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第三章 妖怪でこぼこヒーロー組、ついに動き出します
しおりを挟むⅠ
黒曜の大きな叫び声が響き渡った後、森は静寂に包まれた。黒曜は口を閉じたかと思えば、すぐに両手を組んで指を鳴らし始める。ボキボキとそれだけ聞いたら怖くなる音だ。何事かと皆が振り返ることであろう。
「よーく分かった。任せろ、とりあえず殴ってくる」
「先程まで俺を止めようとしていた者が言う言葉ではないな」
白鉛は一つため息をつくと、それから間髪入れずに黒曜の頭をバシッと叩いた。「いっ!」となんとも言えない悲鳴が上がった後、痛みで呻く声が続く。白鉛は長く長く息を吐き出し、簡単な言葉を発した。
「落ち着け」
「お前にだけは言われたくねえわ!」
痛む頭を抑えながら怒鳴る黒曜の瞳は潤んでいた。意外と痛かったらしい。なかなか立ち上がらない黒曜を、まひろはじっと見ていた。それから、彼の真似をしたのか、はたまた違うのかは分からないが、両手で自分の頭を守るように抑える。その姿はなんとも可愛らしい。白鉛はそんなまひろの頭に手を置いた。小さな手が乗っていたため、その手の上に自分の手を置く形となる。ぽんっと手を置くと、何度か軽く頭の上で弾ませる。ぽむ、ぽむと効果音が聞こえてきそうであった。
「心配せずとも良い。お前の頭は痛くなかろう」
「いたくないよ」
「ならば良い。誰もお前を叩くこともせん。守る必要もないぞ」
「……なーんか、白鉛がデレデレしてるー。その優しさを俺にも寄越せっつーの」
黒曜は不満を彼にぶつける。口を尖らせてみせるが、彼はまったく動じない。まひろの頭から手を外すことなく、視線のみを黒曜へと移す。
「馬鹿め、貴様に向ける優しさなど一ミリたりともないわ」
「へー、へー。言うと思ったよ」
すでに優しさの欠けらも無い声である。黒曜は肩を落とした。分かっていても、なんだか納得がいかない。多少冷静になった黒曜だが、すぐに抗議の声を上げた。
「っていうかさあ、白鉛は腹が立たねえのかよ! さっきまで怒ってたくせにー!」
「怒ってないとは一言も言ってなかろう」
白鉛はまひろの頭に置いていた手を外し、その手を今度は両手に変えて、まひろをひょいっと持ち上げる。それから、自身が近くにあった丸太の上に腰をかけると、その膝上にまひろをゆっくりと下ろした。しっかりと支え、まひろの頭をさらに撫でる。ゆっくりとした手つきは、優しかった。
これに驚いたのは、黒曜だ。唖然とした、と言う言葉がとても当てはまる。
え……俺の目の前にいるの、白鉛、だよな……?
驚きのあまりに、思考が停止する。
先程まで、まひろのことを「貴様」や「小童」などと呼び、妖怪を知らないことや勝手にこの世界に連れてこられたこと、もとい召喚されたことを怒っていたはずの白鉛が、家族となった瞬間、急にまひろに甘くなったのである。
……別人じゃん!
