食欲と快楽に流される僕が毎夜幼馴染くんによしよし甘やかされる

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反生徒会との出会い

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 今日のAランチは水トカゲの尻尾定食、Bランチは草トカゲのバラ角煮、Cランチは炎トカゲの丸焼き丼。スペシャルランチは魔ドラゴンのステーキ~北欧の風のソース仕立て~だが、僕の所持金をはたいても到底足りない上、そもそもハイランク魔族しか購入できない仕様だ。卒業するまでに一度は食べてみたいものだ。

 僕は食券機の前、食堂全体に神経を行き渡らせ『聞き耳』を立てていた。

 最も美味しいランチはどれか。僕の学園生活はほとんどこの一点に比重を置いている。
 昼休憩は、荒くれ者の多いこの第五高等魔界学園において、唯一平穏のもたらされる時間だ。

 雑音の中、必要な情報……すなわち「美味い」だけを拾い上げる。
 僕はゆっくりと顔を上げ、瞼を開いた。今日のランチで最も「美味い」と言わしめたのは、Cランチ、炎トカゲの丸焼き丼だ!

 僕の人差し指が食券機に触れる直前、右頬に軽くぶたれたくらいの衝撃が届いた。
 ゴリゴリと硬く太い質感。それはぬるりと濡れていて、頬にべとべとと塗りたくられる。ツンとした鉄臭さが鼻腔を突き、思わず顔をしかめた。

 どうやら後ろに並んだ生徒が、恐らくケンカ後の拳を僕の頬で拭いているらしい。
 ハンカチ代わりとなった僕は、大人しくされるがままに頬を差し出した。

 武術系か肉体強化系か、とにかくそういう系統の生徒に敵うはずもない。弱者は大人しくしているのがこの学園で生き延びるための方法なのだ。

 ハンカチとして頬を提供しているうちに、気付けば複数人に取り囲まれていた。
 カツアゲとかかもしれない。
 助けを求めて視線をさまよわせても、ここは強さこそ全ての第五高等魔界学園。低ランク魔族を助ける者なんかいない。

 僕を取り囲んでいるのは五人。
 二人はサキュバスのお姉様。
 男子生徒が多い学園で貴重な女子を拝見してしまった! 
 ラッキーだ。いい匂いする。サキュバス特性の誘惑の香りだろうか。

 次にいかにも不良といった風貌の赤髪の男。
 ガムを噛みながらどこか馬鹿にしたような目つきで僕を見下ろしている。

 そして狼獣人。銀色の毛並みがもふもふだ。伸びた前髪が目元を隠していて表情はうかがえない。

 最後に、ぼくの頬で拳を拭いている大男。首をうんと伸ばして見上げなければならないほど大きい。

「お前、生徒会について何か知っているか」

 大男の拳はいまや開かれ、僕の頬をつまんで伸ばしていた。

「生徒会……? この学園の絶対権力の」

 頬を揉み込まれながら答える。

「ああ。生徒会は権力を持ち過ぎている。不自然なほどに」
「いきなり生徒会に連行されて戻って来なくなったとか聞きますね。クラスにも連れてかれちゃった人いるみたいです」

 もはや口の中に指が入ってきた。
 奥歯をぎゅむと押される。銀歯が気になるのだろうか。
 大男の指からは血の味がする。

 舌で指を押し除けようとするが、太い指はびくともしない。
 宥めるようにゆっくりと撫でられた舌がくすぐったい。
 「んん」と言葉にならない声が鼻から抜けた。

 てのひらで覆われた頬が熱い。
 冷たいてのひらの温度が心地よくて、頬を擦り寄せてしまう。

 気持ちいい。もっと触ってほしい。

 大男が僕を見下ろして、ふっと笑ったのが分かる。

「お前の能力は『聞き耳』だな」
「はい」

 何か変だ。口の中に指を突っ込まれているのに抵抗もできない。どころかぺらぺらと聞かれたことに答えている。
 大男の能力だろうか。

「お前のクラスメイトも助け出そう。協力してくれるか?」

 「はい」と勝手に口が動こうとするのを、強く口を閉ざして耐えた。
 結果、大男の指を強く噛む。
 大男の指は一瞬ぴくりと震えたが、皮が厚いようでダメージにもならなかったみたいだ。

「対価は?」
「……理性が強いな」

 僕は無償で他者との世界を構築なんかしてやらないのだ。

「特別に前払いだ。スペシャルランチを奢ろう」

 僕が頷くと同時に、口腔を支配していた指が抜けた。
 僕の舌がそれを名残り惜しむように追おうとしたので(何で?)舌ごと噛んで口を閉ざした。

 


 

 
 結論から言うと、魔ドラゴンのステーキはむちゃくちゃ美味しかった。

 レアで焼かれた肉はしっとりと柔らかく簡単に歯が通り、噛めば噛むほど肉の旨みが口内で増していく。
 北欧の風のソースは肉の旨みに負けないほど濃厚で、しかし後味には酸味が残りさっぱりとされるのでいくらでも肉が入る。
 肉と一緒に食べる米の甘みも格別だった。

「食べたな?」

 大男が犬歯を覗かせて口角を上げる。
 僕はスペシャルランチをすっかり平らげたあと、後悔を始めていた。

 スペシャルランチ頼んだってことはこの大男ハイランクの金持ちだ……!

