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第4章 飄々
第21話 奔流
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手土産のクレープシュゼットが気に入って更に口が軽くなってくれるといいな。
ずっとむっつりと黙っているマスターさんの機嫌も良くなると尚良し。
「わたしたちは食事をする必要がありません。お気持ちだけ受け取ります」
マスターさんの一言に絶句する。
――え? そのパターン?
なるほどね。――次の会合用の手土産の情報を今日のうちに仕入れないと、またスベるぞ。
「マスター。折角ですから召し上がってみては? 食事自体したことが無いでしょう」
(マスター。主催者側が土産に手を付けないのはマナー違反です。適切なご判断を)
「……そうね。折角だし頂くわ。良い薫りね」
やっべぇ。気を遣わせたかな?
おっふぅぅ。
マスターさん。全部食べてソースまで飲み干した。
美味そうに食べてたように見えるが気のせいか?
それはそうとマスターさんの辺りになんかチラついている。
――サイネ?
ぼやけたような瞬くような明滅で見えにくい。
――紗衣祢かな?
やっぱりサイネか?
サイネ・モヤウィロス……紗衣祢・モヤウィロス? じゃおかしいもんな。
俺の眼にそう映る。
マスターさんが口を開いた。
「初めて食べたけど美味しかったわ。ごちそうさま。また食べてみたいわね」
おっ! お世辞でも受け取りますよ。
「それは何よりです。また何か甘いものをお持ちしましょうか?」
「気を使わなくても結構よ。気が向いたときにでもお願い」
気を向かせてまた持ってこいやの意と受け取りますよ。
「はい。承知しました」
「初めてだし今日はこのぐらいで良いかしら? 少し疲れたわ」
えっ? ――早くない?
だが初回だし印象操作も大事だな。しつこくても嫌われるし――譲るか……。
「名残惜しいですが……そうおっしゃるなら。今日はこのぐらいでお暇します」
神武さんに送ってもらいダンジョンに案内される。
一週間後に第二回を要望して次回はダンジョンで出来る設備と環境の説明を希望した。
ダンジョンに戻る瞬間に俺は何故か印象に強く残った言葉を思わず反芻していた。
「――サイ……」
§
神武の勧めで少女はノアの持参した手土産を前にする。
純白の皿に綺麗に整えられた三角の生地が三枚。几帳面に置かれオレンジ色のソースに浸っている。
柑橘の爽やかさとそれだけではないふくよかな風味が漂い良い香りだ。
食欲というものが無い少女は興味もなさそうに手土産を見つめる。
ダンジョンから出現させた物で口にできるのは紅茶のみだ。それを手持ち無沙汰を紛らわせるために口にする程度だった。
神武は少女のカトラリーをセットすると自分も席につき手土産を食べ始める。
少女はそれを真似するように習慣のない食べるという行為を行う。
茶番をこなす喜劇の演者気分だ。
ナイフで小さくした生地をそっと口に運ぶ。
(あれっ? 美味しい――甘いでは表せない味ね。言葉が見つからないわ)
少しの感動と感じた事の無い感情が溢れる。
だが少女はその起伏の発露を嫌い淡々と食べ進める。
いつもは同じ紅茶の風味さえより強く濃く感じる。
苦手なノアからの土産で自分が揺さぶられるのが腹立たしい。
少女が心に感じたものは極ありふれた感覚だ。
少女には必要のない。食という生物の根源的本能に直結する行為がその琴線に触れた。
それは本当にささやかなものだ。
――幸福感。
だが長い少女の生のなかで一度も味わったことのないものだ。
平坦だった水面がうねるように波打つ。
(無くなっちゃった)
めまいにも似たくらみが生じ頭の芯が刺激されて重く感じる。
少女が疲れたと言ったのは本音だった。
話し方にも気を付けて気を張っていたのも原因だ。
だが、一番はノアの手土産によって起こされた疲れだった。
今日はもうベットでゆっくり横になりたい気分になっていた。
ノアが了承して部屋を出て行くときに何かを呟いたのが聞こえた。
――と。
少女の心臓が内から掴まれたかのように強く脈打つ。
ずっとむっつりと黙っているマスターさんの機嫌も良くなると尚良し。
「わたしたちは食事をする必要がありません。お気持ちだけ受け取ります」
マスターさんの一言に絶句する。
――え? そのパターン?
