1 / 1
非常識な通夜
しおりを挟む
粛々と参列者が涙をこぼす通夜を模範的とするなら、この有様はさながら非常識。
特上寿司に宅配ピザ、乱立する空になった瓶ビール。あちらこちらで故人をこき下ろして大爆笑につぐ大爆笑、そして続く万歳三唱。
先夜亡くなった祖父は、底意地がとてつもなく悪くて、けちで、酔っても素面でもすぐに暴れて手と足をふりあげる、ろくでなしのくそじじい。
憎まれっ子世にはばかるとはよくいったもので、九十七歳の大往生だった。
夕方前から始まった通夜という名の宴会は夜九時をまわった時点で、両親と叔父叔母従兄弟らをたがの外れた酔っぱらいにかえてしまっている。
下戸の僕はからまれる前にと退却を決め、中身が四分の一ほどになった寿司桶を片手に座敷を後にした。
逃げ込んだ先の台所には、先客がいた。
二年前、祖母の三回忌の法要の場に迷い込んできて、住職の「善行をつめ」の苦言で祖父に飼われるはめになった白猫である。
名を、ネコという。
せめてシロにしてやれと、いつも思う。
少し乾いた寿司からマグロとヒラメをはがし水で洗ってから、ネコにやる。
あぎあぎと食うネコの薄っぺらい三角の耳がぴこぴこ揺れる。
「おまえはじいさんが死んで悲しいかい?」
ネコはくっと顔を上げ、金色の目を見開く。
「アホいいな。せいせいするさ。あのじじい、めざしの頭ひとつくれやしないんだぜ」
勝ち気な子供の声でまくしたてたネコは、ひょいっと机から飛び降りて廊下へと出て行った。
旗竿のように揺れる尻尾を僕はぽかんと見送った。
いま聞いたものが信じられずに、僕はネコの跡を追う。
ネコはするりと奥の座敷に入りこむと、安置された祖父の胸の上に座り、その頬に往復ネコパンチ高速バージョンを炸裂させていた。
いや、うん。もう、なんかどうでもいい。
とにかく頭をまたいで起きあがらせたりしない限り、なにをしてもいい、ことにしよう。
一緒に暮らしているぶん、誰よりも鬱憤がたまっているのだろうし。
台所に引き上げた僕は、ネコの水入れにねぎらいの牛乳をついだ。
通夜の会場から陽気な三三七拍子が聞こえてくる。
特上寿司に宅配ピザ、乱立する空になった瓶ビール。あちらこちらで故人をこき下ろして大爆笑につぐ大爆笑、そして続く万歳三唱。
先夜亡くなった祖父は、底意地がとてつもなく悪くて、けちで、酔っても素面でもすぐに暴れて手と足をふりあげる、ろくでなしのくそじじい。
憎まれっ子世にはばかるとはよくいったもので、九十七歳の大往生だった。
夕方前から始まった通夜という名の宴会は夜九時をまわった時点で、両親と叔父叔母従兄弟らをたがの外れた酔っぱらいにかえてしまっている。
下戸の僕はからまれる前にと退却を決め、中身が四分の一ほどになった寿司桶を片手に座敷を後にした。
逃げ込んだ先の台所には、先客がいた。
二年前、祖母の三回忌の法要の場に迷い込んできて、住職の「善行をつめ」の苦言で祖父に飼われるはめになった白猫である。
名を、ネコという。
せめてシロにしてやれと、いつも思う。
少し乾いた寿司からマグロとヒラメをはがし水で洗ってから、ネコにやる。
あぎあぎと食うネコの薄っぺらい三角の耳がぴこぴこ揺れる。
「おまえはじいさんが死んで悲しいかい?」
ネコはくっと顔を上げ、金色の目を見開く。
「アホいいな。せいせいするさ。あのじじい、めざしの頭ひとつくれやしないんだぜ」
勝ち気な子供の声でまくしたてたネコは、ひょいっと机から飛び降りて廊下へと出て行った。
旗竿のように揺れる尻尾を僕はぽかんと見送った。
いま聞いたものが信じられずに、僕はネコの跡を追う。
ネコはするりと奥の座敷に入りこむと、安置された祖父の胸の上に座り、その頬に往復ネコパンチ高速バージョンを炸裂させていた。
いや、うん。もう、なんかどうでもいい。
とにかく頭をまたいで起きあがらせたりしない限り、なにをしてもいい、ことにしよう。
一緒に暮らしているぶん、誰よりも鬱憤がたまっているのだろうし。
台所に引き上げた僕は、ネコの水入れにねぎらいの牛乳をついだ。
通夜の会場から陽気な三三七拍子が聞こえてくる。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる