売られた」
——「金で魂を買われた」
——「あの女は、国を作る気だ」
最後の噂を聞いたとき、私は一瞬だけ、苦笑しました。
「……半分は、正解ですね」
「笑い事じゃない」
カイルは、険しい表情でした。
「“国を作る”って言葉はな、
この土地じゃ“戦を呼ぶ”って意味だ」
「分かっています」
私は、静かに答えました。
「だからこそ、放置はできません」
緊急の代表会議が開かれました。
しかし、全員は揃いません。
「来ていない者の名前、分かりますか」
「……反対派だ」
その事実が、重くのしかかります。
会議が始まる前から、空気は張り詰めていました。
視線が交わらない。
小声のやり取り。
そして、沈黙。
「皆様」
私は、立ち上がりました。
「最近、不安が広がっていることは承知しております」
誰も、否定しません。
「ですから、改めて申し上げます」
私は、ゆっくりと言葉を選びました。
「私は、この土地を“買った”のではありません」
「だが、金は出してる」
誰かが、遮るように言いました。
「ええ」
私は、頷きました。
「金は出しました。
ですが、それは支配のためではなく——」
「同じだ!」
怒声が、室内に響きました。
「金を出すやつが、最後に決める!
それが、今までのやり方だった!」
沈黙が、落ちます。
私は、その言葉を否定しませんでした。
否定すれば、彼らの人生そのものを否定することになるからです。
「……その通りです」
そう言った瞬間、ざわめきが広がりました。
「今までの世界では、そうでした」
私は、続けます。
「だからこそ、私は“契約”を選びました。
感情ではなく、文書で。
力ではなく、条件で」
「信用できるか!」
「信用しなくて結構です」
私は、きっぱりと言いました。
「ですが、契約は裏切りません」
その言葉に、何人かが目を伏せました。
会議の終盤、カイルが口を開きました。
「俺からも、話す」
彼は立ち上がり、全員を見渡しました。
「俺は、この女に買われた覚えはない」
ざわり、と空気が動きます。
「だがな、選んだ。
少なくとも、“何も変わらない世界”よりは、
“疑いながらでも進む世界”を」
その言葉は、強くもあり、脆くもありました。
会議は、結論を出さないまま終わりました。
——それが、最悪ではないことを、私は知っております。
本当に危険なのは、
全員が同じ結論を、同じ理由で選ぶときです。
夜、屋敷の書斎で、私は一人資料を整理していました。
そこへ、ヨハンが静かに告げます。
「王都から、密使が動いているとの情報が」
「……やはり、来ましたか」
「内容は?」
「“内部分断を促せ”とのことです」
私は、目を閉じました。
噂。
不信。
沈黙。
すべてが、一つの方向を向いています。
「戦は、始まっていますね」
剣も、兵も、まだ見えません。
ですがこれは、立派な戦です。
——国家が、国家未満を潰すための。
私は、窓の外の闇を見つめました。
ミドリアイランドは、今、試されています。
金で動くのか。
恐怖で崩れるのか。
それとも——自分たちで、立ち続けるのか。
そして私自身も。
私は、選ばれなかった女です。
だからこそ、知っています。
人が本当に離れていくのは、
裏切られたときではありません。
「……信じたくなくなったとき、ですね」
不穏な空気は、もう霧ではありません。
形を持ち、息をし、
次の一手を待っています。
そして一度腐った噂は、金では洗えません。
最初に異変として現れたのは、数字ではありませんでした。
——人の視線です。
「最近、やけに静かだな」
集会所の前で、カイルが低く言いました。
広場には人がいる。
仕事も回っている。
市場も動いている。
それでも——どこか、よそよそしい。
「目を合わせない」
彼は続けました。
「前は、不満でも期待でも、何かしらぶつけてきた。
今は……避けられてる」
私は、答えませんでした。
否定できなかったからです。
その日の午後、最初の報告が届きました。
「南部で、契約更新を拒否する農家が出ています」
「理由は?」
「……“貴族に土地を売った覚えはない”と」
私は、ゆっくりと息を吐きました。
「言い回しが、揃いすぎていますね」
「誰かが、吹き込んでいる」