なるほどね。――次の会合用の手土産の情報を今日のうちに仕入れないと、またスベるぞ。
「マスター。折角ですから召し上がってみては? 食事自体したことが無いでしょう」
(マスター。主催者側が土産に手を付けないのはマナー違反です。適切なご判断を)
「……そうね。折角だし頂くわ。良い薫りね」
やっべぇ。気を遣わせたかな?
おっふぅぅ。
マスターさん。全部食べてソースまで飲み干した。
美味そうに食べてたように見えるが気のせいか?
それはそうとマスターさんの辺りになんかチラついている。
――サイネ?
ぼやけたような瞬くような明滅で見えにくい。
――紗衣祢かな?
やっぱりサイネか?
サイネ・モヤウィロス……紗衣祢・モヤウィロス? じゃおかしいもんな。
俺の眼にそう映る。
マスターさんが口を開いた。
「初めて食べたけど美味しかったわ。ごちそうさま。また食べてみたいわね」
おっ! お世辞でも受け取りますよ。
「それは何よりです。また何か甘いものをお持ちしましょうか?」
「気を使わなくても結構よ。気が向いたときにでもお願い」
気を向かせてまた持ってこいやの意と受け取りますよ。
「はい。承知しました」
「初めてだし今日はこのぐらいで良いかしら? 少し疲れたわ」
えっ? ――早くない?
だが初回だし印象操作も大事だな。しつこくても嫌われるし――譲るか……。
「名残惜しいですが……そうおっしゃるなら。今日はこのぐらいでお暇します」
神武さんに送ってもらいダンジョンに案内される。
一週間後に第二回を要望して次回はダンジョンで出来る設備と環境の説明を希望した。
ダンジョンに戻る瞬間に俺は何故か印象に強く残った言葉を思わず反芻していた。
「――サイ……」
§
神武の勧めで少女はノアの持参した手土産を前にする。
純白の皿に綺麗に整えられた三角の生地が三枚。几帳面に置かれオレンジ色のソースに浸っている。
柑橘の爽やかさとそれだけではないふくよかな風味が漂い良い香りだ。
食欲というものが無い少女は興味もなさそうに手土産を見つめる。
ダンジョンから出現させた物で口にできるのは紅茶のみだ。それを手持ち無沙汰を紛らわせるために口にする程度だった。
神武は少女のカトラリーをセットすると自分も席につき手土産を食べ始める。
少女はそれを真似するように習慣のない食べるという行為を行う。
茶番をこなす喜劇の演者気分だ。
ナイフで小さくした生地をそっと口に運ぶ。
(あれっ? 美味しい――甘いでは表せない味ね。言葉が見つからないわ)
少しの感動と感じた事の無い感情が溢れる。
だが少女はその起伏の発露を嫌い淡々と食べ進める。
いつもは同じ紅茶の風味さえより強く濃く感じる。
苦手なノアからの土産で自分が揺さぶられるのが腹立たしい。
少女が心に感じたものは極ありふれた感覚だ。
少女には必要のない。食という生物の根源的本能に直結する行為がその琴線に触れた。
それは本当にささやかなものだ。
――幸福感。
だが長い少女の生のなかで一度も味わったことのないものだ。
平坦だった水面がうねるように波打つ。
(無くなっちゃった)
めまいにも似たくらみが生じ頭の芯が刺激されて重く感じる。
少女が疲れたと言ったのは本音だった。
話し方にも気を付けて気を張っていたのも原因だ。
だが、一番はノアの手土産によって起こされた疲れだった。
今日はもうベットでゆっくり横になりたい気分になっていた。
ノアが了承して部屋を出て行くときに何かを呟いたのが聞こえた。
――と。
少女の心臓が内から掴まれたかのように強く脈打つ。
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