KreuzFeuers Zwielicht(クロイツフォイエル・ツヴィーリヒト)

比良沼

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第一章

Report.008:吉野ヶ丘町と小早川

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 裕理亜が住んでいる森崎町駅から電車で六駅行った先に、吉野ヶ丘町という所がある。高級住宅街で有名な場所で、一介の大学生に過ぎない裕理亜には縁遠い場所だ。
 しかし、現在裕理亜は、吉野ヶ丘町駅南口に足を運んでいる。理由を言えば簡単で、電話で呼び出されたのだ。

 プルルルルッ
 裕理亜がベッドに寝そべりながら漫画を読んでいたとある日、突然スマホが着信音を奏でだした。
 家族や友人とはチャットアプリやメールで連絡を取っているし、音声通話がしたければ、チャットアプリの機能でIP電話が使える為、料金のかかる電話機能は滅多に使わない。
 しかし、万が一電話を使う時のことを考えると、データ通信のみのサービスでは都合が悪い。それで、スマホ一台持ちの裕理亜は、電話機能付きのプランを選んでいる。
 それを考えると、裕理亜の知らない相手からの電話である可能性が極めて高い。間違い電話や営業の電話であるだろう事は、簡単に推測できる。
 だが、ずっと鳴りっぱなしの電話を無視し続けるわけにもいかず、裕理亜は渋々、着信のボタンをタップした。
「もしもし?」
『白森裕理亜様のお電話で間違いないでしょうか?』
 渋めの男の声だ。営業の電話であれば、まず名乗るであろうから違うのかもしれない。しかし、自ら名乗らない電話に出続けるほど、裕理亜もお人好しではない。
「……誰ですか?」
 不信たっぷりの声色で、そう言う。
『失礼しました。私、帝立科学技術大学学長「尾上江瑠奈おのうええるな」の秘書をしております、小早川と申す者です。白森裕理亜様のお電話で間違いないでしょうか?』
 本当なのかな、と一瞬思ったが、学長はそれなりに社会に権限を持っている。その秘書を名乗って詐欺を働くほど不利益なことも無いだろうし、騙すならもっと信憑性のある名前を名乗るだろう。
 そうであるならば、この声の主は本当に学長の秘書である可能性が高い。
 一瞬でそう判断した裕理亜は、肯定する返事をした。
「そうですが……何かご用でしょうか?」
 すると、電話の向こうの男は、全く声色を変えずに、こう続けた。
『実は、学長が白森様に会いたいとの事で、お電話をさし上げました。白森様のご予定をお聞かせ願えれば、と思っております。宜しいでしょうか?』
 事務的だが、非常に丁寧に応対してくる。本当だと考えて間違いないのだろう。
「いつでも空いてますけど……いつがいいんですか?」
 正直に答えた。実際の所、予定と言えば学校の授業以外は殆ど空いているのだ。ここ数日、恵良からの連絡も無い為、時間の都合はいつでも付けられる。
『それでは、今日の夜はどうでしょうか?』
「はい?」
 思わず、問い返した。今日の夜とは、また急な話だ。だが、実際に予定は空いている為、その提案を断る理由も無い。
「構いませんけど……」
『では、今からご用意していただきまして、吉野ヶ丘町駅南口の改札付近でお待ち願えますでしょうか? この電話番号にお電話いただけましたら、直ぐに迎えに出ますので』
 あくまで事務的な口調で、そう伝えてくる。
 今からとなると、夕方になるだろう。何だかんだ話があるのなら、帰宅は夜になるかもしれない。
「今からですか? 支度に少し準備に時間がかかると思いますけど」
『構いません。改札につきましたらお電話下さい。宜しくお願い致します。それでは、失礼します』
 一方的にそう言うと、いきなり無言になった。用件は終了したが、自ら電話を切るのは非礼に値すると判断しているようだ。
「……はい、じゃあ今から準備をして出かけますので……一時間ほどで着くと思います。それでは」
 裕理亜はそう言うと、相手の返答を待たずに自分から電話を切った。多分、こちらの用件は伝わっているはずだ。
 手のひらに収まっているスマホをじっと見て、首をひねった。
「さて、と……学長が、私になんの用事かな……?」
 ふと、自分の格好を見ると、家着のジャージのままだ。着替えなくてはならないし、髪も整えなくてはならない。
 裕理亜は、あまりカジュアルすぎる格好もダメだろうと判断し、小さなクローゼットから白のワンピースを取り出した。スーツの方が良いのかな、とも思ったが、あまりにもお堅い服装である必要も無いだろう。
 そして、机の上に置いてある腕時計を身につけると、もそもそと着替えの準備に取りかかった。

「失礼しますが、白森様で間違いないでしょうか?」
 駅の改札を出た瞬間、男性が声をかけてきた。
 ビックリして振り向くと、そこには歳をとったヒトがひとり。エルフは白も灰も二五歳から九〇〇歳後半になるまで肉体年齢が変わらない為、裕理亜もヒトの年齢はいまいちピンとは来ないが、受験の為にヒトの街へ出ていた経験から、何となくは想像が付く。恐らくだが、五、六〇歳くらいだろう。
「はい、そうですが」
 裕理亜がくるりと振り返る。裾の長い白のワンピースが翻り、ポニーテールにした蜂蜜色の金髪が風になびいた。大きな空色のピアスが夕日を受けて、褐色に輝く。
 正に”清楚”といった趣で、年齢より少し幼く見られる裕理亜にはぴったりの格好だ。
「お待ちしておりました。お電話させていただきました小早川です。こちらにお車を用意しております。ご一緒願います」
 しかし、小早川と名乗る初老の男は、そんな裕理亜の格好に一瞥をくれただけで、特に何も言及することは無かった。
 呼び出しておいてそれは無いのではないか、と裕理亜は一瞬思ったが、この人はただのお使いだったことを思い出すと、何も言わずに付いていくことにした。

 そして、駅のすぐ脇に停車してあった黒塗りの高級車に乗せられること十五分。裕理亜は、高級住宅街の一角にある大きな屋敷に到着するのだった。
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