黒曜の頭の中では、「冷酷な九尾の狐、子どもに激甘!」という見出しが浮かんでいた。どこに売り込むかは謎である。
しかし、自分たちがいた、現代日本の、今もなお住み着く妖怪たちに教えたら、全員が明日は妖怪が滅ぶのではないか、と心配することであろう。
実は、白鉛は妖怪の中でも冷酷すぎて、本来仲間であるはずの妖怪にも恐れられていたのである。
妖怪は区別や種類こそ沢山あるものの、これだけ長く生きていくためにはなんだかんだと協力し合うことも多々あった。黒曜も、何度となく自分よりも弱い妖怪たちを助けてきた。
しかし、白鉛は他の妖怪とつるむことを嫌ったし、「九尾の狐」と言えば大物妖怪であるため、弱い妖怪が助けを求めてくることもあったのだが、それらすべてを一蹴する程であった。
古くからよく知っている黒曜は、何度か白鉛へ説得した。あまりにも他の妖怪たちが不憫に思えたのだ。力を持たない弱い妖怪は、助けてもらえなければ消えてしまうこともある。さすがに仲間が消えるのは、忍びないので、なんとか助けになればと、白鉛が協力してくれれば心強いと、動いた。だが、それすらも一蹴されてしまったのである。本人曰く、「興味無い」とのこと。
自分の仲間にはとことん甘いことを、黒曜は知っていた。白鉛は自分の仲間の狐たちが困ったり、助けを求めたりしたらすぐにでも助けに行くのだ。ましてや、相手には相当な報復をする。しかし、他の妖怪たちには恩を売ろうとも考えない。相当たちの悪い相手か、もしくは今後自分に害が出る可能性が高い相手ではないと動かなかったのである。
そんな白鉛が、まひろにうんと甘くなっていた。
嬉しいような、怖いような……。
黒曜が長いこと黙っている中、白鉛はまひろの頭を撫でている。さらさらとした髪の手触りがとても心地よく感じた。
「まひろよ、お前はお金を盗られたと言ったな。それでどう生活をしていたのだ。何も食べていなかったわけではあるまいな?」
口調はまったく変わっていない。しかし、声は今までの何倍も柔らかかった。優しすぎる声音に、黒曜は悪寒がした。まったく聞いたことのない声がすごく怖く感じて仕方がない。
そんな黒曜には気がつくことなく、まひろは答えた。
「おかあさんにね、なにかあったらつかいなさい、っておかねをかくしているばしょをおしえてもらってたの。すこしだけどね、ってかくしてたんだって。それでごはんたべてた」
「そうか、お前の母は利口だったのだな。それにしても、お前の身体は妙に軽い」
「うちはびんぼうだったんだって。ぼくはきにならなかったけど。……おとうさんとおかあさんがいて、それでよかったんだ、とおもう」
「そうか」
まひろの話に相槌を打ちながら、白鉛は撫でる手を止めることなく話を聞く。その表情はとても優しい。
しかし、それを見ている黒曜は鳥肌が立って仕方がない。烏だけに。
え、怖っ!? 白鉛の偽物って言われたほうが、まだ納得いくのは俺だけ!?
黒曜が両腕をさすっていれば、その視線に気がついたのか、自分とは真逆の白がギロリと睨んでくる。黒曜は首をすくめた。
いや、俺だけじゃないと思いたい。絶対、誰が見ても白鉛を知ってる奴はそう思うって! けど、多分、白鉛自身、分かってやってるんだろうな……。なんだかなあ……。
黒曜はため息をついた。
一方、ギロリと睨んだ白鉛は視線を黒から元に戻す。その視線の先には、まひろがいた。
こんなに軽いとは思わなんだ。いくら貧乏だったとしても、もう少しあっても良いと思うが。
白鉛はまひろへと問いかける。
「まひろよ、お前、歳はいくつだ」
「ぼく、いつつー」
「五歳か。よく言葉を知っている、偉いな」
まひろを褒めてやり、それからふむと頷く。
この歳でこんなに軽いものか。そんなに金が足りないとでも言うのか。いや、金を盗ったという爺から取り戻せば、多少はなんとかなるだろうが……。
根本的な問題ではない気がする。白鉛はそこまで考えて、ちらと黒を見た。黒は肩をすくめていた。彼が考えていることが手に取るように分かり、なんとなく嫌になる。
……どうせ、俺の変わりようが恐ろしいとでも思っているのだろう。……正直に言って、自分でもよくわかっていることだ。しかし、「家族」になったからなのだろうか、随分可愛く見えるようになったものだ。
白鉛自身、表情には出さないものの、相当驚いている。しかし、どうも「家族」となった瞬間、自分の仲間の狐と同じように見えるのだ。自分の中で守る対象となっている。
身内は可愛く見える、ということかもしれないな。
人間は、我が子が一番可愛く見えると言う。白鉛は初めて人間の言っていることを理解した気がした。
……そうだな。
白鉛は自ら結論づけた。そして、その我が子となったまひろへと話しかけた。
「まひろよ、お前の家へ案内してくれぬか?」
Ⅱ
まひろの足では、彼らより遅く、時間がかかってしまう。さらに、白鉛や黒曜も気を遣うことから、白鉛がまひろを抱き上げることが早々に決定した。その足でまひろが案内するまま家へと向かう。
完全に白鉛はデレデレである。表情にはまったく出さないが、甘い。とにかく空気が甘く感じる。黒曜は砂が吐ける気がした。むしろ、砂糖が吐けるかもしれない。
黒曜の中で、真面目に受け入れられない自分がいた。
え、あれ、本当に誰……?
