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第4章 飄々
第18話 思惑
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十九人は復讐の噂を聞きつけある男に詰め寄る。
「おいっ! シュバインっ! 話を聞けよっ!」
「うるせぇ! いい年したおっさんが詫びを年下に取り持たせんなっ! みっともないっ!」
「取り持てとは言ってねぇ。安全だから会ってくれと伝えてくれりゃあ良いんだ。俺達が近づいてバッサリいかれたらどうすんだよ」
「自業自得だろ? ダンジョンで取り囲んで襲えば掟破りだ。言い訳があんのか?」
「ぐっ。――言い訳はしねぇが詫びる機会はもらいたい。だいたい。おめぇが駆け出しのころ助けてやったのは誰だよ」
「はっ? いつの話してんだよ。散々たからせてやっただろ。あれでチャラだ」
「おいっ! バステン。黙ってねぇでシュバインになんとか言え」
「まったく。あんたらは――でも俺もあんたらと知らない仲でもない。話だけならあの兄さんに伝えてやるよ」
「まてっ! バステン。勝手な事すんな」
慌てるシュバインを遠のかせるように男たちは動く。
「さすがだな。バステン。どっかの恩知らずとは違うな」
十九人が次々にバシバシとバステンを叩く。
バステンは迷惑そうに振りほどきながら理知的な瞳のノアの事を考えていた。
(シュバインを許した兄さんのことだ。悪いようにはなるまい。だが、それで兄さんが舐められないようにしてやるのが恩返しってもんだ)
冒険者にとって優しさと寛容は罪ではない。
だが、それによって生ずる甘さは良い影響を周りに及ぼさない。
寛容だからと面倒ごとを押し付けられるのは、舐められているのとたいして変わらない。
(もっともあの兄さんなら気付きもせずにスルリと躱して歩いて行くんだろうが)
そんなノアがノルトライブの冒険者に恐れられる理由。
もちろん何をされたか分からないまま倒された不気味さはあるが、それよりも大きいのは絶界の弟子だからだ。
血気盛んな若かりし頃の絶界の数々の逸話。
絶界がB級のとき絡んできたA級の槍術士に決闘を売られ剣を使わず槍で倒した。
売られたケンカは全て買う。
――そして生涯負け知らず。
ダンジョンでの二十日間の失踪と復活の逸話は死神をも倒したと呼ばれた。
自分の道理に叶わぬことは力づくで捩じり通す。
極めつけが自分の女のために二十万の兵にケンカを売り勝ち切ったあの伝説だ。
冒険者達が若いころ憧れた絶界の逸話と人物像がそのままノアに透けて重なる。
傍若無人で憧れとそれ以上の畏怖を覚えた存在の影に冒険者たちが苛まれる。
だから彼らは必死なのだ。
――同時刻。
風呂上がりに冷たい牛乳を楽しむノアを置き去りにして。
§
「ねぇ。神武。明日あたしも行かないといけないの? 貴方だけでいいじゃない」
「マスターも今後の為に親睦を深めることをお勧めします」
ノアはダンジョンを出る前に二日後に第一回のダンジョン説明会を希望した。
階層は冒険者が誰もいない二一階層でだ。
「あの子苦手なのよね。なんか。面倒くさい」
「ノアさんはこのダンジョンより上位の権能保有者です。このダンジョンで一番位の高いマスターがもてなすのが礼儀です。是非賢明な判断をお願いします」
今まで間違ったことのないヌクレオの判断――今は神武となったが。
その提案に少女は不承不承頷く。
「――分かったわ。行けばいいんでしょ。行・け・ばっ!」
ヌクレオだったころ心の無かった神武はマスターから言われたことを遂行するだけの存在だった。
最適な判断を下し決断をマスターに預ける。マスターの要求に適切に答えることに専念してきた。
彼女が快適に過ごせるように机を用意し紅茶を準備することもその一つだ。
それは何万年も繰り返して来た事だ。
だが、今の彼は違う。
守武の記憶は残っていないが日本の記憶を持ち個としての心がある。
神武は世界の美しさを思い出した。
生きることを倦んだ。
自分が仕えるダンジョンに囚われた少女へ刺激を与えなければならない。
ダンジョンの管理者としてマスターを優先する束縛を逃れ神武の心がそれを命じる。
(刺激にしては劇薬が過ぎますが……マスターには新しい世界を見てもらわなければ成りません)
飽いたように眠るだけで生きるのに惰性的な少女は生きる楽しさを知るべきだ。
神武は自身が守り育むことを誓った少女の未来に新たな色を載せたいのだ。
――何万年と続いたセピアの風景に。
そして――それを受け入れてしまった少女に。
世界は光に溢れている。その光は楽しい事ばかりではないかもしれない。
それでも悲しみも人生の一部だと。
苦悩の中で初めて知る甘露もあると。
それすら受け入れて初めて見える風景がある。
数万年の静寂を破り少女の小さな世界を振蕩させ突然目の前に現れた。
その強く輝くエネルギーの塊のような少年と接点をつくること。
そして――願わくば……。
神武は密やかに計画を練る。
