妖怪でこぼこヒーロー組、異世界で子育てします~むしろ、国民全員の育成始めました~

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第四章 妖怪でこぼこヒーロー組、我が子のために頑張ります

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    Ⅰ

    ふわりと跳ぶ白鉛と、ばさりと翔ぶ黒曜。まひろはまったく怖がることも無く、むしろ楽しんでいる――ように見えた。
    前方を跳ぶ白鉛へ、黒曜は声を張り上げた。
「おーい、白鉛!    行くのはいいけど、どうするんだよ。具体的なことまったく考えてないぜ?」
    その声に、白鉛は足を止める。身体ごと振り向いて、言葉を紡いだ。声を張り上げていないのに、よく彼の声は響いた。
「そんなもの、強行突破に決まっているだろう」
「出たよ、白鉛のやり方」
    まひろがいるって、さっき確認したばっかじゃん!    やりすぎるなよ、って目線送ったじゃん!
    黒曜はじとっと彼を見つめた。白鉛はふんとそっぽを向く。黒曜へと向き直った彼は、言葉を続けた。さらに前方を飛んでいた一羽のからすが引き返してきて、二人の様子を見つつ、旋回している。
「わざわざこちらから出向いてやってるのだ。それに、向こうが自分から出てくるとは思わん」
「そりゃそうかもだけどさ……。一回はインターホン押そうぜ」
「不要だろう」
「不法侵入、即アウト」
    黒曜は高らかにアウトを宣言した。とは言っても、今の発言すべてで野球の試合ならスリーアウトを取っているはずだ。完全にチェンジである。
    まひろは首を傾げつつ、「あうと?」と聞いた。片仮名は書けても、発音は平仮名に聞こえる。それだけでも可愛く思えるのは、我が子となったからだろうか。
    白鉛はそんなまひろへ首を振ってみせる。
「貴様が勝手なことを言うから、まひろが変なことを覚えるだろうが」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すからな!」
    白鉛が淡々と告げる中、黒曜は負けじと言い返した。
    黒曜は正直言って、自分のが幾分かはまともだと思っている。馬鹿な部分は別として。いや、そもそも、馬鹿だとは認めたくないが。
「まずは、インターホンを押すこと。留守の場合もあるだろうし、その場合は――」
「何をまともなことを言っている、馬鹿め」
「まともなことを言っているんだよ、俺は!」
    白鉛が呆れる中、必死に言い返す黒曜。白がなんと言おうとも、黒は正さなくてはいけない。今までは、この二人だけだったからいいが、今はまだこれから経験していく小さな子どもがいる。そんな少年の耳に、変なことを吹き込んではいけない。もっとも、二人だったから正さなくて良かったわけではまったくないのだが。
    白鉛は長々とため息をついた。
「良いか。我らが今から会おうとしているのは、罪人だぞ。金を盗んだ人間だ。わざわざこちらから出向いていることでさえ、おかしいと思うのに、さらにまともなことをしてどうする」
「……お前がいると、絶対まひろがまともじゃなくなる気がする」
    白鉛はまったく引こうとはしなかった。黒曜は頭が痛くなってきていた。
    まひろは今可愛く優しく育っているはずなのに、この目の前にいる白い妖怪が育てた瞬間、今までのものがすべて壊れてしまいそうなのである。道を大きく踏み外しそうだ。
    ……出来れば、このまま優しく可愛いままで育って欲しい。
    黒曜は今から行われることを考えながら、暗い気持ちのまま、再度前へ進み始めた白の背中を追うのだった。