本当に知らない白鉛が目の前にいて、驚愕を通り越して、現実逃避をしている。正直言って、背後から飛び蹴りして、何事もなかったかのように振る舞いたいが、どうせそんなことをしたら返り討ちに合うのは目に見えている。身体をなんとか抑え込んだ。
歩いて一五分程経っただろうか。一軒家が見えてくる。子供の足でこの距離は、結構な距離に感じるはずだ。
まひろは、なんであそこまで……。家の近くは嫌だった、とかなのかな……。
まひろに聞くことは簡単だ。しかし、「寂しい」と言ってたのはまだ耳に残っている。それが理由だとしたら、再度聞くのは野暮だろう。それに、子どもに辛いことを思い出させるのも、酷な話である。
黒曜は首を軽く振った。それから、再度見えてきた家を見てみる。木造で出来たそれは、おとぎ話で出てきそうな可愛らしい物であった。現代の日本とは違う家に、黒曜は苦笑する。似てるようで似ていないこの世界に、喜んだり、落胆したり……。自分でも思うが、感情の起伏が激しい。
なんか、どちらかと言えば、西洋っぽい……? 西洋のおとぎ話とかで出てきそうな感じ。
黒曜はだんだんと近づく家をじっと見つめる。この家が嫌だ、とかそんなことでは無い。ただ、この世界を見れば見るほど、統一感がないと思うのだ。
創造魔法、のせいなのかな。それとも、文化の統一、っていうものがないのかも。
難しい、と思う。黒曜の心は、まだ整理がついていない。たとえ、まひろの「家族」になったとしても、それについて揺らぐことがないにしても、慣れない環境で、慣れない文化というのは、やはり難しく困惑する。
……多分、まひろが俺たちの世界に来たとしても、そうだったんだろうけど。
黒曜が思いふけっている中、家の前にたどり着いた。白鉛は腕の中にいるまひろに扉を開けさせ、さっさと中に入っていく。黒曜がちらりとまひろの手の中を見れば、その小さな手でしっかりと何かを握っていた。それが鍵だということは、すぐに理解した。だが、日本でよく見る形状とはやはり違う。アンティーク調のそれは、妙におしゃれに見える。現代日本では、最近オートロックやカードキーなんかも増えているが、よく見るのは銀色の鍵。シンプルで、あー、鍵だなあ、と黒曜がぼんやり思う物。しかし、まひろの持っていたものは、どちらかと言えば、銅で作られているような茶色の鍵。
西洋っぽーい……。
なんとも言えない言葉を、心中で呟く。それから、扉の前に来て、鍵穴を覗き込んでみた。鍵穴は大きい。恐らく、鍵自体も鍵穴にはまる部分が大きいのだろう。現代日本で使われている鍵は、どちらかと言えば平ペったい。
こっちの世界って、セキュリティ甘いんじゃ……。こんなの、ピッキングがやれる人間がいたら、すぐに開けちまいそう……。
まあ、俺らは関係ないけど、と黒曜は付け加える。自分たちは、今は人間に見える姿でいるが、本来はまったく見えない存在だ。今翼や尻尾を出しているのは、なんとなくである。妖怪であることを、主張したいのかもしれない。
あれ、そういえば、俺らって妖怪の姿でこっちに来たんじゃ……。じゃあ、まひろが見えているのって、もしかして召喚主だから……?
