ヤンデレホイホイ貧乏苦学生物語

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第2章 バッドエンド回避RTA

20 棺桶のパン

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 放課後は一応風紀委員会室に集まることになっている。

 棺桶先輩は僕が膝枕して以来現れなくなったので僕に仕事らしい仕事はなく、この一月は校舎の見回りという名目で庭園をぶらぶらと歩くばかりだった。
 これで破格の危険手当を貰えたのだから簡単な商売である。

 さあ今日も庭園でぼーっとしてお金を稼ぐぞ! なんて意気込んで教室に足を踏み入れた。

「……わあ、棺桶先輩。お久しぶりですね」

 棺桶先輩が、いた。

 黒黒とした棺桶は夕陽を反射しながら教室のフローリングからわずかに浮遊している。

 風紀委員の先輩方は一列に美しく並んでいて、僕と目が合うとそっと視線を逸らした。

 「棺桶は稀に誤飲されます。お気をつけて」と渡されたチープなピンク色に光る女児が好みそうな防犯ブザー。

 これ前回も持たされたけど何の効果もなかったですけど。とは口に出さずに受け取っておく。
 恐らく名目上、学園として安全をはかっていることを示さなければならないのだろう。

 かたりと棺が開いて、底の見えない黒さは夕陽を吸い込んでもどこまでも暗く果てがない。

 「入っていいよ」と穴の底から低く掠れた声がして、「はい」と返事をした瞬間にはすでに呑まれていた。










「棺桶先輩、お久しぶりです……」
「肉の身」

 だから何だよニクノミって!

 棺桶先輩は相変わらずだった。
 腰まで隠した豊かな黒髪と二メートルは悠に越しているだろう巨軀。
 猫背気味の背は僕の顔を覗き込むように更に丸まっている。
 紫がかった黒い瞳はぐるぐると渦巻くようで、見つめていると呑まれそうだ。

「あ、少し隈が薄くなりました?」
「くま? わからない」
「やっぱり寝たのが良かったんですかね」
「私は寝るをしたのか?」
「あー、すっごい寝てましたよ。一ヶ月経ってますもん」
「……私はまた寝るをしたい」
「んは、いいですよ」

 膝枕をせがむ弟たちのことを思い出して頬が緩んだ。

 この真っ黒な宇宙空間見たいな棺桶の中は相変わらず意味がわからないし棺桶先輩とは未だ微妙に意思疎通ができないが、なかなか順応してきているような気がする。

 僕はまた正座をして、棺桶先輩はかたい太ももの上に頭を乗せた。
 猫っ毛のふわふわとした髪を撫でると太ももに頬を擦り寄せられる。
 そうして無言でしばらく頭を撫でてやっていたが、前回のように棺桶先輩の身体が透明に消えていくことはなかった。

「……? 私は寝るをしていない」
「一ヶ月も寝たら、そりゃ眠くならないかもですね」
「私は寝るをしたくないのか?」
「からだは起きたいと言ってるのかもしれませんね」
「私の肉と私は別々なのか?」
「なに? なんですか? 哲学? なぞなぞ?」

 僕が答えかねていると棺桶先輩はのそりと上半身を起こした。

「私の肉は何をしたい?」
「アンタのからだのことはアンタにしかわからないでしょうよ……」
「これは私の肉か?」
「それは棺桶先輩のからだですよ」

 棺桶先輩は自分の左手を眼前に持ち上げるとそれをしげしげと見つめた。まるで初めて自分に腕がついていると気がついたかのように。

 そうして親指の爪を中指の爪でカチカチと叩いた。
 全体的に紫がかって黒い、伸び切った手入れのされていない尖った爪同士が、コツコツと乾いた音を立てる。
 不自然なほどに一定の、規則的な音だった。時計の秒針を思わせるような。

