農家は万能!?いえいえ。ただの器用貧乏です!

鈴浦春凪

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第1章  伏龍

記念閑話  御使いの小雛鳥 

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 ノーティルド王国の中興に欠かせない偉人達がいる。

 当時の王国は帝国からの度重なる軍事圧力に抵抗すべく、人員増強政策を強行に推し進めていた。

 だが人員増強の失策により、経済活動が破綻し末期的危機を迎えるに至る。

 まさに破綻を迎えるかに見えたその時、王国に一迅の風が吹いた。

 同じ時代に奇跡的に揃った時代の寵児たる八人。

 それが唯一人でも欠けていれば、ノ-ティルド王国の中興は無し得なかった。

 神が齎した祝福と後の歴史家たちは語る。

 一人目はケィンリッド・マクドーガル。

 今では農業の改革者と呼ばれる、ケィンリッドは、数々の新しい作物を発見、発明し食材のビックバンを起こした。その功績により爵位を与えられている。

 二人目はガンソ・アナザラス。

 鍛冶師を生業とするガンソだが鬼才発明家として画期的な農具と食品加工具の発展に貢献し王国の文明レベルを押し上げた。

 三人目はメイリン・アダ-ニ。

 ガンソとコンビを組み新機軸の魔道具の発明とゴーレム技術の革新を成し遂げた。

 残りの五人はこの一言で表す方が良いだろう。

 ”ネスリングス”の創始者にして最古のジ・オールデスト五人ファイブ

 ケィンリッドとガンソ。

 そしてメイリンと彼らのシナジーが経済を動かし機能不全に陥っていた王国に中興をもたらしたのだ。

 今では王国内で誰もが知るネスリングス。

 生まれたての雛達を意味するこの言葉は、創業者達が初心を忘れない為に付けたと言われている。

 現在では王国内に八〇〇店舗を構え、”のれんわけ”と呼ばれるフランチャイズシステムを発案し、数々の新たな料理を生み出し庶民の食を満たして来た。

 ケィンドリットが生み出した未知の食材を素晴らしい料理に変え、そのレシピを隠さず広めたことにより現在の私たちの食事が彩りを増し、多様性を高める結果につながっている。

 彼らが作る料理に欠かせなかったものが、メイリン&ガンソの数々の発明調理器具だ。

 この物語はネスリングスの創始者達がまだ雛鳥だった時代の話。

 市井からはエルフの集う店と言われ、エルフからは御使いの小雛鳥と見守られていた遠い昔の記憶だ。


§


 イーディセルが問いかける。

「エステラちゃんや。……ノア殿の新作はあるかの?」

「はい。老。豆腐がある」

「トウフ? どんな食べ物だい?」
 
「豆乳を固めたもの」エステラは少しぶっきら棒なところがあるが、イーディセルは気にしない。

「あぁ! 大豆を潰して作るものだね? それを貰おうか。冷やしうどんもお願いするね」
 
 今の季節は夏の盛りだが、この店は魔道具で空調が整えられており程よい温度で寛ぐことが出来る。

 ほどなく豆腐半丁が運ばれてくる。

 彩りで小葱がかけられて、小さくそそり立つようにショウガがのせられている。
 
「お待たせ」

 そう言ってエステラは、イ-ディセル老の前に豆腐を置いた。

「これはどうやって食べるものだい?」

 常連のイ-ディセル老の言いたい事をエステラは理解する。

「師匠は、何もつけないで始めに豆腐の味を確かめた。半分は冷たいうちに食べて、半分はぬるくなってから食べていた。上にのってるショウガに塩味をつけてるから、それと一緒に食べて」

「ほうほう! なるほどなるほど」

「師匠は、『やっぱり温度も味の一部だな。初めはすっきり冷たく食べて、温度が上がったら深い風味を楽しめる』って言ってた。ショウガに塩を入れてのせるのは、あたしが考えた。師匠に褒められた」

 ビビアナが会話に入って来る。

「ショウガに塩を入れるなんて新しい調味料の発明だ! って褒めて貰ってたんですよ。言われた日うれしかったみたいでエステラには珍しく、枕に顔をうずめてベットの上で足をバタバタさせてました」

