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133.出航
しおりを挟む「春香…私は何か気に触る事をしたのだろうか?」
「それを今から話し合いましょう」
恐らく夫はこの部屋に来るまで久しぶりに会う妻といちゃいちゃするのを楽しみにしていたのだろう。予想外の(私の)態度に顔が引き攣るローランド。
『怒ってないし、驚かせるつもりも無かったんだけど』
怒られ待ちをしているちびっ子の様になってしまったローランドに苦笑いしながら、とりあえず思っている事を伝える。神妙な顔をしたローランドは最後まで口を挟まず聞きてくれた。そして少しの沈黙の後
「春香の気持は分かった。これからは何でも話すと誓うよ。確かに何も知らされないのは不安にもなる。しかし私達は春香には常に穏やかに過ごして欲しいのだ。だがその思いは私達の独りよがりだったようだ」
「分かってくれて嬉しい」
思っている事が伝わり安心する。やっと表情を緩めたローランドは私の手をとり
「しかし今回の事はアレクからの申し出だったんだよ」
「アレクが?」
頷くローランド。そして目を合わしゆっくり説明してくれた。
どうやらプライズ男爵の身柄は後に王都に護送され、領主を無くした男爵領と旧イーダン領をアレックスが治めなければならない。この大捕り物が決まった時、ローランドが男爵と王都に戻り、私はアレックスと残り2週間をイーダン領…いやオリタ領で過ごす予定だった。
しかしアレックスがローランドにオリタ領・プライズ領双方が落ち着くまで、私を王都に連れ帰って欲しいと願った。
一番の理由は当面忙し上にオリタ領とプライズ領を行き来する事になり落ち着かない事。それと…
『やっぱりね…』
アレックスは領主としての立場を確立し自信をつけたい様だ。気持は分からなくもない。ローランドは次期王として着々と政務を引き継ぎ、ミハイルもまだ領主でないがレイモンド父様の名代を務めている。それに比べてアレックスはコールマン家嫡男とは言え城勤なの上に騎士。領地や家を治める事などした事がないのだ。
アレックスの想いは理解できた。でも私は大変な時だからこそアレックスの傍にいて力になりたい。でもアレックスは1人で頑張ると決めたのだ。夫の意思を尊重し王都で待つ事にした。
決心した私を見たローランドが抱きしめて
「アレクなら大丈夫さ。夫を信じて王都で私とミハイルと待っていよう」
頷くと触れるだけの優しい口付けをくれる。やっと落ち着いたところでアレックスが部屋に来た。気を利かせたローランドが打ち合わせだと言い部屋を出て行った。アレックスに駆け寄り抱きつくと抱きしめてくれる。そして顔を上げで口付けをねだる。アレックスも欲を含まない優しい口付けをくれ胸が熱くなる。
「春香…」
「私、本当はここに残りアレクのお手伝いをしたい。でもアレクは今回は1人で頑張りたいんだよね⁈ だから私はアレクを信じて王都でアレクが迎えに来てくれるのを待っているわ」
そう返事すると一瞬驚いた顔をしたが、いつもと同じ優しい眼差しを向けて沢山の口付けを貰う。
そして
「立派な領主になって迎えに行くよ」
こうして話す時間もあまり無かったがアレックスと話すことができた。アレックスはやる事が沢山ありこの後直ぐに部屋を出て行き、入れ替わりにローランドが戻って来た。そしてこの後は早めにローランドと同衾し眠りについた。
「春香…起きれるかい?」
「う…ん」
ローランドに起こされ目を覚ますと目の前にローランド顔がありドキッとする。
今日の出発は早く3時半だ。外は薄暗くまだ寝ぼけている私の世話をローランドが甲斐甲斐しくしてくれ、朝食を食べにダイニングへ。
アレックスが席を立ち駆け寄り抱きしめて朝の挨拶をしてくれる。そして2人に挟まれ美味しく朝食をいただき、直ぐ出発の準備をして玄関を出ると…
『うわぁ…久しぶりだ』
王都から来た騎士達と王太子専用の煌びやかな馬車がそこにいた。ここで別れるアレックスと濃厚なお別れ?をしていたら、やきもちを妬いたローランドに引き離され馬車に押し込まれた。
こうしてアレックスをプライズ男爵領に残し、王宮騎士団と共にイーダン領の港に向けて出発する。プライズ男爵領の悪路も王太子専用馬車なら衝撃は少なくお尻が喜んでいる。順調に進みイーダン領に入るとスピードアップした。さすがジル様がこだわった旧イーダン領の道は平らで全く揺れない。
