11 / 11
最終話 選ばれなかった王子と、選び続けた女
しおりを挟む
王都での調印式は、驚くほど静かに行われました。
大広間には、王国の重鎮、各地の使節、そして記録官のみ。
祝賀の音楽も、喝采もありません。
それは、勝利の式ではなく、現実を受け入れるための儀式だったからです。
「王国連合特区・ミドリアイランド」
書類の題名を、私は静かに読み上げました。
「自治権を認め、内政の最終決定権は現地代表に委ねる。
ただし、外交および防衛に関しては王国と共同管理とする」
エドガー・ハインツ卿が、無言で頷きます。
「異議はありません」
署名が、なされました。
——これで、終わりです。
いいえ。
始まりでした。
その場に、彼が現れたのは、
まるで脚本に書かれていたかのようなタイミングでした。
「……リリアーナ」
エドワード。
かつて、私の婚約者だった男。
豪奢な衣装は変わらず、
しかし——立ち姿から、余裕が消えていました。
「久しぶりですね、エドワード殿下」
私は、形式通りに礼をしました。
彼は、私の肩越しに書類を見て、顔を歪めました。
「これは……どういうことだ」
「ご覧の通りです」
「君が、代表?」
「ええ」
彼は、理解できないものを見るような目で私を見ました。
「君は……
捨てられたはずだ」
その言葉に、空気がわずかに凍ります。
私は、ゆっくりと彼を見返しました。
「ええ。
確かに、婚約は破棄されました」
そして、微笑みます。
「ですが」
一拍。
「そのおかげで、
私は“自分の人生”を取り戻しました」
彼の喉が、ひくりと動きました。
「王国は……君を、危険視している」
「承知しております」
「ならば、なぜ——」
「殿下」
私は、穏やかに遮りました。
「危険なのは、“選ばれない者”です」
彼の顔色が、変わります。
「ミドリアイランドは、
王国に守られたのではありません」
私は、はっきりと言いました。
「選びました」
その瞬間、
エドガー卿が一歩前に出ました。
「エドワード殿下」
冷たい声。
「あなたの件ですが」
「……何だ」
「今回の交渉において、
あなたが行った“裏取引”が、
複数確認されました」
エドワードの目が、見開かれます。
「な——」
「商人ギルドへの不正介入、
虚偽の報告、
そして、特区化を妨害するための書簡」
淡々と、しかし容赦なく。
「王国は、
あなたを交渉責任者から外します」
「待て! 私は王子だぞ!」
「ええ」
エドガー卿は、頷きました。
「ですから」
一拍。
「“政治の場”から外すのです」
それは、王族にとって最も屈辱的な処分でした。
名は残る。
だが、決して選ばれない。
エドワードは、私を睨みました。
「……君のせいだ」
私は、首を振りました。
「いいえ」
静かに。
「あなたが、私を選ばなかった結果です」
それだけ言って、
私は彼に背を向けました。
彼の声が、もう聞こえることはありませんでした。
ミドリアイランドに戻った夜。
屋敷の灯りは、控えめで、暖かいものでした。
「……全部、終わったな」
カイルが、そう言いました。
「ええ」
私は、窓の外を見ながら答えました。
「完全な勝利ではありません」
「だが、負けてもいない」
「はい」
沈黙。
「なあ、リリアーナ」
彼は、少し照れたように言いました。
「これからの話だ」
私は、振り返ります。
「国のことですか?」
「いや」
彼は、苦笑しました。
「俺たちのだ」
胸が、静かに鳴りました。
「派手な約束は、できない」
「承知しております」
「政治は、常に邪魔をする」
「それも、知っています」
「それでも」
彼は、私の手を取りました。
「隣にいたい」
私は、少しだけ考えてから、答えました。
「……条件があります」
「何だ」
「選挙のたびに、
私を信じてください」
彼は、笑いました。
「それは、もうやってる」
私は、彼の手を、握り返しました。
指輪も、誓約書もありません。
ですが。
それで、十分でした。
ミドリアイランドは、
小さな国です。
世界を変えません。
歴史書の片隅にしか載らないでしょう。
けれど。
一度、捨てられた女が、
選び直し、
選ばせ、
そして——自分で幸せを決めた。
それだけで、
この物語は、確かに存在します。
静かな夜。
隣には、確かな温もり。
それを、私はもう、失いません。
——完。
大広間には、王国の重鎮、各地の使節、そして記録官のみ。
祝賀の音楽も、喝采もありません。
それは、勝利の式ではなく、現実を受け入れるための儀式だったからです。
「王国連合特区・ミドリアイランド」
書類の題名を、私は静かに読み上げました。
「自治権を認め、内政の最終決定権は現地代表に委ねる。
ただし、外交および防衛に関しては王国と共同管理とする」
エドガー・ハインツ卿が、無言で頷きます。
「異議はありません」
署名が、なされました。
——これで、終わりです。
いいえ。
始まりでした。
その場に、彼が現れたのは、
まるで脚本に書かれていたかのようなタイミングでした。
「……リリアーナ」
エドワード。
かつて、私の婚約者だった男。
豪奢な衣装は変わらず、
しかし——立ち姿から、余裕が消えていました。
「久しぶりですね、エドワード殿下」
私は、形式通りに礼をしました。
彼は、私の肩越しに書類を見て、顔を歪めました。
「これは……どういうことだ」
「ご覧の通りです」
「君が、代表?」
「ええ」
彼は、理解できないものを見るような目で私を見ました。
「君は……
捨てられたはずだ」
その言葉に、空気がわずかに凍ります。
私は、ゆっくりと彼を見返しました。
「ええ。
確かに、婚約は破棄されました」
そして、微笑みます。
「ですが」
一拍。
「そのおかげで、
私は“自分の人生”を取り戻しました」
彼の喉が、ひくりと動きました。
「王国は……君を、危険視している」
「承知しております」
「ならば、なぜ——」
