失敗作は蜜の味

橙乃紅瑚

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こんなの絶対に治療じゃない - 1

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 それから三日後のこと。
 ルクレーシャは机の上のパペットを見つめ、幸せそうに微笑んだ。

「うん、上手くいった! 時間をかけて魔力を注ぎ込んだ甲斐があったわね。これだけの魔力があれば数年は動いてくれるはず!」

 丁寧にちくちくと縫い上げて作った布人形。ルクレーシャの両手に収まるくらいの人形は、潤沢な魔力を得て活き活きと動いている。
 
 ルクレーシャが挨拶すると、パペットは優雅にお辞儀をした。

「ふふっ、可愛い。あなたって、まるでお貴族様みたいに上品なのね! ね、あなたは今日から『ダリルくん』よ。本物のダリルはダリルって呼び捨てにするけど、あなたは可愛いからダリルくんって呼ぶわ。いいでしょ?」

 ルクレーシャがパペットの頬を指でつつくと、彼は丸っこい手でルクレーシャの指を撫でた。

 ダリルを想いながら作ったパペット。無意識の内に彼に似せてしまったパペットは、机の上で静かにルクレーシャを見守っている。大好きなライバルが近くにいるような気がして、ルクレーシャは胸が温かくなるのを感じた。

 パペットと一緒に試験勉強を進める。黙々と羽ペンを動かしていたルクレーシャだったが、ふと机の前に貼った七曜表を見てはっと息を呑んだ。

「えっ……。きょ、今日ってもうこんな日なの? やだ、思ったより試験まで余裕がない! もう、ダリルのことで頭がいっぱいだったからすっかり油断してたわ。急いで仲良しの薬を作らなきゃ……!」

 一ヶ月に一度の定期試験。それは実技と座学に分かれて行われる。実技試験ではあらかじめ調合しておいた薬を持ち込み、座学試験は当日机上で問題を解く。

 座学はこのまま試験対策を進めるとして、問題は実技の方だ。試験の掲示内容を見て真っ先に調合した仲良しの薬は、失敗作でとても提出できるようなものではない。

 ――君が作った仲良しの薬は成功作なんかじゃない。超失敗作だ! そんなものを試験に出したら留年だ留年!!

(ムカつくけど、ダリルの言う通りよ。飲むとおちんちんが生えちゃう薬なんて、怖ろしくてとても先生に見せられないわ)

 薬品棚に仕舞われたままの失敗作。
 ルクレーシャは桃色の輝きを放つ薬瓶を見ながら考えを巡らせた。

(そろそろ、実技試験に提出するための完成版を作っておきたいところよね。でも、なんか面白みを感じる材料に出会えないのよ)

 ルクレーシャは授業の合間を縫って温室に行ったり、材料屋を覗いてみたり、王都の外に足を運んだりして色々な材料をかき集めてきた。
 
 だがいずれも、オスの実ほど自分の心を掴む材料ではない。普通の錬金材料では駄目だ、自分が持つ魔力という武器を、最大限に活かせるような材料でなくては……。

(オスの実に触った時、なんだかすごくしっくりきたのよね。今までに触れたことのない異質な魔力を感じたのもそうだけど、オスの実の魔力と私の魔力が反応して、波紋みたいにどこまでも広がっていくような感覚がしたの)

 あの魔力反応は素晴らしかった。
 できれば、もう一度オスの実を使って仲良しの薬を作りたい。

(ダリルは完璧な薬を作ってくる。それにあいつは、ずば抜けて頭がいいわ。私がどんなに努力したところで、座学は絶対に勝ち目がない。それならやっぱり実技で勝負をかけるしかないのよ)

 自分が唯一誇れるものは、物品に込められる魔力の量だ。
 
 オスの実は非常に強力な魔力増幅剤だ。あれと自分の魔力を反応させれば、ダリルに対抗できる薬を作れるはず。彼に勝つためには、やはりオスの実が必要だろう。

 ダリルには負けたくない。恋する相手以前に、彼は六年間争ってきた因縁のライバルなのだ。負けるのは癪に障る。

(それにしても、私も変わったわ。癪に障るくらいで済むんだから)

 ダリルへの恋心に気がつく前は、彼の専属錬金術士になることが嫌で仕方なかった。だが、今はそれほど嫌ではない。大好きなダリルの傍にいられるのなら、彼に仕えるのも良い選択ではないかと思ってしまう。

