豪華客船での結婚式一時間前、婚約者が金目当てだと知った令嬢は

常野夏子

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白きドレスはもう着ない

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 あの日の騒乱から、幾月が過ぎた。
 セレーナは静かに暮らしていた。
 多くの貴族から求婚の手紙が舞い込み、豪奢な花束が屋敷の玄関を埋め尽くした。
 だが彼女は、そのすべてに丁寧な礼状を返し、断り続けた。

 「……もう、結婚はこりごり」
 紅茶のカップを唇に運びながら、窓外の庭を眺めてそう呟く。
 白い花々が風に揺れる――それはまるで、かつての純白のドレスのように。

 そんなある日。
 市街の美術館で、彼女は出会った。
 長身で、彫刻のように整った顔立ち。
 灰色の瞳は深い湖の底のように澄み、微笑めば周囲の空気が柔らかく変わる。

 彼の名はアラン。
 立ち話はやがて午後を共に過ごす誘いとなり、その日から二人は時折逢うようになった。
 セレーナは結婚など考えていなかったが、彼の腕の中で交わすキスだけは、別だった。

 初めて唇を重ねた夜――
 それは熱く、そしてとろけるように甘く、彼女の抵抗をすべて溶かしてしまった。
 唇が離れるたび、もう一度、と求めてしまう自分がいた。

 ある黄昏。
 夕日が石畳を金色に染める公園の片隅で、アランはポケットから小さな箱を取り出した。
 中には、白い真珠を囲む銀の指輪。

 「セレーナ……僕と結婚してくれないか」
 彼の声は真剣で、迷いがなかった。

 セレーナは一瞬、微笑み、そして小さく首を横に振った。
 「ごめんなさい……とても嬉しいけれど、結婚はしないと決めているの」

 アランは驚いたが、怒りも悲しみも見せなかった。
 代わりに指輪をしまい、彼女の手を優しく握った。
 「……なら、このままの関係でいい」

 セレーナはその言葉に微笑み返すと、彼の首に腕を回し、長く深いキスを落とした。

 ――結婚ではなく、ただ愛し合うだけの関係。
 それで十分だった。

 白きドレスは、もう二度と彼女を縛らない。
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