 この魔族、何をしでかすか分からない怖さがあるんだよな……。

 カチ、カチ、カチと爪同士がぶつかる音を聞きながら思案する。
 初手首絞め男だからな。何考えてるか全然分からない。

 音が止み、棺桶先輩は黒い爪の先に向けていた目を今度は僕の顔へやった。

「お前は言葉が私をつくる術式で、細胞だということを理解しているのか?」
「すみません、今なんて言いました? 外国語?
一つも意味がわかりませんでした」

 率直に聞き直すと棺桶先輩はわずかに唇の端を歪ませた。
 どういう感情だそれは。僕が馬鹿で呆れているのか。

 棺桶先輩はゆるく拳を握り、僕の頭をこちこちと軽く叩いた。
 中に入っているものを確認するような、軽く入れ物を揺するような動作。
 
 え? 僕の脳みその大きさはかってないこれ? 死ぬほどバカにされてる?

 棺桶先輩は顔色ひとつ変えずに僕の頭を小突き続けたが、七回叩いてその手を止めた。
 今度は拳をゆるゆると開き、僕の髪の毛を鷲掴んだ。
 力加減を知らないのか、頭皮ごと無理に引っ張り上げられる。多分ちょっと髪が抜けた。禿げる。

 無理やり上向かされ、棺桶先輩の目に見下ろされた。黒黒としたどこまでも昏い目の中だ。感情が読めない。

 棺桶先輩は右手を緩慢にさえ見えるようなのろのろとした動作で顔のそばまであげた。

 今度はぎゅうと強く拳を握る。親指は四指の中に握り込まれている。
 薄く紫のかかった黒いいかにも不健康そうな色艶の乾いた爪が四つ並ぶ。

 今度は強めに叩いて脳みその大きさをはかろうとしていますか?
 人道的にそういうことって許されるんですか?

 一つ受け答え間違えたらこの暴力ルート突入である。どんな世界観なんだここは。棺桶の中だから? これが棺桶の法律? 僕が馬鹿なばかりにこんな目に。

 僕は馬鹿を挽回すべく口を開いた。

「たくさん寝たらたくさん食べる。そうしたら眠くなりますよ。僕たちはその繰り返しです」
「食べるをする。私はそれを知っている」

 棺桶先輩は無表情ながら、ややドヤ顔でそう返答した。どこでドヤってるのこの魔族。

「僕は丸パンが好きです」
「パン。まるい。私はパンを知っている」

 棺桶先輩はパッと僕を引っ掴んでいた左手を離した。爪先立ちになっていたのが地面をちゃんと踏めるようになって細く息を吐く。

 棺桶先輩は振り上げていた拳を僕の目の前まで下ろし、てのひらを開いた。
 よほど強く握り込んでいたのか、てのひらには爪の痕が残って薄く血が滲んでいた。

 この棺桶は本当に力加減を知った方がいい。自分に対しても僕に対しても。主には僕に対して頼む。

 ともかくてのひらを差し出されたのでそれを見つめていると、棺桶先輩のてのひらが揺らめいてぼやけ、瞬きのうちに白く丸いパンが現れた。

「えー!? すごい! 何だこれ! 手品ですか!」
「食べていいよ」

 僕は興奮してそれに手を伸ばした。
 棺桶先輩は無表情だがやはり得意気に見える。

「かった! しかもつめた! 石よりかたい!」

 手に触れたそれのかたさと冷たさに驚いてすぐ離す。
 それは氷のように冷たく、到底歯が立たないほどの硬度だった。

 恐る恐る持ち上げ地面を叩くと、カァン! カァン! とパンからは鳴るはずもないけたたましく甲高い音がした。
 工事道具?

