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序章
Report.003:白森裕理亜
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バスに揺られて三時間。帝都へと通じる長距離鉄道の最寄り駅「崎森駅」は、そこにある。駅の規模自体はさほど大きくはないのだが、ユーリアの村からの最寄りとなると、ここになる。
「これが鉄道……これに二週間も閉じ込められるのかぁ……」
バスから降りたユーリアは、空っ風になびく金髪を抑えながら、そう呟いた。バスの中では脱いでいたコートを再び羽織る。長く伸びた穂長耳が冷える。
それほど身長が高くないユーリアは、肩の高さくらいまであるケースを押して、歩みを進める。当面、必要な日用品などを持って行こうとすると、これくらいのケースの大きさになってしまったのだ。まだまだ必要な物があったが、それは帝都に着いて住居が決まってから宅配便で送ってもらうことになっている。
「見たこと無いけど……やっぱり迫力があるなぁ……」
駅の脇から覗く列車見て、ユーリアは呆気にとられていた。
そこには、三二両からなる大型の長距離列車が停車していた。最前部と最後部にはディーゼル機関を搭載した動力車が繋がっており、残りの車両は客車を中心に食堂車や購買車、車掌車などが配置されている。
ユーリアの乗り込む車両は一等客室、二畳ほどの広さだがベッドとミニデスクが備わっており、個室となっている。名前の通り一等客室は高額だが、二週間もの旅路になるため、両親が奮発して手配してくれたのだ。
「こんな大きなものが動くなんて、理屈ではわかってるけど、信じられないなぁ……」
バスなら高校生時代に通っていた塾のある街で見かけたことがあるため驚きはしないが、鉄道はこの目で見たことがない。ウェブの動画で見たことはあるため否定はしないが、実際に乗り込んでみるまでは実感が湧かない。
――ブゥーン、ブゥーン……
初めて見る乗り物に少し躊躇していると、突然ズボンのポケットで振動が起こった。
「うわっ、もうこんな時間! 鉄道が発車しちゃう!」
ユーリアがポケットからスマホを取り出して画面を覗くと、列車の発車時刻を案内する画像が表示されていた。乗り遅れるといけないため、バスの中でアラームの設定をしていたのだ。
「急がなきゃ!」
そう呟くとスマホをポケットに仕舞い直し、大きなケースを押す手に力を入れ、駅の改札を目指した。
「お客様、乗車券と指定券、身分証明書を拝見させていただけますでしょうか?」
改札にいた、やや痩せ気味の背の高い男性駅員にそう促され、ユーリアは肩に下げていたバッグから封筒を取り出した。列車に乗る際に必要な書類を、予め纏めて封筒に入れておいたのだ。
「……シラモリユーリア様ですね。承っております。どうぞ、ご案内致します」
駅員は書類へ目を通してそう言うと、列車から降りていた車掌のひとりに一言、二言交わし、ユーリアを車内へと案内しようとした。
「え? 私、ユーリアだけど……?」
駅員から出た言葉に、少し違和感を覚えたユーリアは、駅員にそう問いただす。
「はい? シラモリユーリア様、ですね? お間違いありませんか?」
ユーリアはその言葉に、更に違和感を感じた。「シラモリ」と確かに聞いたからだ。
――「シラモリ」って何だ……?
