藤堂海来探偵社

蜉蝣

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第十六話 山下建設

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 三ヶ月前に戻る。ヤクザに脅された浮島成海は何処かに何かを隠したという。

「よっしゃ! ほなら浮島はん、あんじょう案内したって。しゃしゃっと着替えや」

 ふと、ベッドに腰を下ろしている漆原に視線を向けると、ヤクザの声しか漆原には聞こえていないので、訳が分かっていない様子で私の方を見て首を竦めた。

「漆原くんは、ここにいる?」
「ここにいる……、って、わけが分からないんだが?」
「浮島がさぁ、ヤクザを何処かに案内するらしいから、追っかけようかと思うんだけど、流石に相手がヤクザだから……」
「えー。でも、杏樹さん一人じゃ危ないんじゃないの?」

 ほほう……、漆原、あたしを心配してくれるんだ。

「じゃぁ、どうしようかなぁ……、そっか、漆原くんが助けてくれるんだったら、少し安全な方法で追いかけよう」
「安全な方法?」
「うん、普通にタクシーで尾行したら、相手がヤクザなだけにやばいからね」

 キョトンとしている漆原を傍目に、私は探偵用道具鞄の中から1台のスマホを取り出した。

「じゃあさ、漆原くんはちょっとだけ、この部屋にいて」

 と言って、私はドアを少しだけ開けて、外の様子を確認することにした。奴等が部屋を出る前に、そのスマホのあるアプリをセットした。

「よっしゃ! 着替え終わったな、浮島はん。ほなら、行きまひょか。おう、お前ら、浮島はんが逃げへんように脇からしっかり抑えとけ!」

 そう言うと、浮島とヤクザ三人が部屋を出た。それを見て、私も部屋を出た。そのフロアを出来るだけ存在感を消して、エレベーターホールまで早足で追いかける。エレベーターはまだ一階に止まっていた。

 私は四人の後ろに、あまり存在感を主張しないようにおとなしく立つ。数回視線を送られるが、我慢我慢。1F……、2F……、3F……、4F……、5F。チーン。開いた! 今だ!

 四人の男を追い抜くかのようにしてそのエレベーターに慌てて乗り込む、と同時に、持っていたスマホをそのヤクザの一人が着ていたジャケットのポケットに忍ばせた。そして、用は済んだと降りようとしたら……、あっ、くそ、こいつらガタイがデカ過ぎて前へ行けない! あっ、ドアが閉まった! まじかよ……。ヤダよ、こんな怖い関西弁のヤクザと同じ狭い空間にいなきゃなんないなんて……、こわいー。

 エレベーターはゆっくりと下降。一人のヤクザがチラチラ、こちらに視線を送る。目を合わせてはならない。……あー早く早く、生きた心地がしない。とにかく存在感を消さなきゃ……。あ、駄目、あなたそのポケット触らないで……、あっ、そ、それはスマホ! ……いや、それは違うスマホだ。ほっ。……あ、一階着いた。

 私は四人が降りるのを待って、そのまま隅に隠れるようにしてそのままエレベーターの扉が閉まるまで中で待機。そして、そのまま漆原が待つ511号室へ戻った。

「ふー、なんとかなった」
「分かったよ、杏樹さん。GPSだな?」
「おっ、漆原鋭いじゃん。そうよ、スマホ使えば追跡できるからね」
「俺もやられたことあるんだよ。しつこい女にさぁ、アプリ仕込まれてストーカーされたんだぜ?」
「二千人もナンパしたら、そんな女だっているでしょ? ……よしっ、行くよ!」

 二人でホテルを出て、駅前でタクシーを拾い、ヤクザたちの追跡を開始する。スマホを確認すると、どうやら都心方向に向かっているようだった。

「運転手さん、少し急ぎ目でお願いしますね。道順はこっちで指示しますので」

 スマホのGPSで相手の位置は把握は出来るが、最終的には相手の車が見えるくらいには追いついていないと、スマホの位置精度上、見つけるのが難しくなってしまう場合もある。今回は、浮島が拉致られているから、相手が何するかわからないのでしっかり見失わないようにする必要があった。

「なんだかさ、ドラマか映画みたいだ。探偵っていつもこんなにスリリングなの?」
「いや、滅多にそんなことはないよ。ほとんどは地味に尾行したり、張り込みしたりするだけ」
「でもやる時はやると。俺ってさぁ、結構ガキだからさ、探偵ってあのコナン君みたいに殺人事件を推理したりする感じなのかなぁとか思ってた」
「なわけないじゃん。殺人事件なんかあんなのどうやって金にするんだよ?」
「あはは、そりゃそうだね。さすが杏樹さんは社長さんだ」
「……藤堂海来。あたしの名前は藤堂海来だから。その杏樹っつーか、小野寺杏樹は偽名だからさ、あんまりその名前で呼ばないで」
「いーじゃん、俺にとっちゃ杏樹さんだよ。かっこいいじゃん、杏樹って名前と一緒でさ」
「えっ? い、いや、あたしってこんなにチビで童顔だし、そんなかっこいいなんて……」
「ううん、全然、かっこいい。めっちゃくちゃかっこよくてさ、ますます惚れちゃった」

 ドキッ。ちょっとマジ、何なんだよー? 漆原麟太郎。かっこいいなんて言われたこと一度もないってばさあ。やめてよー、もう……、やだなぁ。あー、なんだか……。

「う、運転手さん、もうちょっと冷房効かせてもらえません?」

 あー暑い暑い、まだ10月半ば過ぎだからかなぁ……。

「プッ……、ククッ……」

 ん? 何だ? 漆原。向こう向いてなに肩震わせてんだ? 

