KreuzFeuers Zwielicht(クロイツフォイエル・ツヴィーリヒト)

比良沼

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第一章

Report.009:学長

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「わぁっ…………」
 裕理亜はポカンと口を開けたまま、佇んでいる。
 目の前には、文字通り白亜の豪邸。これが都心の家だとはおおよそ見当がつかないほど、広々とした敷地を有していた。
「こちらです、白森様。どうぞ」
 相変わらず、そんな様子とはお構いなしに小早川はそう言うと、小さな要塞かと思われるほどの壁面に設置してある勝手口を開けた。
「表口は封鎖してありますので、申し訳ありませんが、こちらから入っていただきます」
 その様子を見ていた裕理亜は、ふと疑問に思ったことを口にした。
「勝手口の鍵って、どうなってるんですか?」
 これほどの大豪邸、泥棒の標的にならない訳がない。小早川が勝手口の鍵を操作した素振りがなかったのが、気になったのだ。
 だが、すぐには返答が返ってこなかった。
「……色々とセキュリティは施してあります。疑問に思われることがございましたら、学長に直接お聞きになるのが、宜しいかと」
 無難に避けられてしまった。あくまでも自分は黒子に徹するつもりだろう。
 それならば、彼には話すことはない。裕理亜はそう判断すると、小早川が開けた勝手口に自らの身を入れた。

 中は、芝生が敷き詰めれた庭に小さな家と、後は生い茂る木々という、およそ都会では見かけられない光景になっていた。
 その庭には、シンボリックな木が植えてあり、その根元に、一度に十人は使えるかと思うほどの木製のテーブルが設置されている。
 そこの脇に椅子が数脚置いてあり、そのひとつに彼女は座っていた。後ろ向きなので顔は分からなかったが、座高から背の高い女性である事が分かる。椅子から地面につきそうな程の銀色のストレートヘアーが印象深い。
 その彼女が、音もなくすっと立ち上がった。
「良く来てくれたね、まあこちらへ来て……」
 彼女はそう言って、裕理亜の方を向こうと翻った。
 途端。
 ゴズッ!
「痛ヅっ……!」
 鈍い音と共に小さな声を上げて、彼女はしゃがみ込んでしまった。
「ど、どうかされましたか、御館様!」
 その声に反応して、小早川が駆け寄る。
 小早川はヒトであるため、良く聞こえなかったのだろうが、耳の大きいエルフである裕理亜には分かった。あれは、足の指を椅子にぶつけた音だ。
「うわっ! ……痛そうだなぁ……」
 裕理亜は昔、実家で同じ事をしてしまった時の事を思い出し、思わず眉をしかめて、ボソリと呟いた。
 その呟きに、うずくまっている女性の耳がピクンと動いた。どうやら彼女の耳に届いてしまったようだ。
 だが、相当痛かったのだろう。体勢を変えようとはしない。
「御館様! あぁ……また、角にぶつけられたのですね……」
 小早川の残念そうな声が聞こえた。
 まだうずくまっている女性は、ロングスカートを履いているため足下は見えないのだが、プルプルと震えている状況からすると、ずっと足の指を押さえているようだ。相当痛かったと思われる。
「今、氷嚢をお持ち致します故、まずはお座り下さい……」
 小早川はそう言うと、椅子を彼女のそばに持ってきてから、脇に立つ家に入っていった。
 だが、その女性は用意された椅子には座らず、震えながらゆっくりと立ち上がると、優雅に裕理亜へ向かってクルリと翻った。
 そして、何事も無かったかのように、さっきまで座っていた椅子に座り直す。
「す、すまなかったね、裕理亜君。キミも、こちらに来てもらえるかな……」
 目に涙を滲ませながら、しかし努めて普通に振る舞いつつ、裕理亜を呼び寄せた。
「――は、はぁ……」
 そんな様子に、裕理亜はどう反応して良いのか分からず、取り敢えずペコリと頭を下げると、この女性のそばにあった椅子に腰をかけた。
 自己紹介をしてもらうまでも無い、この女性こそ帝国立技術大学の学長「尾上江瑠奈おのうええるな」である。

 軽く自己紹介をした後、江瑠奈の容姿を改めて見た。
 椅子に座っていると地面に着きそうなほど長く延ばした銀色の髪に、ルビーのように赤く深い色をした大きな瞳。こう言ってしまうと失礼かもしれないが、モデル事務所にでも探しに行けば普通にいそうな、典型的な美人顔。
 だが、その特徴から灰エルフかと思いきや、肌は普通に裕理亜と同じ白めの肌色をしている。
 服装は、ゆったりとした紫色のセーターに、先程から目に入っているロングスカートは、よく見れば白色ではなく、うっすらとベージュがかった色が入っている。
 しかし、一番印象的なのは、オーバル型の眼鏡だろう。黒い色をした太めのフレームが、知的な顔の印象を際立たせている。
 そういえば、裕理亜は白や灰に問わず、エルフが眼鏡をかけている様を見たことが無い。
 エルフはそれほど目を酷使しないのか、先天的なものを除き、目に異常がある者は存在しないと思っていた。
 しかし、都会に出てきて学問に励むと、矢張りエルフとて近視や乱視にもなるのだろうか。
 となると、目の異常は種族に関係なく、その環境に依存するのかもしれない。
「ん? どうしたね? 私の顔に、そんなに興味があるかい?」
 江瑠奈はニコリと微笑むと、裕理亜の顔を興味深げに覗き込んだ。
「あ、いえ! そんなことは無いのですが……えっと……すみません」
 裕理亜は、いつの間にか江瑠奈の顔をジッと見つめていたようだ。
 流石に無礼かと思い、慌てて謝罪をしてしまう。
 つい謝ってしまうのは、裕理亜の昔からの癖のひとつであるが、相手との衝突を避けるという意味においては、あながち悪癖とも言えない。
「私は、父が白で母が灰のハーフだからね。珍しいのも、無理はないよ」
 裕理亜の思考を読みっているのか、江瑠奈は相変わらず微笑みながら、さらりと答えてくれた。
 そして、椅子に腰掛けなおすると、両腕を組みながら、ゆったりとした口調で言葉を放つ。
「さて、早速だが本題に入ろう。君をここに呼んだのは、他でもない。――灰山恵良君について、君が知っていることを、教えてくれないかね?」
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