KreuzFeuers Zwielicht(クロイツフォイエル・ツヴィーリヒト)

比良沼

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序章

Report.004:灰エルフとの出会い

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 列車の旅は、想像よりは良いものだったが、決して快適とは言い難かった。
 まず、室内が狭い。これは、ウェブでも確認していたことだったので、あまり不快には思わなかったが、いざ宿泊してみると、かなり窮屈なものと言わざるを得なかった。ベッドの長さ自体は二メートルほどあるので足は伸ばせるのだが、幅はシングルベッドサイズであり、それ以外のスペースも非常に狭い。備え付けられたミニデスクも、実際のところ五十センチ四方程度の大きさであり、飲み物などを置いておくと、何かモノを書くにも不自由するほどだ。
 次に、娯楽が少ない。初めは物珍しさから、入ることが出来る全車両を虱潰しに彷徨いてみたのだが、それも半日で飽きてしまった。一両だけカジノスペースがあり、そこは割と人が集まっていたのだが、生憎、裕理亜はカジノに全く興味が無い。故に、娯楽といえば、スマホでウェブを閲覧するかゲームをするかくらいだった。この点に関しては、幸い車内に無線LANが通っていたため、不自由することはなかった。
 最後に一番の不満点は、シャワールームが少ないことだ。少ないとはいえ各車両に二室用意されており、全て合わせると三十室はあるのだが、裕理亜の部屋からだと、距離からしてやはり二室しか無いという計算になる。一等客室に泊まっている客の多くはよくシャワーを利用するようで、シャワーを浴びたい時間帯は、いつも混雑している。
 そんなことから、ストレス解消の方法もさほど用意できず、一日の殆どを自室内で過ごしている羽目になっている。

「ふわぁ~、よく寝たぁ~」
 裕理亜は大きな欠伸をしながら、ベッドから身体を起こした。
 実は、もう一つの不満点として「列車が揺れすぎて眠れない」ということがあったのだが、そこは魔学を勉強している裕理亜である。自分で自分に催眠の魔法をかけて寝ることにしたので、大きな不満点とはならなかったのだ。
「あ、そうだ、誰が臣民登録をしたのか、聞くの忘れてたな……」
 乗車時のドタバタで疲れてしまっていたので、実家にもう一度電話をすることを忘れてしまっていた。
「えっと、スマホ、スマホ……あ、魔地が切れかかってる」
 裕理亜はスマホの画面を覗き込むと、そう呟いた。
 この世のあらゆるバッテリー駆動式の機械は、電気か魔気の二種類で動いている。電気は発電所で作られて送電網で運ばれてきたり、乾電池で供給されていたりするのだが、魔気は主に精神力を力に変えて駆動する。そのため、取り扱いが難しく、エネルギーとしてヒト社会ではあまり普及していない。だが、その歴史の古さから、エルフなど精霊を中心に、今だに愛用するものも多い。
 魔地とは、電池に対する言葉であり、魔力を蓄えることが出来る装置のことである。
「誰も見てないよね……個室で良かった。さて、と」
 裕理亜は辺りをキョロキョロと見渡し、ここが個室であることを再確認すると、ベッドの下のバッグから、コピー紙とボールペンを取り出した。
 そして、慣れた手つきで複雑な紋様を描いていく。
「ここをこうして……これでよし、と……」
 数分かけて描いた紋様の上に自分のスマホを置いて、片手を上にかざした。
 すると、いきなりスマホの充魔が始まり、あっという間に百%まで回復した。
「列車に乗ってる人たち、ごめんなさい」
 この程度なら、人を目安に考えると大事に至ることはそう無いだろう。裕理亜はそう判断すると、取り敢えず、誰も居ない壁に向かって一応謝罪をしておいた。
 魔力は精神力を抽出して使用するものである。精神力は生命力に直結するため、扱い方によっては、簡単に他人を傷つけることが出来る。
 そのため、その扱いには非常に厳しい法律が課せられている。その中に「魔力を得る手段としてその魔力は発動者以外のヒト又は精霊より得ることの一切を禁ず」との一文がある。要約すると、自分以外からの魔力の調達はダメですよ、ということだ。
 だが、魔学を勉強していると、自分自身以外からの魔力の調達方法も分かってしまう。裕理亜も独学でそこまで至った。自分でも違法だとは分かっているのだが、その手を使わざるを得ない理由が、裕理亜にはあった。
 ほんのちょっとならばれないだろう、という算段もあるのだが、何より裕理亜自身が親族にも秘密にしていることがある。それは「何故か自分の精神力を魔力に変換することが出来ない」という、極めて稀有な体質のことだ。
 色々と調べてはみたところ、極稀にその様な体質を持ったヒトや精霊がいるとの学術論文の報告を見つけたが、その原因や治療方法は一切記載されていなかった。病名も付いていたのだが、「突発性精神性魔力不変換症候群」という、よく分からない名称だった。
 魔学を志すものにとって致命的ともいえる体質だが、それに気付いたのは十五の頃。最早魔学を諦められる分岐点はとうに過ぎてしまっていた。
 なので、魔力が必要なときは、わざわざ文様を描いて周りの生命体からほんのちょっとだけ、魔力を頂戴するしか手段はない。今回も、悪いことだとは分かっているのだが、その様な理由で、仕方なく魔力を頂戴することにしているのだ。勿論、催眠の魔法も周囲にいる生命体から魔力を頂戴して発動している。
「……さて、充魔も完了したことだし、食堂車に行ってみようかな」
 裕理亜は充魔の終わったスマホをポケットにねじ込むと、客室の鍵を手に、部屋を出ることにした。