 偉そうに「対価は?」とか言っちゃって大丈夫だったのか。
 あの時は意識がもやもやしていたから、気づけば口から出ていたのだ。
 
「あの、協力って、何を……」
「生徒会室の鍵のありかを探せ」

 太々しくのたまったのは不良男だ。
 
「生徒会室では生徒会の仕事をせずに何かが行われているって噂がある。生徒会の弱味を握るんだ」
「鍵は生徒会長本人が持ってるのではないでしょうか……」
「いいや。俺の能力は『スリ』だが、生徒会長は普段鍵を持ち歩いてない」

 盗めたのはこんなものだ、とバラバラ彼のポケットから現れたのは、キャラメルやチョコ、クッキーなどの菓子類だ。
 ラッピングは素人っぽい。生徒会長ってお菓子作りが趣味なのかな。それとも人からもらったのだろうか。

 大男は、卓上に広がった菓子類を一瞥すると、困ったように眉を下げ、しかし困っていなさそうに三日月型に目を細めた。
 唇は笑みの形に歪んでいるようにも見える。

 どんな表情?
 
「お菓子……食べてもいいですか?」
「はあ? 知らねえよ。勝手にしろ」
 
 対価を要求しないで甘味を人に与えるなんて、この不良くん、良い奴。
 なんといっても僕は甘味に目がないのだ。嗜好品は贅沢品。
 今日はツイてる! 美味しい!

「大男さんの能力で生徒会長に直接聞くのはダメなんですか?」
「だれが大男さんだ! 先輩だぞボケ!」

 クッキーをぼりぼり食べる頭をしばかれる。不良くんは上下関係に厳しいらしい。

 クッキー割と固い。甘さもかなり控えめ。というかほぼ小麦粉味。でも美味しい!

「すみません先輩。でも今日僕すごい言うこと聞いちゃったので。あれ先輩の能力ですよね?」
「ああ。俺の能力は『懐柔』だが、何か言わせたいなら舌や唇に、サインでもさせたいなら対象の手に触れる必要がある。ハイランクや警戒心が強い奴には触れるのも難しい」

 チョコは口当たりが悪くぼそぼそしている。
 チョコに何か混ぜたのだろうか。
 味そのものはチョコに変わりない。美味しい!

「サキュバスのお姉様はどうですか? 誘惑でコロッと」

 お姉様方は終始長く尖ったきらびやかな爪を眺めている。
 その目を一度ちらりと僕の方へ向けると、にこりと目を細めた。
 麗しい! 労働など相応しくない!

「獣人さんは……」

 ちらりと見上げたらグルグル唸られた。こわい。「ごめんなさい」と謝って俯く。

 テーブルにはお菓子のゴミが広がっている。
 顎を掬われて、上向かされる。
 先輩の指先が摘む焦げたキャラメルを口内へ押し込まれ、カサついた唇を先輩の指先がなぞる。

「頼んだぞ」
「はい」

 返事をしてしまっていた! 
 
 キャラメルは焦げ味の中にも砂糖を感じる。美味しい!

 離れる先輩の指先を、舌先が追いかける。唇が食む。気付けばちゅう、と吸い上げていた。
 行動に後から理性が追い付いて、目を見開く。

「失礼だろ!」

 不良くんにまた頭をしばかれ、ようやく僕の口と先輩の指先が離れる。
 僕は容赦なく叩かれた頭をおさえながら、困惑していた。

「え、あ? え? ご、ごめんなさ……口が勝手に」
「俺の『懐柔』の効果というか、副作用というか……悪いな。一晩眠れば治る」

 どんな副作用?! でも、先輩の指はなんか……ちょっとしょっぱくて美味しい!