(でも、負けるって選択肢はないわ。だって私には夢があるんだから。いつか村に帰る私と、貴族の看板を背負っていくダリル。私たちの道は交わらないのよ)

 だから、ダリルには負けない。
 自分は最後まで、彼の良きライバルとして君臨してみせるのだ。

「ね、ダリルくん。あなたもそう思うでしょ」

 柔らかなパペットの頭を撫でる。
 オスの実をどう調達しようか考えながら、ルクレーシャは微笑んだ。


 *


 ダリルとはここ三日、顔を合わせていない。
 
 彼は学者や貴族たちから引っ張りだこだ。どうやらこの間の研究発表について話を聞きたいと、色々なパーティーに呼ばれているらしい。

 様子がおかしいダリルのことは気になるが、久しぶりの静かな時間だ。ルクレーシャは寮に籠もって、試験勉強や薬の調合を進めていた。

「はあ、王家主催のパーティーにまで呼ばれるなんて。こういう時にあいつとの差を実感するわよね」

 天秤に材料を乗せながらぽつりと呟く。分銅代わりに秤に乗っているパペットが、可愛らしく首を傾げた。

「ん? ああ、ダリルのことを考えてたの。あいつってば顔も良くて、家柄も良くて、実力もあって、すごい錬金術士よね。なんだか劣等感が刺激されちゃうわ。ダリルに比べて私は……」

 ルクレーシャが溜息を吐くと、パペットはぶんぶんと首を横に振った。

「なあに? 私にも良いところがあるって言いたいの? ふふっ、あなたって優しいパペットね。ありがとダリルくん、私も頑張らなくちゃね」

 部屋の真ん中に置かれた大きな錬金釜が、こぽこぽと音を立てている。パペットが乳鉢で粉砕してくれた材料を放り入れ、ルクレーシャはぐるぐると中身をかき混ぜた。

「ぐーるぐる。……よし、仕込みは終わったわ。火属性のトカゲの尾を一つ、水属性のスライムの核を三つ。これを混ぜ合わせたものを数日寝かせておけば、良質な基材になるはずよ。ここにオスの実を少し加えたら、仲良しの薬の完成ね!」

 ひとつひとつの材料を丁寧に量り、レシピに記された手順を守って調合する。魔力量は最初に調合したものよりも遥かに劣るが、品質はこちらの方がずっと上だ。

「時間をかけて調合するとやっぱり違うわね。ダリルの言うこと、もっと早く聞いておけばよかったなあ」

 透き通った液体を見つめながら、ルクレーシャは感心の息を吐いた。

 立ちっぱなしで調合していたせいで、足に疲れを感じる。そろそろ休憩しようかと思った時、パペットが紅茶の入ったカップを差し出してきた。小さな体で、一生懸命トレーを持ち上げている。

「わっ、ダリルくんってばすてき。ありがとう!」

 ルクレーシャがカップを受け取ると、パペットは彼女の手の甲に恭しく口付けを落とした。可愛らしい布人形は理想のダリルを投影したかのように、甘く優しく振る舞ってくれる。本物もこうだったらいいのにと考えながら、ルクレーシャは椅子の背にだらりともたれかかった。

 ぼんやりと自室の光景を見渡す。
 薬品棚の中の香水瓶や、鏡の隣に掛けられたネックレスが目に入る。精巧で美しい造りのそれらは、ダリルに手渡されたものだ。

 香水やネックレスだけではない。枯れない花束も、宝石の実をならす魔法のプランターも、可愛いイヤリングも……。ダリルは試験に勝つ度「試作品だ」と言って、それらを受け取るよう命令してきた。

(試作品、ねえ。錬金術をちょっとかじった人間ならすぐ分かるわよ、あなたの作品にどれだけの手間がかかっているか)

 どうしてダリルは自分にプレゼントをくれるのだろう? 丁寧に作られた品々からは、なんだか好意のようなものを感じる。 

 ルクレーシャは桜の花の形をしたイヤリングを見つめ、ほんのりと顔を赤らめた。

「せ、せっかく受け取ったのに着けないのも悪いし。たまには使ってみようかな?」

 イヤリングを着ける。淡く色づいた桜がルクレーシャの耳に咲いて、彼女はその美しさに顔を綻ばせた。

 なんだかいい気分だ。お洒落をすると外に出たくなってくる。部屋に籠もるのも飽きたし、図書館でオスの実が採取できる場所について調べてみよう。
 
 ルクレーシャは胸にパペットを忍ばせ、よく晴れた外へと踏み出した。


 *


(オスの実、オスの実……。あ、あった。これね)