俺たちが見せている訳ではなくではなく、自動的に見せられてるのか、と思った瞬間、少し気をつけないとと考えた。今まで通りに生活出来ないのかもしれない、やはり少しは考えを改める必要があるか、とぼんやり考えた後、黒曜はやっと家に入ることにした。
玄関先で靴を脱ぐことは、日本と同じ文化のようだったらしい。小さな靴が一足、綺麗な下駄が一足、きちんと並べて置かれていた。下駄の横に、自分の高下駄を脱ぎ、揃えて並べる。
きょろきょろと辺りを見回しながら、中に入る。そんなに広くないからか、間違えればすぐに行き止まりとなって、分かりやすい。何度か見て回って、リビングと思われる部屋へ辿り着く。そこでは、すでにそんなに大きくないソファに白鉛が腰を下ろし、足を組んでいた。妙に様に見えるのに、イラッとする。
あの長い足、まじで腹立つ……!
黒曜は口には出さないが、自分の身長の低さを結構気にしていた。一六〇を少し超えたぐらいで止まった身長は、高下駄を履けばだいたい一七〇程度にはなる。だが、それがさらに自分を悲しくさせる。人間の姿になる時に、好きなように身長は変えられない。そこは人間と一緒であった。
白鉛はそれこそ身長などまったく気にしていないだろう。というか、どうでもいいとすら、思っていそうだ。黒曜はため息をつきたくなった。
あー、もう少し欲しかった……。
大体にして、妖怪の成長期などよく分からない。そういう点で言えば、人間が羨ましいと思う。
黒曜はなんとも言えない感情のまま、絨毯が引いてある床にあぐらをかいて座った。白鉛の隣に座ることも考えたが、まひろが恐らく座るだろうと、考えてやめた。地べたじゃないだけ、だいぶマシである。
そんなまひろはどこへ行ったんだ、と首だけ動かしてみれば、まひろがお盆を持って現れる。お茶を持ってきてくれたらしいが、正直言って危なっかしい。小さな手でしっかりと持ってはいるようだが、盆の上にはコップが三つ、お茶が入っている状態だ。幼い子どもが持つには重たいはずだ。さすがに危険だと判断した黒曜は腰を浮かした。しかし、それよりも先に白鉛の尻尾がヘルプに入る。一つの尻尾がひょいっとまひろの手の中にある盆をすくい取り、もう一つの尻尾がまひろの身体を浮かせる。
便利だな、あの尻尾……。
白鉛の九つある尻尾はよく動く。まるで生き物だ。多少の伸縮もお手の物。さながら、彼の手足のように動くのである。
白鉛はまひろを腕の中に収めつつ、言葉を紡ぐ。
「重たい物は持つな。そういう時は声をかけよ」
「はーい」
「……俺、もう何も言わねえよ」
無理だ、と黒曜はげんなりした。甘すぎた。甘すぎる白鉛が恐ろしくて仕方がない。
誰か、俺の苦労分かってくんねえかなー……。
届きもしない願いを、ぼんやりと心中で願うのだった。
Ⅲ
一息つくと、本題に入ることにする。とは言っても、本題は白鉛しか知らない。彼が考えていることが共有されていないからだ。静かな空間を、彼の声が切り裂いていく。
「まひろよ、お主の持っている全財産はどれぐらいある?」
「ええー……、それ、子どもに聞くか?」
「仕方がなかろう、まひろにしか聞けぬ。それに、我らは家族となったのだろう?」
全国のお父さん、お母さん。これが親バカと呼ばれる者だと俺は思います……。
黒曜は心の中で誰ともなく紹介した。親バカとなってしまった自分の知人を、しっかりと紹介しておきたいと思ってしまったのである。
――はっきり言って、「現実逃避」だ。
「あー……、うん。やっぱ、俺、もう何も言わねえわ。えっと、まひろ。悪いけど、これから生活していくためにも知っておきたいから、どれくらいお金あるか見せてくれねえ?」
「うん」
