農家は万能！？いえいえ。ただの器用貧乏です！

第１章 伏龍

第１話 覚醒

　霧のように広範囲に漂っていた体が、ある中心の一点へ運ばれていくような感覚だった。

　浮き上がるように。沈みこむように。右に引きずられるように。左に滑るように。

　その心地いいような、むず痒いような、フワフワした意識がようやく定まると、体の重量をおぼろげに知覚する。

　ゆっくりと目を開ける。

　飛び込む陽差しに目を瞬かせた。

　痛みすらともなう純白に染められた視界。

　目を細め世界の彩りへ少しずつ馴染ませる。

　それでも酩酊しているときにも似たあやふやな視覚は定まらない。

　グルグルと勝手に動き自身の存在が翻弄されている。

　それがようやく落ち着くと自身の状況を把握する。

　地面に俯せで倒れているようだ。

　――――知らない草原だ。

　定まらぬ思考でゆっくり立ち上がると、目の前には地平線まで見渡せる大草原が広がっている。

　抜けるように澄んだ空が、その鮮緑を際立てる。
　
　丁寧に刈り込まれた芝生にも似た、背の低い草が瑞々しい緑でどこまでも続いている。

　――――ここは、……どこだ？

　俺は――――なんだ？

　おぼろげな意識で後方を振り返ると、雲を突き抜ける荘厳な連峰。

　雪を纏う濃紺の躰からだには畏怖を覚える。

　そこに在るのは、絶対的な拒絶と神々しいまでの存在感だ。

　その山脈は視界の続く限り空間を支配する迫力で、どこまでもどこまでも連なっている。

　そう――――どこまでもだ。

　その山脈の裾野には森林が生茂っている。

　こちらも端が見えないほど広大だ。

　――記憶にはない風景だ。

　ん？　――――記憶。。。

　記憶が曖昧でほとんど思い出せない。……名前すらも。

　ただ、強烈に理解していることは、ここが地球でないこと。

　そして、自分が日本人であることだ。

　残された記憶の中では……だが。

　――――どういう事だ。どういう状況だ。よく考えろ。

　なぜ記憶にないのに、知っているんだ？

　いや……知らされている？

　俺はしばし思考に耽ふける。

　そこから結論を導き出す。

　ここが地球でないと強烈に理解させている存在が、俺をこんな状態にしたのだろう。

　神とかそれに準ずる力を持つものとかが、ここは、異世界ですよ～♪

　納得して生き足掻きなさ～い♪　ってな。

　――――って、いい迷惑だな。

　きっとそんな事をするのは、ロクでもない奴に違いない。

　だが、面倒そうなので関わり合いにはならないようにしよう。うん、それが良い。

　今の俺は異世界に転生？　……うーん転生っていうのも違う気がする。

　転生なら今までのこの世界での記憶が、なにがしか残っているはずだ。

　新たに生み出されたとか説明された方が納得出来る。

　適当に捏ねて作ったんだろう。

　う～む。現状では情報も無いし考えても無駄だな。

　よしっ！　この件は保留。

　今から前向きな検討だ！

　前のめりの前傾姿勢だ！

　そうじゃないとやっとられんわっ！

　とりあえず、生き残るために持ち物を確認しよう。

　こんな何にもないところに放置したんだ。

　さすがに生き残る為の最低限の装備と物資は欲しいよね？

　ハムかなんかの肉にナイフか剣は必須かな？

　せめて、替えのパンツが数枚は必要だ。

　できれば近くの街か村へ案内の地図があると尚いいね。

　水はまぁ。それ次第だな。

　よーし！　とりあえず、持ち物の確認っっ！

　腰に吊るした水筒。

　ポケットに入った硬貨数枚……以上。

　そうですか、無援助放置ですか。

　――――まさか死んでも良いってことですかね？