「えっと、幕の内弁当の松が二千六百円……高いなぁ。梅でも千二百円か……足元見てるのかな?」
 裕理亜はブツブツと文句を言いながら、幕の内弁当梅に箸をつけつつ、メニューに愚痴をこぼしていた。
 料金の支払自体は、家族名義のクレジットカードから引き落とされているので、自分の懐が傷んでいるわけではないが、やはり親から出してもらっているお金ということで、心苦しいところはある。
 しかし、やはり値段設定に何らかの意図が隠されている気がしてならない。
 実際、帝都までの二週間に八つしか駅を経由しないわけで、その度に日持ちがあまりしない弁当を列車に積んでいることから、鉄道会社からして採算性が合う価格設定となると、どうしてもこの様な値段になる。
 だが、通常の定食屋で食事をすると、だいたい一食当たり八百円ほどなので、やはり高いと言わざるを得ない。
「すみませーん、お冷のおかわり下さーい!」
 幸い、ここで食事をした客への飲料水のおかわりは自由だったので、ここぞとばかりに注文する。
 ミネラルウォーターも購買車で販売しているのだが、五百ミリリットルのペットボトルで二百五十円と、これも割高な価格設定になっているので、飲めるときに飲めるだけ飲んでおこうという算段だ。
「じゃあ、実家に電話しようかな」
 運ばれてきた水を一気に飲み干すと、誰が臣民登録をしたのかを問いただすため、ポケットからスマホを取り出した。
「えっと、電話帳、電話帳、っと……」
 慣れた手つきでスマホを操作する。
 すると、突然、女性の大声が耳に入ってきた。
「あーっ! それ帝通のモノリスX5リミテッドエディションやん! うわっ、実機見んの、初めてやわぁ!」
 何だか、帝国語にしては、妙にイントネーションがおかしかったので、裕理亜はふと顔を上げた。「帝通」とは、帝国移動体通信社の略称で、裕理亜の使っているスマホのメーカー名で、その後ろの名前はスマホの機種名である。
「ええなぁー、ちょっと見せてもろてもええ?」
 その声の主は、裕理亜のスマホを指差しながら、一直線に歩いてきた。
 腰まである長い綺麗な銀髪、妙に男ウケの良さそうなメリハリの効いた肢体を包むOL風のスーツ、それに穂長耳。
 エルフであることには間違いないのだが、白エルフとは全く違う一点があった。それは、白エルフの肌が透明に近い肌色をしているのに比べ、その女性の肌が完全な灰色であることだった。
 裕理亜自身は実際に目にしたことはなかったのだが、エルフにも白エルフと灰エルフの二種が存在していることを知っている。全身の肌が灰色である灰エルフは、先の戦争でその殆どを失ったと聞いていた。そのため、こんなところで目にするはずもないと思っていたので、反応が出来ずにいた。
「ウチ、デジもん好きやねん! それ、魔力駆動型のヤツやろ? 珍しいわぁー」
 あまり多いとはいえない周りの客からの目線も入らない様子で、裕理亜の向かいの席に無断で座ってきた。
「あ、ゴメン。ここ、座ってええ?」
 座ってから聞いてくる。
「って、ジブン、白森さんやん! うわっ、ビックリしたー! こんなトコで会うなんて、なんかの縁なんかなぁー!」
 裕理亜が話し始めないうちに、言葉の主は話を続けてきた。
「これは大学生活、楽しみやわぁ! よろしゅうな!」
 ニコリと微笑んで、手を差し出してくる。裕理亜の村ではあまり習慣がなかったが、握手を求めてきているのだろう。
 だが、あまりの展開の速さに、裕理亜の脳がついていけなかった。
「えっと……貴方、誰?」
 何とか紡ぎ出せた言葉が、これだった。それもそのはず、この女性に対し、裕理亜は全くの記憶がなかったのだ。
 数刻の空白。
「………………え? ウチの顔、ホンマに知らんの……?」
 目の前の女性は、呆然とした顔でそう答えてきた。
「ウチ、受験で次席やった灰山恵良(はいやまえら)やけど……ウェブで顔写真、アップされてたやん……。ジブン、首席やった白森裕理亜さんやろ? 七百点満点中六九八点やった、あの白森さんやろ? ウチ、二点差やったんやけど、ホンマに知らへん?」
 裕理亜は、改めて言われて、ハッとなった。自分の写真がトップにあったので、その下を全く見ていなかったのだ。
「あ……ごめんなさい、見てなかった……」
 思わず、本心をポツリと言ってしまった。
 本来なら嫌味とも取れそうな言いようだったが、灰山恵良と名乗った女性は別段気を悪くする風でもなく、ニカッと笑って言葉を続けた。
「あ、そか……ほな、改めて自己紹介な。ウチ、帝技大、実践魔学学科、実践応用魔学部入学の灰山恵良や。ご学友っちゅうヤツやな。これから、よろしゅうな!」
 改めて、手を差し出してくる。
「あ、えっと……白森裕理亜、です……宜しく」
 裕理亜は、取り敢えず差し出された灰色の手を、そっと握り返したのだった。
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