藤堂海来探偵社

蜉蝣

文字の大きさ
14 / 35

第十四話 社長の愛人

しおりを挟む
 そしてまた三ヶ月前。海来と漆原は香西雪愛を尾行する。

 ゴロゴロとキャリーバッグを引っ張りながら歩く浮島の旦那と、その横を歩く香西雪愛。駅前ロータリーでタクシーでも乗るのかと思ったら、ここでもタクシーを使わない。

「こんな特に何もない感じの、何の変哲もない市街地に一体何の目的で?」
「さぁねぇ、目立つのを嫌がる詐欺師の習性かもねぇ。でもあれだけ目立たない人も珍しいね。じゃぁ尾行しますか。漆原くんは、私のあとを少し離れて歩いてきてね」

 線路に沿った道をあの二人は並んで歩いていく。漆原の言ったとおり、この駅の周辺には特に観光地があるわけでもなく、男女二人の逃避行先といった趣などまるでない。都心から一般電車でたったの一時間。香西雪愛の秘密の花園でもあるのだろうか? あれだけの金持ちだし。

 百メートルくらい歩いたところで振り返ると……、あれ? 漆原何処行った? ……と、あいつ何やってんだ? と、駆け足で数十メートルほどバックする。

「こらっ、お前ってやつは」
「だってさ、尾行くらい杏樹さん一人で出来るでしょ?」
「いーから、来い!」

 と私は、漆原の腕を引っ張って早足で歩き出す。

「ごめんねー、またどこかであったらよろしくー」と漆原は、その女性に向かって手を降る。……なんて奴だ、ったく。
「君って奴は、目を離した隙にナンパするのか」
「詐欺師にも習性あるかもしれんけど、俺にも習性があるんだよ。可愛い女の子をみすみす見逃すわけには……」
「あー、もういい! 私から離れんなっ」

 こいつほんと、マジで見境がない。女は全員俺のものだとでも思ってるのかな? ……それはいいとして、あの二人、一体何処へ行くつもりなんだろう?

 と思っていたら、駅から5百メートル程に離れたビジネスホテルに入っていった。

「ビジネスホテル・シェフィールド、か」

 何の変哲もない、こじんまりしたビジネスホテル。大浴場付き……くらいしか特色はない。

「まーた、あの二人昼間っからセックスすんのかなぁ?」
「さぁね。私達も入ろうか?、ここ安いみたいだし」

 と、漆原の腕を引っ張りつつ、二人してそのホテルの受付へ。フロントに聞いたら、うまい具合に香西雪愛らの隣の部屋は空いていて、その鍵を受け取って支払いを済ませ、511号室の部屋に入る。部屋に入った途端――。

 ……あん、あああっ、もっと、ああ……

「ゲッ、丸聞こえだ」

 漆原と二人、同時に同じ言葉が出た。

「この前のラブホも大したことないけど、ここのビジネスホテルは防音とかまるでないのね」
「うん、俺も声とか聞かれるの恥ずかしくて、ホテルだけは防音のしっかりしてそうないいホテルにすることにしている」

 ……あああ! もうだめ! 成海さんのものを!……

 私はたまらず耳を塞いだ。

「しっかしまぁ、俺の時もそうだったけど、あの女、セリフがやたら強烈なんだよな。演技だとしたらアカデミーAV賞ものだぜ」
「なにー? 漆原くん、なんか言った?」

 ――と、耳を開けるとあの声が聞こえるのでまた塞ぐ。

「杏樹さーん、これしばらく終わらないみたいだから、俺ちょっとその辺ブラブラして軽くナンパでもしてくるわ」

 何を言っているのかはすぐ分かったので、窓のそばにいた私は漆原に手で合図して、外に出かけてもらった。

 それにしてもたまらん。しょうがないから、耳栓代わりにスマホにイヤホン繋いで大音量で適当に音楽をかけた。Red Hot Chili Peppers の By The Way が流れる。それでもまだ聞こえる。イヤホンがそんなに遮音性が良くないからなのだろうけど、もう我慢できないと思ってベッドの布団に潜り込んだ。

