黎明のレクイエム

ハヤブサ

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第1話

黒い瞳に映る世界は、果ての闇か救いの閃光(ひかり)か

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物音ない街に、土を蹴る音が響く。
その街、いや街であったであろう土地は、音のないがらんとした廃墟のように存在していた。
広い道の真ん中を、大きな剣を背負ったがっしりとした赤毛と、華奢な長い剣を腰から下げた長身、長髪の男が歩く。
「間に合わなかったか…くそ、派手にやってやがる」
ロトスは赤毛の眉をぐっとしかめて、民家の扉の壊れた鍵や、割れた窓、誰のものかもわからない黒い血の跡を睨み見た。
「…酷いな……」
その隣で歩を進めるシーディも、端麗な貌立ちの眉をぴくりと顰めた。高い位置で結んだ長い蒼みを帯びた銀髪が歩くたび揺れる。
「この様子じゃぁ、人はいないみたいだな……どこか、逃げられたか…連れて行かれたか」
ロトスは瞳だけでまわりを見遣るが、がらんどうとした街並みが続くばかりだった。きちんと閉まっていない玄関扉が、住人のないことを教えていた。その扉は装飾が派手で豪勢で、家の壁も上質な土造りなのがみてとれた。
「裕福な街だから、狙われたのか」
「…そうみたいだな」
地方の街が襲われ、なくなることがこの頃増えていると聞く。国の西部に位置する、商業地域を有する国の中枢部ーー国軍が手を引いているという噂だった。街が潰され、表立った混乱が起こらないのが国が関係する証拠だ。
ふと前方、緋く大きな炎がふたりの視界に入る。周りは燃えていないためにその炎だけがやけに目立って、ふたりは自然と速度を上げて歩み寄った。
「すげぇ家…」
かろうじて炎を逃れ、いままで目にしたどこよりも装飾が派手で、大きな敷地の邸宅がそびえていた。壁も、塗料が練りこまれた藍色の土で造られている。その隣で、煌々と炎が天に向かう。燃えているのは天井の高い、小屋のような建物だった。
「いやな感じがする…」
シーディは顔を神妙に歪めたまま呟いた。その脚がその炎へと向かう。
おい、と追いかけるロトスにかまうことなく、無駄ない動作で剣を抜き、外から南京錠の掛かったままの扉を切り開けた。一瞬の迷いもなく。
ただその中の光景を目にして、受け止め理解するまで、わずかに、時間を要した。
彼の後ろでロトスも同じように、短く狼狽する。
「なんてこと…」
くらくらするほどの熱気の中へふたりは押し入った。
扉の向こうにあったのは、炎と、一本の柱とそこに何十もにくくりつけられた長い太い鎖。その先に細い白い手首。柱にしなだれかかるように座り込んだままの、長い黒い髪の少女。
ロトスは背負った重い剣を抜き、鎖を柱のそばで叩き切った。鈍い金属音が響く。
「大丈夫か」
シーディは少女の顔を覗き込むが、細かい血管を映す薄い瞼は下りたまま動かない。首筋に手をやるて、とくん、と、わずかながら確かな振動が伝わる。
「生きてる…とりあえず連れて帰ろう」
そう云い彼女を抱え上げると、ふたりは炎の外へと飛び出した。



砦は林の奥にひっそりとそびえている。
土作りのその一室、揺れるランプの下、敷布の上に漆黒の髪が広がっていた。
床に寝かせられた少女の横に、ロトスと、ユイが膝をついて見守っていた。
黒く長い髪をまとめ上げ、深紅の衣服に身を包むユイは、彼らシルフ傭兵団の砦で酒場を切り盛りする気丈な女性である。華やかな化粧が派手にならずよく似合う。
「脈も安定してるみたい。じきに目を覚ますでしょうよ」
「そうか…」
ロトスは安堵に息を吐いた。その隣で対照的に、ユイは眉を顰める。
「この娘、痣がいっぱいあったわ」
その細い左の手首の先に、錠のついたままで巻きついた太い鎖に視線をやる。ロトスもその視線を追って、同じように眉を顰めた。
「ずいぶん金持ちそうな家だったぜ…その隣の小屋の中だった。わざと置いていかれたんだろう」
苦痛に歪んではいないが、安らかでもない眠り顔を見て、ロトスは複雑な心情だった。
彼女が目を覚ましたとして、彼女は現実に打ちのめされ傷つくのだろうと思うと居た堪れない。
コンコンコン、と小さく叩かれてから、キィ、と音を立てて扉が開く。物音を立てないようにしてシーディが室に入ってきた。その手には針金を握っている。それをふり向きざまにみとめ、ロトスは安堵したように口の端を釣り上げる。
「ああ、どうもな」
「…まだ、目を覚ましてないんだな」
ユイとロトスにちらりと目を遣ってから少女に視線を向けて、シーディはぽつりと云った。
ロトスは頷くだけで答えてから、少女の傍から少しだけ退いた。そうして空いた、左手の傍にシーディが膝を落とす。
「たぶんじきに、眼を醒ますと思う」
ユイはシーディにも同じことを繰り返す。
「そうか、よかった」
そう云いながら、シーディは少女の手に触れないようにしながら、錠の鍵穴に針金を差し込んだ。やたらと器用、とよくロトスはシーディをからかっている。
かちゃかちゃと、小さなひっかく音が聞こえるほど室もその外も静まり返っていた。鍵は開く気配をみせず、自然とシーディは眉根を寄せる。そしてその視界の端で、ぼんやりと瞼が押し上げられたのを見逃さなかった。
「あ」
ユイが声を漏らす。
ロトスもシーディも出す言葉が見つからなかったので沈黙したままで、少女の瞳はやがて周りのものに焦点を合わせて、すっと生気を取り戻したように凛々しくなった。がば、と起き上がったときに錠ごと鎖がシーディの手を離れる。
「……………………」
少女は大きく開いた瞳で、目の前を凝視した。ほんのすこし引きつった表情で。
その瞳は深い深い、闇の色。
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