ヤンデレホイホイ貧乏苦学生物語

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第1章 ヤンデレホイホイRTA

5 棺桶の膝枕

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「無効化くん! 無事だったのか……!?」

 放課後、風紀室に足を踏み入れると同時に先輩たちに囲まれた。

 まず安否確認から始まる委員会とは一体何なんだ? 
 それに僕はいまだ棺桶先輩のことも危険手当のこともイマイチ理解できていない。僕が馬鹿だからか?

「昨日は棺桶に誤飲されなかったのか!」
「えと、飲み込まれました。誤飲っていうか普通に飲む気満々みたいでしたけど」
「棺桶に誤飲されて正気のまま出てこられる魔族なんて初めてだ……!」

 頑なに「誤飲」を譲らないな。脅されてるの? 「誤飲」じゃないと済まされない立場にある?

 肩を揺さぶる先輩の手首を掴み、一度離れさせる。

「今まで棺桶先輩が誤飲した人は無事じゃなかったってことですか?」
「……五体満足ではあった」
「棺桶先輩の能力が精神攻撃系で、僕には『無効化』でそれが効かなかった?」
「いや、これまでに『無効化』の生徒も誤飲されているが、正気を失っていた。棺桶の中で何があったのか説明できる状態の生徒は今までにいないんだ。君は、初めて正気で棺桶から出て来たことになる」

 おまけに「誤飲から一日で出て来た生徒も初めて」だと言う。
 これは確かに馬鹿高い危険手当も納得の案件だったということかだろうか。

「というか君、棺桶に対して先輩って、まるで僕たちと同じ魔族みたいに呼ぶんだな」
「え? どういう意味ですか?」
「いや……それより棺桶の中で何があったんだ?」
「ええと、棺桶先輩に、ぐっ……」

 言葉に詰まる。ぐうと、首を絞められるような感覚。
 昨日、棺桶先輩にされたようなそのままの感覚が首を絞める。
 棺桶先輩の仕業だとしか思えなかった。きゅうと脅すように一度強く締め上げられる。

「い、言わな、言わないから……っ!」

 ぱっと首が解放された。
 目に見えないが確かに絞められていた。

 能力であれば僕の『無効化』が防げるはずなのに、なぜ。

 膝をつきひとしきり咳き込んだ後顔を上げると、先輩方は緊張に頬を強張らせて立ち尽くしていた。
 瞳には恐怖の色さえ滲んで見える。

 眼球が震えているのか視界がブレる。
 細かに揺れる世界の中かたい首を無理矢理動かして振り返れば、視線の先には棺桶があった。

「入っていいよ」

 ぱかりと棺桶が開く。
 僕は棺桶の中の黒々と全て飲み込んでしまいそうな深さを見て、先輩方を見て、先輩の目に「早く行け」って「俺たちを巻き込んでくれるな」っていうのを確かに読み取った。

 「うん」と喉の奥から漏れ出たような声はか細かったが、瞬間、僕は飲み込まれていた。










 紫がかって黒々とどこまでも続く空間。

「あー……棺桶先輩、何で棺桶の外で首絞めれるんですか? 僕の『無効化』が効かない能力……?」
「人の身。今日も来た」

 はいはい今日も会話は通じませんと。
 
 僕は半ば諦め混じりに棺桶先輩を見上げる。上背があるので首が痛い。
 棺桶先輩も僕を見下ろしていたようでがちりと目が合った。

 ローブで陰っていて分かりにくいが隈が濃い。紫と灰が混じった絶望的に血色感のない黒い隈だ。薄い瞼は目を細めてじいと僕を見据えている。

「棺桶先輩、昨日消灯の時間に寝ました?」
「ねる?……寝ていない。分からない」
「僕は昨日寝てなくて殴られましたよ。寝てください」
「分からない」

 さっきから「分からない」って返答何? 
 僕の方が分からない。通じない会話が怖い。

 隈の濃さから考えるに、普段寝なさすぎて眠り方を忘れたとか分からなくなっちゃったってこと?

