婚約破棄されたので、ミドリアイランドの住人を買収して国を統合します

常野夏子

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第四話 国家は、音を立てずに敵を作る

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 最初の異変は、成功の顔をしてやってきました。

 ミドリアイランド南部の農地改良計画は、予想以上に順調に進んだのです。
 簡易水路は予定より早く完成し、痩せた土地にも水が行き渡りました。

「収穫量が、二割増えてる……」

 集会所で報告書を見つめながら、農業代表の老人が震える声で言いました。

「たった一季で、ですよ」

「数字は正直ですね」

 私は静かに頷きました。

「これで、来年は備蓄も可能になります。
 飢饉の不安は、かなり軽減されるでしょう」

 歓声は上がりませんでした。
 代わりに、深い沈黙が落ちます。

 ——信じていいのか。

 成功が早すぎると、人は疑いを強めるものです。

「だがな」

 鍛冶職人の代表が、腕を組んで言いました。

「こういう話は、王国の耳にも入る」

「ええ。必ず入ります」

 私は即答しました。

「だからこそ、次の手が必要なのです」

 私は、二枚目の資料を広げました。

「流通網の再編です」

「流通……?」

「はい。今まで皆様は、王国公認の商人を通さねば物を売れなかった。
 それが、価格を歪めていた」

 数人が、苦々しく頷きます。

「そこで、ミドリアイランド独自の交易組合を立ち上げます。
 法的には“私の私企業”として」

「私企業、だと?」

「ええ。王国法の枠内です」

 私は淡々と説明しました。

「ただし、利益配分は、ここにいる皆様が決める。
 私は口出ししません」

「……そんなうまい話があるか」

「ありますよ」

 私は視線を上げました。

「王国は、私企業の成功を咎められません。
 しかし、自治領が勝手に経済圏を作れば、即座に問題になる」

 空気が変わります。

「つまり」

 私は、ゆっくりと言いました。

「“国家未満”であることを、逆に盾にするのです」

 交易組合の設立は、二週間で完了しました。
 名義上の代表は、リリアーナ・ヴァルディス。
 実務は、ミドリアイランドの商人たちが担います。

 利益は、確実に出始めました。

 そして同時に、王都からの視線も。

「徴税官が、南門に来てる」

 その報告が入ったのは、ある朝でした。

「理由は?」

「“帳簿の確認”だと」

 私は、カイルと目を合わせました。

「来ましたね」

「予定より早いな」

「ええ。成功が、早すぎました」

 私は立ち上がりました。

「ですが、想定内です」

 徴税官は、三人。
 いずれも、中央直属の人間でした。

「リリアーナ・ヴァルディス殿」

 形式ばった口調で、彼らは言いました。

「貴殿の私企業が、王国税制に抵触している疑いがあります」

「具体的には?」

「取引量に比して、納税額が少なすぎる」

 私は、事前に用意していた帳簿を差し出しました。

「こちらが、全記録です。
 税率は、法律通り。
 ご確認ください」

 徴税官たちは、眉をひそめながらページをめくります。

「……違反は、ない」

「ええ」

 私は微笑みました。

「王国法を守る限り、私は従います」

「しかし」

 一人が、言葉を濁しました。

「この土地が、急に豊かになるのは……」

「問題でしょうか?」

 私は、首を傾げました。

「王国は、繁栄を咎める国でしたか?」

 彼らは、答えませんでした。

 答えられなかったのです。

 徴税官が去った後、集会所には重苦しい空気が残りました。

「これで終わりじゃないな」

 カイルが言いました。

「ええ。次は、“圧”です」

 私は、資料を閉じました。

「噂、規制、嫌がらせ。
 合法と非合法の境界で、揺さぶってくるでしょう」

「それでも、続けるのか」

「続けます」

 迷いは、ありませんでした。

「ここで引けば、すべてが“夢物語”になります」

 カイルは、しばらく黙っていましたが、やがて静かに言いました。

「……俺は、あんたを統治者として認める」

 その言葉は、称賛ではありません。
 責任の受諾でした。

「だが、覚悟しろ。
 敵は、必ず増える」

「ええ」

 私は、夜空を見上げました。

「国家は、音を立てずに敵を作りますから」

 成功は、人を救います。
 同時に、秩序を壊します。

 ミドリアイランドは、今まさに境界線に立っていました。
 貧しさから抜け出す境界。
 そして、王国の“見逃し”から外れる境界。

 私は知っております。

 この先にあるのは、祝福ではありません。
 ——選択です。

 誰の側に立つのか。
 誰を守り、誰と戦うのか。

 嵐は、まだ姿を見せておりません。
 ですが、確実に——近づいております。
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