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彼氏がヤンデレてることに気付いたのでデッドエンド回避します
3日目 ヤンデレの片鱗
しおりを挟む同棲生活3日目の朝。
今日は彼が出勤する日だ。
私は彼が起きないようにそっとベッドから下りた。
足音を立てないように一階へ行き、冷蔵庫を開けた。
卵、わかめ、玉ねぎ・・・。
私は一通りの食材を見て、中華風卵スープを作ることに決めた。
鍋に水を入れて、乾燥わかめもちぎって入れる。私はわかめがびろびろ長いのが嫌いなのだ。そしてよく煮込んでくたくたになったわかめが好きなので、早速強火にかける。
その間に玉ねぎを切る。
二人分だし、半分でいいかしら、でも、昼の分も作ってしまうとしたら、などと考えるうちに一つ切り終わってしまった。
とりあえず、半分は鍋に入れて、もう半分はお昼に使うとしよう。
あとはしばらく煮込んで、彼が起きて来たら溶き卵を入れてふわふわのスープにしよう。
そう決めて、キッチンに置いてある小さな椅子に座った。
丁度良く、読みかけていた本も置いてあったのでそれを読む。
この本は昨日寝る前にベッドで読んでいた。
主人公の男が女に騙されて死んでしまうという暗い展開の本だったが、この後は女に制裁がくだされるものと信じてページを捲る。
主人公の男は女と二人きりの屋敷に監禁され、食料を貰えず衰弱してしまう。
それでも男は息絶えるまで女の名前を呼び続けた。
女のことを愛していたからか、屋敷にいる人間が彼女しかいないからか、はたまた恨みをこめてその名前を呼んでいたのか、分からない。
というのが、昨日までに読み終わった範囲である。
読んでいるうちに嫌な気持ちになってきたので枕元に置いた。
すると彼は、置いた本を手に取り、題名と中身をちらっと見てまた元に戻した。
「有名だがつまらない本だ」と彼はその本を評した。
私は、質問もしていないのに彼から話してくれたことが嬉しかった。
そのあとに読んだことがあるのか、とか、では最近おすすめの本はあるか、とか私は目を輝かせて彼により多くの話をせがんだ。
しかし、残念なことに話をするうちに眠くなってすとんと寝てしまっていた。勿体ないことをした。あんなに喋る彼は珍しいのに。
それにしても、この本は面白くない、か。
確かに女が男の財産を手に入れるために殺してしまったのは不愉快に感じるが、書き方が古い本にしては分かりやすいし、悪くないと思うのだけど。
読み終わるまでにやっぱり面白くない、と思うのだろうか。
どのくらいの時間その本を読んでいただろうか。
ふ、と本に影が差したので顔を上げると、彼が目の前に立っていた。
ここまで近づかれて気付かなかったとは、私はよっぽど集中していたらしい。
「あ、おはようございます」
私は本を閉じて立ち上がった。
「どうだ」
彼は、短くそれだけ言った。
どうだ、とは、朝の挨拶なのか。私の体調を気にしているのか。それとも、朝ごはんの進み具合か。
私はぐるりと頭を回して考えた。
今までの黙っていた彼のことは分かっていたが、こうして彼から行動されると読めなくなる。
「つまらなかっただろう」
彼の目線が私の手に持っている本に落ちたのを見る。
この本の続きは、男を殺した女は手に入れた財産で浮気相手と海外へ逃げたというものだった。
確かに、女に制裁が与えられなかったのはすっきりしなかった。勧善懲悪を求める。
「愉快な話ではなかった、です」
率直な感想を述べると、彼は一つ頷いた。
「食糧を与えないのも残酷だし、財産目当てで恋人を殺すのも理解できない。そのあとに浮気相手と逃げるなんて、論外だ」
彼は珍しく饒舌に話し出した。
それもそうだ。だって彼は私を愛して、愛ゆえに、私と一生一緒にいるために私を殺すのだから・・・ゲームの、設定上では。