    Ⅱ

    まひろの家から、飛び続けること約三〇分。
    着いたのは、黒く暗い森であった。すでに世界は影に覆われつくそうとしているが、それを含めても暗く見えた。
    ぎゅっとまひろは白鉛の着物を握った。小さな手が自分の着物を握るのを見て、白鉛は口元を緩める。
「大丈夫だ。俺も、そこに馬鹿もいるだろう」
「馬鹿って言うな。つーか、本当にその顔を他の妖怪に見せてやれよ」
「……うん」
    黒曜は「馬鹿」という点を否定したが、まひろにとってはその言葉だけで十分だったようだ。こくりと頷く。
    小さな頭が頷いたことを確認すると、白鉛は森の中をゆっくりと進んでいく。黒曜もその後に続いて、足を踏み出した。一羽のからすはいまだに先導してくれているが、闇に紛れてしまっている。瞳のみが光っているように見えて、失礼ながら不気味に思えてしまう。
    森の中は、一本道であった。迷いようがなく、目的の場所へと着く。黒曜の肩に止まった黒き鳥は、ここだと彼へ告げている。黒曜は礼を言うと、そのからすを帰してやることにした。これ以上、彼らを巻き込む訳には行かないし、今後怪我をすることになればもっと申し訳ない。からすは振り向くことなく、帰って行った。
    静かに佇む一軒家。それが、目的の場所であった。
「この家だとよ」
「分かった。では――」
「ちょっと待てよ、白鉛。俺ら、人間に見えるか分かんないだろ。見えるようにしといたほうがよくね?」
「……それもそうか」
    まひろが召喚主として見えている可能性があるため、今の状態で相手に認識されない可能性が高い。白鉛と黒曜は、妖力を操作して自分たちの今の姿でも人間に見えるようにした。今ここにはまひろしかいないので、何が変わったとかは分かりずらいが、それでも変わったことは確かである。まひろは何がなんだか分かっていないらしく、首を傾げていた。
「それでは、さっそく――」
「あくまでインターホンからだからな!    インターホン押してから、いいな!」
    すでに動こうとしていた白鉛へ、黒曜は再度念を押した。白鉛はそれを聞いて、やれやれと首を振る。まひろは再度首を傾げた。それから、白鉛の真似なのか、同じように首をふるふると振っている。その姿は大変可愛らしく、とても和むが、今はそんなことを言っている場合ではない。
    今更だが、黒曜はインターホンがあるのかと心配になった。しかし、杞憂であった。玄関の横にきちんと設置されていた。しかも、カメラ付きの高性能の物である。まひろの家の時は、他のことに気を取られていてそれどころではなかったが、インターホンはこの世界に存在しているらしい。
    やっぱり、この世界分かんねえ……。
    黒曜はぽつりと思う。
    世界観も、時代もバラバラ。まったく統一感がない。現代日本のものがあるかと思えば、どこか過去の時代を思い出させるものもある。現に――。
    目の前の家は、やっぱりおとぎ話に出てきそうだしな。
    黒曜が人知れずに途方に暮れる中、白鉛はさっさとインターホンを押した。そして、間髪入れずに扉を蹴破ったのである。とにかく馬鹿でかい効果音がつきそうなことをやってのけた本人はあっけらかんとしている。いや、盛大に音は森の中へと響いていったわけではあるが。
    黒曜の口は開いたまま塞がらない。
「邪魔するぞ」
「おおおおおおおい!」
    黒曜の叫びは虚しく響いた。あれ程念押ししたにもかかわらず、この有様である。彼の行動は、我が道を行くタイプである。
    まひろがいるって、言ってんだろ!    いや、確かにインターホン押してからって言ったけどさ!    そうじゃねえだろ!
    親バカはどこへ行った、と怒りたくなった。むしろ、自分が親バカになりつつあることには、まったく気がついていない。
    ずかずかと中へ入っていく白の背中を、慌てて追いかける。壊れかけている扉にとって、侵入者を拒むこと自体難しい。黒曜は一応扉を閉めて奥へと進む。
    玄関先で靴を脱ごうか迷ったが、今回は白鉛が扉を蹴飛ばしてしまったことにより、家の中を靴なしで歩くことが危険だと判断してやめた。