「ちょ、ちょっと貸してください!」
ユーリアは、駅員に渡していた封筒を引っ手繰るように奪い返すと、中の書類を穴が空くほど凝視した。すると、自分の身分証明書の名前欄に「白森裕理亜」と書かれているのを発見した。ルビは「シラモリユーリア」と振ってある。
「……え? 何これ……?」
ユーリアは混乱した。当たり前だ。生まれてこの方、自分の名前に「シラモリ」や「白森」なんてパーツが存在した記憶は無いからだ。しかも、自分の名前が「ユーリア」ではなく「裕理亜」という表記になっているのだ。
しかし、その様子を見ていた駅員は、ユーリアに優しく声を掛けてきた。
「ユーリア様、白エルフの方とお見受けいたしましたが……白エルフの村からお出になられたことはございますでしょうか?」
「え? あります、けど……?」
「では、「苗字」と言う言葉は、ご存知でしょうか?」
その問いに、ユーリアはハッとなった。確か、帝国臣民として臣民登録するには、氏族を表す「苗字」が必要だと、どこかで読んだ記憶があるからだ。さらに、名前を帝国語で表記しなければいけないことも書いてあった覚えがある。
ただ、ユーリアは「臣民登録」をした記憶が、全く無い。「白森」という苗字にも覚えが無い。誰かが勝手に登録したのとしか考えられない。
「ちょっと、待って!」
その疑問を解決するため、ユーリアはスマホを取り出して電話をかけた。
数度コール音がなり、ガチャリと受話器を持ち上げる音が聞こえる。
『はいはぁ~い、ユーちゃんねぇ~? 今、どこぉ~?』
甘ったるい声が聞こえる。実家の固定電話へかけたのだが、何故か祖母のラウラが出た。
たまたま遊びにでも来ていたのだろう。同じ村に住んでいるわけだから、それ自体は別段可怪しいことではない。ユーリアがかけてきたことが分かったのも、携帯電話の番号が実家の電話機に登録されているため、その表示を見たからだと思われる。
「ラウラおばあちゃん、ユーリアだけど、お母さんいる? ちょっと、代わってほしいんだけど」
『ヒルデなら、もう仕事に出たわよぉ~? ベルンハルトさんも、今は居ないわねぇ~?』
祖母の言い方からすると、両親は不在のようだ。
「じゃあ、おばあちゃんでもいいや。私の「苗字」が「シラモリ」ってなってるんだけど、なんでだか分かる?」
この際、祖母でも良い。ユーリアはそのことが確かめたくて、電話をかけたのだ。
『あぁ、それねぇ~。うちの村はぁ、みぃんな「シラモリ」って姓にしてるのよぉ~』
サラッと言われ、ユーリアは思わず膝を崩しそうになった。
『帝国で仕事をしようとしたらぁ、臣民登録しなきゃいけないでしょ~? 納税の義務があるでしょぉ~? 白エルフ自治領に居る間は登録しなくても良いんだけどねぇ~。ユーちゃんも帝国領の学生になるからぁ、臣民登録しなきゃいけないのよぉ~。だからねぇ』
「いや、そうじゃなくって! 誰が私の臣民登録の手続きをしたのかって聞いてるんだけど!」
ラウラののんびりとした、脱線しまくる話では、ユーリアの聞きたいことにたどり着く頃には、列車が出発してしまう。仕方なく、ラウラの話を無理やり中断した。
「私、「シラモリ」なんて、聞いたこと無いんだけど!?」
『うぅ~ん……そうねぇ~………………………………それは、ヒルデに聞いてみないとぉ』
「分かった、おばあちゃん。またかけ直すから、お母さんかお父さんに私から電話あったって伝えておいて」
ユーリアはそれだけ言うと、さっさと電話を切ってしまった。ラウラには悪いが、要するに「分からない」ということが分かったので、もう要件は済んだのだ。自分が「白森裕理亜」であるということも、正式な身分証明書にそう記載されているのだから、事実なのだろう。