きっと彼の性質上、根本的にヤンデレの素質があるのが変わらないのだろう。
残念ながら、と言っていいか分からないが、私に対してその愛は現時点では向けられていないだろうが。
私は、彼の話の続きを待った。
「・・・」
「・・・」
待ったが、彼は黙っていた。
私は、彼がこれ以上話すつもりがないことが分かったので、本を椅子の上に置き、鍋の前に移動した。
火を止め、味付けをする。
小皿に少しだけ注いで味を見る。
「・・・いい感じ、です。」
彼は私の作った料理を確認すると、皿を出し始めた。
私は皿を受け取り、スープをよそった。
その間に彼はパンを袋から取り出した。
それらを簡単にテーブルに並べて、向かい合って座る。
彼は、黙ってそれを食べ始めた。
私が料理をするのはかなり珍しいことなのだが、彼にこれといった反応はない。
私自身、彼が何らかのリアクションを起こす期待はもとよりしていない。
「あの本は、女の考え方や行動が理解できないから、嫌いですか」
私はそれより彼の感想、もとい彼がヤンデレる可能性について話が聞きたい。
「・・・いや」
彼は少し考え、否定した。
「嫌いとは言っていない」
私は、しまった、と思った。
彼があの本をつまらない本だ、と言っていたのを勝手に嫌いだという風に変換していた。
私は、彼のことをよく分かっているはずだったのに。
「ごめんなさい」
思わず謝る。
彼は何か言いたげに顔を上げたが、私と目が合うとすぐに逸らした。
それから、パンを千切る。千切る。また千切る。もう一度千切って、それからまた千切った。
一口大になったパンは皿の上に無造作に並べられる。
私は、彼がパンを千切っている間にパンを平らげて、水分を奪われた口にスープを流していた。
よく煮込んだ分、玉ねぎは舌で押すと崩れ、わかめは蕩けていた。
何より卵がふわふわなので喉を通るのが気持ちいい。
特別美味しいわけではないが、素朴で毎日食べられそうな味だ。
久しぶりにしてはよくできている。
私は満足な気持ちで、パンを千切る彼の顔を伺ってみた。
何故、彼はパンを千切り続けているのだろうか。
彼は、一通りパンを千切り終えると、手に一欠けらのパンを掴み、私の口の前に差し出した。
差し出されたので、口を開ける。
彼はそこにパンを押し込むので、唇で咥えて、それからぱっと口を広げて口内へ招き入れた。
もちもち、幸せである。
彼に謝った時の罪悪感も私はすっかりと忘れてもちもちを楽しんだ。
彼もまた一つパンを摘み、自分で食べている。
その後、彼は自分自身も食べながら私にパンを与え、スープを飲み干した後で紅茶を入れてくれた。
それから仕事に出かけるので私は玄関まで見送った。
「いってらっしゃい」と声を掛けたのは、初めてのことだった。
***
さて、一人だ。
私は早速、どうすれば彼が私のことを好きになってくれるか作戦を立てることにした。
二人で出掛ける、というのは昨日したし、今朝は料理も頑張った。
仕事で疲れて帰ってくる彼が喜んでくれることは、なんだろうか。
良い案が思いつかない私は友人にメールを送ってみることにした。
友人からは、男と会って嫉妬させればいい、と面白がるような返信が帰ってきた。馬鹿野郎、と返しておいた。
好きあっている同士ならまだしも、好きでもない人間が他の男と会っていたところで何とも思わないだろう。逆に距離を置かれるだけだ。
友人はその後真面目に考えてくれたようだ。マッサージなんかいいだろう。と。
マッサージ。
答えが出てからの私の行動は早かった。
まずは実体験、と化粧もそこそこに家を出て、噂で聞いていた化粧品店に足を運んだ。
その店ではハンドクリームを販売しており、購入すれば希望者はハンドマッサージを受けられるという。
その噂は本当だった。