    白鉛はまったくそんなことを考えなかったのだろう、靴を脱ごうとした形跡自体がない。ずかずかと中に入っていくだけだったらしい。玄関先には、大人の靴が一足ぽつんと置いてあるだけだった。
    明かりの灯っている部屋へと向かって、歩を進める。少しずつ声が大きくなってくる。烏天狗だが、鳥目ではない黒曜は足を速めた。
    目的の部屋へと入って、目にした光景は――。
「ふほうしんにゅうだ」
「騒ぐな、犯人よ。俺はまひろのために金を取り返しに来たにすぎん。さっさと出せ」
「……立場が逆に見えるのって、俺だけかな」
    黒曜がぽつりと呟くのも無理はなかった。
    怯えている――ように見える一人の男性と、ふんと腕を軽く組みつつ彼を見下ろす白鉛。立場が逆に見えて仕方がない。唯一、白鉛の腕に抱かれたままだったまひろが、なんとなく立場を物語っている、気がした。
    黒曜は長いため息をついた後、高下駄のままずかずかと白鉛へ歩み寄り――頭を叩いた。バシン、とこれまた大きないい音が奏でられた。
    まひろを落とさなかった白鉛は、ぎろりと自分を叩いた犯人を睨む。
「――何をする、この馬鹿」
「馬鹿はお前だ!     あれ程言ったのによ!   まひろがお前の真似するようになったら、どうするつもりだ!」
「貴様!    まひろが俺の真似をして問題があるとでも言うのか!」
「大ありだ!    お前と一緒になったら、困る!」
    親バカ戦争、勃発。
    結論、どちらも親バカである。
    もはや何のためにここに来たのか、分からなくなっている。まひろは頭上で繰り広げられている口論に、首を傾げたが、すぐに両手を上げて二人に呼びかけた。
「しろさん、くろさん」
「抹茶さん」
「まひろ、俺は白さんではなく――って、ちょっと待て」
    呼びかけられた可愛らしい声に、いち早く反応したのは黒曜である。白鉛は訂正しようと口を開いたが、それよりも気になってストップをかけてしまう。そして、すぐに問い詰めた相手は、もちろん黒曜である。
「貴様、今何を思い出して答えた?    まさか某和菓子ではあるまいな?」
「いや、答えたくなっちゃって。答えたら食いたくなっちまったな、ういろう」
「貴様、俺が何のために濁したと思っている。これが現代日本であったなら、訴えられてもおかしくないぞ。むしろ、訴えられて来い」
「いいじゃねえか、食いたいし!」
「そういうことを言っているのではないわ!    貴様の都合なんぞ知るか!」
    ギャーギャーと二人で別のことで言い合いを始めた最中、そこに手を挙げて割り込むまひろ。
「ぼくしってる、ういろうー」
「ういろう、知ってんの!?」
「ういろうを知っておるのか!?」
「うんー」
    もはや、何の会話だったのか。元々何がしたかったのか、何の話がしたかったのか、微妙なところである。
    そんな会話は一向に終わる気配がない。その会話に置いてかれている「おじさん」こと、としおはそろりそろりと抜き足差し足で出口へ向かおうとした。しかし、一歩足を踏み出した瞬間、自分の顔の両側に何かが一本ずつ勢いよく刺さる。自分の顔ぎりぎりに刺さったものに、動きを止める以外の選択肢がなくなってしまった。逃げることは諦めざるを得ない。
    ちなみに、壁に勢いよく刺さったものは、白鉛の尻尾が一つと、黒曜の団扇が一つ。白鉛が右側から、黒曜が左側から各々同時に投げつけていた。壁、というより、木造でできたそれは、ヒビがたくさん入ってしまい、ボロボロであった。
「勝手に動くな、犯罪者が。話はまだ終わってはおらぬ」
「まひろ、ういろう好きー?」
「すきー」
「馬鹿者、勝手に話を進めるでないわ。まひろ、後で和菓子ならば買ってやる」
「わーい」
    動けなくなった「おじさん」を横目に、会話は今もなお続けられる。
    正直言って、「おじさん、ご愁傷さま」である。
「親バカも大概にしろよー」
「貴様に言われたくないわ、馬鹿」
    目の前に広がる光景に、としおは目を回した。気が遠くなるのを、何とか堪えている状態だ。気を失ったら、目の前にいる恐ろしい者たちに何をされるか分かったものでは無い。