 エステラはそばかすのある顔を赤く染めて抗議する。

「ノックもしないで入って来るビビアナが悪い」

「え? ――お互いノックなんてしたことないじゃない」

 エステラは口を一文字に結び、逃げるようにパントリーに消えて行った。

 イーディセルは皿までキンキンに冷えた冷奴を楽しむ。

 ネギとショウガの薬味が、冷えていても豆腐の風味を引き立てる。

 ショウガの塩味が豆腐の甘さを引き出し後を引く。

 もっと食べたい欲求を抑え、半分で一度食べるのをやめる。

 丁度その時を待つようにクレトがイ-ディセルの前に料理を置いた。

「お待たせしました。老。冷やしうどんです」
 
 これがこの頃のイ-ディセルのお気に入りだ。

 完璧に整えられた曲線で、瑞々しく滑らかに盛り付けられたうどん。

 甘辛く煮付けられ幅広に切り付けられたお揚げ。

 エビの風味が食欲をそそる天かす。

 ショウガはお好みでとばかりに皿の端に盛られている。

 淡やいだ琥珀色の冷たい汁がかすかに出汁の香りを運ぶ。

 ノアがするように一瞬で手の平の熱を奪う冷たい器を手に取り出汁を飲む。

 夏の暑さを忘れさせる、きりりと旨味のひき立つ出汁が喉を下る。

 イーディセル老はエルフで唯一出来るようになった自慢のすすりでうどんを食べる。ズズズ。

(なるほど! さすがは神の国の食べ方だ。)

 出汁とうどんの香りが鼻から抜ける。

 うどんの真骨頂はすすらなければ分からない。

 そして、この頃店で提供されるようになったお揚げを口にする。

 じゅわっと広がる濃い目の味付けが、うどんを更に進ませる。
 
 あらかじめデザインされたように食べ進めるうちに天かすの香りが出汁に移り味が変化してゆく。

 最後の最後でショウガを出汁に溶かしてイ-ディセルはうどんを完食した。

 そして取って置いた豆腐に取り掛かる。

 なるほど先程よりも風味と甘味が増している。

(この変化を楽しまないのは大きな損失だな)

 直ぐになくならない様に少しづつ食べ進める。

 そして名残惜しげに豆腐を食べきった。

「イ-ディセルまたそのうどん食べてるの?」

 ジージェッジリオンが話かける。

「ジージェッジ。先に頂いているよ」

 この店には普段王都でも見かけない研究所のエルフが足繫く通う。

 昼時のカウンターはエルフの特等席だ。

 常連客はエルフに遠慮してなるべくカウンターを避けている。

 ジージェッジリオンはイ-ディセルの隣に腰掛けるとビビアナに呼び掛けた。

「ビビアナ。きょうの”まかない”は何?」

 御使いの小雛鳥達は、食の多様性の体験の為に、まかないと称して、まだこの世界でノアが生み出せていない料理が振舞われる事がある。

 今日はその当たりの日だった。

「えーと。揖保乃糸いぼのいとだね」

「それはどういう食べ物?」

「すごく細い麺でそうめんって言ってた。ノアちゃんが言うには、そうめんの基本が揖保乃糸なんだって、それを食べずして、そうめんを語るなかれっ! だってさ。基本であり究極のそうめんなんだって」

「ノアちゃんがおススメする基本であり究極のメニュー! 面白そう! あたしはそれで良いわ」

 裏メニュー。それは常連客だけが許される上級者の遊び。

 イ-ディセル老も席を立つのをやめ、どんな料理が出てくるのか興味深げに見ている。

 ビビアナはノアから教わった通り調理する。

 そうめんは茹で始めたら時間との勝負。

 お湯を沸かしながら先に具材を切っておく。

 キュウリを細切りにしミニトマトは半分に切る。

 ハムを細切りにしたら、そうめんを三束茹で始める。

 鍋を見つめ菜箸に当たるそうめんの感覚に集中する。

 今だ! 素早く火から下ろしざるに入れそうめんを漱ぐ。

 素早くしっかりと麺のぬめりをとる。

 しっかりしたそうめんは、力強く洗っても麺が切れることはない。
 
 そして、氷水でしっかりと冷やす。

 ノアから言われた最大のポイント。

 一滴の水が出なくなるまで押しつぶすようにしっかりと水を切る。

 からまったそうめんを一口分ずつほぐすように皿に盛り、具材を綺麗に盛り付ける。

 良く冷やした汁千代口ちょことつゆ徳利と一緒にジージェッジリオンに配膳する。

「お待たせしました。本日の”まかない”そうめんです」

「ありがとう。これ。ノアちゃんはどうやって食べてたの?」

 ノアは食べ方に独特の拘りがあり、真似をすると利に適って、なるほどと唸ることがある。


 ノアのおすすめの”基本”であり”究極”なメニューだ。


 ――――きっと相当拘って食べていたのだろう。
 
 ジージェッジリオンはテーブルに肘を付き、前のめりでビビアナの話に集中する。

 ビビアナからの返答まで少しの間があり、期待を込めて、更に肘に体重が掛かる。

 ――――前のめりのジージェッジリオンにビビアナが答えた。



「……ノアちゃん。――そうめんは好きじゃないんだって」

 彼女の肘がスコッと落ち、麗しのエルフは綺麗にズッコケた。

 それを見つめたビビアナはノアの幻聴を聞いた。

『細い麺って食べた気がしないんだよね!』

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50話を記念して閑話を掲載いたしました。
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