 普段手に取ることのない、分厚い材料図鑑を開く。ページをぱらぱらと捲った末、ルクレーシャはやっとお目当てのものを探し出した。
 
 全体的に豊満な尻を思わせる形、いくつもの繊維が浮き出た出っ張りを持つ桃のような果物。図鑑に描かれたオスの実は、ひどく淫猥な雰囲気を放っている。
 
 周囲の目に触れないようこそこそと隠しつつ、ルクレーシャはオスの実についての説明を確認した。

(オスの実。元素属性は土、性質は湿潤。樹齢百年以上のオスの樹に生る果実。主に、禁薬である惚れ薬や媚薬の主材料となる)

(非常に強力な魔力増幅剤であり、与えられた魔力によって効力が指数関数的に増大するため、調合の際は適切な分量を厳守すること。……うっ、急に罪悪感が込み上げてきた)

 オスの実を丸ごと使ったらどうなるか、自分は身を以て知っている。
 ルクレーシャは渋い顔でページを捲り、その先を読んだ。

(オスの実の特異な性質は、服用した者の感情によって作用に差が出ることだ。オスの実は服用者が抱いている愛情や恋情に反応を示し、その効力を高め続ける)

(えっ、つまり私がムラムラするのは、オスの実がダリルへの気持ちに反応してるってこと!?)

 ルクレーシャは天を仰いだ。
 これでは、自分がダリルを好きだと物語っているみたいじゃないか。

(ああだめだめ、せっかく図書館に来たんだから集中しなきゃ! ……オスの樹は魔素が濃い場所にしか自生しない。一般的にそのような場は大量の魔獣を引き寄せるため、採取の際は充分に注意すること)

(……ふぅん、魔素が濃い場所かぁ。近場じゃ採れないわね。面倒だけど、遠出しないと駄目かなあ)

 オスの実を手に入れたいが、もう一度材料屋に行く選択肢はない。
 
 店主にオスの実を丸ごと使ってしまったと伝えたら、あれだけ注意したのに何をやっているんだ、そんな責任感のない奴にはもう売らんと怒られてしまう。あの材料屋は行きつけなのだ、出禁になるのは避けたい。

(となれば。やっぱり私が採りに行くしかないわよね。次の休日にオスの実を探しに行くわよ)

 手帳に印を付けたルクレーシャは、また図鑑に目を戻した。

(さて、続き。……オスの実は強烈な催淫作用を持つ。その効果は根本治療を行わない限り半永久的に持続し――)

「えっ?」

 ルクレーシャは呆然とした。
 輪が取り付けられた肉棒が、ぞわりと疼く。

(は、半永久的!? それじゃ私、一生おちんちんが生えたままなの!?)

 ダリルのことを想像すると、すぐに勃起してしまう男根もどき。そんなものが死ぬまで自分の股にぶら下がったままだと思うと泣きたくなる。

(だめ。そんなのだめだよ! おちんちんが生えててっ、定期的に扱かなきゃすぐ発情しちゃう女なんて。こんな体じゃ誰とも結婚できない!)

「うぅっ」

 呻き声を上げて顔を覆う。妙な行動をするルクレーシャを、周囲の人間がちらちらと見た。

(毎日朝・昼・晩、欠かさずおちんちんをしこしこしたり、逆にしこしこされたりする生活なんて嫌よ! そんなの絶対におかしくなっちゃうわ!)

(それに、私のおちんちんが戻らないってことはダリルの輪っかもそのままってことでしょ? うぅ、あの輪っか嫌いよ。ダリルにぶるぶるされると気持ち良すぎて潮吹いちゃうからいや!)

(ダリルの輪っか、何とかして取り外せないかな? ……ううん、いくら試したって無理よ。今まで何度も取り外そうとしたけど、あの輪っかはダリルの魔力にしか反応しないみたいだった! あいつにしか制御できないんだわ)

 ……もしかして、ダリルが自分を抱いてくれないのは、股に男のものが生えているせいだろうか。

 悲観的な想像を深めたルクレーシャは、鼻を啜りながら顔を上げた。

(おちんちんが生えたままなんてやだ!! どうしよう。何か解決する方法はないの!?)