    それにしても、一体何事なのだろうか、と彼は思う。まったく知らない二人の青年に不法侵入され、さらに命を狙われるとは。しかも、何故かまひろが一緒にいる。
    さらに、彼らは人間の姿とはかけ離れていた。一人は優雅な尻尾を、もう一人は黒い翼を携えている。
    ――この時点で、やはりまひろ以外には彼らの姿が見えていなかったことが判明した。しかし、それは彼らに伝わっておらず、彼らの相手自体も理解が追いついてなかったことから、誰にも触れられない事実となってしまった。もう少し、この事実が気づかれるのには時間がかかりそうである。
    ようやく、「おじさん」へ話を戻すことにした三人。とは言っても、まひろ自身は何を話すのかあまり理解していない。ただ、自身の「おじさん」へ手を振るのみである。それだけなら、大変可愛らしい光景である。こんな光景を、本日だけで何度も見たことがあるのは気のせいだろうか。恐らく、いわゆる「デジャブ」と言うやつである。再びどころの話ではないだろうが。
「さて、話を戻すぞ。まひろの両親が亡くなった時に貰ったであろう、遺産相続の金。まひろへ全額きっちり返してもらおう」
「し、しらない……」
「言い逃れはできまい。この『閻魔帳』にはすべてが記載されている。……貴様が金を盗んだことは、今回に限った話ではない。何度も手を染めているな。味をしめたか、屑が」
「ちょっと、まひろがいるって言ってんだろ!     変な言葉教えんなって!    ……って、何、この人何回もやってんの?」
    黒曜がストップをかけたが、すぐにそれは質問へと変わる。白鉛は頷いた。
「そうらしいな。まひろの遺産相続の金は相当な額だ。ご両親はよくまひろに残してやっていたらしい。……今回よりも前に何度も手を染めているのだ、味をしめたこいつなら絶好の機会であるし、逃すこともなかろう。まったく抜かりない」
    白鉛はわざとらしくため息をついた。そのため息だけでも、としおには恐怖にしか映らない。
    としおは冷や汗をかきまくっていた。止まることを知らないそれは、自身を濡らしていく。風呂に入ったわけでもないのに、雨に降られたわけでもないのに、ぐっしょりしている。
    ばれていないと思っていたそれが、ばれてしまった。彼の頭の中では、警鐘が鳴り響いている。頭の中にある選択肢は「逃げる」一択。しかし、それすら叶わない。
    ――「恐怖」。それが、彼を縛り付けている。
    そんな彼をよそに、黒曜は呟いた。
「……なるほど、白鉛の言っていたこと、あながち間違っていないのかも。学べば学ぶ程、理解していく……か」
「良くも悪くも、だがな。こいつの場合は、悪に手を染め、闇へと引きずり込まれたのだ。『らく』を覚え、『悪』に手を染めた。一度はまった落とし穴から出ようともせず、染め続けたのだ。もはや、どうすることもできまい」
    黒曜の呟きへ、白鉛は淡々と返した。彼の尻尾の一つは、しっかりとまだとしおの顔の横を貫いている。それは彼を縛り付ける、鎖のようだった。縛っていなくとも、十分な力があったのである。
     白鉛は続けた。
「言い訳は一応聞いてやろう。さあ、金を出せ。拒否すればどうなるかは分かっておるな?」
「やっぱり立場が逆な気がする。裏ヒーロー、ってそんなんだったっけ……。やってることは間違ってないけど……」
    横で聞いていた黒曜は悩む。しばらくぶつぶつと呟いていたが、悩むのを止めた。もう考えるだけ時間の無駄である。
    黒曜はとしおへと向き直る。
「おじさん、悪いけどさ、盗った金返してくれよ。本当は、そのお金あんたが手にしていいものじゃないって分かってんだろ?     まひろのために、返して欲しい。……それとも、実力行使、するか?」
    黒曜はなるべく落ち着いて、彼の目をしっかりと見て話した。しかし、最後は通常とは違い、脅すような口調だった。正直に言えば、まひろにしたことが許せないのである。今回ばかりは、冷静でありながらも、感情的だった。
    どんな理由だろうと、自分の親戚に、しかもまだ幼い子にすることではないはずだ。この人、そんなに悪そうな人じゃない。けど、それでも、許されることではない――。
    黒曜はじっと意志のこもった瞳を目の前の「おじさん」に向けたのだった。