「どうすっかなぁ。……確かにこれ、しばらく終わらないだろうし、私も小一時間位外に出てようかな。それくらいなら逃げはせんだろう。――よしっ」

 ホテルを出て、駅前ロータリーまで来たけど、特になにもない。漆原は見当たらなかった。一応、漆原にLINEして、できるだけ早く戻ってくるように言っておいた。一応これは張り込みだし、一人では少々不安だったから。

 特に何もすることがないので、三島に電話して、仕事の簡単な話をするも、すぐに終わる。することがないなぁと、駅前ロータリーのコンビニに入り、イートインでコーヒーを啜りつつ、ぽけーっとスマホで時間つぶし。そして三十分ほどすると――。ん? あれは……。

 コンビニのウィンドウから見える駅前ロータリーに、1台の黒塗りワンボックスカーが停まった。そこから三人ほどの柄のでかい男が降りてきた。どうも、なんかヤクザっぽい格好で、あたりは禁煙指定区域なのに構わずタバコをプカプカ。直ぐ傍には交番もあるというのに……。

 その一人が、私の今いるコンビニに入ってくると、「よう、ねーちゃん、すまんけどトイレ借りるでー」と、関西弁丸出しで店員に告げるとそのままトイレに入っていった。外を見ると、ワンボックスカーの近くで残った二人がウンコ座りで、なんだか下品でガラの悪い笑い方をしたりして、せっせとタバコを吸っている。

 そして、トイレに入っていたその男たちの一人が車の方に戻ると、三人とも乗車。そして車が動き始めた――。どうも何故だか気になる、あの車。私はコンビニから出ると、ホテルに戻る線路沿いの道を歩き始めた。すると、あの車が私を追い越してホテルの真ん前に停車した。

 ――えっ? ど、どういうこと?

 驚いて、私は電柱に隠れ、その様子を窺った。なんと、あの香西雪愛がホテルから出てきて、その車に駆け寄ったのである。そして、そのまま雪愛はその車に乗り込むと、三人のあのヤクザ風の男が車から降り、ホテルに入っていく。事態が飲み込めない……。しかし、これ浮島の旦那、やばいんじゃないか?

 そう思って、その黒いワンボックスカーの中にいるであろう香西雪愛に気付かれないように姿勢を低くして近づき、そのままホテルに入った。そして、511号室に戻ると――。

「おらぁ! 浮島はん! 舐めとったら承知せんぞ!」

 と、ものすごいドスの利いたまさにヤクザそのもの強烈な脅し声が隣のこちらの部屋にも響き渡る。

「ああ? 何とぼけとんねん? おっさん。ちゃんと言え!」
「……、……」

 ヤクザの声は聞こえても、浮島の旦那が何を喋っているのかがわからないので、急いで持ってきていた探偵用道具鞄の中からコンクリートマイクを取り出して壁にセット、そのイヤホンを耳に――。

「おどれ、知ってたやろ?」
「いい、いえ、ぜ、全然そんな、し、知らなかったです」
「うそこけ! どアホが! どない責任取るんじゃ! ボケ!」

 これはもしかして、美人局つつもたせってやつ? 香西雪愛って女詐欺師というよりは美人局やってたのか。似たようなもんだけど……。

「あのなー、おっさん、あの人が誰の女や思うとったんや!?」
「い……いや、あの、誰のって、……そんな、私は別に」
「ああっ!? はっきり言えや!」
「だ、だからその、……し、知らなかった、です」
「知らんわけあらへんやろが! オドレの会社の社長の愛人やろが!」

 ええ? マジで? 自分とこの会社の社長の愛人? それどういうこと?