ヨハンが静かに言いました。
「ええ。しかも、かなり意図的に」
私は机の上の資料を見つめました。
そこには、これまでの契約内容、署名、条件がすべて残っています。
——法的には、完璧。
だからこそ、狙われるのは“法”ではありません。
「感情、ですね」
「はい」
私は頷きました。
「人は、理解できないものよりも、
“理解したつもりになれる悪意”を信じます」
数日後、さらに悪い報告が重なりました。
・交易組合の倉庫で、在庫数が合わない
・夜間の水路で、小規模な破壊行為
・酒場で囁かれる言葉
——「ミドリアイランドは、もう売られた」
——「金で魂を買われた」
——「あの女は、国を作る気だ」
最後の噂を聞いたとき、私は一瞬だけ、苦笑しました。
「……半分は、正解ですね」
「笑い事じゃない」
カイルは、険しい表情でした。
「“国を作る”って言葉はな、
この土地じゃ“戦を呼ぶ”って意味だ」
「分かっています」
私は、静かに答えました。
「だからこそ、放置はできません」
緊急の代表会議が開かれました。
しかし、全員は揃いません。
「来ていない者の名前、分かりますか」
「……反対派だ」
その事実が、重くのしかかります。
会議が始まる前から、空気は張り詰めていました。
視線が交わらない。
小声のやり取り。
そして、沈黙。
「皆様」
私は、立ち上がりました。
「最近、不安が広がっていることは承知しております」
誰も、否定しません。
「ですから、改めて申し上げます」
私は、ゆっくりと言葉を選びました。
「私は、この土地を“買った”のではありません」
「だが、金は出してる」
誰かが、遮るように言いました。
「ええ」
私は、頷きました。
「金は出しました。
ですが、それは支配のためではなく——」
「同じだ!」
怒声が、室内に響きました。
「金を出すやつが、最後に決める!
それが、今までのやり方だった!」
沈黙が、落ちます。
私は、その言葉を否定しませんでした。
否定すれば、彼らの人生そのものを否定することになるからです。
「……その通りです」
そう言った瞬間、ざわめきが広がりました。
「今までの世界では、そうでした」
私は、続けます。
「だからこそ、私は“契約”を選びました。
感情ではなく、文書で。
力ではなく、条件で」
「信用できるか!」
「信用しなくて結構です」
私は、きっぱりと言いました。
「ですが、契約は裏切りません」
その言葉に、何人かが目を伏せました。
会議の終盤、カイルが口を開きました。
「俺からも、話す」
彼は立ち上がり、全員を見渡しました。
「俺は、この女に買われた覚えはない」
ざわり、と空気が動きます。
「だがな、選んだ。
少なくとも、“何も変わらない世界”よりは、
“疑いながらでも進む世界”を」
その言葉は、強くもあり、脆くもありました。
会議は、結論を出さないまま終わりました。
——それが、最悪ではないことを、私は知っております。
本当に危険なのは、
全員が同じ結論を、同じ理由で選ぶときです。
夜、屋敷の書斎で、私は一人資料を整理していました。
そこへ、ヨハンが静かに告げます。
「王都から、密使が動いているとの情報が」
「……やはり、来ましたか」
「内容は?」
「“内部分断を促せ”とのことです」
私は、目を閉じました。
噂。
不信。
沈黙。
すべてが、一つの方向を向いています。
「戦は、始まっていますね」
剣も、兵も、まだ見えません。
ですがこれは、立派な戦です。
——国家が、国家未満を潰すための。
私は、窓の外の闇を見つめました。
ミドリアイランドは、今、試されています。
金で動くのか。
恐怖で崩れるのか。
それとも——自分たちで、立ち続けるのか。
そして私自身も。
私は、選ばれなかった女です。
だからこそ、知っています。
人が本当に離れていくのは、
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「……信じたくなくなったとき、ですね」
不穏な空気は、もう霧ではありません。
形を持ち、息をし、
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