    Ⅲ

    結果、としおは何を言うでもなく、すんなりとお金を返した。小さな声で、謝罪だけは述べていた。
     すぐに貯蓄されていたお金の場所に、全員は案内された。相当なお金があった。貯蓄されていたそれらは、基本盗んだものだったようだ。
    白鉛は閻魔帳を見ながら、記載してある額をきっちり回収する。それを周囲に落ちていた袋へすべて入れて、まひろへ渡す。まひろがよろける瞬間、抱き上げ自身の腕へと収める。
    相当な額を貯めていたのだ、それを幼い子どもに持たせるのもどうかとは思った。重いのもよく分かっている。しかし、やはり持つべき者がいるのに自分が持つのはおかしいと考えた結果だった。
    白鉛は黒曜を見た。黒曜は電話をしていた――警察に。
    この世界には電話機もあった。見つけた黒曜がすぐさま電話をした。まひろに確認すれば、ちゃんと警察もいて、電話番号が変わることも無く、安心してかけることが出来た。
    としおはそんな中でも、大人しかった。観念したからなのか、恐怖にまだ縛り付けられているのか――。特に暴れるわけでもなく、ただただ項垂れている。
    ――本当は、分かっていたのかもしれない。いつかは、こうなるのかもしれない、と。
    そんな中、まひろが動いた。白鉛に下ろすように頼むと、お金を彼へ預けたのである。妖怪二人は興味津々に幼子を見た。まひろは「おじさん」であるとしおへ近づいた。項垂れている彼の足へぽんと手を置く。
    黒曜が心配して動こうとしたのを、白鉛は肩を掴んで止めた。再度様子を伺う。
    まひろはじっととしおを見て言った。
「おじちゃん、おかねありがとう」
    その言葉は、そこにいた全員の心に深く刺さった。本来、怒っていいはずのまひろが、しっかりととしおに向かって礼を言ったのである。
    としおは、さらに項垂れてしまったのであった――。
    十数分後、妖怪二人とまひろは上空から警察が到着するのを確認した。後は彼らに任せるのみである。
「おじちゃんは……」
    まひろが小さく白鉛へ聞く。白鉛は小さな頭を撫でつつ、腕にいる我が子となったまひろへ静かに話し始めた。
「良いか、まひろ。悪いことをすれば、いつかはそれがばれて、裁かれることとなる。お前のおじさんは、それを分かってても行ってしまったのだ。……必ず、悪いことをすれば自分に返ってくる。それをゆめゆめ忘れるでないぞ」 
    まひろはじっと話を聞いていたが、やがて理解したのか、しっかりと頷いた。
    黒曜はそれを遠くから眺めていた。
    一応、ちゃんと親やってるな……。
    少し安心したのは、心の中に静かに収める。
    三人は少し様子を眺めた後、まひろの家へと帰って行くのだった。



