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序章
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「ただいまー……あー疲れたー」
ユーリアは背中まで伸びたはちみつ色の金髪をなびかせながら、ブレザーの上着を脱いで投げやりに、そう言った。
あれから十年間の歳月が経った。
八年ほど前に完全に木質化したエアハルトは木質化用墓地へと植樹され、今年も大きく伸びた枝葉からは、ほんのりとピンク色をした美しい花を咲き誇らせていた。祖母達は井戸端会議に余念が無く、時には近くの白エルフ用の貸し会議室を借りてテーブルゲームに興じていると耳にしている。
そして、ユーリアの両親は共働きで、ユーリア自身は高校三年生で受験のため、隣村にひとつだけある塾へ遅くまで通い詰めていた。
「おぉ、おかえりー。どうだった? 最終模試の結果は?」
家では、今日はたまたまベルンハルトが調理台の前に立っていた。ユーリアへの勉学のため、共働きして費用を稼ぎ、暇ができた方が食事を作るという形が成り立っている。
「んー、まあ、こんな感じかな?」
ポイっと模試の成績表を食卓のテーブルに投げると、ユーリアはベルンハルトがその中身を見る光景を見るまでもなく、さっさと二階にある自室へ行ってしまった。
「ほぅ……これはこれは……」
ベルンハルトは模試の結果表を見て、深く頷いた。
「本当に俺の娘なのか不安になってくるな……これは……」
結果表をテーブルに丁寧に置くと、再び調理台へ向かった。
「うーん……まあ結果良し、だな。この飯はお祝いとしておくか……キノコのソテー、好物だからな」
そう呟くと、ベルンハルトは再び料理に精を出し始めた。
最終模試の結果での判定は……帝国内の最高学府である「帝国立技術大学・魔学理論学部」の合格確率九九パーセントと書かれていた。
受験当日も家族や村全体の支えもあって、無事に終了。
そして、合格発表当日。
「ほら、お母さん! 早く始まるよ!」
「おーい、母さん、始まるぞ!」
「分かってるわよ。すぐ行くから」
皆の集まる場所はユーリアの私室。目線の先にはパソコンのモニター。そこへ親子三人が集まって、それを凝視している。
村にあるパソコンといえば、ユーリアの自室の一台以外は、公民館に備え付けてある共用のものくらいだ。どちらも数年前に立った携帯電話基地局を使ったモバイルモデムでウェブへ接続されている。
今や、合否発表も簡単になり、ウェブ経由でリアルタイムに見られる時代になっているのだ。
合否発表のページが更新されるのが朝の九時。その時間に合わせてページの更新を行えば、即合否判定を見ることが可能になるわけである。
「サーバーに負荷がかかりすぎて、合否発表が遅れたりして……」
「ちょっ、縁起でもないこと、言わないでよ……」
相変わらず、真面目な顔をして、さらりと笑えないジョークを飛ばす母、ヒルデ。
「……三、二、一……更新!」
ほんのわずかなタイムラグを経て、合格者番号が表示された。
「…………あ、あった! やった……? やったぁー……」
ユーリアは飛び上がるほど喜んだ……のではなく、心底ホッとした。むしろ、両親が飛び上がるほど喜んでいる。何より一人娘の希望した学校へ入学できたということが、一番の喜びだった。
「しかも、首席だぞ! ユーリア、まさかカンニ……」
「してないってば! 私の実力だよ、多分……あと、勘が当たったのもあるかな……」
ユーリアも信じられないような表情を浮かべている。モニターに写っている合格者の最上部に自身の写真が写っているのである。まさか、ここまで健闘できるとは、当人も到底思っていなかった。
「……でもね、ユーリア」
だが、さすが母である。ヒルデは素直に喜ぶだけではなかった。
「学校は帝都、大都会の真ん中にあるのよ? ひとり暮らしにもなるし、環境もかなり変わるわよ?」
そう言われてはっとした。合格だけが頭にあったため、つい忘れてしまっていた。
「う、うん……大丈夫、だと思うけど……」
「そう……? お料理とかって、できる? こことは違って大都会だから、緑の場所も少ないのよ? そう……公園くらいかしら……?」
そう、白エルフの最大の問題は「自然から力を得る」という性質がある。見た目も殆ど人間と変わらないので忘れがちだが、白エルフの性質は「精霊」なのである。その様な精霊がコンクリートジャングルとでも言われている大都会で生きていくには、かなりストレスが溜まるのだ。例えば、食品ひとつとっても、村では新鮮で美味しいものが手に入るが、都会ではなかなか難しい。