「これはパンではありません」

 言いながら棺桶先輩の手にパン擬きを戻す。

「私はパンを知っている……」
「パンはもっと柔らかくてあたたかいです。小麦のいい香りがして」
「柔らかであたたかいもの。それを私は知っている」

 パンに訂正をかけると、棺桶先輩のてのひらの上でパンに変化が訪れた。

 それはどろりと溶けるように柔らかく形が崩れて、内側から生々しい肉色があらわれた。
 むわりとした湯気とともに鼻についたのは酷い鉄くささだった。
 
 ひっと喉の奥が引き攣れて一歩後ずさる。
 棺桶先輩はそれを埋めるように一歩前へ足を出した。

「食べていいよ」

 食べられるかそんなもん! 
 口にするよりはやく棺桶先輩のてのひらはグロパン擬きを乗せたまま僕の口から顎を押さえつけるように覆った。

 僕は口をぎゅうと強くつぐんでもがく。
 べちゃりと顔から下が粘度のある嫌な柔らかさに包まれて、むわりと鉄の匂いが立ち昇る。

 首を降り抵抗の意思を示し、棺桶先輩の手を剥がすべく手首を掴んでガリガリと爪を立てて引っ張ったが、体格差も力の差も歴然としていた。

 棺桶先輩の大きな骨ばった手はゆうに僕の顔半分を掴んでおり、軋む頬骨はこのまま力を加えられれば簡単に折れてしまいそうだ。

 生々しい鉄くささと嫌悪感に生理的な涙が眼球に膜を張る。
 棺桶先輩の目は物珍しい生き物でも見るかのように、不思議そうに首を傾げて僕の両の目をじいと見つめていた。

 変わらない表情からは、彼が一体何を望んでこのような蛮行に及んでいるのかさっぱり読み取れない。

「んーんー!! ……ん!!」

 言葉にならない悲鳴をあげているうち、思い出した。
 棺桶先輩の手首を掴んでいた手を離し、制服のポケットに手を突っ込む。

 今日は性悪教師に没収されなかったのだ……!

「ん!!! んん、ん!」

 掴んだものを取り出し、棺桶先輩の目の前に突き付ける。
 棺桶先輩の光のない黒い目がかすかに見開かれた。

 僕の口元を押さえ込んでいた手がゆっくりと離れ、棺桶先輩の手と僕の唇の間に挟まれていた赤黒い物体がずるずる、びちゃりと顎を伝って地面へ落ちていった。
 それはもはやパンどころではなく内臓の搾りかすのように見えた。

 僕は空いた手の甲でごしごしと口元を拭う。
 不自然なほど、目に痛い赤が制服の袖を汚した。

 こんな得体の知れない物体、食べずに済んでよかった……!

 自由になった口から息を大きく吸って呼吸を整えていると、棺桶先輩の顔の前に突き出していた手を掴まれた。

「肉の身。私はこれを知っているのか?」
「知らないんでしょうが。これがパンですよ。本物の」
「私はこれを食べるをしていいのか?」
「……いいですよ」

 まず僕に働いた狼藉を謝罪していただきたかったが、僕はすでに疲労困憊だった。

 投げやりに許可すると、棺桶先輩は僕の手に口を寄せて、そのままパンを口腔へ入れた。
 棺桶先輩の唇が僕の指先とてのひらに触れ、かさついた冷たさを残した。

 まあまあの大きさを一口でいき、しかも丸呑みしようとするような仕草だった。

「わっ、棺桶先輩、よく噛んでください! 喉に詰まります」
「むぐ……?」

 棺桶先輩は頬を膨らませて僕を見下ろしてしばし考えたが、僕の助言に従い三回ほど咀嚼すると飲み込んだ。
 三回の咀嚼では足りない大きさだったと思うけど……。

「やわらかい。あたたかい。しろい。小麦のにおい。私は、パンを食べるをした。パンを知った」
「そりゃ、良かったですね……。こういう時はおいしいって言うんですよ」
「おいしい」

 ひどく疲れてしまった。
 棺桶先輩はもう本当に何を考えているのかわからない。
 僕は口元を赤く濡らしたままで、もう一度それを拭った。

 やはりそれはぬるりとして鉄臭い。
 唇に残ったそれを舐めると奇妙に苦酸っぱく、舌がビリビリと痺れた。

「食べたな」
「エッ! な、舐めただけです」
「それは私の痕だ」
「なんて? なに? 常々どういうこと?」
「私にはお前の場所がわかる」
「こわ……ストーカー?」
「すとーか? 私はそれを知らない」













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