月薊の魔物

八朔梅子

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「──で、急遽、浅見さんが代わりに来たってことですか」
 リビングに案内してもらった俺は、差し出されたコーヒーを一口飲んでから、「そう」と頷いた。
玄関で話すよりかはと通された室内に目を向ければ、すっきりとしたシンプルな空間に「イメージとぴったりだな」なんてぼんやりと思う。
「営業マンとは聞いてましたけど、まさかこんな身近に居るとは思ってませんよ……」
「ねー、世間って案外狭いもんなのよ」
「少し動揺してるのは俺だけですか」
「俺は要に会えて嬉しいから、むしろテンション上がったね」
 にこにこと人好きのするような笑顔を浮かべて、要を見る。
勿論、俺の言葉に嘘は一つも含まれていない。とはいえ、真面目に仕事はしないといけないので鞄から数枚の紙を取り出して商談を始めた。

:
:

「じゃ、また資料持ってくるように伝えとくから。良い返事を期待してるよ」
「俺には必要ないと思いますけど」
「何言ってんだか。むしろ若いうちにちゃんとしといた方がいいんだよ、こういうのは」
 そう言いながら俺は机の上に広げていた保険の資料を鞄に仕舞っていく。
いまいち納得していないような要は、自分のコーヒーに口を付けて「はぁ」と生返事をした。
「てなわけで、俺はもう帰るけど。さっきの話について、何かほかに質問とかある?」
「いや……特には」
「あ、そう? じゃ、いいか」
 椅子から立ち上がって、玄関の方へ足を向ける。その時ふと目に入った壁掛け時計の針に、「あ」と声が出た。
時刻はちょうど正午を指している。
「要さ、この後時間ある?」
「ありますけど」
「なら一緒に昼飯食べに行かない?」
 時計に視線を向けながら、そう言った。気のせいか、要の方から少し笑ったような気配を感じる。
「仕方ないですね、いいですよ」
「嫌いなもんとかある?」
「魚は苦手なんで……それ以外なら」
「んじゃ、肉行くか! 肉!」
 声高らかに、意気揚々と歩き出す。
どうせ今日は他にアポも入ってないんだし、いつもより少しゆっくりと帰社してもいいだろう。
 外に出れば、爽やかな秋晴れが広がっていた。


 ◇


 確かに、肉とは言った。けれど、誰も焼肉とは言っていない。
「だからそんな顔すんなよ!?」
 カウンター席の左隣であからさまにがっかりとした表情を浮かべている要に向けて、俺はそう突っ込んだ。
 仕方ないだろ、昼食にポーンと気前良く金を出せるほど稼いではいないんだから!
「営業マンの強ーい味方、チェーン店の牛丼様だぞ……!」
「あっ、はい」
「ノリ悪いし!」
 割と最初の頃から思ってたけど、やっぱりこいつ、どことなく冷めてるところがある。淡々と食券を渡している要の横顔を見ながら、そう確信した。
「……なんか失礼なこと考えてません?」
「……いや、別に? そんなことよりさ、せっかくこうして会えたんだし。今度もまたどっか行こうよ」
「また牛丼屋ですか?」
「違うわっ! 休みの日にデートしようって言ってんの。俺この間はベロベロでほとんど記憶残ってないし」
 俺がそう言うと、要は驚いたように目を見開いた。──前言撤回。こいつ、冷めてはいるけど、リアクションは割とあるから面白いわ。
「……浅見さんって誰にでも『そう』なんですか?」
「ははっ、なわけないじゃん。言ったろ、俺は要のことが気になってるって。もっとお前と仲良くなりたいの」
「…………」
 いくらセフレとはいえ、俺だって誰に対しても関係を迫るような人間じゃない。単純に要のことは気に入ってるし、好みのタイプだ。一部には人気があるとはいえ、あんなマイナーなホラー映画を知っていたってのも、話が合いそうで評価が高い。
「俺、お前のこと割と好きだよ」
 要の目を見てそう言った。
そしたらすぐに逸らされた。……はっはーん、さては照れてるな?
「そう照れんなってー」
「照れてないですけど。……今週の日曜日なら、空いてます」
「マジ? ならその日にするかぁ、俺も空いてるし」
 少しだけ赤い、要の耳には気付かないフリをして、スケジュール帳に予定を書き込む。『デート』と大袈裟なくらいのハートマーク付きでそう記してから、要に見せた。
「約束だからな」
 こくりと頷いたのを確認してから、ようやく俺は正面に向き直る。少しだけ冷めてしまった牛丼に手を合わせてから、箸を持つ。
「いただきます!」
「いただきます」
 そういえば、この状況もある意味デートみたいなもんだな──口からぽろりと転がった俺のその言葉に、隣で牛丼を詰まらせた要が、恨めしげな表情を浮かべて水を飲んでいた。
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