「眠れなくても横になって目を瞑るんですよ。ここってふとんとかないんです?」
「この場には魂と魔力しか持ち込めない」
「何それ……そもそも何この空間……」
「お前は肉の身を保っている」
「また会話が成立しない。僕がバカだから……? まあいいや。膝貸すから寝てください」
「私が、寝るをするのか?」

 会話は成立しないし言葉は微妙に変だし初手首絞めかますような男だが寝ることには協力的だった。

 正座をした僕に続いていそいそと大きな体躯を丸めてしゃがみ込み「いや棺桶先輩は座るんじゃなくて頭を僕のあしに乗せて……」と訂正を受ければすんなりと太ももに頭を乗せた。

 黒々とした穴のように深い目に見上げられ「目は閉じるんですよ」と注意すると薄い瞼が閉じた。
 薄青い血管が透けて見える。

「私は寝たのか」
「まだ起きてますね」

 弟たちを寝かしつける時のように頭を撫でてやると一瞬身体が驚いたように跳ねかたくなったが、数度撫で続けていると弛緩して太ももに感じる重みが増した。

「絵本でも読んであげたいくらいですよ」
「この場に物体は持ち込めない。魔力に還る」
「ふうん。面白いのに。弟によく読んであげてたし、寝かしつけ割と得意なんですよ」
「私は寝たのか」
「それはまだです」
 
 棺桶先輩はぽつぽつと「私は寝たのか」という発言を繰り返し次第にその間隔が長くなって、声音が曖昧になって、多分寝た。

 顔の生白さは生気がなく死人のそれに近く見えた。
 ご飯もろくに食べてなさそうな顔である。
 制服のポケットを漁るもパン屑しか出て来ない。

パン屑は物質カウントされないのだろうか? よくわからない。そもそも物質って何? 何をもって?
 パン屑がセーフなら今度パンを持ってきてあげようかな……。

 今朝食べた柔らかい丸パンに思いを馳せながら棺桶先輩の黒髪を撫で付けているうち、次第にその感触が柔らかく曖昧になってきた。

 違和感を確かめるべく視線を落とすと、棺桶先輩の輪郭は半透明にぼやけ揺らめいている。
 
 そうだ、昨日も棺桶先輩は消えてしまって、僕はこの謎空間に消灯の時間まで閉じ込められたのだ。

「棺桶先輩、僕、ここから出てもいいですか?」

 また閉じ込められてはたまらない。寝入っているらしい棺桶先輩をゆすって尋ねると(すでに消えかけであまり触れている感触がしない)「う」とも「ん」ともつかない返答だったが、次の瞬間にはころりと棺桶から風紀室の床に転がり出ていた。

「あ……なんか出れた」
「先生! 無効化くんが! 出てきました!!」

 風紀委員の人たちはまだ教室に残っていたらしくすぐに囲まれた。
 黒板の上にかかっている時計を見上げる。

「えーと、今何時ですかね」
「まだ誤飲されてから一時間も経っていない。こんなことは初めてだ……!」

 さっき目の前で明らかに棺桶の方から飲み込まれたのにやはり頑なな『誤飲』扱いである。

 ちらりと後ろを見やると棺桶は横倒しになって床から数センチだけ浮いていた。横向きになってるの初めて見た。

 寝てるからか? 中身の棺桶先輩と連動する仕組み?

「どうやらこの貧民が誤飲から心身の異常なく出て来られるというのは本当のようですね」
「あっ、性悪教師」
「退学させますよド貧民が」

 「すみません」と謝ると性悪教師は短くため息をついた。額に当てた指の先は青とシルバーにギラギラと光り尖っている。

「まあいいでしょう。あなたが使えるかもしれないというのは確かなようですから」
「使える、といいますと。退学なしですか」
「それはこれから判断することです。貴方、棺桶の中身との意思疎通は可能ですか」
「微妙です」
「できますね」

 どうやらこの会話、選択肢がないらしい。

「棺桶の中身が決して外に出ることがないよう約束させなさい」
「わかりました」

 選択肢がない以上頷くほかない。
 一体何が起こっているのか分からない。この学園の何かに巻き込まれている気もしないでもない。棺桶先輩が何者なのかも分からない。

 けれど、お金のため、生きるためにはやるしかないのだ。

「約束させるなんて……」
「厄災だぞ」
「しばらく実家に帰る」

 背後にいる風紀の先輩方が何か不穏なことを囁き合っているとしても、やるしかないのだ!












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