誰が登録したかは、後でまた調べられる。今は、列車に乗り遅れないことが、一番の重要事である。
ユーリアはスマホをポケットに仕舞い直すと、その様子を静観していた駅員に話しかけた。
「……あ、すみません。私、「白森裕理亜」で間違いない……みたいです」
「そうですか、それではお荷物を運ばせていただきますので、どうぞこちらへ」
駅員は車掌に荷物を引き渡しながら、何事もなかったかのようにそう言った。ユーリアのように、上京する際に混乱する白エルフは多いのだろう。対応にも慣れが見られる。
いや、慣れというより親切心と言えるだろう。普通は、そのようなことをわざわざ教えてくれないものだ。
ユーリアはその事にありがたく思うと、駅員に感謝の意を伝えて五百円玉を一枚、チップとして渡し、車掌の先導に従い列車に乗ることにした。
長いようで短い、二週間の列車の旅が始まった。
「これが鉄道……これに二週間も閉じ込められるのかぁ……」
バスから降りたユーリアは、空っ風になびく金髪を抑えながら、そう呟いた。バスの中では脱いでいたコートを再び羽織る。長く伸びた穂長耳が冷える。
それほど身長が高くないユーリアは、肩の高さくらいまであるケースを押して、歩みを進める。当面、必要な日用品などを持って行こうとすると、これくらいのケースの大きさになってしまったのだ。まだまだ必要な物があったが、それは帝都に着いて住居が決まってから宅配便で送ってもらうことになっている。
「見たこと無いけど……やっぱり迫力があるなぁ……」
駅の脇から覗く列車見て、ユーリアは呆気にとられていた。
そこには、三二両からなる大型の長距離列車が停車していた。最前部と最後部にはディーゼル機関を搭載した動力車が繋がっており、残りの車両は客車を中心に食堂車や購買車、車掌車などが配置されている。
ユーリアの乗り込む車両は一等客室、二畳ほどの広さだがベッドとミニデスクが備わっており、個室となっている。名前の通り一等客室は高額だが、二週間もの旅路になるため、両親が奮発して手配してくれたのだ。
「こんな大きなものが動くなんて、理屈ではわかってるけど、信じられないなぁ……」
バスなら高校生時代に通っていた塾のある街で見かけたことがあるため驚きはしないが、鉄道はこの目で見たことがない。ウェブの動画で見たことはあるため否定はしないが、実際に乗り込んでみるまでは実感が湧かない。
――ブゥーン、ブゥーン……
初めて見る乗り物に少し躊躇していると、突然ズボンのポケットで振動が起こった。
「うわっ、もうこんな時間! 鉄道が発車しちゃう!」
ユーリアがポケットからスマホを取り出して画面を覗くと、列車の発車時刻を案内する画像が表示されていた。乗り遅れるといけないため、バスの中でアラームの設定をしていたのだ。
「急がなきゃ!」
そう呟くとスマホをポケットに仕舞い直し、大きなケースを押す手に力を入れ、駅の改札を目指した。
「お客様、乗車券と指定券、身分証明書を拝見させていただけますでしょうか?」
改札にいた、やや痩せ気味の背の高い男性駅員にそう促され、ユーリアは肩に下げていたバッグから封筒を取り出した。列車に乗る際に必要な書類を、予め纏めて封筒に入れておいたのだ。
「……シラモリユーリア様ですね。承っております。どうぞ、ご案内致します」
駅員は書類へ目を通してそう言うと、列車から降りていた車掌のひとりに一言、二言交わし、ユーリアを車内へと案内しようとした。
「え? 私、ユーリアだけど……?」
駅員から出た言葉に、少し違和感を覚えたユーリアは、駅員にそう問いただす。
「はい? シラモリユーリア様、ですね? お間違いありませんか?」
ユーリアはその言葉に、更に違和感を感じた。「シラモリ」と確かに聞いたからだ。
――「シラモリ」って何だ……?