「あはは、おもしれぇ、あはは」
「何だよ? 何がそんなに面白いわけ?」
「だって、杏樹さん、顔真っ赤だし」

 はっ。慌ててタクシーのルームミラーで自分の顔を確認すると……、うわっ!

「あんた! 私をからかってんのか! もう!」と、隣に座る漆原の左肩を右掌で思い切り叩いてやった。
「痛ぇーっ! ちょ、からかってなんかないって。ホントだって。あんまりにも顔がすぐ真っ赤になったからさ。ごめんごめん笑ったりして」
「あんたねぇ、私、今年三十歳よ? 漆原くんは二十八でしょ? 年上の女性を捕まえてそんな、からかったりしないで」
「だから、からかってないって。ほんとほんと、杏樹さんって可愛くってかっこよくて、俺そんな女性、初めて見たし。むちゃくちゃ惹かれてるんだぜ?」
「あー、もういい! ちょと静かにしてて。それ以上言ったらあたし本気で怒るよ?」
「分かったよ。杏樹さんがそう言うんだったら」

 消え入りそうな声でそう言うと、漆原はやっと黙った。……はぁ、ったくもう、ナンパ師だからかなぁ、漆原はほんとにスラスラとよくもまぁ、女性をここまで褒められるもんだわ。……そりゃさぁ、褒められて悪い気はしないけど、漆原だって所詮男だし、私は別に男に褒められたって、嬉しいとは思いたくないっつーか。でもさ、やっぱドキッとしちゃうんだよなぁ。どうしてなんだろう?

 都心に近づき、少し渋滞し始めたところで、やっとあの黒のワンボックスカーに追いついた。そして、そこから何度か信号などで見失いかけつつも、GPSを頼りに、どうにか最終的には見失わずに、ビジネス街の駐車場まで追うことが出来た。私達もその手前でタクシーを降りた。――ははーん、なるほどね、浮島の旦那、よく考えたな。隠し場所には最適かもね。

「漆原くん、彼奴等ヤクザだからさ、一応その筋のプロだから、ここからはかなり慎重に尾行しなきゃならないと思う。いいわね? ナンパとか絶対やめてね」
「分かった、杏樹さんを一人にはさせない。で、尾行はいいとして、目的は?」
「そうだなぁ、……一芝居打つか」
「一芝居?」
「うん、あ、彼奴等降りてきた。隠れて」

 近くのビルの角から様子をうかがいつつ、あの四人が車から十分離れたところで、尾行を始めようとしたのだが、ふとあることを思い出した。

「漆原くん、すぐ追いかけるから、ちょっと一人で尾行してて。いいわね?」
「あ、うん、わかった」

 漆原一人に尾行させるわけには行かないが、一応確認の必要があると思って、あの黒いワンボックスカーに近付いて、中を確認したら……。

「やはりいないか、雪愛のやつ」

 おそらく、あのホテルの前で雪愛がこのワンボックスカーに乗った後、私がホテルに入ったその後に、雪愛は既に何処かへ消えてしまっていたのだろう。なんだか、上手いこと逃げられたって気もしなくはないが――、今はそれどころではないな。

 すぐに尾行を続ける漆原に追いつく。

「漆原くん、彼奴等の行くところは分かってるわ」
「えっ、そうなの?」
「うん、あのビルよ」と、私は二十階建てくらいのオフィスビルを指差した。
「なに? 杏樹さんって超能力も使えるのか?」
「違う違う、あそこのビルには、浮島の勤めている山下建設っていう会社が入ってるの。それでね、ちょっと漆原くんにお願いがるんだけど……、耳貸して」

 私は誰にも聞かれないようにして、"一芝居"について漆原にあるお願いをした。

「あー、なるほど、それで浮島の旦那を助けるってことか」
「それだけじゃないわ。雪愛の狙いを打ち砕く。一石二鳥よ」
「すごいな、杏樹さんよく思いついたね」
「褒めるのは後で。じゃぁお願いね。私は裏からでもあのビルに入ってくるから」

 そう言って、ビルの外の監視を漆原に任せて、わたしはそのオフィスビルに裏口の従業員入り口から入っていった。そのビルのセキュリティは全く知らなかったが、各フロアに上がるまでは何も問題はなかった。流石に、山下建設本社事務所には入れないので、七階エレベーターホールで待つこと十分。浮島成海は現れた。

「浮島成海さんですね?」

 浮島はぽかんと口を開けたまま、顔だけをこちらに向けて、セカンドバックを大事そうに胸で抱えながらエレベーターホール手前で立ち止まった。

「私、藤堂海来探偵社の藤堂と申します。少しお話したいことがありますので、こちらのビルの地下にある休憩室までご一緒願えませんか?」

 全然言ってる意味がわからないようだったが、私は半強制的に浮島に名刺を差し出して、空いてる方の左手に無理やり持たせてやった。するとやっと、浮島はその名刺に視線を落とした。

「藤堂海来探偵社? ……の藤堂さんが、私に何か?」
「はい、それをお話しますので、地下にある休憩室まで。よろしいですね?」
「……あ、はい」

 一台のエレベーターが、ポーンという音とともに、下方向のランプを点灯させてドアを開いた――。
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