まひろは頷くと、てこてこ歩いていった。黒曜の良心は痛む。正直言って、大人が子どもを騙しているようにしか見えない。子どもに財産を聞くのが、こんなに苦しいことだとは知らなかった。恐らく、まひろは気にしていないのだろうが。
ふと、まひろが出ていったにも関わらず、白鉛が動かないことに気がついた。黒曜は首を傾げる。今度こそ自分が動いたほうがいいか、と腰を浮かしたが、すぐさま白鉛のストップがかかった。
「止まれ」
「……なんでだよ。さっきもだいぶ危なかったぜ? 一人じゃ怖いだろ」
黒曜の言葉を聞いた白鉛は、ため息混じりに告げる。
「……我らは先程家族になったばかりだ。まひろの許可なく、勝手に家の中を動くべきではない。それに、まひろからしたら見られたくないもの、いわばプライベートなものもあるやもしれん。我らはまだ家を詮索すべきでは無い」
白鉛は出された茶を飲みつつ、淡々と告げた。黒曜は驚愕した。目を何度も瞬かせる。
まったく何も考えずに行動しているかと思えば、きちんと配慮をしている。基本言葉にすることはないとは知っていたが、それでも言わないだけで何も考えていないわけではないのだ。
家族になったからって、ズカズカ行くわけではないか……。
そりゃそうか、と思い直す。
白鉛の新たな一面をさらに見つつも、意外だと思うことが多く、目を丸くしてしまう。しかし、今回ばかりは、白鉛の言うことが正しい。
「そうだな、悪い」
素直に謝罪した黒曜を、白鉛はちらりと見て何も言わなかった。黒曜は苦笑する。
ついでとばかりに、黒曜は先程思ったことを話すことにした。
「なあ、俺らってまひろ以外の人間に見えないのかもな」
「……なんだ、急に」
「いや、俺らってさ、こっちに来た時妖怪の姿だっただろ? 今もだけどさ。まひろは召喚主だからそのままでも見えているけど、もしかしたら他の人間には見えないのかも、って思って」
「なるほどな、一理ある」
白鉛はふむと頷いた。黒曜は多少嬉しくなって、にひひと笑う。すると、白鉛は「なら、俺からも」とぽつりと呟いた。
「恐らく、この世界の人間は教えれば学ぶのだと思う」
「はい? どういうこと?」
「まひろがそうだ。こちらがちゃんと教えれば理解する。まったく変わろうとしていないわけではないようだ。それならば、こちらが教えてやれば良いと思わぬか?」
なんとなくだが、白鉛が言っていることを黒曜は理解した。
確かに、まひろは言われたことを理解しようとしているし、まったくすべてが「分からない」というわけではなさそうだった。それに、彼は言っていた、「誰もいない家が、あんなに暗いところとは知らなかった」と。知れば知るほど、成長していくのかもしれない。それなら、この世界の人間はかなりの伸びしろがあるということになる。
「……ということは、俺たちが教えれば、イントネーションもつくということか!」
「結論的にはそうなるな」
「よし、やるぞ! 脱、イントネーションなし!」
勝手に気合を入れている黒を見て、白はやれやれと首を振った。
そんな中、まひろが小さな両手で木箱を持って現れた。やはり危なっかしい。よたよたしている。白鉛はまたもや自身の尻尾を動かし、救出すると、中を見ていいかまひろに確認する。ゆっくりと頷いたのを確認して、白鉛は木箱を開けた。蓋にはお金を入れるところはなかったが、どうやら貯金箱の代わりらしい。簡単に蓋が開くことから、母親がまひろが開けやすいようにと選んだものなのだろう。箱を開け、中身をゆっくりと取り出す。
妖怪二人は驚愕した。目を丸くする。中に入っていたのは、見た事のあるお金だ。日本のお金に近い。お札に描かれているのは、人物ではなく動物で。硬貨はまったくデザインが一緒のように見えた。表記もまったく一緒だ。違うとすれば、銀行名や、それらを記載する言葉が平仮名であることぐらいだ。