いきなり腰やら何やらのマッサージは難しそうだし、かえって悪くなってしまっては申し訳ない。
挑戦しやすいハンドマッサージの勉強をしようという魂胆だ。
正直、疲れも何もない私にハンドマッサージはくすぐったいだけで、笑い声を上げないように抑えるので必死だった。
そのためハンドマッサージはどうすればいいかよく分からなかったが、何もしていないよりいいだろう。
私は、家に戻り、彼の帰りを待った。
***
残念ながら、帰ってきた彼の機嫌は悪かった。
まず、玄関を開けるなり眉を顰めた。
それから「おかえりなさい」と言った私を一瞥すると、「出掛けていたのか」と苦々しい声で言った。
私は、珍しく彼の機嫌が悪いので焦った。
彼が私の前で不機嫌を露わにすることなど滅多にないし、不機嫌であればその理由は私に自然と分かるはずだったのだ。
私はおろおろと視線を彷徨わせた。
彼は怒ると、余計なことを言っても更に不機嫌になるのだから迂闊なことは言えなかった。
私はいつだって的確に、彼が満足する答えを出してきたというのに。
本当に、最近は彼の考えが分からない。
彼は、固まっている私の目の前まで歩を進めると、何か汚れを払うようにぱっぱと私の頭やら、肩やらをはたいた。
「匂いが違う」
彼は普段からは考えられないほど低い、怖い声で言った。
私は内心でそんなこと、と思った。
「ハンドクリームを買ってきたので、そのせいかもしれません」
恐る恐る言ってみると、彼は眉間の皺の数を増やした。
「普段使っているものでは不十分か」
と言いながら、私の手を取って、またはたく。
水かきのところにまで指を入れて撫でてみせるので、掃除の行き届いていないのを指摘する姑のようだ。
彼は匂いにはそんなに煩くなかったと思うのだが、よほど気に食わないのだろうか。
彼の苛つきは治まりを見せない。
「すみません、ええと、ハンドマッサージを、」
私は、彼にハンドマッサージをして機嫌を取ろうと思い、思い切ってそう切り出した。
しかし彼はハンドマッサージと聞くなり私の手首を強く掴み、洗面台まで引きずるようにして歩いた。
ざぶざぶと手首辺りから水をかけられ、泡で包まれ、を繰り返す。
爪の隙間まで気にして指の先を引っ張るように抓んだりするので流石に怖い。
私は震える声で痛いですだのやめてくださいだのと言った。
しかし彼は全く聞く耳を持たずに気のすむまで何べんも手を洗って、タオルで拭くだけでは気に入らないのかドライヤーで乾かしてみたりした。
手がぴかぴかになった頃には、悲しくなってきた。
彼を喜ばせようと思ってしたことなのに、何故こんなに怖い目にあわされているのだ。
彼はすんすんと石鹸の香りのする私の手に顔を寄せ、満足げに頷いた。
私はされるがままだった手をぱっと自分の胸元まで引いた。
彼は非難の目を私に向けたように見える。
「な、何でこんなにするんですか。痛かったし、やめて、って、言ったのに」
私はこの時ばかりは腹が立った。
たぶん初めて彼に対して怒った。
今まで私が彼を怒らせたことはなかったし、私が彼に怒ったこともなかった。
彼も驚いているようで、石のように固まって動かなかった。
「・・・」
私は何か言おうとして、でもいい言葉が思い浮かばなかったので、口をぱくぱくさせて、結局何も言わずに寝室まで逃げるように走った。
それから彼に買ってもらったくまのぬいぐるみをひっつかんで自分の部屋に入って、鍵を閉めた。
もともと別々に寝る予定だったので私の部屋にもベッドはある。
しかし、同棲三日目にして使うことになろうとは。
怒りやら悲しみやらがごっちゃになっていたが、くまをぎゅうぎゅうに抱きしめながら目を閉じた。
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