    IV

    まひろの家に戻ると、白鉛はまひろへきちんとお金をしまうように指示を出した。まひろはゆっくりと重たい袋を引きずりつつ、家の奥へと向かう。それを確認すると、白鉛は閻魔帳を取り出した。
    ――りんかいとしおの欄には、逮捕されたことが追加されていた。
    それを確認すると、すぐに閻魔帳を閉じる。
    そんな中、黒曜は疑問に思った。まひろが召喚魔法を使えることを知っている。なのに、あんなに重たい袋なのに、何故魔法を使用しないのか。召喚魔法を使えば、「お手伝いさん」とやらに手伝ってもらうことができるはずだ。
    黒曜は素直にまひろに尋ねた。
「なあ、まひろ、なんで召喚魔法を使わないんだ?」
「……きょうはつかれたもん」
    まひろは顔を俯かせながら、ぽつりと呟いた。
    黒曜は納得した。確かに、自分たちを召喚してるし、今日一日でいろんなことがあった。子どものまひろが疲れないはずはない。もっとも、黒曜自身も疲れてはいるのだが。
    白鉛はまひろを抱き上げ、自身の膝の上に乗せる。すでに白鉛はソファの上に腰掛けている。
「疲れたな、まひろ。今日は早くに休むとしよう」
「ごはん……」
「それなら、あやつが作るであろう。なあ、黒曜」
「俺かよ。……はいはい」
    にっこりという効果音がつきそうな笑い方をした白鉛は、黒曜に向けてクイッと親指で示す。黒曜はため息をつきながら、言い返すことが無駄であることを承知しているため、渋々台所へ向かう。
    ちなみに、白鉛が言ったことを忘れていなかった黒曜は、台所へ向かう前に、まひろへきちんと確認した。台所を使っていいか、ある物は使っていいか、と確認したところ、まひろはこくんと頷いた。
    黒曜は烏天狗としての修行中、自分のことや師匠のことを常日頃から行っていたからか、大抵のことはなんでもできた。いろんな者から、「意外だ」と言われるのは余談である。
    逆に、白鉛は天才肌でなんでも出来るが、好んで行うことは無い。食事等は、基本仲間の狐たちが行っていたから、不自由を感じることもなかったのである。
    白鉛がまひろの頭を撫でていると、まひろが急に問いかけてくる。
「……ぼく、なんてよべばいい?」
    白鉛はその質問が、自分たちの呼び方を指しているのだと理解した。黒曜も台所にいながら、興味津々に聞いている。
    先程、「しろさん」、「くろさん」と呼んでいたことを思い出し、白鉛はふむと頷いた。顎に綺麗な指が添えられる。
「まひろ、俺は『白鉛』と言う名前だ。それにちなんでおれば、後は好きに呼んで良いぞ」
「……じゃあ、はくパパ」
    恐る恐ると言った声に続いたのは、黒の吹き出す声。ほぼ隠すつもりのない笑い声がする方向へ、白鉛はぎろりと睨んでやる。それから、まひろへ微笑みかけた。
「……良いだろう。なら、あやつは『黒曜』と言うが、どうする?」
「うーん……、こくママ」
    今度は白が吹き出した。黒曜は笑い声を止め、「はあ!?」と大声を出している。まひろは「だめ……?」と首を傾げていた。
「良い、良い。ナイスだ、まひろ」
    白鉛はくっくっく、と喉を震わせながら、我が子を褒める。まひろは再度首を傾げた。何がそんなに面白いのか、理解していないらしい。
    黒曜は台所から出てきて、勢いよく手を挙げた。
「異議あり!」
「異議は認めん。まひろが望んだ呼び名だ。良いではないか、黒ママ……くっ」
「笑いが隠せてないんだよ!     身体震えてんじゃねえか!    くっそ……!」
「……だめ?     こくママ」
    まひろが再度問いかけてくる。首を傾げて問いかけてくるその姿は、とても可愛らしい。黒曜に「頷く」以外の選択肢はなかった。受け入れるしかない。
「時に、まひろよ」
    今度は白鉛がまひろへ声をかける。まひろはきょとんと彼を見た。
「まひろの名にふさわしい漢字をさずけようと思うのだが」
「お、いいなー、それ!」
    黒曜がノリ気で頷く中、まひろは首を傾げた。
「かんじ?」
「そうだ。平仮名、片仮名がこの世界にあることは理解したが、漢字が書けるのも悪くなかろう。我らの名にも漢字が使用されている。それに、漢字には意味がたくさんあるからな。……まひろは、本名を、りんかいまひろと言ったな?」
「うん」
    最初の白鉛の説明は難しかったのか、あまり反応を示さなかったが、本名を聞かれてこくんと頷くまひろ。白鉛は綺麗な指を顎に添えながら、言葉を紡ぐ。
「名前に関しては漢字が思い浮かんでいるのだが、名字は――」
「それなら、俺は良いのが浮かんでるぜ!」
    黒曜は意気揚々と告げると、その辺にあったペンと紙を引っ掴んで、さらさらと記載した。
    そこに記載されたのは――。
    ――燐灰りんかい
    黒曜は書いた紙を二人に見せながら、説明し始めた。
「俺と白鉛の名前って、石の名前なんだよ。だから、まひろの名字の『りんかい』も、せっかく石の名前としてあるんだから、それにするのはどうかなー、と思って」
「……いいかもな。それに、燐灰石は黄色などの色だという。まひろに黄色はよく似合うだろう」
    白鉛はふむと頷いた後、まひろの頭を撫でた。それから、黒曜が記載した達筆に近い文字の下に、それ以上に達筆な文字で追記した。
    出来た名前は――。
    ――燐灰真宙りんかいまひろ
「真っ直ぐなそら。まひろにぴったりだろう?」
「おお!    いい名前だな、真宙!」
「ぼくの、なまえ……」
    真宙は紙を持って、キラキラとした瞳を向ける。初めて目にする漢字で、まだ読み方なんて全然分からない。だが、それは真宙の心の中にしっかりと届いた。口元が弧を描く。
「ありがと、はくパパ、こくママ」
    二人が付けた漢字の名前――。それはこっちの世界に来て、お金を取り戻したことの次に行ったこと。
    ――真宙にとって、それが一番嬉しかった、気がするのである。
    ふわりと初めて見た真宙の笑顔は、とても愛らしかった。

    その後、三人は黒曜の食事を食べ、共に時間を過ごし、早くに就寝した。
    細かなことは、また明日考えればいい。

    穏やかな時間が、静寂な夜を包み込んでいった――。
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雪月夜狐
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ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

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