 口に出してはいないのに、もう一度不良くんに頭をはたかれた。






 そして、夜。

「うえ~ん同室の幼馴染くん~~」
「よしよし」

 僕は同室の幼馴染くんに泣きついていた。
 
「不良に何回も頭叩かれたあ」
「可哀想に」

 幼馴染くんはとにかく優しい。いつも僕の話を聞いてくれるし、何でも肯定してくれる。

 村の中でも一番頭が良かったし、この学園だって主席で入学した。
 優秀だから本当は第一高等魔界学園に推薦入学できたのに、僕のことが心配だからって第五高等魔界学園についてきてくれたのだ。
 流石にクラスは幼馴染くんが特Sクラス、僕はDクラスで別だけど。

「じゃあ、『回復』をかけてあげようね」

 煮詰めた蜂蜜みたいに優しい声が耳に染みる。
 能力が『聞き耳』の僕の耳は、音の好みに実はうるさい。

 幼馴染くんの僕よりやや低い声は、花畑を照らす穏やかな光のよう。
 暖かくふわふわと僕の耳に入り込んでいく。

 そして、幼馴染くんの能力『回復』もまた、声と同様にどこまでも優しく染み込む。

 軋むベッドの上、幼馴染くんの胸に抱き込まれ、幼子を慈しむように頭をそうっと撫でられる。
 ぽやぽやと暖かい。
 心地よくって、もっともっとと頭をぐりぐりてのひらに押し付ける。
 長い指は細くしなやかで、白魚のように透明感がある白さで柔らかい。

 特に痛みとかも無かった頭だが、頭の中がスッキリと軽くなり、慢性的な耳精疲労も取り払われていく。
 甘えるように幼馴染くんの胸に頬を押し付ける。お日様の匂いがする。深く息を吸う。猫にでもなった気持ちだ。

「ふふ、気持ち良いね」
「ん」
「他に痛いところは無い?」
「んー、舌、つままれた」

 特に痛くはないけれど、幼馴染くんが心配して甘やかしてくれるのが嬉しくて言う。

「舌を? 可哀想に。ほら、口を開けてごらん」

 「あー」と口を開ける。
 虫歯ができた時とかも、幼馴染くんがいつも治してくれた。

 舌を出して幼馴染くんの指を口腔に迎え入れる。
 柔らかい。甘い。蜂蜜みたい。
 長い指に舌を絡ませる。美味しい!
 甘やかすように舌先をくすぐられる。頬を内側から撫で上げられる。

 幼馴染くんがまだ上手く『回復』が使えなかった頃の銀歯を撫でられる。
 気になるみたいで、何度もそこを押す。

 今なら治してもらえるのだけど、すっかり虫歯のなくなった歯に、銀歯がむしろレアなので残してもらっている。銀色って何だか格好良いし。

 唇で柔く幼馴染くんの指を食む。美味しい。甘い。
 我慢できなくって、軽く歯を立てる。甘味が増す気がする。
 甘味は、贅沢品。指なのに、美味しい。
 
 先輩の指は、しょっぱかったな。

 思考がブレた、瞬間。
 ビリリと舌先に電気のような痺れが走った。
 幼馴染くんに『回復』をかけられている時にこんな風になったことはない。
 驚いて幼馴染くんの手首を掴む。

「んー? 誰かの魔力の跡があるね」
「あ、先輩の、能力……『懐柔』って言ってた」
「ふぅん。これも『回復』でとってあげようね」
「あ、一晩眠ればとれるって」
「一晩? 僕なら今とれるよ」
「何かビリってしたから、やだ、しなくていい」

 「いい」って言った瞬間、舌先にバチっと刺激が走った。

 い、痛い? 幼馴染くんの『回復』なのに?

 今まで幼馴染くんの『回復』で痛かったことなんてない……小さい頃以外無かったのに。
 なのに、痛い!
 涙の膜が張った目で幼馴染くんを見上げる。

「幼馴染くん、僕、痛いのはちょっと……」
「痛いだけじゃないでしょう?」

 全肯定マシーンの幼馴染くんが僕の言うことを聞いてくれない!

 また、舌先にビリリと痺れが走る。ビクリと肩が震える。幼馴染くんの襟を縋るように掴んだ。
 でも確かに、痛いだけじゃなかった。

 痛気持ちいい……かも?

 ビリビリとした余韻が舌全体に広がる。舌全体どころか、体全体に広がる。お腹に熱がこもる。
 困惑しているうちに、またビリビリが来る。

 痛い。気持ちいい? 熱い!

 訳のわからぬまま、僕は半泣きでそれに耐えた。

 「綺麗にとれたよ」と幼馴染くんが言ったのは、それから五分程度経ってからだと思う。
 一晩かかるところをを五分でとれるなんて、幼馴染くんは流石だ。
 へろへろの僕は、くったりと幼馴染くんの胸にしなだれかかっている。

「ごめんね、辛かったね」
「ん……」
「でも魔力が残ったままだったら、無茶な命令されちゃうかもしれないから」

 「心配で」と続ける幼馴染くんの頭を、両手を伸ばして抱え込む。

「幼馴染くん、大丈夫だよ」
「……」
「大丈夫。わかってる。僕はここにいる」
「うん……」

 いつの間にか僕の身長を追い越して、いつも僕を抱きしめて守ってくれる幼馴染くんだけど、時折、小さな子供の頃のように頼りなくなる。
 途方に暮れた子どものような顔を見ると、僕は幼馴染くんを守ってあげなきゃと思うのだ。
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