白鉛はお札を数え始めた。現代日本にいる銀行員もびっくりなほど数えるのがとても早い。ばばばばばっ、という効果音が聞こえてきそうだ。黒曜は硬貨を手に取る。きらきらと輝くそれに、目を輝かせた。
「盗るんじゃないぞ、烏」
「うっ……。分かってるよ」
「烏天狗」だからか、鳥同様、黒曜は意外とキラキラとした物に目がなかった。硬貨をきちんと机に戻すと、硬貨の枚数を数え始める。硬貨自体は数が少なかった。
「まひろ、これって一円、二円の数え方で合ってる?」
「うん。いちえん、にえん、だよ。じゅうえん、ひゃくえん、ってあがってくの」
「数えたぞ」
まひろに数え方を確認していれば、白鉛の声が届く。結構な枚数があったように見えたが、すでに数え終わったらしい。早すぎる。
「ちなみに、まひろよ。これは一万円札で間違いないな?」
「うん。あとは、せんえんさつと、ごせんえんさつ。いちまんえん、じゅうまんえんってあがってくの」
「なら、ざっと五〇万ほどだな」
「まじで!?」
黒曜は声を上げた。
貯金していたというか、非常時に取っておいたにしては、相当な額なはずだ。黒曜は驚きを隠せない。
白鉛に促され、慌てて我に返って、硬貨はだいたい一〇〇〇円近くだと述べる。
白鉛はすべてのお金を木箱へと戻しつつ、まひろを見た。まひろは首を傾げる。
「お前の母親はよくやっていたな」
白鉛はふわりと微笑む。見たことない笑顔に、黒曜はぞっとした。今まで凶悪犯の顔だったはずなのに、とても優しく笑っている。背筋が凍るとは、このことを言うのだろうか。
やっべ、鳥肌たった……!
一人腕をさすりつつ、会話へと戻る。まひろはまだ首を傾げていた。
「けどさ、これじゃあ生活していけばすぐになくなるぜ?」
「……まずは、親戚のおじさんとやらに、金を返してもらうとしよう。まひろ、おじさんとやらはどこに行ったかは分からないのだな」
「うん」
まひろはこっくりと頷く。白鉛は自称「閻魔帳」を開いた。
Ⅳ
「まひろ、おじさんの名前は分かるか?」
「えっと……」
たっぷり三〇秒、まひろは考えてから答えた。
「たしか、としお」
「名字は?」
「いっしょ。りんかい」
ということは、まひろのフルネームは、りんかいまひろ、か……。
白鉛はふむと頷いて、ページをパラパラとめくる。「りんかいとしお」の名前を探し始め、平仮名と片仮名のみで記載されたページを五枚ほどめくると、やっと見つける。やはり、平仮名と片仮名だけで記載されていると、なかなか探しにくい。漢字に慣れている部分もあるとは思うが。
お目当ての名前を見つけ、内容に目を凝らす。白鉛は目を細めた。
「……確かに」
金を盗んで逃走、というような内容が記載されている。恐らく、こいつで間違いないだろう。
閻魔帳には、今相手がどこにいるのか、さらにどうしているのかぐらいまでは記載されている。まったく恐ろしい代物だと思う。この「としお」という人物は、金を盗ったところで、何かしらに使っているようでは無い。だが、目的が分からない以上、返してもらう必要がある。名義がどうなっているかにもよるのだが。
まひろのことを考えてお金を貯めていた母親のことだ。名義自体はまひろのはずだ。
内容をもう一度見てみれば、やはり名義はまひろになっているようだ。そうでなかったら、「としお」という人物が盗んだということにはならないだろう。
返して貰えそうだな。
白鉛はくすりと笑った。しかし、問題はここからである。
どこにいるかは分かったが、この国の地理が分からない以上、闇雲に動いたところで疲れるだけである。最悪の場合、相手に察知され、さらに逃げられる可能性もある。