「いや、あの……わたしはただ、だからその……、なんていうか」
「だからもへったくれもあるか! 知ってたんやろが!? 違うんか!」
「だって、……か、彼女が私に……、助けてくれって」

 一体何の話をしているんだ?

「杏樹さん、戻ったけど……、何してんの?」
「シッ、漆原くんはちょっと待ってて」

 しかし、漆原もそのヤクザ風の強烈な怒鳴り声に体をビクつかせて目が点になっている。

「ちゃんと説明したれや! 浮島はん!」
「だ、だからその、最初は全然、彼女が社長の愛人だなんて知らなくて、近付いてきたのも彼女の方だし……」
「なんでやねん! おどれみたいな腹の出たうだつの上がらん三流社員に、雪愛はんが近づくわけないやろが!」

 いや、待て。それは違う気がする。ちょっと身辺調査して浮島の旦那のことは知ってるけど、浮島成海は親からの遺産相続で結構な大金を持っている。香西雪愛が女詐欺師かもと漆原から聞いて、それを狙ったんだと思ってたし――。

「いやだから、その……、し、知ったのはちょっと経ってからの話で」
「知っとったんやないけ! 嘘ついとったらどつき回すど!」
「だから、わ、私は別に、社長の愛人を奪ったとか、そ、そんなんじゃありません!」
「なんでやねん! 分かったら離れるのが道理やろが! お前んとこの社長の愛人やぞ! 社長とうちの組長は昵懇じっこんの仲や!」

 あー、そういう話か。つまりは社長の愛人だった香西雪愛が、浮島成海と浮気、……浮気っつーのこれ? ともかく浮気がバレてそれでその昵懇の組の人ががここに。ということは、……え? 美人局とかとも違うわけ? ……でも、さっき普通にワンボックスカーに、雪愛、乗り込んでたよね?

「す、すみません。も、も、……申し訳ございません」
「謝って済むんやったら、警察いらんのじゃ! 責任取れ! ちゅーとんじゃ!」
「ででで、でも、せせせ、責任って、どどど、どうすれば? も、もう私は、雪愛さんには近づきません!」
「小学生みたいなこと言うとったら、おっさん、いてまうぞ! どないすんねん! 大人として!」

 すると、少しの間、その隣の部屋は静まり返って、何かゴソゴソ音がするだけ。そして……。

「……じゃああの、こここ、……これで」
「はぁ? たったこんだけかい! たったの20万でケリつけろっちゅーんか!」
「だだ、だって、そそそ、それが今の私の全財産です!」
「この期に及んでまだ嘘つく気か! 全部わかっとんねん! 雪愛はんにちゃんと聞いてんのや!」
「え?」

 あっ! 分かった! そういうことか! 確か浮島の旦那の会社って――。

「はよ出さんかい! ワレ! ここに持ってきてんねやろ!?」
「い、いや、だって……、あれは」
「あれはもへったくれもあるか! お前をここで縛って、こっちで探してもええねんぞ!」
「わ、わかりました! こここ、ここには、ありません!」
「ほんじゃ、どこにあんねん!?」
「い、今から、ご、ご案内します!」

 ほほー、浮島成海の旦那、やるじゃん。まだあれを渡してなくって、しっかり何処かに隠してるんだ――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~

楠富 つかさ
恋愛
 中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。  佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。  「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」  放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。  ――けれど、佑奈は思う。 「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」  特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。  放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。 4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

義姉妹百合恋愛

沢谷 暖日
青春
姫川瑞樹はある日、母親を交通事故でなくした。 「再婚するから」 そう言った父親が1ヶ月後連れてきたのは、新しい母親と、美人で可愛らしい義理の妹、楓だった。 次の日から、唐突に楓が急に積極的になる。 それもそのはず、楓にとっての瑞樹は幼稚園の頃の初恋相手だったのだ。 ※他サイトにも掲載しております

【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて

千鶴田ルト
恋愛
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。 そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。 夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。 それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。 ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。 ハッピーエンドになるのでご安心ください。

処理中です...