「殿下」
私は、穏やかに遮りました。
「危険なのは、“選ばれない者”です」
彼の顔色が、変わります。
「ミドリアイランドは、
王国に守られたのではありません」
私は、はっきりと言いました。
「選びました」
その瞬間、
エドガー卿が一歩前に出ました。
「エドワード殿下」
冷たい声。
「あなたの件ですが」
「……何だ」
「今回の交渉において、
あなたが行った“裏取引”が、
複数確認されました」
エドワードの目が、見開かれます。
「な——」
「商人ギルドへの不正介入、
虚偽の報告、
そして、特区化を妨害するための書簡」
淡々と、しかし容赦なく。
「王国は、
あなたを交渉責任者から外します」
「待て! 私は王子だぞ!」
「ええ」
エドガー卿は、頷きました。
「ですから」
一拍。
「“政治の場”から外すのです」
それは、王族にとって最も屈辱的な処分でした。
名は残る。
だが、決して選ばれない。
エドワードは、私を睨みました。
「……君のせいだ」
私は、首を振りました。
「いいえ」
静かに。
「あなたが、私を選ばなかった結果です」
それだけ言って、
私は彼に背を向けました。
彼の声が、もう聞こえることはありませんでした。
ミドリアイランドに戻った夜。
屋敷の灯りは、控えめで、暖かいものでした。
「……全部、終わったな」
カイルが、そう言いました。
「ええ」
私は、窓の外を見ながら答えました。
「完全な勝利ではありません」
「だが、負けてもいない」
「はい」
沈黙。
「なあ、リリアーナ」
彼は、少し照れたように言いました。
「これからの話だ」
私は、振り返ります。
「国のことですか?」
「いや」
彼は、苦笑しました。
「俺たちのだ」
胸が、静かに鳴りました。
「派手な約束は、できない」
「承知しております」
「政治は、常に邪魔をする」
「それも、知っています」
「それでも」
彼は、私の手を取りました。
「隣にいたい」
私は、少しだけ考えてから、答えました。
「……条件があります」
「何だ」
「選挙のたびに、
私を信じてください」
彼は、笑いました。
「それは、もうやってる」
私は、彼の手を、握り返しました。
指輪も、誓約書もありません。
ですが。
それで、十分でした。
ミドリアイランドは、
小さな国です。
世界を変えません。
歴史書の片隅にしか載らないでしょう。
けれど。
一度、捨てられた女が、
選び直し、
選ばせ、
そして——自分で幸せを決めた。
それだけで、
この物語は、確かに存在します。
静かな夜。
隣には、確かな温もり。
それを、私はもう、失いません。
——完。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行「婚約破棄ですか? それなら昨日成立しましたよ、ご存知ありませんでしたか?」完結
まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。
コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。
「アリシア・フィルタ貴様との婚約を破棄する!」
イエーガー公爵家の令息レイモンド様が言い放った。レイモンド様の腕には男爵家の令嬢ミランダ様がいた。ミランダ様はピンクのふわふわした髪に赤い大きな瞳、小柄な体躯で庇護欲をそそる美少女。
対する私は銀色の髪に紫の瞳、表情が表に出にくく能面姫と呼ばれています。
レイモンド様がミランダ様に惹かれても仕方ありませんね……ですが。
「貴様は俺が心優しく美しいミランダに好意を抱いたことに嫉妬し、ミランダの教科書を破いたり、階段から突き落とすなどの狼藉を……」
「あの、ちょっとよろしいですか?」
「なんだ!」
レイモンド様が眉間にしわを寄せ私を睨む。
「婚約破棄ですか? 婚約破棄なら昨日成立しましたが、ご存知ありませんでしたか?」
私の言葉にレイモンド様とミランダ様は顔を見合わせ絶句した。
全31話、約43,000文字、完結済み。
他サイトにもアップしています。
小説家になろう、日間ランキング異世界恋愛2位!総合2位!
pixivウィークリーランキング2位に入った作品です。
アルファポリス、恋愛2位、総合2位、HOTランキング2位に入った作品です。
2021/10/23アルファポリス完結ランキング4位に入ってました。ありがとうございます。
「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。
いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。
ただし、後のことはどうなっても知りませんよ?
* 他サイトでも投稿
* ショートショートです。あっさり終わります
「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!
野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。
私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。
そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。
幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係
紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。
顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。
※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる