KreuzFeuers Zwielicht(クロイツフォイエル・ツヴィーリヒト)

比良沼

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序章

Report.002:始まりの会談

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 辺りには、広大な原野が広がっている。太陽は陰り、少し肌寒い風が吹き渡っていた。
 やや標高の高い位置にある高台に、その大きな屋敷はそびえている。そこへ、比較すると非常に小さな黒塗りの車が三両、まるでミニチュアのように横付けされていた。

 ここは、帝都「天鷹都」から車で三十分ほどのところにある「神聖貴竜王国」の帝国内にある大使館。その貴賓室にあたる。
 その中で、大きな竜と小さなヒトが、向い合って座っていた。竜は基本的に衣服を纏わず宝石や貴金属などのアクセサリーで飾っているが、ヒトは仕立ての良いスーツを纏っている。
「ですから、私どもとしては、貴国が我が海域を通る際には、きちんと通行料を払っていただかなければ、艦艇の往来は認められない。そう申し上げているんですよ。お分かりですか?」
 大天鷹帝国軍務大臣である陣羽織達也(じんばおりたつや)は、その若い精悍な顔をニヤリと曲げながら、妙に丁寧な口調でそう言った。

 貴賓室の大きさは縦が百メートル、横が三百メートル、天井に至っては二百メートルはあろうかという大きな部屋だ。部屋の片隅には数十メートルを超える巨大な彫刻や絵画が配置されており、床はヒトの膝丈が埋まるほどの真っ赤に染められた絨毯で敷き詰められている。
 この部屋の大きさはヒトにはあまりにも巨大すぎるが、竜にとっては豪盛ではあるものの、別段大きいわけではない。何故なら、竜はヒトに比べて明らかに身体が大きいのだ。具体的には全長三十メートル、全幅十メートル、身長は十五メートルほどになる。勿論、個体差は大きいのだが、標準だとこの程度の大きさになるので、豪華な部屋だと必然的にこのくらいの大きさになる。逆に竜にとってヒトの居住地は小さすぎるため、大使館でも帝都から離れた場所でなければ敷地が確保できない。
「しかし……あまりにも、通行料が高過ぎると申し上げておるのです。もう少し下げてもらうよう、王よりも厳命が下っておりますので……」
 達也とテーブルを挟んで座っている在帝国大使アルヴァーは、その巨体を少し屈めながら、苦しそうな声色でそう言った。
「なりませんな、誠になりません。貴国は東の連邦とは仲が非常にお悪いことは存じあげておるのです。南の連合との貿易には、我が領海を通る以外に方法は無いはずです。再三再四繰り返しておりますが……申し上げていることは、お分かりですね?」
「くっ……もう交渉の余地は、御座いませんか……?」
「貴国が誠意ある態度を見せていただければ、あるいは何らかの譲歩もあるかと……すみませんね、私も皇帝の厳命があるのですよ」
 とても申し訳ないような態度には見えない表情を浮かべながら、達也は答えた。
「軍務大臣殿、あまりそのような強硬な態度は……」
「沢田外務大臣殿、この場は私が取り仕切ることになっておりますよ」
 隣から口を挟もうとした帝国外務大臣「沢田康純(さわだやすずみ)」の言葉が終わらないうちに、達也はそれをピシャリと抑えこんだ。
 沢田康純は初老の政治家で、長年内務を行っていたが、最近になって外務大臣を奉職したため「経験が浅い」と判断され、元々外務省出身の陣羽織達也が、外交の場を取り仕切ることになっているのだ。
「……では、この談はこの辺でしょうかね。次回の談、期待しておりますよ」
 話を早々に切り上げ、席を立とうとする達也。
「お、お待ちくだされ! 軍務大臣殿!」
「私どもも政務が御座いますので、これにて失礼を」
 アルヴァーの制止も聞かずに、帝国側の使節交渉団は去っていった。