だからこそ、白エルフは自然の森の中に自然を大切に、小さなコミュニティを作って暮らしているのだ。
「ま、まあ……なんとかなる……というか、なんとかしなきゃ……」
こんな時こそ、ポジティブシンキング! ユーリアは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
そして、瞬く間に時が過ぎて、帝国立技術大学――通称「帝技大」の入学式一月前。前々日と前日にリハーサルがあって、それまでに住むところを決めようとすると、そろそろこの村とはお別れをしなくてはならない。
珍しく、父であるベルンハルトが、真剣な面持ちで、ユーリアに言った。
「ユーリア、いくつか気にとめておく必要がある。ここ、ヴィルドゥンゲン村では五十霊程度の小さな村だから、どこの誰が何をしているかすぐに分かるし、だからこそ様々なもめ事も滅多におきない。だけど、帝都は一千万人以上のヒトが暮らしている。だから、法律があってそれを守る警察という組織がある。その辺は本やウェブで事前に勉強したとは思うけど、本当に誰が何をするか分からない。よくよく注意しなさい」
次に母であるヒルデが続く。
「お母さんは、今この辺の郵便物の集配の仕事をしているから、少しだけ帝都についての噂は聞いているの。どうも焦臭い噂ばかりよ。くれぐれも新聞やウェブとかで情報収集は怠らないようになさい」
あまりの父母の豹変ぶりに驚きはしたが、確かにテレビのニュースでは、政治の話題が増えた気がする。皇帝が代替わりしてからというもの、随分と政策が変わったという話もよく聞く。二十年前の戦争に負けてエルフの領地は帝国領になったため、白エルフも皇帝の意志には従わなければならない。
つまり、一言で言うと「何があっても驚くな」ということだ。
「……分かった……それじゃ、行ってきます」
ユーリアも真剣な面持ちで深く頷くと、一張羅の本皮のコートを深く被った。乾いた寒い木枯らしが吹き付ける。
両親の複雑な表情を見ないように顔を背けると、肩まである大きなケースを全身で持ち上げ、一週間に一本しかないバスに乗り込んだ。
「まあ、暇なときは、木質化の原因でも調べていなさい」
ベルンハルトは、最後の最後、気を抜くような口調で言葉をかけてきた。
そして、バスが出発した。ユーリアは車窓から何度か後ろを振り返ったが、最後まで両親の振る手がはっきりと見えた。
ユーリアは背中まで伸びたはちみつ色の金髪をなびかせながら、ブレザーの上着を脱いで投げやりに、そう言った。
あれから十年間の歳月が経った。
八年ほど前に完全に木質化したエアハルトは木質化用墓地へと植樹され、今年も大きく伸びた枝葉からは、ほんのりとピンク色をした美しい花を咲き誇らせていた。祖母達は井戸端会議に余念が無く、時には近くの白エルフ用の貸し会議室を借りてテーブルゲームに興じていると耳にしている。
そして、ユーリアの両親は共働きで、ユーリア自身は高校三年生で受験のため、隣村にひとつだけある塾へ遅くまで通い詰めていた。
「おぉ、おかえりー。どうだった? 最終模試の結果は?」
家では、今日はたまたまベルンハルトが調理台の前に立っていた。ユーリアへの勉学のため、共働きして費用を稼ぎ、暇ができた方が食事を作るという形が成り立っている。
「んー、まあ、こんな感じかな?」
ポイっと模試の成績表を食卓のテーブルに投げると、ユーリアはベルンハルトがその中身を見る光景を見るまでもなく、さっさと二階にある自室へ行ってしまった。
「ほぅ……これはこれは……」
ベルンハルトは模試の結果表を見て、深く頷いた。
「本当に俺の娘なのか不安になってくるな……これは……」
結果表をテーブルに丁寧に置くと、再び調理台へ向かった。
「うーん……まあ結果良し、だな。この飯はお祝いとしておくか……キノコのソテー、好物だからな」
そう呟くと、ベルンハルトは再び料理に精を出し始めた。
最終模試の結果での判定は……帝国内の最高学府である「帝国立技術大学・魔学理論学部」の合格確率九九パーセントと書かれていた。
受験当日も家族や村全体の支えもあって、無事に終了。
そして、合格発表当日。
「ほら、お母さん! 早く始まるよ!」
「おーい、母さん、始まるぞ!」
「分かってるわよ。すぐ行くから」
皆の集まる場所はユーリアの私室。目線の先にはパソコンのモニター。そこへ親子三人が集まって、それを凝視している。
村にあるパソコンといえば、ユーリアの自室の一台以外は、公民館に備え付けてある共用のものくらいだ。どちらも数年前に立った携帯電話基地局を使ったモバイルモデムでウェブへ接続されている。