白鉛は黒曜へ顎をクイッと示した。
「貴様の出番だぞ」
「は?」
「場所は分かった。あとはこの場所が何処かを突き止めるだけだ。貴様以外出来ないだろう」
「……?」
「……自分のことも忘れたか、馬鹿め」
まったく分からないとばかりに首を傾げる黒曜を見て、白鉛はため息をついた。それから、まひろへと問う。
「……まひろ、この世界に烏はおるな?」
「うん、いるー」
その言葉を聞いて、黒曜はやっと合点がいった。ぽんっと手を打つと、すぐさま立ち上がる。
「任せろ!」
黒曜は玄関を飛び出した。外に出ると、すぐさま指笛を鳴らす。
烏天狗である黒曜は、烏に指示を出して協力してもらうことができる。烏と意思疎通ができるのだ。
指笛を聞いて、すぐにたくさんの烏たちが集まった。その光景を他の者が見れば、少し気味悪く思うだろう。
黒曜は自己紹介をそこそこに、「ある場所にいる人物を探し出して欲しい」と指示を出した。場所が分かっているだけだが、彼らは頷いた。それを見て、黒曜も「解散!」と高らかに宣言する。一斉に飛び立っていく烏を黒曜は見送った。
白鉛はその光景を、部屋から見ていた。
あとは、黒曜のやつに任せるしかない。
この世界の、この国の地形が分からない以上、自ら動くのは得策ではない。現代日本ではすぐに動くことが出来たが、今自分が動いても時間がかかるだけだと白鉛は理解していた。
しばし、休息だな。
白鉛は何がなんだか分かっていないまひろの頭をゆっくりと撫でたのだった。
逢魔時と呼ばれる時間、ついに黒曜の声が響き渡った。余談だが、時刻の読み方も、現代日本と変わりはなかった。
「おーい、来たぜ!」
一羽の烏が、黒曜の腕に止まっている。居場所を突き止めたらしい。
「では、行くか」
白鉛は腕にまひろを抱える。黒曜はぎょっとした。
「ちょっ、連れてくのかよ!」
「当たり前だ。まひろしか『おじさん』本人は分からないだろう。それに、一人で置いていくのは、忍びない」
「いや、確かにそうだけどさー……」
黒曜は言葉を濁した。確かに、連れていくほうのが安心だとは思う。自分たちから離すよりは安全だと思うし、何より――。
多分、「寂しい」って言ってたことを考慮してなんだろうなあ……。
一人でいる家が嫌だ、と言っていたまひろを置いておくのは、黒曜としても考えものだ。
だが、彼が渋りたくなるのは別の理由からである。
白鉛の、やり方見て、泣かねえかなあ……。泣いたところ、見てないけど。
黒曜は心配だった。いつもの白鉛のやり方を見ていれば、正直言って子どもが泣くのはおかしくないと思っている。まひろにとって、恐怖となる可能性が高いのだ。それを知っているからこそ、連れていきたいとは思わない。
しかし――。
やりすぎるなよ、白鉛。
やはり置いていくことのが心配となってしまった黒曜は、目線だけで白鉛へ念を押す。すると、彼は「ふんっ」とそっぽを向いた。どうやら、「当たり前だ」ということらしい。
「さて、気を取り直して行くとしようか」
「どこへ?」
まひろが問う。白鉛はふっと笑った。
「空の旅だ」
白鉛はまひろを抱えたまま、跳躍した。ふわりと彼の身体は宙に浮く。落ちることはない。黒曜はそれに続くように、黒き翼を翻してばさりと空へと向かって飛び立つ。三人の前には、すでに先程の烏が一羽、道案内をするように前を飛んで行く。
目指すは、「おじさん」の元――。
「さあ、裏ヒーロー、久しぶりに行うか」
「久しぶりって程でもなくね……?」
三人を来たる夜が、静かに見送るのであった。
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