「ちょ、ちょっと貸してください!」
ユーリアは、駅員に渡していた封筒を引っ手繰るように奪い返すと、中の書類を穴が空くほど凝視した。すると、自分の身分証明書の名前欄に「白森裕理亜」と書かれているのを発見した。ルビは「シラモリユーリア」と振ってある。
「……え? 何これ……?」
ユーリアは混乱した。当たり前だ。生まれてこの方、自分の名前に「シラモリ」や「白森」なんてパーツが存在した記憶は無いからだ。しかも、自分の名前が「ユーリア」ではなく「裕理亜」という表記になっているのだ。
しかし、その様子を見ていた駅員は、ユーリアに優しく声を掛けてきた。
「ユーリア様、白エルフの方とお見受けいたしましたが……白エルフの村からお出になられたことはございますでしょうか?」
「え? あります、けど……?」
「では、「苗字」と言う言葉は、ご存知でしょうか?」
その問いに、ユーリアはハッとなった。確か、帝国臣民として臣民登録するには、氏族を表す「苗字」が必要だと、どこかで読んだ記憶があるからだ。さらに、名前を帝国語で表記しなければいけないことも書いてあった覚えがある。
ただ、ユーリアは「臣民登録」をした記憶が、全く無い。「白森」という苗字にも覚えが無い。誰かが勝手に登録したのとしか考えられない。
「ちょっと、待って!」
その疑問を解決するため、ユーリアはスマホを取り出して電話をかけた。
数度コール音がなり、ガチャリと受話器を持ち上げる音が聞こえる。
『はいはぁ~い、ユーちゃんねぇ~? 今、どこぉ~?』
甘ったるい声が聞こえる。実家の固定電話へかけたのだが、何故か祖母のラウラが出た。
たまたま遊びにでも来ていたのだろう。同じ村に住んでいるわけだから、それ自体は別段可怪しいことではない。ユーリアがかけてきたことが分かったのも、携帯電話の番号が実家の電話機に登録されているため、その表示を見たからだと思われる。
「ラウラおばあちゃん、ユーリアだけど、お母さんいる? ちょっと、代わってほしいんだけど」
『ヒルデなら、もう仕事に出たわよぉ~? ベルンハルトさんも、今は居ないわねぇ~?』
祖母の言い方からすると、両親は不在のようだ。
「じゃあ、おばあちゃんでもいいや。私の「苗字」が「シラモリ」ってなってるんだけど、なんでだか分かる?」
この際、祖母でも良い。ユーリアはそのことが確かめたくて、電話をかけたのだ。
『あぁ、それねぇ~。うちの村はぁ、みぃんな「シラモリ」って姓にしてるのよぉ~』
サラッと言われ、ユーリアは思わず膝を崩しそうになった。
『帝国で仕事をしようとしたらぁ、臣民登録しなきゃいけないでしょ~? 納税の義務があるでしょぉ~? 白エルフ自治領に居る間は登録しなくても良いんだけどねぇ~。ユーちゃんも帝国領の学生になるからぁ、臣民登録しなきゃいけないのよぉ~。だからねぇ』
「いや、そうじゃなくって! 誰が私の臣民登録の手続きをしたのかって聞いてるんだけど!」
ラウラののんびりとした、脱線しまくる話では、ユーリアの聞きたいことにたどり着く頃には、列車が出発してしまう。仕方なく、ラウラの話を無理やり中断した。
「私、「シラモリ」なんて、聞いたこと無いんだけど!?」
『うぅ~ん……そうねぇ~………………………………それは、ヒルデに聞いてみないとぉ』
「分かった、おばあちゃん。またかけ直すから、お母さんかお父さんに私から電話あったって伝えておいて」
ユーリアはそれだけ言うと、さっさと電話を切ってしまった。ラウラには悪いが、要するに「分からない」ということが分かったので、もう要件は済んだのだ。自分が「白森裕理亜」であるということも、正式な身分証明書にそう記載されているのだから、事実なのだろう。
誰が登録したかは、後でまた調べられる。今は、列車に乗り遅れないことが、一番の重要事である。
ユーリアはスマホをポケットに仕舞い直すと、その様子を静観していた駅員に話しかけた。
「……あ、すみません。私、「白森裕理亜」で間違いない……みたいです」
「そうですか、それではお荷物を運ばせていただきますので、どうぞこちらへ」
駅員は車掌に荷物を引き渡しながら、何事もなかったかのようにそう言った。ユーリアのように、上京する際に混乱する白エルフは多いのだろう。対応にも慣れが見られる。
いや、慣れというより親切心と言えるだろう。普通は、そのようなことをわざわざ教えてくれないものだ。
ユーリアはその事にありがたく思うと、駅員に感謝の意を伝えて五百円玉を一枚、チップとして渡し、車掌の先導に従い列車に乗ることにした。
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