今や、合否発表も簡単になり、ウェブ経由でリアルタイムに見られる時代になっているのだ。
合否発表のページが更新されるのが朝の九時。その時間に合わせてページの更新を行えば、即合否判定を見ることが可能になるわけである。
「サーバーに負荷がかかりすぎて、合否発表が遅れたりして……」
「ちょっ、縁起でもないこと、言わないでよ……」
相変わらず、真面目な顔をして、さらりと笑えないジョークを飛ばす母、ヒルデ。
「……三、二、一……更新!」
ほんのわずかなタイムラグを経て、合格者番号が表示された。
「…………あ、あった! やった……? やったぁー……」
ユーリアは飛び上がるほど喜んだ……のではなく、心底ホッとした。むしろ、両親が飛び上がるほど喜んでいる。何より一人娘の希望した学校へ入学できたということが、一番の喜びだった。
「しかも、首席だぞ! ユーリア、まさかカンニ……」
「してないってば! 私の実力だよ、多分……あと、勘が当たったのもあるかな……」
ユーリアも信じられないような表情を浮かべている。モニターに写っている合格者の最上部に自身の写真が写っているのである。まさか、ここまで健闘できるとは、当人も到底思っていなかった。
「……でもね、ユーリア」
だが、さすが母である。ヒルデは素直に喜ぶだけではなかった。
「学校は帝都、大都会の真ん中にあるのよ? ひとり暮らしにもなるし、環境もかなり変わるわよ?」
そう言われてはっとした。合格だけが頭にあったため、つい忘れてしまっていた。
「う、うん……大丈夫、だと思うけど……」
「そう……? お料理とかって、できる? こことは違って大都会だから、緑の場所も少ないのよ? そう……公園くらいかしら……?」
そう、白エルフの最大の問題は「自然から力を得る」という性質がある。見た目も殆ど人間と変わらないので忘れがちだが、白エルフの性質は「精霊」なのである。その様な精霊がコンクリートジャングルとでも言われている大都会で生きていくには、かなりストレスが溜まるのだ。例えば、食品ひとつとっても、村では新鮮で美味しいものが手に入るが、都会ではなかなか難しい。
だからこそ、白エルフは自然の森の中に自然を大切に、小さなコミュニティを作って暮らしているのだ。
「ま、まあ……なんとかなる……というか、なんとかしなきゃ……」
こんな時こそ、ポジティブシンキング! ユーリアは自分に言い聞かせるように、そう呟いた。
そして、瞬く間に時が過ぎて、帝国立技術大学――通称「帝技大」の入学式一月前。前々日と前日にリハーサルがあって、それまでに住むところを決めようとすると、そろそろこの村とはお別れをしなくてはならない。
珍しく、父であるベルンハルトが、真剣な面持ちで、ユーリアに言った。
「ユーリア、いくつか気にとめておく必要がある。ここ、ヴィルドゥンゲン村では五十霊程度の小さな村だから、どこの誰が何をしているかすぐに分かるし、だからこそ様々なもめ事も滅多におきない。だけど、帝都は一千万人以上のヒトが暮らしている。だから、法律があってそれを守る警察という組織がある。その辺は本やウェブで事前に勉強したとは思うけど、本当に誰が何をするか分からない。よくよく注意しなさい」
次に母であるヒルデが続く。
「お母さんは、今この辺の郵便物の集配の仕事をしているから、少しだけ帝都についての噂は聞いているの。どうも焦臭い噂ばかりよ。くれぐれも新聞やウェブとかで情報収集は怠らないようになさい」
あまりの父母の豹変ぶりに驚きはしたが、確かにテレビのニュースでは、政治の話題が増えた気がする。皇帝が代替わりしてからというもの、随分と政策が変わったという話もよく聞く。二十年前の戦争に負けてエルフの領地は帝国領になったため、白エルフも皇帝の意志には従わなければならない。
つまり、一言で言うと「何があっても驚くな」ということだ。
「……分かった……それじゃ、行ってきます」
ユーリアも真剣な面持ちで深く頷くと、一張羅の本皮のコートを深く被った。乾いた寒い木枯らしが吹き付ける。
両親の複雑な表情を見ないように顔を背けると、肩まである大きなケースを全身で持ち上げ、一週間に一本しかないバスに乗り込んだ。
「まあ、暇なときは、木質化の原因でも調べていなさい」
ベルンハルトは、最後の最後、気を抜くような口調で言葉をかけてきた。
そして、バスが出発した。ユーリアは車窓から何度か後ろを振り返ったが、最後まで両親の振る手がはっきりと見えた。
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