神武が初めてマスターに隠す少女が望まない計画だ。
ただ、ただ、純粋に少女の健やかさを守る事だけを誓う。
「おいっ! シュバインっ! 話を聞けよっ!」
「うるせぇ! いい年したおっさんが詫びを年下に取り持たせんなっ! みっともないっ!」
「取り持てとは言ってねぇ。安全だから会ってくれと伝えてくれりゃあ良いんだ。俺達が近づいてバッサリいかれたらどうすんだよ」
「自業自得だろ? ダンジョンで取り囲んで襲えば掟破りだ。言い訳があんのか?」
「ぐっ。――言い訳はしねぇが詫びる機会はもらいたい。だいたい。おめぇが駆け出しのころ助けてやったのは誰だよ」
「はっ? いつの話してんだよ。散々たからせてやっただろ。あれでチャラだ」
「おいっ! バステン。黙ってねぇでシュバインになんとか言え」
「まったく。あんたらは――でも俺もあんたらと知らない仲でもない。話だけならあの兄さんに伝えてやるよ」
「まてっ! バステン。勝手な事すんな」
慌てるシュバインを遠のかせるように男たちは動く。
「さすがだな。バステン。どっかの恩知らずとは違うな」
十九人が次々にバシバシとバステンを叩く。
バステンは迷惑そうに振りほどきながら理知的な瞳のノアの事を考えていた。
(シュバインを許した兄さんのことだ。悪いようにはなるまい。だが、それで兄さんが舐められないようにしてやるのが恩返しってもんだ)
冒険者にとって優しさと寛容は罪ではない。
だが、それによって生ずる甘さは良い影響を周りに及ぼさない。
寛容だからと面倒ごとを押し付けられるのは、舐められているのとたいして変わらない。
(もっともあの兄さんなら気付きもせずにスルリと躱して歩いて行くんだろうが)
そんなノアがノルトライブの冒険者に恐れられる理由。
もちろん何をされたか分からないまま倒された不気味さはあるが、それよりも大きいのは絶界の弟子だからだ。
血気盛んな若かりし頃の絶界の数々の逸話。
絶界がB級のとき絡んできたA級の槍術士に決闘を売られ剣を使わず槍で倒した。
売られたケンカは全て買う。
――そして生涯負け知らず。
ダンジョンでの二十日間の失踪と復活の逸話は死神をも倒したと呼ばれた。
自分の道理に叶わぬことは力づくで捩じり通す。
極めつけが自分の女のために二十万の兵にケンカを売り勝ち切ったあの伝説だ。
冒険者達が若いころ憧れた絶界の逸話と人物像がそのままノアに透けて重なる。
傍若無人で憧れとそれ以上の畏怖を覚えた存在の影に冒険者たちが苛まれる。
だから彼らは必死なのだ。
――同時刻。
風呂上がりに冷たい牛乳を楽しむノアを置き去りにして。
§
「ねぇ。神武。明日あたしも行かないといけないの? 貴方だけでいいじゃない」
「マスターも今後の為に親睦を深めることをお勧めします」
ノアはダンジョンを出る前に二日後に第一回のダンジョン説明会を希望した。
階層は冒険者が誰もいない二一階層でだ。
「あの子苦手なのよね。なんか。面倒くさい」
「ノアさんはこのダンジョンより上位の権能保有者です。このダンジョンで一番位の高いマスターがもてなすのが礼儀です。是非賢明な判断をお願いします」
今まで間違ったことのないヌクレオの判断――今は神武となったが。
その提案に少女は不承不承頷く。
「――分かったわ。行けばいいんでしょ。行・け・ばっ!」
ヌクレオだったころ心の無かった神武はマスターから言われたことを遂行するだけの存在だった。
最適な判断を下し決断をマスターに預ける。マスターの要求に適切に答えることに専念してきた。
彼女が快適に過ごせるように机を用意し紅茶を準備することもその一つだ。
それは何万年も繰り返して来た事だ。
だが、今の彼は違う。
守武の記憶は残っていないが日本の記憶を持ち個としての心がある。
神武は世界の美しさを思い出した。
生きることを倦んだ。
自分が仕えるダンジョンに囚われた少女へ刺激を与えなければならない。
ダンジョンの管理者としてマスターを優先する束縛を逃れ神武の心がそれを命じる。
(刺激にしては劇薬が過ぎますが……マスターには新しい世界を見てもらわなければ成りません)
飽いたように眠るだけで生きるのに惰性的な少女は生きる楽しさを知るべきだ。
神武は自身が守り育むことを誓った少女の未来に新たな色を載せたいのだ。
――何万年と続いたセピアの風景に。
そして――それを受け入れてしまった少女に。
世界は光に溢れている。その光は楽しい事ばかりではないかもしれない。
それでも悲しみも人生の一部だと。
苦悩の中で初めて知る甘露もあると。
それすら受け入れて初めて見える風景がある。
数万年の静寂を破り少女の小さな世界を振蕩させ突然目の前に現れた。
その強く輝くエネルギーの塊のような少年と接点をつくること。
そして――願わくば……。
神武は密やかに計画を練る。
神武が初めてマスターに隠す少女が望まない計画だ。
ただ、ただ、純粋に少女の健やかさを守る事だけを誓う。
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