揺れ無くなり静かになったら、ローランドがプライズ男爵一家の処分について話し始める。私達が出発し後にコールマン侯爵家から応援の騎士団が着き、プライズ男爵一家を王都へ護送。そして王都到着後に改めて取り調べがあり事実確認後、男爵は一定期間の労働の後財産没収で国外追放となるそうだ。
そして奥様と子供は本人の希望を聞き、恐らく離縁の後にご実家に帰る事に。
そしてインク取引で不正に目をつぶった子爵は領民への謝罪と弁済し、領民から罪に問わないで欲しいと嘆願書が寄せられた。そして自ら出国する事から不問になるそうだ。
仕方ない事なのは理解しているが、こんな事件の後はスッキリしない。暫くモヤモヤするのを覚悟する。
そしてな何とも言えない気持ちのままお昼過ぎに港に着いた。港にはヘルマンさんが居てくれ、ジル様が王都に向け昨日出発された事と、男爵が捕縛され王都に連行される事を聞いたプライズ男爵領民からの移住申請がたくさん来ている事を聞かされた。
「ヘルマンさんもお忙しいと思いますが、体に気をつけて下さいね。あとアレクをお願いします」
「お任せ下さい。きっとアレックスが王都に赴く頃には立派な領主として胸を張って登城する事でしょう」
こうしてヘルマンさんとハグをして別れ、船に乗り込み沖を目指し出港した。やはりこの船は王家の船に比べ揺れる。長時間乗ったら確実に船酔いしそうだ。そんな事を考えていたら大きな船が見えて来た。ヴェルディアに向かった時に乗った王家の客船だ。船を見ながら疑問が…
ここは海上でタラップを付けれない!どこから乗るの? そう思い一人あたふたしていたら客船の脇に乗っている船が着いた。すると4階ほどの高さから縄梯子を下ろされ、騎士さんがすいすい上って行く。
『これで上がるの⁇ スカートの中が丸見えじゃん!』
すると私の考えている事が分かったローランドが笑い、“可愛い”を連呼して抱き付いてくる。そして
「安心して。あの縄梯子は使わないから」
「じゃあどうやって(客船に)移るの?」
そう言うとローランドは上を指さした。すると籠?が上から下りて来た。
そして甲板に着いた籠は人一人が乗れる大きさで、中にはクッションとひざ掛けが置かれていた。するとローランドが私の手を取り籠に私を座らせ腰にロープを結んだ。
そして騎士さん1人が下ろされたロープを腰に結びつけ籠の横に立つ。そしてローランドは触れるだけの口付けをし
「春香。大丈夫だからじっとして居てね」
「あのこれ?」
ローランドが手を上げると籠が上昇した。怖くて籠を持つと先程腰にロープを結び付けた騎士さん籠のすぐ横の縄梯子を籠に合わせて登って行く。
「春香妃殿下。後少しでございます」
「…」
真下に広がる海面に怖くて声も出ず籠の中で固まる。少ししたら甲板に居る沢山の人が見え緊張が少し解けてきた。重い私を騎士さん数人で引っ張り上げてくれたのだ。そしてゆっくり甲板に下ろされた。しかしまだ身体が強張り動けずにいると、縄梯子を登ってきたローランドが駆け寄り抱き上げてくれる。
ローランドはそのまま客室に向かい、私は看板で片付けをしている騎士さんや船員さんに
「ありがとうございました!」
とお礼を言うと皆さん胸に手を当てお辞儀をし応えてくれた。
ローランドは狭く入り組んだ廊下を歩き、恐らく前と同じ客室に入りソファーに私を下ろした。ローランドはまだやる事がある様で、口付けて足早に部屋を出て行った。
まだ落ち着かない私は侍女さんが入れてくれたお茶を飲みながら一息つく。部屋に控える侍女さんの話では明日の朝にシュナイダー領の港に入港し、夕方には王城に着くそうだ。
「シュナイダーの港に着くならミハイルも来るよね…」
もう一人の夫の顔を思い浮かべる。恐らく美丈夫で優しくハイスペックな夫が3人もいて側からすると幸せそうに見えるだろう。しかし夫が3人もいるのは予想以上に大変。それに体力お化けの彼らに合わせると私は確実に腹上死する。
『幸せと危険は紙一重かもしれない』
と思わず遠い目をすると侍女さんに心配され、お医者さんを呼ばれてしまった。
お医者は過労と診断し飲みたくも無い滋養強壮剤を飲まされて発熱し、また船で寝込む事になってしまった。
『”滋養強壮剤”と”船室”は鬼門だ』
そう呟き微熱が出た体を休めて眠る事にした。
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