 ぱらぱらとページを捲る。ルクレーシャは涙目になりながら、一生懸命文字の羅列を追った。

(本研究により、オスの実摂取に伴う催淫作用の強度は、服用者の魔力保持量と正の相関関係にあることが明らかとなった。加えて、オスの実の代謝過程において、体内に高密度の魔力結晶体――以下、魔力塊が形成されることが確認された。これがオスの実の持続効果を保持しているものと思われる)

(当該魔力塊は、服用者の中枢神経系に作用し、周期的かつ急性の性的興奮を惹起する。また血中魔力濃度を上昇させ、その作用として服用者の体液を「甘く」させる。以下、オスの実の摂取量と、観察された生理学的反応の相関関係を表すモデルを提示する……)

 よく分からないグラフと難解な魔法式がページを埋め尽くす。ルクレーシャは頭を抱え、小声で悪態をついた。

「ああもう、こんな難しいもの分かるわけないでしょうが! さっさと結論を教えなさいよ!」

 式が見えなくなるまで豪快にページを捲る。すると解説の最後に、何やら気になる文章を見つけた。

(あっ、これかな? なになに……?)




 文章を読み進めようとしたその時、図鑑に陰が落ちた。
 
「ねえ、ルクレーシャさんだよね?」

「えっ?」

 顔を上げたルクレーシャは、困惑に首を傾げた。黒い髪の男性が、にこにこと笑いながら自分を見下ろしている。
 
「そんなに呻いてどうしたんだい。何か分からないことがあるのなら、僕が教えてあげようか」

「うえっ? だ、大丈夫です。うるさくしてすみません」

 ルクレーシャは苦笑いしながら男の襟元に目を遣った。

 ぴんと立った襟に、王立錬金術学校の生徒であることを示すメダルが付けられている。メダルに刻まれた星の数から、ルクレーシャは彼が一学年上の生徒である事を知った。

 上級生の男はルクレーシャの隣に座り込み、整った顔をずいっと近づけてきた。

「まあまあ、遠慮しないでよ。優しく教えてあげるよ? 特に、君のような可愛い女の子にはね」

 いきなり手を撫でられる。彼のねっとりとした話し方にルクレーシャは嫌悪を感じた。

 黒い髪、黒い目、黒い服。整った顔立ちに、すらりとした体型。よく見れば、女性から人気がありそうな外見をしている。全体の雰囲気はダリルに似ているが、ライバル以外の男に手を撫でられたところでちっとも嬉しくない。
 
 ルクレーシャは手を引っ込め、はっきりとした声で断った。

「あの、本当に結構ですから。失礼します」

 席を変えようと立ち上がる。するとルクレーシャの手首が、男の手にがっしりと掴まれてしまった。

「まあまあ、そんなそっけない態度しないでよ。僕はね、ずっと君とお話してみたいと思ってたんだ」

「私と?」

「そ、ルクレーシャさんと。知ってる? 僕も君のファンなんだよ。ね、僕とお茶しない? ステキなところに連れて行ってあげるよ」

「嫌です」

「ええー? そんなこと言わずにさぁ。この前、君が後輩と楽しそうにお話してるところを見たよ。それならさ、先輩の相手をしてくれたっていいでしょ。アイドルならファンに優しくしなくちゃ」

 ルクレーシャは心の中で舌打ちをした。
 
 こうして話しかけられるのは初めてではない。ここ三日、隙あらば声をかけてくる男性たちに悩まされている。

 元気で優しい後輩、フローリアンと顔を合わせるたびに話すところを見られたせいか、彼らはこうやってしつこく誘いをかけてくるのだ。

 フローリアンの話では「いずれのファンクラブでも偶像崇拝のみを許し、直接接触は禁じている」という掟があったはずだが、それは破られてしまったのだろうか。

 ……それとも、今までダリルが守ってくれたから気が付かなかっただけだろうか。

「いつも一緒にいる彼はどうしたの? 彼がいないってことは、今日はひとりなんでしょ。なら僕と遊ぼうよ。僕も貴族だし、ルクレーシャさんにいい思いをさせてあげられるよ?」