「くそっ! ヒトごとぎが足元を見腐りやがってからに!」
「アルヴァー大使、盗聴されてますよ」
 秘書の静止に対し「知ったことか!」と、アルヴァーは吐き捨てる。ストレスで腸が煮えくり返っているようだ。
 神聖貴竜王国は北に面する大国だ。だが、他国と交易しようにも、北は永久氷土、東に広がる広大な森林地帯は、険呑な仲である自由共和主義連邦に抑えられ、南の大天鷹帝国とは標高二万メートルの連山である弓々峰連峰――王国名「オルヴァー山脈」だが――が阻み、残る西は海である。
 この世界に存在する大陸はひとつだけ。王国からすれば、他国と交易するには西に広がる帝国の領海を通って南下し、南の諸王国連合と取引するか、延々と広がる広大な海を渡って大陸の反対側へ向かうしか、方法はない。
 ここ数十年でウェブが急激に発達し、王国にもその科学技術が流れ込んできた。国民は外界を知り、経済が急速に発達している。もはや、国内だけでは需要が満たされなくなっているのだ。
 ――外貨が必要――。
 竜が治める王国にもその荒波は押し寄せ、もはやその流れを押し留める術を、国内には保有していない。
 国民が求めるだけの需要を供給するには、他国と交易するしか無い。陸路はとても大規模な交易が出来る地形ではない。ならば海路しか無いのだが、王国は昔からの科学技術後進国であり、その先進国である諸王国連合――通称、連合が所有するGPSを利用するだけの技術力が無い。また、その生態系から遠洋航海の経験も皆無であり、それらを考えると、大洋を渡って交易を行うには、多大な危険が伴う。
 そういった事情があり、王国は帝国に多額の通行料を払ってでも、南の連合と主要産物であるレアメタルや魔産物を、海路で取引しなくてはならないのだ。
 しかし、帝国はここに至って通行料の大幅な増額を求めてきた。アルヴァーから見る理由は明白である。帝国が戦後復興として行っている「国家隆盛計画」の予算が財政を圧迫しているのだ。また、帝国が陸路で連合へと取引している市場へ王国が割って入っている形になっているので、それを阻みたいという理由もあるのだろう。
「戦時、帝国が苦しい時に助け舟を出したこともある。だが、向こうからは「内政干渉は不要」と言ってきたのだぞ。だが、どうだ。自分たちの身がヤバくなると、今度は我が国へ負担を押し付けようとしてくる」
 アルヴァーからすれば、帝国のその意図が見え見えであった。だが、「大使」という国益を考える立場にあるために、ヒト相手に、こんな馬鹿馬鹿しい会談を我慢して行わなくてはならないのだ。
「どうなさいますか?」
「事ここに至っては、もはや仕方あるまい――本国へ打診する」
 秘書の問いかけに、アルヴァーはそう答えた。
「王へこの会談の様子を伝えるのですか!? それだけはいけません!」
「では、どうしろというのだ! 事ここに至っては、もはや王のご採択を仰がねばならん事態だろう!?」
 神聖貴竜王国の王は非常に気性が荒い。それは周囲の重鎮たちもよく知っているため、帝国との会談の様子が知れ渡れば、激怒してどのような行動を取るか分からない。そのため、政府重鎮たちの判断で、この様子を王へ報告しないことにしていたのだ。
「もう、私の力だけではどうにもならない。要衝はこくごとく帝国に抑えられているのだ。このままでは、どの道、我が王国は窒息してしまう。どう足掻いても、帝国とは何らかの極限的外交手段を用いざるを得まいよ」
 アルヴァーはそう言って、本国との秘匿回線を開くよう、秘書に命令した。王国が誇る独自の魔学体系で構築した回線だ。この内容だけは、帝国にも傍受されまい。
「やるなら、徹底的に、思いもよらない方法で、だ……」
 各大臣にも、その事は事前に伝えねばならない。後は「王がご採択する」ことだ。アルヴァー個人の知ったことではない。
「通信が終了したら、我々はすぐに帝国を脱出する。皆にそう伝えなさい。君も準備しておきたまえ」
 アルヴァーは秘書に向かい、そう言った。その言葉に秘書はゴクリと唾を飲み込むと、緊張した面持ちで本国との秘匿回線を開く作業を進める。

 そうして、帝国との一連のやり取りは、神聖貴竜王国の王の元へと伝えられることとなったのである。
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