 しつこい男に、ルクレーシャは苛立ちを覚えた。
 
 はっきり断っているのに食い下がるだなんて、この男には全く好感が持てない……。無視して立ち去ろうとするが、手首をぐいぐいと引っ張られてしまう。
 
 強引な男の行為に声を上げた時、ルクレーシャの胸元からパペットが飛び出してきた。

「うわっ! 何だ!?」

 パペットは驚く男の腕によじ登り、柔らかい手でぽかぽかと彼を殴った。小さな体で、一生懸命ルクレーシャを放せと訴えている。

「ああ、何だ。ただのパペットか」
 
 男はパペットを見下ろし、面白そうに唇を歪めた。

 小さな布人形がひょいと持ち上げられる。男はつまみ上げたパペットをわざと高いところに持ち上げ、ルクレーシャの頭の上でぶらぶらと揺らした。

「ふふっ、これって随分と誰かに似てるね」
 
 暴れるパペットの腹に男の指がぎゅうと食い込む。苦しそうに手足をばたつかせるパペットを見て、ルクレーシャは必死に手を伸ばした。

「ちょっ、ちょっと! 私のパペットくんを返してください!」
 
 いくら手を伸ばそうが、高いところに持ち上げられてはパペットを取り返すことができない。小さく跳ねるルクレーシャを見下ろし、男はにこにこと笑った。

「へえ、一生懸命だ。君はこの『もどきくん』が大切なんだね。それならさ、僕と一緒にデートするって言って。返してほしいなら僕の言うこと聞いてよ」

「こ、んのぉ……!」

 ムカつく男だ。腹に一発入れてやろうか。
 ルクレーシャがぎゅっと拳を握り締めた時、目の前の男が急にくずおれた。
 
「うぐっ!?」

 膝裏に強烈な一撃を叩き込まれ、上級生の男は床に這いつくばった。彼の背後から、ルクレーシャがよく見知った人物が現れる。

「ここは図書館だ。みっともなく騒ぐのはやめていただきたい」

「だ、ダリル!」

 宙に放り投げられたパペットをしっかりと受け止める。大好きなライバルの登場に、ルクレーシャはぱっと顔を輝かせた。

 黒い目、黒い髪、黒い服。しつこい上級生の男と同じ色を纏っているのに、やっぱりダリルの方がずっと格好いい。

 三日ぶりに会えて嬉しい。とくとくと胸が跳ねるのを感じながら、ルクレーシャはうっとりとダリルを見つめた。

 喜びを表す彼女とは反対に、ダリルは強張った顔をしている。
 
 ダリルは頬を染めたルクレーシャを暗い目で見据えた。彼女が握るパペットと、床に転がる男を見比べ大きな舌打ちをする。

 彼はルクレーシャに近づき、華奢な腰に手を遣った。

「なぜ顔を赤くしている」

「へっ? わっ、私の顔、赤い?」

「ああ、頭に来るほどな」

 仄暗く光る黒曜石の瞳が、桃色の目を力強く射抜く。
 女が抱く強い恋情が、誰に向けられているのか見極めるように。

「やはり安心できない。君を俺に縛り付けておかなければ。君に、俺の存在を刻みつけなければ」

 ダリルが小さく指を鳴らす。
 すると肉棒に取り付けられた輪が、ぶるりと大きく振動した。

「っ――!?」

 ルクレーシャは慌てて口を押さえた。公の場でいきなり輪を震わせたダリルが信じられず、なぜこんなことをするんだと抗議の視線を向ける。
 
 彼は快楽に歪んだルクレーシャの顔を見せないようにしながら、床に転がる上級生を嘲りの目で見下ろした。

「失礼。ルクスは体調が悪そうだ」

「あっ……だ、ダリル……?」

 有無を言わさずといった様子で引き摺られる。暗い怒気を発するライバルの横顔を、ルクレーシャは何も言えないまま見つめた。







 


 机の上に、開かれたままの材料図鑑。
 そこには、ルクレーシャが知ることのない文章が静かに佇んでいた。

 ――オスの実によって異変が生じた際は、身体刺激による性欲発散を推奨。しかしそれは対症療法に過ぎないため、いずれは根本的治療を行う必要がある。
 
 根本治療はごく易しい方法で達成可能である。
 魔力消し草を一束煎じたものを経口投与すれば、服用者に生じた身体変化は全て解消される――

 ダリルが発した「魔力消し草は効果がない」という言葉と矛盾する内容。それはルクレーシャの目に触れぬまま、司書によって片付けられてしまった。



 桃色の髪、白いシャツに赤いスカート。ルクレーシャを模したパペットが、窓の向こうから中の様子を覗き込む。
 
 ダリルによって操られた幾つものパペットが、ルクレーシャの後ろ姿を絶えず監視していた。
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